Reine weiße Blumen

  -Die weiße Rose singt Liebe-

 

 

 1章 前奏曲-volspiel- 15

 

 

 

水を打つように、流れるような旋律。

波紋が広がってゆき、ひとつの“音”となる。

 

こんな……。

こんな、筈じゃ……っ。

 

壇上でピアノを感情豊かに弾くあやねを見て、少女はわなわなと肩を震わせた。

 

ちょっと、恥をかかせてやろうと思った。

皆の前で、いつものように「機械的」な音を出せばいいと思った。

 

所詮は「白閖」の名前だけなのだと――思い知らせてやろうと思った。

その事に気付かない、生徒も講師も馬鹿だと思っていた。

 

そして、そんな あやねに優しく接する楽の姿が信じられなかった。

あやねよりも、ずっと、ずっと前から自分の方が彼を追いかけていたのに……っ。

 

 

“私の方が先だったのに――!!!”

 

 

それなのに……。

 

憧れの八乙女楽と同じ部屋に入り、

名を呼ばれて、

同じピアノを弾くなんて――。

 

そんなの、許せる筈がなかった。

 

みんな、騙されていると思った。

講師も生徒も……楽も……。

 

あの見かけと、名前に。

騙されているのだと――知らしめてやろうと思った。

 

あやねの音に、「感情」などない。

たんなる、電子音から流れる音と同じだと――。

 

それなのに……っ!!

 

 

 

 

がたん!!!

 

 

 

 

突然、立ち上がった生徒を見て、講師がそちらを見る。

 

「どうしました? 高嶺陽子さん」

 

“高嶺陽子”と呼ばれた少女は、わなわなと震える手をぐっと握りしめ、鋭い目つきであやねを睨みつけた。

 

「……ない。……れ、ないっ」

 

震える声で何かを呟く。

心配そうにこちらを見る友人とも呼べない自分の取り巻き達が、困惑したような目で見てくる。

それすらも、煩わしく感じた。

 

 

 

馬鹿にして……っ!!!!!

 

 

 

「陽――」

 

心配して伸びてきた、親友の手を思いっきり振り払うと、陽子はつかつかと壇上まで下りた。

その講師には目もくれずピアノの前に座って、こちらを見てその深海色の瞳を瞬かせるあやねに近づく。

そして、これでもかという位、力強く鍵盤を叩いた。

 

 

 

 

ば――――――ん!!!!

 

 

 

 

と、低音の音がけたたましい程に、教室内に鳴り響く。

 

流石のそれには、あやねも驚いたかのように大きく目見開いた。

周りの生徒も、何事かとざわざわとざわめきだす。

 

だが、陽子は構うことなく、

 

 

 

 

 

「私は、アンタを認めない!!!!!  白閖 あやね!!!」

 

 

 

 

 

「……」

 

初めて、誰かに露骨に拒絶の態度を取られて、一瞬 あやねが困惑の色をその瞳を映す。

 

「あ……」

 

あやねが声を発しようとした時だった。

陽子は、それを遮るかのように、

 

「今までいつも適当に弾いていたくせに!!! 今更になって見せびらかせて、羞恥の心も無い様ね!!! みんな、アンタのその「白閖」の名前に恐れて何も言えなかっただけじゃない!!!!」

 

「……」

 

「アンタがどんな手を使って“あの人”に取り入ったか知らないけど!! 私は、絶対にアンタを認めないし、許さない!!!!」

 

「……」

 

あやねは、何も言わなかった。

ただ静かに、彼女の言葉を聞いていた。

 

「ふん!!!」

 

まるで、興でも冷めたかの様に、陽子は踵を返すとスタスタと教室の出口に向かって歩き出した。

 

「高嶺さん!? 講義が――」

 

講師が陽子を引き留めようとしたが、陽子はしれっとしたまま、

 

「先生、何言ってるんですか? 誰かさん・・・・の所為で、もう終了時間はとっくに過ぎてますけど?」

 

「え? あ……」

 

確かに、もう時計は終わりの時間を過ぎていた。

講師は、小さく息を吐くと。

 

「では、本日はこれで終わります。皆さんも、気を付けて帰るように」

 

その言葉を皮切りに、まわりの生徒達も動揺を隠せないまま席を立ちあがる。

何人かは、あやねと話したそうなそぶりを見せたが、教室の雰囲気がそれを許さなかった。

 

講師もそれを感じ取ったのか、

あやねに、「遅くならない様に」とだけ告げ、講堂を出ていった。

 

「……」

 

だが……。

あやねは、そこから動く事が出来なかった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どのくらい、そうしていただろうか……。

 

気が付けば、もう日が沈み辺りは夜の帳が下りていた。

それなのに、あやねは動けずにいた。

 

ピアノの前に座ったまま、ぼんやりと鍵盤を見つめる。

 

彼女、高嶺 陽子と言ったか……。

最初は気付かなったが、「高嶺」と言えば、有名な資産家の家系だ。

彼女はおそらく、そこの娘なのだろう。

 

別段、彼女の事を気に留めたことはない。

だが、彼女の言葉が、あやねの頭から離れなかった。

 

少なくとも、彼女にとってあやねの「音」は不快だったのだろう。

 

それが、少なからずショックだった。

 

音楽だけは……「音」だけは、あやねを裏切らない。

あやねの気持ちに応えてくれる……。

 

そう――思いたかったのに。

 

やはり、自分の「音」では、駄目なのだろうか……。

他の人には伝わらないのだろうか。

 

そんな風に考えてしまう。

 

なにか、つかめた気がしたのに……。

 

何が良くて、何がいけないのか……。

また……分からなくなってしまいそうだ。

 

あやねが小さく息を吐いた時だった。

不意に、鍵盤に人影が写った。

 

「……?」

 

つと、顔を上げると、いつの間に、ここに入ってきたのか――。

 

「が、く……さん……?」

 

そこには、楽がいた。

 

何故、ここに……?

という考えよりも、楽がいるという事に、知らず涙が流れた。

 

「あやね……」

 

「……っ、なん、で、も……あり、ま……」

 

最後の方は言葉にならなかった。

気が付けば、あやねは楽の腕の中にいたのだ。

 

「あ……」

 

楽に抱きしめられているのだと理解するのに、数分を要した。

 

温かい……。

こうして、彼に抱きしめられるのはいつぶりだろうか……。

 

とても、昔の様な。

すごく、近かった様な。

 

そんな錯覚に囚われる。

でも――。

 

ぐいっと、あやねは楽の身体を押した。

 

「あやね?」

 

「……ごめんなさい、楽さん。私に優しくしないで……下さい。でないと、私……」

 

きっと、1人で立ち直れなくなる。

 

そう伝えたいのに、何故か言葉が出てこなかった。

 

「……」

 

押し黙ったあやねに、楽が一度だけその灰青の瞳を瞬かせた。

そして、ゆっくりとあやねの頬に伝う涙を拭った。

 

「……泣いているお前に“優しくするな”なんて、無理な相談だな。……こんな、あやねを放っておける訳ないだろう――」

 

「……ぁ……」

 

つと、涙を拭ってくれていた楽の指が あやねの唇に触れた。

あやねが、ゆっくりと顔を上げて楽の方を見る。

 

月明かりがまぶしくて……表情がよく読めない。

 

ああ……。

ワタシ、は……コノ人に……。

 

きっと……。

 

 

 

叶わない――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――翌日・某TV局楽屋

 

 

「……」

 

楽は台本を見ながら、心の中で大きくため息を付いた。

 

よく耐えた、昨日の俺!!!

 

そう、自画自賛してしまいたいほど、昨夜のあやねへの対応は、耐え抜いた。

本当なら、その腕にあやねをかき抱き、口付けをしたい程だった。

 

あやねの、あの唇に触れたかった。

いや、出来る事ならば、あのまま あやねをこの手で――。

 

「……」

 

そこまで考えて、楽が大きくかぶりを振った。

 

冷静になれ、八乙女楽!!!!

 

もしそんな事になったら、翌日のスポーツ紙の一面を全部奪っていたかもしれない。

それだけは“TRIGGER”として、あってはならなかった。

 

「……なに、あれ」

 

そんな楽を見た天がひと言、そうぼやいた。

 

明らかに、「あやねと何かあったが、耐えました」と言わんばかりのオーラを放つ楽に、天が呆れた様に、遠目で見ていた。

そんな天に、龍之介が「まぁ、まぁ」と間に入る。

 

「何もなかったんなら、いいじゃないか」

 

「あったら、問題どころじゃないよ」

 

今は“TRIGGER”にとって大事な時期だった。

そう――――“TRIGGER”にとって、初となる大規模なアリーナ・ライブツアーが予定されているからだ。

そんな時期に、スキャンダルなど起こしたらどうなるか……。

事務所の社長であり、楽の父でもある 八乙女宗助が黙っていないだろう。

 

しかも、今回スポンサーに大企業のファイブスターカンパニー。

通称・FSCが関わっているのだ。

白閖財閥とは犬猿の仲という噂があり、そんな白閖の一人娘のあやねの事でスキャンダルが上がったりするような事態になったら、スポンサーを降りかねない。

 

だから、姉鷺もかなりあやねへの接触を注意していたのだ

 

が……。

楽がそこまで考えているとは思えない。

 

その時、控室の扉が開いた。

 

「はい、はい……分かりました、伝えておきます」

 

姉鷺が、頭を抱えて電話しながら、入ってきた。

電話が終わると、「はぁ~~~~~」という思い溜息を付いて姉鷺がスマホを鞄に仕舞う。

 

「どうかしたんですか? 姉鷺さん」

 

龍之介が、気を遣いつつそう尋ねた。

すると、姉鷺はまた大きな溜息を洩らし、

 

「とりあえず、移動しましょう。詳しくはワゴンの中で話すわ」

 

そう言って、ぱんぱんっと手を叩いた。

 

「ほら、荷物持って! 行くわよ」

 

「……?」

 

3人が思わず、顔を見合わす。

が、姉鷺はここでは話す気は無さそうだった。

 

次の仕事の時間もあるし、とりあえず移動するしか無さそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……?」

 

それは、遅めの朝食を取っている際に、秋良から告げられた。

 

「……しばらく、学院に行くな……ですか?」

 

「そうだ」

 

突然の事に、あやねが困惑した色を示す。

秋良か、学院に行くことを禁じられるのは、初めてではないが。

昨日の今日で、突然、言われるのは初めてだった。

 

そのせいか、余計に あやねが戸惑ったようにその深海色の瞳を伏せる。

 

「あの、それは、何故……?」

 

なにか、失態をしてしまったのだろうか?
そんな考えが脳裏を過る。

 

だが、考えても答えなど出てこなかった。

 

秋良は、首を傾げるあやねを見て、小さく息を吐くと、

 

「昨日、音楽史の講義の時間に――弾いたそうだな」

 

 

「え……?」

 

 

一瞬、何の事かと首を傾げるが、ふと昨日の事を思い出す。

 

「……弾きました……」

 

秋良の言う通り、弾いた ピアノを。

だが、音楽学院でピアノを弾くのは別段おかしなことではない。

それの何がいけなかったのかが、分からなかった。

 

すると、秋良はナイフとフォークを置いて、あやねを見た。

 

「昨日、お前の弾いたのは、ベートーヴェンのピアノソナタ第29番 変ロ長調 Op.106 『ハンマークラヴィーア』 全4楽章。で、間違いないな?」

 

「…………はい……」

 

間違いではないので、否定はできない。

 

「しかも、楽譜なしで弾いたと?」

 

「…………は、い……」

 

だめ、だっだのだろうか……?

 

そんな不安が頭を過ぎる。

あやねの表情がどんどん暗くなっていくのを見て、秋良が微かに笑みを浮かべた。

 

「いや、問い詰めたい訳じゃないんだ。だから、そんな顔をするな」

 

そう言って、秋良の手があやねの頭を撫でた。

 

「……なにか、あったのですか?」

 

あやねがそう尋ねると、秋良は小さく息を吐き、

 

「いや、少し面倒な事になっているみたいでね……。今、下手にお前が動くと大事になりかねないから、数日は部屋で過ごしなさい」

 

そう言って、ぽんぽんっとあやねの頭を撫でると、秋良はそのまま席を立ってダイニングを出ていった。

その後に、ハウス・スチュワードの穂波もあやねに一礼して秋良の後に続いていく。

 

「……?」

 

あやねは、首を傾げた。

だが、秋良がそういうならば、きっとそうした方があやねには良いのだろう。

 

少なくとも、秋良はあやねが不利益になる事をするとは思えない。

だが、どうしても疑問がぬぐえなかった。

 

 

あやねは、ただただじっと秋良の去って行った扉を見つめることしか出来なかった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

「だから、映画の撮影で聖マリに行くのは、当分お休みだって言ったの」

 

素っ頓狂な声を上げた楽に、姉鷺が運転しながらそう答えた。

 

「スタジオでの撮影分もあるでしょう? それを先に撮るって話になったらしいわよ」

 

「待てよ、それはどういう――」

 

「とにかく、これは監督の決定事項だから!! ああ、別にこっちの所為・・・・・・とかじゃないから気にしないで」

 

「……?」

 

姉鷺の言う意味が分からない。

 

あの映画の監督は、とにかくリアリティを大事にする人だった。

だから、撮影の大半を聖マリアナ音楽学院の敷地内で撮ると言っていた。

なのに、今になっていきなりスタジオ?

 

なんだか、釈然としないその答えに、楽が顔を顰める。

 

だが、姉鷺は何も答えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてさて、何やら事件? ですかね~~~

つか、あいもかあらずアイナナくんの気配すらないwwww

紡でも先に出すか? とも思ったんですが・・・・・・

控室にくるわけねーしな

会わせるシーンがなかったwwww

 

 

新:2024.01.21

旧:2021.10.30