Reine weiße Blumen

  -Die weiße Rose singt Liebe-

 

 

 1章 前奏曲-volspiel- 12

 

 

 

―――聖マリアナ音楽学院・第一音楽練習室前

 

 

集まっていた生徒たちがざわついていた。

原因は、先ほどの出来事。

 

中から出てきた男の人が白閖あやねを練習室の中に招き入れた事が発端だった。

生徒――主に女生徒たちが。

 

「なんで、白閖さんだけ入れるの?」

 

「え? 楽様と知り合いなの?」

 

「なんか、狡くない?!」

 

などと、憶測が飛び交う。

いや――憶測と言うよりももはや、嫉妬の言葉だった。

 

もし、この場にあやねがいたら、きっと面倒な事になっていただろう。

 

「大体、白閖さんなんてちょっと綺麗なだけで、所詮家柄でしょ? ピアノだって大した事――」

 

その時だった。

 

 

 

ぽ――――ん……。

 

 

 

1音

 

音が廊下に響いた。

 

「そうよ、あれぐらいなら私でも弾け――」

 

 

ぽ―――ん……。

 

 

1音

また、別の音が響いた。

 

はっとした様に、一部の生徒や講師が練習室の方を見る。

 

「家の力を、自分の力と勘違いしてるだけの――」

 

 

 

「ちょっと、静かにしてくれ!!」

 

 

 

不意に、嫉妬の言葉を発していた女生徒の言葉を遮る世に、1人の男子生徒が叫んだ。

その言葉に、女生徒がむっとする。

 

「はぁ? 何言っ――」

 

「音が聞こえないだろ!」

 

「だから、白閖さんの音なんて―――え?」

 

「興味ない」と言い掛けた女生徒が、はっと大きく目を見開いた。

その耳に入ってきた“音”に思わず言葉を失う。

 

それは、先ほどまでの楽の弾いている音でもなく、もっと別の“音”だった。

それを誰が弾いているのかは、一目瞭然だった。

 

「な……っ」

 

女生徒がわなわなと震えだす。

それは、まぎれもなく“あやねの音”だった。

 

だが、違う。

いつもの“あやねの音”ではない。

 

普段、学院内で聞く“あやねの音”は、感情の籠もっていない機械的で、流動しない音。

そう―――まるで、人形の様な音だった。

 

だが、これは違う。

 

もっと別の……。

まるで、別の人間が弾いているかの様な“美しい音”だった。

 

思わず、言葉を発する事を失うほどの―――。

 

「う、そ……」

 

「これが、白閖さんの本当の音……?」

 

その音は、まさに 神秘の音だった。

誰しもが惹かれる。

耳を傾けずにはいられない。

 

そんな音だった。

 

その時だった、もう一つの音が重なった。

そう――それは連弾だった。

 

 

美しく、そして繊細なメロディが重なり、美しい音となる。

 

 

「これ、もう1人って……八乙女楽が弾いてんだよな?」

 

「マジかよ……」

 

外で聞いている生徒たちがごくりと息を呑む。

 

その音は、この学院内でもめったに聞けないぐらい。

それぐらい、美しかった。

 

技量の問題ではない。

それは、先の楽の音を聞いていれば一目瞭然だった。

 

まだまだ未熟で、でも抗っている音だった。

だが、今は違う。

 

あやねの音に、楽の音が重なると、それが美しいメロディとなる。

 

誰しもが、言葉を失った。

――― 一部の女生徒達以外は。

 

「な、何よ、どうせCDか何か流して……」

 

「なに? CDと生演の区別もつかねぇのかよ、お前」

 

そう言われて、その女生徒がかっと顔を怒りで赤くする。

 

「い、いこ! 相手にしてらんない!!」

 

そう言って、数人の騒いでいた女生徒がその場を去っていった。

 

 

その間も、連弾の音は響き続けていた―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

――― 一方・第一音楽練習室内

 

 

「……っ」

 

あやねは、言葉を失った。

楽が隣で弾き始めた瞬間、一気に引きずられた。

 

粗削りだが、美しいその“音”に。

 

う、そ……。

 

それは、以前にもあった。

“あの人の音”と同じだった。

 

聞いているだけで、心が温かくなる。

安らぐ音。

 

どう、し、て……。

 

何故、楽がこの音を出せるのか。

 

技術的には、勿論まだまだな部分が多い。

だが、これは技術とかそう言う問題ではない。

 

あの人ならきっとこう言う。

 

『音楽を愛し、愛されているからだよ―――』

 

と。

 

ああ、そうか……。

 

彼は――八乙女楽という人は、自分とは違う。

“あの人”と同じく、“音楽”を“愛している”のだと。

 

「……」

 

不意に楽の手が止まった。

 

「あやね? どうした……?」

 

「え……」

 

言われて気づいた。

あやねは、泣いていた。

 

「あ……、これ、は―――」

 

慌てて楽から視線を逸らす。

 

こんな事、気づきたくなかった。

この人に関わらなければ、気づかないままでいられたのに。

 

 

 

 “あやね―――――音楽を嫌いにならないで”

 

 

 

あの人からの“最期の言葉”。

 

 

 

 “音楽を愛してあげて”

 

 

 

今でも耳に残っている。

最後の電話越しに言われた言葉が―――。

 

 

 

 

『さよなら……あやね―――』

 

 

 

 

 “たとえ、俺がいなくてもあやねの音は消えたりしない”

 

 

あの人は……。

 

 

  “俺の愛したあやねの音は永遠に残るから―――”

 

 

“春樹お兄ちゃん”は……。

 

 

がたん……っと、突然あやねが立ち上がった。

 

「あやね?」

 

楽が名を呼ぶが、あやねは、逃げるようにそのまま第一練習室を飛びだした。

 

 

 

 

「―――あやね!!!」

 

 

 

 

楽の声が後ろから聞こえる。

だが、あやねは聴こえない振りをして、そのままその場から走り去った。

 

「……」

 

残された楽は、追いかける事すら出来なかった。

 

何故かは分からない。

分からないが―――追いかけてはいけない。

 

そんな気がしたからだ。

 

 

「あやね……」

 

 

小さくそう名を呟いた時だった。

突然、わっとギャラリーをしていた生徒や講師達が、楽に詰め寄ってきた。

 

「八乙女さん、ピアノ弾けたんですね!! 感動しました!!!」

 

「すごく綺麗な音でした!!」

 

「俺、ファンになったかも!!」

 

突然の、賛辞を送られて、一瞬楽が戸惑うが、

 

「あ、ああ、サンキュな」

 

そう言って、いつもファンに返すように、返事をする。

そして、ふとあやねが消えた方を見た。

 

そこには、もうあやねの姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――夕刻・某TV局 控室

 

 

「3人ともお疲れ様!」

 

楽、龍之介、天が楽屋に戻ると、マネージャーの姉鷺がタオルとミネラルウォーターを差し出してきた。

今日は、今度ある歌番組の祭典の通しのリハーサルだった。

 

ちゃんと衣装に着替えて行う、ゲネプロの様なものだ。

天が早々と着替えて、ミネラルウォーターを口にしながら、

 

「そういえば、楽。今日、ミス多かったね」

 

そうなのだ。

はたから見たら分からない程度のミスだったが、天にはお見通しだった様だ。

 

「……悪かったよ」

 

流石の楽も、2人がフォローしてくれたとはいえ、自覚はあるので謝罪した。

すると、天が少し驚いたように、

 

「へえ? 珍しく殊勝なことで。なんかあった訳? ――たとえば、白閖さんとかと」

 

「ぶっ……、ごほっごほっ」

 

天からの突然の指摘に、楽が飲んでいたミネラルウォーターでむせる。

それを見た天があからさまに呆れた様に、

 

「なに、そのわかりやすいリアクション。そんなに聞いてほしかったんだ?」

 

「ばっ……、ちげーよ!!」

 

楽が慌てて口を拭きながらそう言うが……、

最早、それは肯定にしか見えなかった。

 

はっきり言って、逆効果である。

 

すると姉鷺が、

 

「あら、でも、接触禁令と外出禁止じゃなかったかしら? あやねちゃん」

 

「ん? あ、ああ……外出禁止は今朝解かれたんだとよ。接触禁止は……あー、“偶然”は仕方ないって事で……」

 

「ふーん? “偶然”……ねぇ?」

 

と、天がミネラルウォーターを飲みながら、意味深にそう言った。

 

「……なんだよ?」

 

「いや? 別に」

 

その時だった、着替え終わった龍之介が出てきて、

 

「でも、あやねちゃんと話せてよかったね! 楽」

 

「あ? あ、ああ……まぁ、そうなんだが……」

 

そこまで言いかけて、楽は少しだけ視線を落とした。

龍之介が不思議そうに首を傾げる。

 

「……楽?」

 

「……あ、いや。ちょっと、な」

 

「「?」」

 

天と龍之介が顔を見合わせて、首を傾げる。

 

楽は、持っていたミネラルウォーターをぎゅっと握り締めた。

 

あいつ、泣いてた……。

 

あの時―――。

 

練習室で、ピアノを弾いていた時――泣いていた。

その事実に、あやね自身が驚いていた。

 

本当なら追いかけて、その涙を拭ってやりたかった。

でも、それが許される立場じゃないのは分っていた。

 

そんな資格……。

 

何故だろう。

自分と関わると、彼女はいつも泣いている。

 

泣いているんだ……。

泣かせたい訳じゃないのに……っ。

 

このやり場のない、怒りを、不甲斐なさを、どこにぶつければいい。

どこに、吐き捨てたらいいんだ。

 

 

 

  あやね―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――夜・白閖邸

 

 

「あやねは?」

 

秋良の言葉に、穂波が小さく首を振った。

 

「あやねお嬢様は、ご帰宅されるなり、部屋に閉じ籠もっておいでです」

 

「……そう、か。ピアノは?」

 

「弾いている様子は、ありません」

 

「ふむ……」

 

秋良が顎に手を当てて考え込む。

 

まだ、時期尚早だったということだろうか。

彼ならば――八乙女楽という男なら、今の状態からあやねを解放してくれるかと期待をしていたのだが……。

 

それぐらい彼からは、同じものを感じた。

 

そう―――かつて、秋良の良き理解者であり、あやねの師であり、

そして、今は行方不明の……。

 

 

 

 “桜春樹”と同じものを―――。

 

 

 

だが、ここで引き下がるわけにはいかない。

ここで、秋良が諦めてしまっては、あやねはきっともう心を閉ざしてしまう。

 

それだけは……。

それだけは、避けねばならない。

 

もう一度、花の様に笑っていたあやねに戻ってほしい。

 

“音楽”を。

“音楽”を、“愛していた”あやねに、戻ってほしい。

 

それが―――。

それが、桜春樹との、

 

 

 

 “約束”

 

 

 

   なの だから―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この子、泣いてばっかりwwww

と、今更の如く気づきましたwwww

 

桜春樹はね~あの人難しいよね

つかみどころ無くて

でも、重要人物なんでwwww

 

 

 

新:2024.01.21

旧:2021.01.20