舞い降りて 我謡いし玉響の
      今一夜の夢の如く

 

 第壱幕 雨の音3

 

 

 

 

 

「答えろ娘。 返答次第では―――――」

 

 

そう言って、一歩こちらに近づいてくる

青年は、その手には術符を構え、もう片方の手は首から下げている大きな数珠に手が掛かっていた

 

ごくり・・・・・・と、美月は息を飲んだ

 

何故と問われても困る

自分ですら、ここにいる理由がわからないのに・・・・・・どう説明しても、この青年が納得するとは思えなかった

 

「あ、あの・・・・・・」

 

美月が声を発しようとした時だった

不意に、青年の手をかざしたかと思った瞬間――――――

 

「あ・・・・・・」

 

声が・・・・・・

 

発しようとし気づいた

声を出すことが出来ない――――

 

驚いて、思わず自身の喉を抑える

 

「・・・・・・・・・・・」

 

だめだ

何を言おうとしても、音にならない

完全に、封じられている

 

そうこうしているうちに、あの青年が近づいてくる

 

じゃり・・・・・・と、砂利を踏む音が酷く大きく聞こえる

 

瞬間的に、頭に“死”という言葉が浮かんだ

 

私・・・・・・死ぬ、の・・・・・・?

このまま、声を発することもなく――――この目の前の人の手に掛かって

 

美月は、出ない声で必死に訴えた

だが、何度叫ぼうとしても声は出ない

 

そんな美月を見て、青年は無表情のまま

 

「無駄だ。 声は出せぬ」

 

そう言って、すぐ目の前までやってくると、その手を美月に向けて伸ばしてきた

 

「――――っ」

 

ぐいっと、そのまま首を押さえられて、持ち上げられる

 

「―――――っ、—――――っ!!」

 

くる・・・・し、い・・・・・・・・

 

ぎりぎりと、首を絞めつけられるような感覚に、頭が麻痺していく

 

「―――――っぁ」

 

このまま・・・・・・あの人にも逢えず・・・・・・

わたし、は・・・・・・

 

手に握っていた、薫衣草の香り袋が ぽとり・・・・と、音を立てて落ちた

 

「ん・・・・?」

 

不意に、青年の視線がその香り袋に注がれる

刹那、それは起きた

 

その香り袋から、まばゆい光が放たれたのだ

 

「な、に―――――!!?」

 

青年が、一瞬ひるむ

瞬間、美月の首を絞めていた手が緩んだ

 

一気に、喉に空気が入ってくる

 

「―――――っ、ごほ・・・・! ごほ!」

 

今にも意識が飛びそうな中、傍に落ちた香り袋が視界に入る

 

守って・・・くれる、の・・・・・・?

 

なんとか、青年の手を逃れた美月は、そっとその香り袋に触れた

 

「あ・・・・・・」

 

流れてくる――――――――・・・・・・

 

それはこの香り袋に宿る思念なのか

哀しい様な、寂しい様な、苦しくて苦しくて、泣いてしまいたくなる様な――――――

 

 

 

 

のまれる――――――

 

 

 

 

 

刹那、美月はその意識を手放したのだった―――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、‟誰“の“記憶”だろうか―――――・・・・・・

 

幼い彼・・・は、ひとり、自分を残して去っていく、母の背をずっと見ていた

 

「ははうえ・・・・・・」

 

小さな声をそう呟く

その声が、母に届くことはなかった

 

泣きそうになるのを必死にこらえ、彼は右手で目をこすった

 

「いくぞ」

 

ぐいっと、無理やり自分の手を掴んでいる男に引っ張られる

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

彼はもう一度母が去っていた方を見た

だが、もうそこに母の姿はなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泣いている

が・・・・泣いている・・・・・・

 

美月がゆっくりと身体を起こす

いつの間に、運ばれたのか・・・・・・

そこは、いつも使わせてもらっている部屋ではなかった

 

ここは・・・・・・?

 

美月が視界を塞ぐように立っている几帳を少しめくった

その時だった

 

「も~~~~!!! 泰明さんのばか!!」

 

あかねの叫ぶ声が聴こえてきた

そっとそちらの方を見ると、仁王立ちになっているあかねの前に、先ほど自分の首を締めあげた男が無表情のまま座っていた

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

思わず、身体が強張る

そうとは知らないあかねは、怒った様に

 

「馨ちゃんはまだ、こっちに慣れてないんですよ!? 出会い頭に、首絞めるとはありえませんよ!!!!」

 

「私は、間違ったことはしておらぬ」

 

だが、泰明と呼ばれた男は平然としたまま、あっけらかんとそう述べた

 

「泰明さん!!!」

 

あかねの怒気の混じった声が部屋中に響く

すると、泰明を呼ばれた男は

 

「あの者は、名乗らなかった。 やましい事がなければ名乗ればいいだけだ。 名乗らなかったので、対処した。 それだけだ」

 

「だから!! 馨ちゃんは今、記憶喪失なんです!!」

 

「記憶喪失であれば敵はないと? 私は神子に何かある前に“処理”すべきと判断したが? あの者が本当は記憶を有していたら? 神子や藤姫をだますために近づいた間者とも限らぬ」

 

「馨ちゃんは、そんな子じゃぁ―――――」

 

「神子」

 

泰明と呼ばれた男が一等低めの声であかねを呼んだ

その声音に、一瞬あかねがひるむ

 

「私にとっては、師の指示通り神子とこの都を守るのが役目だ。 それ以外は、持ち合わせておらぬ―――――もし、あの者が神子に害をなすものならば――――・・・・・・」

 

そう言って泰明と呼ばれた男が“こちら”を見た

ぎくりと、美月が身体を強張らせる

 

だめ、だ・・・・・・

 

美月の中の何かがそう囁いた

 

ここに、これ以上いたらだめだと

親切にしてくれた、あかねや藤姫にも迷惑が掛かってしまう―――――

 

きっとのあの男の人の中では、自分は「あかねに害をなすもの」なのだ

だから、ここにいてはならない・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

カタン・・・・・・・

 

あかねがさらに泰明に食って掛かろうとした時だった

几帳の向こう側から、音が聴こえてきた

 

「あ・・・・・・」

 

もしかしたら、美月が起きたのかもしれない

そう思って、几帳の方へ行く

 

が、くるっと振り向き

 

「いいですか?! 泰明さん!! まずは、馨ちゃんにちゃんと謝ってくださいよ!?」

 

そう念を押すと、几帳の中にいるであろう美月に声を掛けた

 

「馨ちゃん? 具合は―――――」

 

そう言って、几帳の奥を見る

 

「馨ちゃん・・・・・・?」

 

そこに、美月の姿はなかった―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何処くらい走っただろうか

土御門の門を抜けた後、美月はとにかくこの場から離れなければ―――と思い、走った

 

だが、碁盤の目の様に出来ているこの「京」は、どこをどう走っているのか

何処に向かって走っているのか、皆目見当もつかなかった

 

美月の中にあったのは、ただ、これ以上あかね達に迷惑をかけてはいけない――――――

と、ただそれだけだった

 

あてもなく、「京」の都の中を走った

そして、気が付いた時には、都から少し離れた外道に差し掛かっていた

 

そこまできて、美月は足を緩めた

走っていた足が次第に、徒歩へと変わる

 

辺りを見渡すと、あるのは水田だった

「京」の都から少し離れられたのだろうか?

そんな事を思いながら、とぼとぼと歩く

 

「これから、どうしよう・・・・・・」

 

行く当てもない

「現代」へ帰る手立てもない

 

結局、手元にあるのは、あの香り袋だけだった

ふわりと、香り袋から漂ってくる匂いが心地よい

 

その時だった

 

ぽつ・・・・・・

 

  ぽつ・・・・・・

 

 

「あ・・・・・・」

 

雨が少しずつ降り始めた

このままでは濡れてしまう―――――

 

美月は慌てて辺りを見渡した

だが、あるのは水田ばかりで雨宿り出来そうな場所はない

 

とりあえず、雨足が強くならないうちにどこかへ移動しないと―――――

と、慌てて小走りで歩を進めた

 

少し行ったところだろうか・・・・・・

大きめの橋が掛かっていた

 

もしかしたら、橋の下で雨宿り出来るかもしれない

そんな淡い期待を抱いて、橋に行ってみたが・・・・・

半分渡ったところで、とてもこの水位では橋の下は無理そうだった

 

一縷の望みが消えて、美月は小さくため息を付いた

 

この橋より先は、どうなっているかわからない

どうしとうよ、考えあぐねている時だった

 

 

 

り―――――――ん

 

 

 

え・・・・・・?

 

あの鈴の音が聴こえた

 

この、鈴――――――

 

美月が慌てて顔を上げようとした時だった

突然、ふわりと何かが頭の上から被せられた

一瞬、何が起きたのかわからず、思わずそれを手繰りよせた

それは、一枚の薄衣だった

 

「・・・・・・・・・・?」

 

誰が・・・・・・?

 

ここに美月の知り合いなどいない

そう思って顔を上げた時だった

 

「あ・・・・・・」

 

そこには、“彼”がいた

そう――――夢で何度と見た、あの人だった

 

う・・・そ・・・・・・

 

美月は、信じられないものを見た様に、その菫色の瞳を大きく見開いた

目の前の青年は、ただ静かに美月をみていた

 

 

 

 

 

   ザ―――――――――

 

 

 

 

 

雨の音だけが、静かに響き渡る

 

お互いに言葉を発することを忘れたかのように、静かだった

 

この人に逢えたら、言いたいことがいっぱいあったはずなのに・・・・・・

言葉が、出ない・・・・・・

 

目の前の青年が微かにその目を細めると

すっと、美月の方に手を伸ばしてきた

 

思わず、美月がぎゅっと目を閉じる

すると、青年の手が美月の長い漆黒の髪に触れた

 

「あ・・・・・・」

 

 

 

 

「・・・・・・濡れるぞ」

 

 

 

 

するりと、青年の手から美月の髪が零れ落ちる

瞬間、ほんの微かに青年が笑ったように見えた

 

そして、それだけ言うと、青年はそのまま雨の中に消えていった

美月は、そんな“彼”を見ている事しか出来なかったのだった―――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美月は、とぼとぼと歩いていた

気が付けば、雨は止み 薄っすら西日が見えていた

 

これからどうしよう・・・・・・

 

そう思って、街道を歩いていた時だった

 

 

 

 

「あああああ!!! いた!!!!」

 

 

 

 

不意に、謎の大声が聴こえて、美月がびくっとする

慌てて振り返ると、土御門であった頼久という武士団の人と、もう一人

橙色の青年が立っていた

 

え?

 

一瞬、何が起きたのかと、美月がその菫色の瞳を瞬かせる

すると、橙色の髪の青年がずんずんと近づいてきて

 

「お前だろ、あかね達が馨って呼んでる女は」

 

「あ・・・・・・」

 

“あかね”という名を聞いた瞬間、美月がさっと反転して走り出そうとする

が、そうあっさり上手く行くはずもなく

 

がしっと、その手首を橙色の髪の青年に捕まれた

 

「はっ、離してください!!」

 

美月が、困惑した様にそう叫ぶ

だが、橙色の髪の青年はその手首をぐっと持ったまま、ずんずんと頼久の方に歩き出した

 

ぎょっとしたのは美月だ

 

「はなっ・・・、離してくださ―――」

 

なんとか、その手を振りほどこうとするが、びくともしない

そいうこうする内に、頼久の前に連れて来られた

 

「頼久、こいつで間違いないんだな?」

 

橙色の髪の青年にそう問われ、頼久が「ああ」と答えた

すると、頼久が美月と同じ目線まで腰を落とし

 

「帰りましょう、馨殿。 神子殿や藤姫様が心配なさっています」

 

「・・・・ですが・・・・・・・・・」

 

その後の言葉が出てこない

 

きっと戻ったら、また迷惑がかかる

それなら―――――

 

その時だった

突然、ばんっ橙色の髪の青年に背中を思いっきり叩かれた

 

「・・・・・・!!?」

 

いきなりの事に、美月がその菫色の瞳を瞬かせる

 

「しゃきっとしろよ!! 誰も、お前の事を咎めたりしない」

 

「・・・・・・・・っ、でも――――!!!」

 

そこまで言いかけて、美月がぐっと言葉を飲む

それを見た、頼久が

 

「天真!! 手荒な真似はするな。 神子殿の大事な客人だぞ」

 

天真と呼ばれた橙髪の青年は「へーへー、すみませんねぇ」と、反省色なしという風に、頼久の言葉を流した

 

ふと、脳裏に先ほど逢った”彼“の事がよぎった

瞬間、じわりと美月のその菫色の瞳に涙が浮かんだ

 

あの人は―――――――・・・・・・

 

突然、涙を流した美月に二人がぎょっとする

特に、天真は慌てだし

 

「な、なにも泣くことじゃねーだろ!?」

 

と、言いながらあわあわと美月の周りを右往左往しだした

頼久は、はぁーと、大きな溜息を洩らし

 

「とりあえず、帰りましょう・・・・・・馨殿」

 

そう言って、手を差し出してきた

美月は、その手に一瞬 躊躇いをみせたかが・・・・・・

小さく、こくりと頷くと 頼久のその手に自身の手を重ねたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに・・・・・・季史さん(生)登場!!

しかし、ワンシーンだけでーす笑

本当は、「・・・・・・濡れるぞ」の台詞は別のものにしていましたが・・・・・・

やはり、彼の第一声は「・・・・・・濡れるぞ」だよね!!

と、思いこちらにしましたwwww

 

2020.12.08