Reine weiße Blumen
-Die weiße Rose singt Liebe-
◆ 1章 前奏曲-volspiel- 18
―――白閖邸
部屋の扉の叩く音が聞こえた。
「……はい」
あやねが、静かにそう返事するが扉は開かず、待てども、入ってくる気配がない。
あやねは少し考えた後、扉の方に向かった。
そして、そっと扉を開けて外を見る。
すると、そこに青い顔をしたハウス・スチュワードの穂波が立っていた。
「穂波? 何処か具合でも――」
あやねが心配そうに、穂波に話しかけた時だった。
穂波が顔を上げて、
「――お嬢様。旦那様からの伝言です。“これから1か月間、外出を禁ずる”」
「……え……?」
突然、降って湧いたような言葉に、あやねが一瞬その深海色の瞳を瞬かせる。
だが、穂波は続けて、
「“邸宅内は自由にするといい。ただしマスメディアが関わる様なものは何も見るな”。だそうです」
「穂波……?」
何を言われているのか分からず、あやねが困惑の色を示す。
しかし、穂波は青い顔のまま静かに頭を下げた。
「申し訳ございません、あやねお嬢様。何か入用な品があれば、私に言っていただければなんでもご用意させて頂きます。ですから――」
「ま、待ってください!!」
あやねが、慌てて穂波の言葉を切る。
「お父様が? そう仰ったのですか? お父様はどちらに――」
そう言って、部屋を出ようとするが――穂波がまるでそれを塞ぐかのように立ちはだかった。
「旦那様は、今は出掛けておられます。ご夕食は此方へお運び致しますので――「穂波!!!」
ぴしゃり! っと、あやねが叫んだ。
今までのあやねならば素直に従っていただろうし、その事に疑問を抱かなかっただろう。
だが今は違う。
何故。
その言葉が、頭を支配する。
「お父様は今、どちらに?」
「……そ、それは――」
強めに言われて、穂波が言葉を濁す。
穂波のはっきりしない態度が、余計にあやねの癪に障った。
「穂波」
今までにないくらい、あやねの口から鋭い口調で名を呼ばれ、穂波が一瞬びくっとする。
あやねのそれは、笑っていなかった。
真っ直ぐに穂波を見据え、
「今一度聞きます。――お父様はどちらに?」
その“気配”に穂波がはっとする。
それは“白閖”の者ならば誰しも持っているものだった。
――絶対的なカリスマ性。
「……っ、……っ、そ、れは――」
分かっていた。
最初から、“白閖の血”に抗えるはずがないのだ。
「穂波」
もう一度、あやねが名を呼ぶ。
「……っ、旦那様、は――八乙女じ、むしょ、に……」
穂波のその言葉に、あやねがぴくりと反応する。
「八乙女事務所……?」
“八乙女”と聞いて浮かぶのは楽一人だけだ。
だが、関係性があるかは、分からない。
だが、何かが引っかかる。
「……穂波、私をそこに連れて行って下さい」
あやねがそう言うと、穂波は はっとして首を横に振った。
「なりません、お嬢様!!」
そう頑なに拒まれると、余計に秋良の身が安全なのか気になる。
あやねが行った所で、何か出来るわけではないが――。
“事務所”というくらいだ。
何かの組織の事務所なのだろう。
まさかとは思うが、非社会的事務所などという事はないだろうか。
だから、秋良はあやねを遠ざけた?
いや、秋良に限ってそんな組織と関わるはずがない。
では、一体……。
「……30分後に出る準備をお願いします」
「……っ、なりません!! お嬢様!!!」
穂波が止めるも、あやねはそのまま扉を閉めた。
一体、何だというのだ。
なんだか、心がもやもやしてすっきりしない。
それならば、この“理由”を本人に聞くしかないではないか――。
あやねは、散らばったままの楽譜を余所に“あの楽譜”だけ鞄に仕舞う。
そして、手早く着替えると、髪を整えた。
靴を履き、腕時計を留める。
まず、この先どうするかは、全て秋良から話を聞いてからだ。
あやねは鞄を持つと、そのまま部屋を後にした。
屋敷の玄関を開けると、車が1台だけ止まっていた。
傍に穂波の姿もある。
あやねは、階段を降りると車の前まで来た。
すっと、運転手が後部座席のドアを開ける。
あやねが直ぐに乗り込むと、ふいに穂波が声を掛けてきた。
「お嬢様。……無理はなさいませんように」
穂波の言葉に、あやねは小さく頷くとそのまま白閖邸を出発したのだった。
**** ****
―――八乙女事務所
「なに?」
秋良の言葉に、宗助が訝しげに眉を寄せる。
すると、秋良はにっこりと微笑み、
「――私と、取引しませんか? と言ったのです」
優しく言っている風に聞こえるが、その言葉に拒否権など無いに等しかった。
秋良は、やはり笑ったまま、
「なに、大した事ではありません。此度のこの記事に関して私の方で完全に抑えましょう。 それがお互いの為ですからね。問題はその先です」
そう言って、かつかつと音をたてながら秋良が宗助の前を歩く。
「相手は、このたった一度で引き下がるとは思えません。今回の件を抑えたとしても、次なる手を使ってくるでしょう。――自分たちの利の為に」
秋良の言葉に、姉鷺も頷く。
「私も白閖様に同意ですわ、社長。きっと、また“TRIGGER”の名を使って何かするに決まってます!!」
新聞や週刊誌、広告・ネット・TV。
全て、この2つの記事に関する事を差し押さえるのだ。
どれだけの金額が掛かるか知れたものではない。
秋良の提案は魅力的だった。
それらを全て「白閖」の名で抑えると言っているのだ。
まるで、そんな事実は元からなかったという様に。
だが、ひとつだけ引っかかることがあった。
あの「白閖財閥」がなぜ、ここまでするのか――だ。
確かに、「白閖秋良」と言えば、業界でも有名かつ大物で、手がける事業は全て成功を収めているという。
加えてその容姿と身分から女性からの誘いも絶えないというが――亡くなった妻一筋で、その娘を大層大事にしているという話は有名だった。
だが、その娘を守るためにここまでするのか?
宗助には理解出来なかった。
「……目的はなんだ」
宗助が、鋭い口調でそう口にする。
ぎょっとしたのは、姉鷺だ。
まさか、宗助が秋良に対してそんな風に言うとは思わなかったのだろう。
慌てて宗助の元へ駆け寄り、
「社長!! 相手は、あの“白閖財閥”の総帥ですよ!? その言葉は、あまりにも――」
「お前は黙っていろ!!!」
そう叫ぶなり、どんっ! とデスクを叩いた。
だが、秋良は気にした様子もなく、
「良いのですよ、姉鷺さん。八乙女社長――私があなた方に求めるのはひとつだけ。“TRIGGER”には頂点に立っていただきたい」
「なに?」
「貴方自身もそれを願っていると思いましたが、違いましたか? 全面的に我が“白閖財閥”があなた方のバックアップをします――と、申し上げているのです。勿論、それに見合った結果を出して頂きます」
「……“TRIGGER”のスポンサーにはFSCもいる」
「存じ上げていますよ。逢坂氏のファイブスターカンパニーですね。彼らと縁を切れとは言いません。向こうが構わなければ両社から支援を受ければいい。向こうがスポンサーを降りるのならば、その穴は我々が埋めましょう。どうですか? あなた方にとって、どう転んでも悪い話ではないと思いますが?」
秋良の言葉に、宗助が腕を組み難しそうに眉間に皺を寄せる。
「……」
確かに、このゴシップも抑えられ、かつ有力なスポンサーも得られる。
悪い話ではない。
しかし……。
下手をすれば、FSCを敵に回すことになる上、業界からは鞍替えしたと悪い噂が流れる可能性もある。
逆に、いままで大々的にスポンサーとして、完全バックアップを何処にもしなかった「白閖財閥」が付くことで、宣伝効果も得られる可能性もある。
その時だった。
それまで黙っていた天が口を開いた。
「一つ確認宜しいですか?」
そう言って、秋良を見た。
「貴方がここまでするのは、何の為ですか? 娘である、あやねさんの為だけとは思えないのですが」
天のはっきりとした口調に、秋良が笑う。
「九条君、買いかぶり過ぎですよ。私は単に娘が大事なだけです。後は――そうですね、私の大事なあやねの音を変えた“TRIGGER”という存在に興味が沸いたのです」
そう言って、ちらりと秋良が楽を見る。
すると、他全員の視線が楽に注がれる。
それに気づいた楽が「え?」と自信を指さした。
「な、なんだよ。俺は何も――」
そこまで言いかけた瞬間、
「あやねちゃんに何もしてない? ヤダ、本気で言ってるの、楽」
と、姉鷺。
「ですよね。ボクのドーナッツも忘れたくせに」
と、天。
「あやねちゃんと楽なら、お似合いだと思うなぁ~」
と、龍之介。
ぎょっとしたのは、楽だ。
愛娘家の秋良がこれを聞いてどう思うか、考えただけで恐ろしい。
「あ、あの! 白閖さん、俺とその……あやね――じゃなくてお嬢さんとは、その、別に何も……」
なんだか、言っていて空しくなった。
すると、それとは反して秋良はにっこりと微笑み、楽の方へと歩いて来た。
思わず、楽が緊張のあまり固まる。
だが、やはり秋良は気にした様子もなく、ぽんっと楽の肩に手を乗せ、
「八乙女君、私はね 君はあやねにとって悪い影響を与える事はないと思っている。むしろ、君には礼を言いたいぐらいだ。君に逢ってあやねは変わった。まるで、昔に戻ったかの様に――いや、昔よりもずっといい方向へ向かっていると思っているよ」
そして、ぽんぽんと二度ほど楽の肩を叩くと、
「これからも、あやねとよくしてやって欲しい。これが私の本音だよ。理解出来たかな?」
秋良の言葉に、楽が息を呑む。
そして、少し頭を下げて、
「……身に余るお言葉です」
その言葉に、満足したのか……秋良が優しげに笑うと、宗助を見た。
「これで、私の意図は理解頂けたでしょうか? 八乙女社長」
それまで難しい顔をしていた宗助が、大きな溜息を洩らした。
結局は、拒否権などないのだ。
大企業である「白閖財閥」の誘いを蹴る事など、出来はしないのだ。
「……いいだろう。だが、“TRIGGER”のプロデュースやマネージメントは我々の仕事だ。口出しはしないでいただきたい!」
「社長!!!」
秋良に臆することなく、はっきりとそう言う宗助に、姉鷺が焦った様に叫ぶ。
が、秋良は気にした様子もなく、
「ええ、勿論ですよ。八乙女社長。その点はご安心を」
そう言って、秋良はスーツケースの中から、書類を取り出した。
「こちらが、契約に関する書類と、対策関係の書類です。ご確認とサインを」
用意周到というべきか、こうなると分かっていたのか。
秋良は、宗助がサインした書類に自身のサインもすると、にっこりと微笑んだ。
「では、今後とも宜しくお願いします。八乙女社長」
と、その時だった。
社長室をノックする音が聞こえてきた。
宗助があからさまに不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
「大事な話の最中だ。後にする様に伝えろ」
「はい、分かりました」
そう言って、姉鷺が社長室のドアを開けてそう相手に伝えるが――。
突然、姉鷺が「え!?」と声を荒らげた。
その声に、宗助がぴくっと眉間に更に皺を寄せる。
姉鷺は少し慌てた様に、
「ちょ、ちょっと待って!」
それだけ言うと、バタバタと戻ってきて、
「社長!!」
「なんだ!? 後にしろと――」
「それが――!!!」
姉鷺が慌てた様に秋良を見る。
「どうかなさりましたか?」
秋良がそう尋ねると、姉鷺は少し困ったかのように、
「その……なんでも、白閖家の方がいらしているとかで……しかも、そのいらしてる方が……」
姉鷺のその言葉で全てわかったのか、秋良が「ああ……」と声を洩らし、
「八乙女社長。問題なければここに同席させても構いませんか?」
一応、断りを入れると、宗助はまた溜息を洩らし、「好きにしろ」と答えた。
すると、秋良はドアの向こうにいる人物に連れてくるようにと伝えると、戻ってきた。
その顔は少し、鋭くなっていた。
「……?」
楽たちが顔を見合わす。
が、その理由は直ぐに分かった。
何故ならば、そこの現れたのは――。
まさかの、あやね本人だったのだ。
さて、刀剣の大侵寇編をず~~~と書いてて
彼是2か月半ぶりぐらいの他タイトル!!!
や~アイナナ本編読んでた(ゲームの)から、着手しましたwww
新:2024.01.21
旧:2022.06.18