古戀唄 ~緋朱伝承~

 

 壱章 守護者 2

 

 

 

――――辺り一帯が、怖いくらい赤く染まっている

 

 

 

逢魔が時

 

 

 

もしかしたら、そう人は呼ぶかもしれない―――・・・・・・

不意に、沙綾の身体をぐんっと力強い力が引っ張る

 

「あ・・・・・・」

 

気づけば―――目の前に“なれ果て”が迫っていた

 

 

ずる……べた……

 

 

 

  する……べた……

 

 

 

と、その“なれ果て”がどんどん増えていく

 

「おいおい、冗談はよしてくれよ…」

 

拓磨が皮肉めいた言葉をつぶやく

 

周りの樹々から何体もの“なれ果て”が姿を現したのだ

 

拓磨が背に庇ってくれているとはいえ・・・・・・沙綾には何が起きているのか理解の範疇を超えていた

 

微かに身体が震える

これから“起きるであろう”惨劇が脳裏を過る

 

 

 

―――――だめ、だ

 

 

 

何かが頭で囁いた

 

駄目だと

このままでは、駄目だと

 

 

 

コレを アイテに シてハ、イケナイ――――・・・・・・

 

 

 

何かがそう囁く

 

何か・・・・・・

何か突破口は――――・・・・・・

 

そう思い、辺りを見渡す

だが、ここはもうすでにあの“なれ果て”の領域だった

 

この沈まない太陽も、永遠と続く赤い世界も

すべて、あの“なれ果て”が作り出した世界――――・・・・・・

 

何故かはわからない

わからないが――――沙綾はそう思った

 

「どう・・・・、するのですか?」

 

思わず、拓磨にそう尋ねる

すると拓磨は一度だけその紫色の瞳で沙綾を見た後、

 

「そうだな・・・・・・、ここから逃れるには答えは二つ――――」

 

「二つ・・・・・?」

 

「ああ、やつらを全て倒すか・・・・・、もしくは、隙を見てこの“領域”から脱出するか―――」

 

「・・・・・・脱出・・・ですか?」

 

流石に、沙綾でもわかる

この数相手に拓磨が全滅させるのは無理があるだろう

 

ましてや、“沙綾”というお荷物を抱えているのだ

沙綾を守りながら戦うなど―――無茶にも程がある

 

そもそも、彼自身が戦えるかのか―――それすら沙綾は知らない

知らない筈なのに――――なぜだろう

 

何故か、彼から放たれる圧力とも呼べる凄まじい“力”を感じた

 

これは、一体――――・・・・・・

 

「仕方ねぇ、術法は苦手だが・・・・・・」

 

そこまで言いかけて、何故か拓磨が沙綾を見た

 

え・・・・・・?

 

沙綾は意味が分からず、その菖蒲色の瞳を瞬かせる

すると、拓磨は「ちっ」と軽く舌打ちすると

 

「今から、隙を作るから全速力で走れ、いいな!!」

 

「え? え、ちょ―――」

 

訳が分からず、沙綾が声を発しようとした時だった

 

突然、拓磨が制服の胸ポケットから一枚のお札らしき物を取り出す

そして――――・・・・・・

 

 

天為我父てんをわがちちとなし地為我母ちをわがははとなし在六合之中くにのなかにあり

 

瞬間、ぼぅ・・・・とその札に書かれている文字が光り始める

 

南斗なんじゅ北斗ほくと

 

空気が変わる――――・・・・・・

 

三台さんだい玉女ぎょくじょ左青龍ひだりせいりゅう右白虎みぎびゃっこ前朱雀まえすざく後玄武うしろげんぶ扶翼ふよく

 

刹那、突然目の前の“なれ果て”が「オオオオオオオ」と苦しみだす

 

 

 

 

「悪く思うなよ―――――急々如律令!

 

 

 

 

拓磨がそう叫んだ瞬間だた――――それは起きた

札から赤い閃光が放たれかと思うと、世界が一瞬で“赤”に染まる

その瞬間、札が粉砕し世界の音が 消えた

 

全てが静粛する

音という、音が消えたのだ

 

「――――!?」

 

沙綾は息を飲んだ

 

な・・・に・・・・・・?

 

沙綾が唖然としていると、不意に拓磨にぐいっと引っ張られた

 

「長くはもたねぇ!! ぼうっとするな! 行くぞ!!」

 

そう言って、沙綾を引きずるように走り出した

あの“なれ果て”だけではない

 

ここら一体の“全て”が止まっていた

 

 

止まって・・・る、の・・・・・・?

 

 

沙綾は引っ張られながらも静止したままの“なれ果て”をずっと眺めていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーリーと、虫の音が聴こえてくる

ザワ・・・ザワ・・・・・・と、風の音も聴こえてきた

森を抜け、村道に出た瞬間、“それら”は瞬時に戻ってきた

 

世界の色も赤ではなく、夜の風景の色に移り変わる

 

「ここまで来れば、大丈夫だろ・・・・・・」

 

拓磨ははぁ・・・とため息を洩らしながら言った

沙綾は、まだ何が起きたのかすら理解できず、呆然としたままだった

 

 

「おい」

 

 

反応がない

瞬間――――

 

 

ゴス!!!

 

 

「痛っ・・・・・・」

 

拓磨の手刀を食らって、沙綾がはっと我に返る

 

「何時までそうやってぼんやりしてるつもりだ? そんなんだから、オボレガミに付け込まれるんだよ」

 

オボレガミ

 

聞いた事のない“言葉”だった

 

沙綾は、乱れた髪を手櫛で少し整えながら

 

「あの・・・・・オボレガミ? って・・・・?」

 

恐る恐るそう拓磨に問うてみる

だが、拓磨は「あ-説明は苦手なんだよ」と言いながらそっぽを向いた

 

説明する気はまったく無いようだ

 

なんだか、もやもやしてすっきりしない

先ほどの、拓磨が使った謎の呪法というべきなのだろうか?

普通の高校生はそんなもの使えるはずがない

 

それぐらいは、記憶の無い沙綾でもわかる

 

先ほどの出来事はあきらかに“普通”ではなかった

 

それを説明の一つも無いなんて・・・・・・

果たして、自分は本当にこの人について行って大丈夫なのかと不安になる

 

すると、沙綾のその感情を読み取ったかのように拓磨が「あ~」と洩らした

 

「―――んな顔することねぇだろうが」

 

「・・・・・・別に、普通です・・・」

 

思わず、むっとしてそう答えてしまう

でも・・・・・・

 

そもそもの原因は自分だ

自分が勝手に混乱して、勝手に離れて、勝手に襲われたのだ

それを拓磨は助けてくれたのだ

 

そう思うと、今度は申し訳ない気持ちがじわじわと襲ってきた

次第に、沙綾の表情が暗くなる

 

気が付けば、その菖蒲色の瞳にうっすらと涙が浮かんできた

 

「お、おい・・・・・なにも、泣かなくても―――」

 

それに気づいた拓磨が、ぎょっとして慌てだした

 

「・・・・・・っ、別に・・・泣いてなんて・・・・・・」

 

そう言おうとしたが、我慢しきれずぽろぽろと涙が零れ落ちる

 

「・・・・・・っ、う・・・」

 

泣いてはいけない――――・・・・・・

そう思うのに、涙が止まらない

 

「あ~~~」

 

拓磨が困った様に声を洩らす

それから、少し頭をかき

 

「あ~その・・・・、なんだ。 言い方がきつくて悪かったよ。 だから、泣くな」

 

そう言って、拓磨の優しい手が沙綾の頭を撫でた

 

違う

そうじゃない

 

拓磨が悪いのではない――――・・・・・・

私が・・・・・・

 

そう思って、沙綾は小さくかぶりを振った

 

「ちがっ・・・・違います・・・・・・。 鬼崎さんは、何も悪くないです―――その、私が・・・・私のせいで、鬼崎さんにご迷惑を――――」

 

そう言うので精一杯だった

申し訳なさ過ぎて言葉にしただけで、涙が溢れてくる―――・・・・・・

泣いてはいけない

そう思うのに、止まらない

 

それを見た、拓磨は少し驚いた様にその紫色の瞳を瞬かせた後、ふっと微かに笑った

 

「馬鹿だなぁ・・・・・俺は―――迷惑なんて思ってねぇから、気にすんな」

 

そう言って、ぐいっと沙綾の手を引いた

 

「あ・・・・・・」

 

不意に、握られた手が熱い

 

「ほら、いつまでそんな顔してんだ。 さっさと、行くぞ」

 

「・・・・・・っ、はい・・・」

 

そう答えるのだけで、精一杯だった――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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拓磨に連れられて付いたのは神社の奥にある大きなお屋敷だった

拓磨はインターホンすら押さず、いつもそうだという様に扉を開けた

 

すると、広めの玄関にいくつもの靴が並んでいた

 

「あの・・・・、ここは・・・・・・・・・?」

 

沙綾が恐る恐るそう尋ねると、拓磨は「ん?」と、不思議そうな顔をして

 

「どこって・・・・・・ババ様の家だよ」

 

「ババ様・・・・・・?」

 

そういえば――――

長身の大蛇卓と名乗った和服の男性が言っていた

 

『これから、貴女が世話になる方ですよ』――――と

つまり、あの男が言っていた身元引受人になってくださった“宇賀谷静紀”という女性の事を指すのだろうか・・・・・・?

 

そんな風に、沙綾が考えあぐねていた時だった

 

不意に、拓磨に額を叩かれた

 

「?????」

 

突然の拓磨の行為に、沙綾が困惑した様にその大きな菖蒲色の瞳を瞬かせる

 

「顔」

 

「かお・・・・・・?」

 

顔がどうかしたのだろうか?

そう思っていると、屋敷の奥の方からぱたぱたと翔ってくる音が聴こえてきた

 

「お帰りなさいませ。 鬼崎さん」

 

そう言って玄関にやってきたのは、小柄な和服姿の似合う可愛い感じの少女だった

歳は沙綾と同じぐらいか、少し下だろうか・・・・・・

沙綾に気づいた肩に掛かるぐらいの髪の長さの小柄な少女は、にっこりと微笑んだ

 

「こちらの方が?」

 

少女が透き通るような物静かな声で拓磨に尋ねる

すると、拓磨は小さく頷き

 

「あぁ、霞上 沙綾だ。 着いた早々、いきなり常世に連れて行かれそうになりやがった」

 

面倒な・・・・・と言わんばかりの声で沙綾の方を振り返る

 

「う・・・・・、すみません・・・・・・・・・」

 

事実なだけに、否定出来ない

沙綾は少し、申し訳なさそうに俯いた

 

それを見た拓磨はやれやれといった感じで、はぁ・・・・とため息を洩らした

 

「あ~だから、顔」

 

「顔?」

 

先ほども言っていた

「顔」とは何のことだろうか?

 

 

ますます、分からなくなり沙綾が困惑した様に、首を傾げた

 

「お早いお着きでしたね。 ご無事でなによりです」

 

「え・・・・? あ、あの・・・・・・・」

 

いきなり少女に綺麗な姿勢のお辞儀をされ、沙綾は一瞬 戸惑いを見せた

どうしていいのかわからず、思わず拓磨を見る

すると、拓磨は何でもない事のいように

 

「美鶴。 案内してやってくれ。 俺は少し休む」

 

そう言って、持っていた荷物を沙綾に渡した

 

「あ・・・・・・」

 

お礼を言おうとして、口を開きかけたが

拓磨はさほど気にした様子もなく、そのまま手を伸ばしてきて沙綾の頭をぽんぽんっと叩いた

 

「だから、そんな不安そうな顔するな。 ここにはお前を害する奴はいねーよ」

 

それだけ言い残すと、そのまま何事も無かった可能様に屋敷の奥に入っていく

美鶴と呼ばれた少女は「ご苦労様でした」と言いながら、拓磨に頭を下げた

 

「あ・・・・・・」

 

美鶴と呼ばれた少女と二人になり、一瞬どうしようか迷ったが

沙綾は、ぺこりと頭を下げた

 

「あの・・・・・、お初にお目にかかります。 霞上 沙綾と申します。 その――・・・・・・宜しくお願致します」

 

沙綾がなんとか勇気を振り絞って、そう言って頭を下げると

美鶴は一瞬驚いたような顔をしたものの、にっこりと微笑み

 

「失礼致しました。 宇賀谷家の分家筋にあたります言蔵の家の長女、美鶴と申します。 ババ様のお世話をさせて頂いております」

 

そう言って、美鶴は完璧な角度で腰を折ってお辞儀を返してきた

その所作の綺麗さに、思わず見惚れてしまう

 

すると、美鶴は気にした様子もなくにっこりとやはり微笑み

 

「沙綾様、どうぞこちへ―――」

 

そう言って、屋敷の奥に手を向けた

 

瞬間――――

 

 

どくん・・・・・・

 

 

“何か”が、ざわめいた

 

何・・・・・・?

 

まるで、ここで一歩でも進めば、もう戻る道などないという風な感覚に捕らわれる

 

「・・・・・・・・沙綾様?」

 

美鶴が不思議そうに微動だにしない沙綾を見る

 

感じる――――

 

“それ”が何なのかは、わからない――――わからないが・・・・・・

行かなければいけない

 

そんな気がした

 

沙綾はごくりと息を飲み、ゆっくりと一歩を踏みだした

 

もう、戻れないと知りつつも――――・・・・・・

 

 

そして、これが

決して、逃れることの出来ない“運命”だとしても――――・・・・・・

 

 

 

 

         進むしか――先への道は開かれていなかったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実はここのシーンは元の序章1~2話目のシーンだったりします_(‘ω’;」∠)

自分でも、びっくりwww

今回は、原型がすこ~~し、残ってますwwww

若干、拓磨の対応が塩ではないです

そこまで美鶴と差別化する必要性を感じないので(。・ω・)ノ ‘`ィ

 

 

前:2008.05.28

※改:2020.10.12