Reine weiße Blumen

  -Die weiße Rose singt Liebe-

 

 

 1章 前奏曲-volspiel- 13

 

 

 

―――夜・白閖邸

 

 

日も暮れ、月の影が見え始めていた。

部屋の中は暗く、灯りひとつ点いていない。

あるのは、開いたままになっているバルコニーから差し込む月の光だけ。

 

そんな中で、あやねは着替えることもなく、鞄も開いた気配もなく、

ただただ、ベッドに突っ伏したまま微動だにしなかった。

 

 

私は……何を―――やっているのだろう……。

 

 

そう、自問自答するが、答えなど返って来ない。

 

昼間の、

練習室で聞いた、あのピアノの音が頭から離れない。

 

あの音は……。

あれは――あの人の……。

 

そう思っては、心の中で「違う」のだと言い聞かす。

あの音は、春樹が弾いていたわけではない―――と。

 

分かっている。

頭では分かっているのだ。

 

春樹は――ここには、いない。

彼は、もう二度と会えない人なのだと。

理解はしているつもりだった。

 

そう。

理解していた・・・・

 

なに、の……。

 

楽の弾いた音は、春樹と同じものだった。

いや、違う。

 

あやねは、小さくかぶりを振った。

 

あれは。

あの音は……。

 

 

「音楽」を「愛」し、「愛」されるものの音。

 

 

春樹も、楽も。

きっと同じ……。

 

彼らは、「音楽」を愛している。

 

で、も……。

ワタシ、は―――。

 

部屋の片隅にある、大きなグランドピアノを見る。

 

私は。

あの人を奪った「音楽」を愛せない。

 

愛すことなど……。

 

「……」

 

そう、思っているのに。

そのはずなのに。

 

今日、学院の練習室でピアノを弾く楽を見て、心が――揺れた。

あの人とは違う“彼”のピアノの音に、惹かれた。

 

そんな事、あり得ないと。

何度、自分に言い聞かしても―――。

 

彼の音は、切望してやまない「春樹」の音と同じだった。

 

 

 

“音楽を愛する者の音”。

 

 

 

私には、得ることが出来なかった“音”。

得る……資格のない “音”。

 

 

「どう、し、て……」

 

 

声にならない声が部屋に響く。

 

どうして、彼ら・・はそんな簡単にあやねが欲しかったものを、

求めてやまないものを、持っているのか。

 

そこまで考えて、あやねは乾いた笑みを浮かべた。

自分は何を考えているのだろう、と。

 

自ら「音楽」を遠ざけたのに……。

その「音」を欲している。

 

矛盾過ぎて、滑稽で笑いが出てくる。

 

「馬鹿、ね……」

 

答えなど、分かり切っている。

 

「音楽」の「愛」が欲しいなら、

自らも「愛する」事をしなければ得ることは出来ない。

 

分かっているのだ。

分かっている。

 

 

けれど。

 

 

心が付いていかない。

頭では理解しているのに、心が伴わない。

 

それでは、あの「音」は出せない。

 

「……」

 

自分でも理解している。

自分の時間は、あの日――春樹に最期を告げられた電話の日から止まっている。

 

あの瞬間から、なにもかも。

全ての景色から色が消えた……。

 

声も、失い。

色も、失い。

音楽を「愛する心」も失った。

 

ああ、このまま自分は朽ちていくのか、と。

そう思っていた。

 

もう、どうなってもよかった。

 

その時、唯一の心残りは、秋良の事だけだった。

 

秋良が、あやねを元気付けようと、色々としてくれたことは嬉しかった。

 

だから、せめて秋良が悲しまない様に、辛そうな顔をさせたくなくて……。

それだけの理由で、秋良が持ってきたパンフレットの、聖マリアナ音楽学院・ピアノ科を受けた。

 

それで、秋良が喜んでくれるならば、それで良かった。

もう、その頃のあやねには「音楽」への「感情」など、何も沸いてこなかった。

 

 

 

そう―――あの人の、楽の音を聞くまでは。

 

 

 

決して、上手いわけではない。

荒削りだと思ったし、始めて間もないのも直ぐにわかった。

 

そして彼は、「音楽家」ではなかった。

 

だからかもしれない。

何故か、彼の音は色が付いて見えた。

 

今まで、あの日からモノクロだった、あやねの“心”に。

色が、見えた気がした。

 

鮮やかで、綺麗な“色”。

 

それは、幼いころ春樹と会った時と同じだった。

 

あの人だけ、春樹だけはあやねにとって「特別」だった。

春樹が奏でる音が――ピアノが好きだった。

 

そんな春樹と同じピアノの音を奏でる人など、居ないと思っていた。

そう――思っていたのに……。

 

 

あやねが、ゆっくりと、その“名”を紡ぐ。

 

 

「……がく……さ、ん……」

 

そして、静かにその深海色の瞳を閉じた。

 

脳裏に流れる。

楽のピアノの音が。

 

決して上手くはない。

でも、惹かれずにはいられない音……。

 

「あ……」

 

ふと、鞄からはみ出ている台本を見つけた。

朝、映画の監督さんから受け取った台本だ。

 

返すタイミングを失って、持ったままになっていた。

 

「……」

 

あやねは、なんとなく鞄から出かけている台本を手に取った。

そして、何気なくページを開く。

 

1ページ、2ページと捲る内に、なんとなく内容が頭の中に入ってきた。

それは不思議な少女“ましろ”と、音楽家を目指すピアニスト“久我志月”の純愛ラブストーリーだった。

 

どうやら、この主人公・久我志月役を楽がするようだ。

確か、監督はまだ“ましろ”役が決まっていないといっていた。

 

「……」

 

何となくだが、この台本の“ましろ”は、楽と同じ。

きっと“音楽を愛する者”なのだろうと思った。

 

正直、少し羨ましくもあった。

 

「私とは、正反対ね……」

 

自分でそう言っておいて、何だか哀しくなった。

 

そうよ。

私は、もう音楽を愛する事は……。

 

でも、何故だろうか。

何故か、無性にこの“ましろ”という存在が気になった。

 

音だけで、魅了するとは、どれほどの「音」なのだろうか―――と。

 

それはきっと、「音楽」を愛し、愛される存在。

そう――まるで、春樹の様な。

 

「……」

 

ふと、あの時 鍵をかけて箱に仕舞った、春樹からの最期のデモテープが気になった。

 

あやねは、ゆっくりと立ち上がると、見えないところに仕舞っていたその箱を取り出した。

開けようとした瞬間、ガチャリ・・・・・・と、錠が引っ掛かる。

 

そういえば、鍵を掛けていたのだった。

そう思い、鍵を探そうとするが……ふと、その手が止まった。

 

そうだわ、鍵は……。

 

あの時のあやねには、この箱を開ける勇気がなかった。

その先も、開けるつもりはなかった。

 

だから……鍵は捨てたのだ。

あの日、この箱を封印した日に捨てた。

 

だから、鍵はない。

 

「馬鹿な、私……」

 

今思えば、何故捨てたのだろう。

答えは簡単だ。

 

あやねには、春樹の最期の曲を聴く勇気がなかっただけだ。

そして、この箱の中に全て閉じ込めた。

 

春樹からの曲も手紙も。

自分の「音楽」のに対する気持ちも全て。

 

そして、見て見ぬ振りをしていた。

彼の愛した「音楽」から、背を向けた。

 

そのはず、な、のに……。

 

楽と一緒いると、引きずられる。

「音楽」を愛する彼は、「音楽」にも愛されている。

 

そんな、彼を羨ましいなどと。

彼の――楽の音に惹かれている自分がいるなどと。

春樹以外の「音」に、こんな感情抱くなどと。

 

あの時は、思いもよらなかった。

 

だから、この箱は二度と開けることはないのだと思っていた。

でも、今は……。

 

「……」

 

あやねは、箱を持つとゆっくりと立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鍵?」

 

箱を持って向かったのは、秋良の書斎だった。

 

「お仕事中に申し訳ございません。お父様」

 

そういって、あやねが謝罪するが。

秋良は嬉しそうに笑いながら、

 

「愛する娘よりも、優先するものはないよ」

 

そう言って、あやねのキャラメルブロンドの髪を撫でた。

久方ぶりに感じる父の手に、なんだか少し恥ずかしさがこみあげてくる。

 

それを隠すように、あやねは早口で、

 

「あの、それで、鍵は無いのですが……この箱を開けたくて……」

 

そう言って、持ってきた箱を秋良に見せる。

秋良はそれを少し見た後、「ああ……」と、何か思い出したように頷き、

 

「穂波、保管庫にある“あれ”を」

 

言われて、ハウス・スチュワードの穂波が一礼した後、ある場所に向かった。

 

え……?

 

その、穂波が向かった先に違和感を覚える。

そこは、秋良の書斎の中で一番大事な場所であり、重要な書類や、データなどを保管している金庫のある部屋だったからだ。

 

「……?」

 

あやねが、不思議そうに首を傾げていると、穂波が赤いトレイに置かれた、金色の鍵を持って戻ってきた。

 

「え……?」

 

その鍵には見覚えがあった。

あの日、捨てた筈の……。

 

驚いて秋良を見る。

すると、秋良は何でもない事の様に、持っていた箱にその鍵をはめ込んだ。

 

がちゃ……。

 

と、鍵の開く音が聞こえる。

そして、蓋を開けないまま、その箱をあやねに返してきた。

 

あやねには、何が起きたのか理解出来なかった。

 

何故ならば、その鍵はあの日あやねが捨てた筈のものだったからだ。

 

「お、とう、さま……?」

 

あやねが困惑した様に、秋良を見る。

すると、秋良は優しげに微笑みながら、

 

「ああ、鍵かい? あの日のあやねの部屋を掃除していたメイドが、たまたま見つけて私の所に持ってきたんだよ。見覚えのある鍵だったからね。“いつか”の為に保管しておいたんだ」

 

「……」

 

まさかの、言葉にあやねは、息を呑みその箱を握りしめた。

 

これは、何?

神の思し召しなのだろうか。

 

秋良は、その来ないかもしれない“いつか”の為に、金庫に鍵を保管してくれていたのだ。

知らず、涙が零れた。

 

「あり、が、とう……ござい、ます」

 

そう言うのが精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――某TV局・控室

 

 

そこには椅子に座り、ぱらぱらと台本を捲っては溜息を洩らす、八乙女楽の姿があった。

 

「なに、あれ」

 

それを見た天がひと言、呆れた様にそうぼやいた。

はっきり言って、今の楽にはいつもの覇気がなかった。

 

なんというか……

 

「なんか、今日の楽はアンニュイだね」

 

龍之介がおどけた様にそう言うが、天は「は?」と、素っ頓狂な声を上げて、

 

「あれのどこが? 単に、魂抜けてるだけでしょ」

 

呆れた様な声で天がそう言う。

事実なだけに、龍之介は苦笑いしか出来なかった。

 

どうせ、楽があんなになる原因なんて分かりきっている。

 

あやねと、何かあった時だ。

そして、事実 昼間の撮影兼レッスン中になにかあったらしい。

 

が、聞くのも馬鹿らしいので、聞かない。

そうこうしている内に、ワゴンを取りに行っていた姉鷺が戻ってきた。

 

「3人とも、移動の準備出来て―――やだ、楽! アナタまだ着替えてないの!?」

 

そう――楽はリハの衣装のままだった。

だが、そんな姉鷺の声は楽には届いていないらしく……。

 

ぼんやりと、例の台本を眺めているだけだった。

 

「まったくも―――!!」

 

姉鷺マジ切れ寸前数秒前を察知した、天と龍之介が一歩後ろへ下がる。

 

すると、姉鷺はずんずんと楽の方に歩いて行くと、その手にあった例の台本をぱっと取り上げた。

 

驚いたのは楽だ。

はっとして消えた台本を追うと――そこには、仁王立ちをした姉鷺の姿があった。

 

「姉鷺? いつ戻って――「たった今よ!!!」

 

楽が言い終わる前に、姉鷺が叫ぶ。

だが、楽は「はぁ……」と溜息を洩らし、

 

「台本、返せよ……」

 

「だーめ!」

 

「は?」

 

まさかの駄目出しに、楽の表情険しくなるが……。

姉鷺の方が上だった。

 

「とりあえず、移動するから、まず着替えて。 今! すぐに!!」

 

そう言って、時計を指さす。

いつの間にか、次の仕事へ向かう時間になっていた。

 

「着替えなら、車の中でいいだろ? 台本、返――「駄目よ!!!」

 

まくしたてる様に、姉鷺がまた楽の言葉を遮る。

 

「今、台本返したら、アンタ! また、見てもないのに、ぺらぺら捲って考え込むだけでしょうが!!」

 

「……そんなんじゃねぇよ」

 

そう言い返すも、楽の言葉には力はなかった。

そんな楽を見て、姉鷺が溜息を洩らす。

 

「あのねぇ、あやねちゃんの事が気になるのは分かるけど……仕事の時は、仕事に集中して! アンタは“TRIGGER”のリーダーなのよ!?」

 

「……っ」

 

痛い所を突いてくる。

そう言われてしまっては、言い返すことが出来ない。

 

そして、そう言わせてしまった自分にも腹が立つ。

 

ぐっと拳を握りしめると、楽はがたん! と、立ち上がった。

 

「――着替えてくる、5分くれ」

 

それだけ言うと、カーテンの奥に入っていった。

それを見て、姉鷺が 「はぁ……」と溜息を洩らす。

 

「ホント、勘弁してよ……」

 

この際、楽があやねの事をどう想っているかなど、どうでもいい。

 

別に、あやねならば――きっと、楽の父である八乙女事務所社長の八乙女宗助も、そこまで反対はしないだろう。

むしろ、落として来いと言うかもしれない。

 

まぁ、現段階で悪いスキャンダルになる相手ではないからそう言えるのだが……。

 

だが――。

それが原因で、楽が腑抜けるなら話は別だ。

宗助はきっと、許さないだろう。

 

その事を、楽は分かっているのだろうか?

 

マネージャーとはいえ、流石に個人的な付き合いとなると、管理することは出来ない。

だが、悪いスキャンダルだけは本当に勘弁してほしい。

 

それは、楽にとってもあやねにとっても、良くはないだろう。

 

まぁ、現段階ではそこまで進展はしていないようだが。

あくまでも“偶然”でしか逢えないようだし。

 

考え過ぎだろうか。

とも思うが、楽のあの表情を見ていると不安になる。

 

これから、なにか大きな渦に飲み込まれていくのではないか――と。

杞憂ならそれでいい。

 

でも、もし。

“あやね”の存在が楽の、ひいては“TRIGGER”の障害になるならば。

 

 

その時は―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ??? これアイナナだよな??

と、自分で自分に突っ込みたいぐらい、アイナナ=スポ根してねぇなw と

思いまして~~~~

 

ま、その前に未だアイナナくん出てきてませんけど――――

中々、難産な子なんで・・・・・・夢主が

文字数食う食うwww

 

でも、時期的に夏(作中)になったら、アイナナくんデビューだぜ?

初夏からスタートしてるから・・・・・・そろそろ、来そうな 気も

 

 

新:2024.01.21

旧:2021.04.10