Reine weiße Blumen
-Die weiße Rose singt Liebe-
◆ 1章 前奏曲-volspiel-1
初めて彼女に会ったのはどのくらい前だっただろうか。
桜が満開に咲き誇る庭園に、彼女はいた。
真っ白なワンピースに桜色のストール。
雪のように白く細い四肢が映え。
そして、何よりも印象的なのは。
日本人離れした、美しいキャラメルブロンドの髪に、深海の海の様な青い瞳――。
その色には見覚えがあった。
オーロラの綺麗な真っ白な雪の似合う国――“ノースメイア”。
彼女の中に、ノースメイア人の血が混ざっているのは、一目瞭然だった。
幼い彼女は、大人の自分が見てもハッとするほど、それほど美しかった。
そう――まるで“天使”の様な。
大人になったら、どんな美しい女性に育つのだろう。
そう、思わずにはいられなかった。
少女は、一生懸命背伸びをして、桜の枝を取ろうとしていた。
だが、少女の身長で届くはずもなく――。
その姿があまりにも可愛らしくて、思わず笑ってしまった。
見ているだけというのも大人気ないので、そっと後ろから手を伸ばし、桜の幹をひと枝ぱきんと、折る。
「あ……」
突然、背後から伸びてきた手に彼女がびくっと肩を震わせた。
「あ、ごめんね。びっくりさせちゃったかな?」
そう言って、笑いかける。
彼女は何が起きたのだろうと、その深海のような海色の瞳を大きく瞬かせた。
あまりにも大きな瞳がまじまじと自分を見ているので、なんだかくすぐったくなる。
「これ、欲しかったんでしょ?」
そう言って、桜の幹を彼女に渡した。
「あ……っ!」
それを見た瞬間、彼女がふわっと、顔を綻ばせた。
「ありがとうございます」
そう言って、にっこり微笑み深々と頭を下げる。
その仕草があまりにも可愛らしくて、また くすっと笑ってしまった。
「いいよ、気にしないで。 君にはちょっとまだ高さが足りなかったかな」
冗談めかしてそういうと、彼女はその雪のように白い頬を少しだけ膨らませ、
「も、もう少ししたら、届くようになります!」
と、言った。
予想外の回答に、自分はまた笑ってしまった。
それが、彼女――白閖あやねとの出会いだった。
彼女に、自分の名前を名乗った時、酷く驚いていたのは今でも忘れてない。
「桜の精なの?」
と、真面目に聞かれた瞬間、お腹を抱えて笑ったのは懐かしい思い出だ。
なぜなら、
“桜春樹”
それが、俺の名前だったから。
業界の人間なら、誰もが言う。
「あのゼロの作曲家か」と――。
でも、彼女――あやねは知らなかったのか、その言葉は出てこなかった。
それが、何よりも嬉しかった。
「あのゼロ」と、言われる度に、怒りが沸騰しそうだったから。
それはそうだろう。
まるで、ゴシップのように扱う奴らに、ゼロの……俺の友人の事を悪く言われるのは我慢ならなかった。
1年前、急に行方をくらませたゼロ。
大事な、大事な友人だった。
俺と、ゼロと、九条は仲間だった。
俺が作った歌をゼロが歌う。
そして、その舞台演出をゼロのマネージャーの九条が行う。
俺達は最高のチームだと思った。
でも、違った。
そう思っていたのは、俺だけだった。
ゼロがなぜ、何も言わず行方をくらませたのかはわからない。
俺はゼロを探すと九条に言った。
必ず見つけると、大事な友人だから。
でも、九条は違った。
ゼロは裏切ったのだと言った。
自分たちを捨てて、逃げたのだと――。
悔しかった。
心のどこかで俺もそう思っていたのかもしれない。
何も言い返せなかった。
そんな自分が情けなくて、惨めだった。
でも、このままは嫌だった。
ゼロは裏切ったんじゃない。
そう、はっきりと言い返したかった。
だから、俺はゼロを必死で探した。
ゼロが好きだと言っていたノースメイアにも行った。
でも、ゼロの足取りは掴めなかった。
そんな時、仕事で日本屈指の財閥の総帥・白閖秋良に会った。
彼はとても気さくで話しやすかった。
彼の協力も得て、俺はゼロ探しに一層力を入れて探すことが出来た。
だが、やはりゼロの足取りは掴めなかった。
ある日、白閖秋良の奥様がノースメイア人だと知った。
身体が弱いため、あまり表舞台には出てこないから皆知らない人が多いのだと。
そして、そんな彼女との間に一人娘がいると。
会って、是非俺のピアノを聴かせてあげて欲しいというのが、彼の願いだった。
俺は、そんなことでいいのかと、彼に尋ねた。
彼には色々と世話になっていたし、恩を返せるならなんでもするつもりでいた。
だが、彼の望みは愛する娘と奥様に俺のピアノを聴かせることだった。
だから、俺はノースメイアと日本を行き来する合間に、よく白閖邸に顔を出すようになった。
あやねは特に、俺のピアノが好きだと言ってくれた。
だから、彼女に自然とピアノの手ほどきをするようになった。
あやねは飲み込みが良かった。
たった一度俺のピアノを聴いただけで、それをそのまま表現する。
“絶対音感”。
音楽家が欲しくて欲しくてやまないもの。
それを彼女は持っていた。
俺は、秋良氏にあやねをもっとしっかりした師に師事させるべきだと伝えた。
しかし、彼もあやねも、俺を師としたいと言い出した。
俺にならあやねを任せられる――と。
もう、自分にはあやねしかいないから、見知らぬ人には師事させたくないと言った。
そう――この頃、あやねの母はこの世から去っていた。
元々、身体が弱かったからいつかはこんな日が来るのは分かっていたと、秋良氏は苦笑いを浮かべて言った。
だから、彼女が残した最愛の娘だけは変な輩に関わらせたくないのだと。
俺も十分変ですよ? と、言ったら彼は笑って、
「君以上に、信用に足る人間はいないよ」
と、言ってくれた。
嬉しかった。
ゼロ失踪後、初めて必要とされた気がした。
それから、5年、10年と月日は経っていったが、やはりゼロは見つからなかった。
最初に発症したのはいつだっただろうか……。
ノースメイアで、ある日突然血を吐いた。
最初は、疲労がストレスか何かだろうと思っていた。
でも、次第に自分の身体が何かに蝕まれていくのがわかった。
俺はきっと、そう長くは生きられない――。
そんな気がした。
次第に、あやねを避けるように日本より、ノースメイアにいることの方が多くなっていった。
病気で母親を亡くしているあやねに、自分も病気で先が短いとはどうしても言えなかったからだ。
そして、ノースメイアの知り合いのカフェでピアノの弾き語りをしている時に、とある少年に会った。
少年は、俺のピアノを聴きに来たのだと言った。
とても、綺麗な子だった。
元々、ノースメイアの人たちは綺麗な人が多い。
あやねの母親もとても綺麗な人だったし、半分ノースメイアの血の入っているあやねも、年を重ねる毎にどんどん美しくなっていった。
少年は少し事情のある子だった。
ノースメイアの第二王子。
そういうのがしっくり来るだろう。
それも、日本人の母親とノースメイア王との間に生まれた子だった。
まるで、あやねの逆だと思った。
そして、少年の母親も既にこの世の人ではなかった。
少年の母親は“桜”が好きだと言っていたらしい。
だから、少年は俺に興味を持った。
俺の名が“桜”だから。
なんだか、少年を見ているとあやねを思い出した。
きっと、この少年と同じぐらいの年なはずだ。
会ったら、話が合うだろうなぁ……とか、並べて見てみたいなぁ……とか。
色々、浮かんだ。
少年と俺はすぐ打ち解けた。
どうやら、自分を王子扱いしない俺に興味を持ってくれたらしい。
それはそうかもしれないと思った。
彼の周りは、彼の機嫌を取る輩ばかりなのだから。
だが、俺はノースメイア人でもないし、そもそも王族と言われても、ピンと来なかった。
俺とはかけ離れすぎていて……。
だから、あやねと接するのと同じように、彼にも接した。
彼は俺がノースメイアに滞在している間は、時間があるといつもカフェにきて俺のピアノを聴いていた。
皮肉なものだ。
あやねに病気を悟られないようにノースメイアに来ているのに、そこで親しい“友人”を作るなんて。
そう――彼は俺を“友人”だと言ってくれた。
嬉しかった。
こんな俺でも、誰かの役に立てる――。
いつ朽ちるかわからないこの身体で、出来ることを精一杯しよう。
そう思った。
そして、少年が17歳になる頃、俺の病状も隠し通せないほど進行していた。
今、日本に帰れば間違いなく、あやねは気づく。
きっと、病院に運ばれてゼロを探すなんて出来なくなる。
それが、怖かった。
あやねに知られることも、ゼロを探せなくなることも。
両方怖かった。
だから、俺は少年が王宮で療養しながらゼロを探せばいいという誘いを受けた。
だか、俺は甘かったかもしれない。
王宮は魔窟だった。
陰謀と、謀略が渦巻く世界。
第二王子である少年と親しい俺を利用しようとする輩。
少年を狙ういくつもの刃。
こんな世界で彼は生きてきていたのかと悲しくなった。
そして、1年近く過ぎた頃――事態は本格的に動き出した。
政治争いの勃発だった。
少年の兄である第一王子派と、兄より優秀な第二王子派。
王宮……いや、正確には 国は王宮派と、国民派の真っ二つに分かれていた。
この時、ノースメイアは立憲君主制だった。
だが、王政復古の運動が起こり、絶対王政に戻ろうとする動きがあった。
正確に言うと、王室支持派と穏便派である。
王室支持派は、勿論第一王子を支持していた。
そして、穏便派――つまり、国民側は国際社会に愛された社交的で、かつ優秀で語学に長けた第二王子を支持していた。
と、同時に国民に愛される第二王子を担ぎ王政復古を正当化しようとする、動きも見て取れた。
兄弟でありながら、政治の道具として扱われているのだ。
俺がどっちに転んでも少年の足枷になるのは明白だった。
だから、俺は少年に手紙と曲を残して、そっと王宮を去った。
ゼロのように“友人”に何も言わずには去りたくなかった。
だから、手紙と曲を残した。
『この曲を大切に歌ってくれる人に渡して欲しい』
とだけ残して、俺は去った。
彼の元を――。
俺は逃げてばかりだ。
そして、いつかひとりで死んでゆく。
きっと、もうあやねにも少年にも会うことなく、
桜と同じように、儚く散っていくんだ。
なぁ、ゼロ。
ゼロもこんな気持ちだったのか?
だから、俺達の元を去ったのか……?
教えてくれよ――ゼロ……。
またかよ!! と、突っ込まれそうですが…
今、アイナナに激ハマり中
楽がも~~~尊くて尊くて堪らないです
というわけで、楽夢です
決して、春樹夢ではありませ―――ん
そこ、要注意!!
新:2024.01.21
旧:2019.02.19