舞い降りて 我謡いし玉響の
      今一夜の夢の如く

 

 第壱幕 雨の音 4

 

 

――――夜・土御門邸

 

美月はぼんやりと、格子の隙間から見える月を眺めていた

 

結局、このお屋敷にまた戻ってきてしまった・・・・・・

 

昼間・・・・・・

陰陽師風の顔に呪術の跡のある青年に首を絞められたことが頭から離れない

 

未だのあの生気の無い手の感触が首に残っている

もし、あのまま あの香り袋が光らなかったら――――・・・・・・

 

ぞくり・・・・・・と、背筋にいやな汗が流れる

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

美月はぎゅっと、その香り袋を握りしめた

私は、きっとあのまま絞殺されていた――――――

 

「死」

 

という言葉が、今頃になって現実味を帯びてくる

 

怖い と

それと同時に、ここには自分の味方は居ないのだと 思い知らされる

 

あかねも、藤姫も

本当は厄介に思っているかもしれない――――・・・・・・

 

そう思うと、自分は本当に一人なのだと・・・・・・

誰を信じて、誰を疑えばいいのかすら分からない

 

この「京」という場所に、たった一人放り出された

何の力も持たない、哀れな羊と同じ―――――・・・・・・

 

ここに、私の居場所は・・・・・・ない

 

 

 

帰りたい――――――――・・・・・・

 

 

 

そう思うのに・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

どこに・・・・・・?
どこに帰るというのだ・・・・・・

 

帰る場所も、今まで何をしてきたのかも

 

 

 

自分の名前ですら――――分からにというのに

 

 

 

「はは・・・馬鹿みたい・・・・・・」

 

乾いた笑みしか浮かばない

なんと、滑稽で空しいのだろう――――・・・・・・

 

 

 

ワタシは・・・・・・

 

 

 

「どう、すれば・・・・・・いい、の・・・・・・」

 

 

誰か・・・・・・

 

知らず、涙が零れた

一度出た涙は、まるで関を切った様に ぽろぽろと次から次へと溢れ出てきた

 

「・・・・・・っ、うぅ・・・・・・っ」

 

 

ぽた・・・・・・

 

  ぽた・・・・・・

 

 

と、美月の菫色の瞳から、涙が零れ落ちた

美月は、香り袋を持つ手に力を込めると、そのまま膝を抱えて丸くなった

 

 

ダレ、か・・・・・・

 

 

 

 

「・・・・た・す、けて・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――神子殿、藤姫様。 ただ今、戻りました」

 

外からそう声を掛けると、待っていたかのように あかねがばっと御簾を開けた

 

「馨ちゃんの様子どうでした? 頼久さん」

 

あかねのその言葉に、頼久が少し言い辛そうに顔を曇らせた

 

「その・・・・・・、馨殿は・・・・」

 

盗み見るつもりはなかった

ただ、美月の様子が気になると あかねが言うから様子を見に行った

そして見てしまった

 

彼女が・・・・・・

一人、膝を抱えて泣いている姿を―――――・・・・・・

 

涙を流し

助けを懇願する彼女を

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

本当なら、その手を取り、彼女の涙を拭ってやりたかった

しかし、自分は土御門家へ仕える一介の武人だ

 

かける言葉

それすらも、持ち合わせていなかった

 

なんと、声を掛けていいのか分からなかった

 

ただただ

泣いている彼女を、遠目に見ていることしか出来なかった自分が情けない

 

黙りこくってしまった頼久に、あかねが首を傾げる

 

「頼久さん?」

 

あかねにそう声を掛けられて、頼久がはっと我に返る

 

「あ、いえ、その・・・・・・」

 

一瞬、言葉に詰まってしまった

それを見て、あかねが何かに気付いたかのように、ばっと頼久の前に駆け寄った

 

「まさか、馨ちゃんに何かあったんですか!!?」

 

あかねのその言葉に、頼久が慌てて首を振る

 

「あ、いえ・・・・・・、馨殿はその・・・お休みになられていたようでしたので・・・・・・」

 

言えなかった

美月が泣いていたことを・・・・・・

 

頼久のその言葉に、あかねはほっとしたのか

 

「そっか、今日は色々あったし・・・・・。 ゆっくり眠れてるんだったらいっかな」

 

「はい・・・・・・」

 

頼久がそう答えると、あかねは軽くため息を洩らしながら

 

「も~~頼久さんが紛らわしい言い方するから、馨ちゃんに何かあったのかと思っちゃった」

 

「・・・・申し訳ございません」

 

そう冗談めかして言うあかねに、頼久はそうとしか答えられなかった

 

つと、御簾の向こうから藤姫の声が聴こえてきた

 

「神子様、もう夜も遅いですし、そろそろお休みになられては・・・・・・」

 

「あ、うん、そうする~。 じゃぁ、部屋に行くね? おやすみ~藤姫ちゃん、頼久さん」

 

そう言ってあかねが手を振って去って行く

あかねが去って行くのを確認した後、藤姫がそっと外にいる頼久に声を掛けてきた

 

「頼久、馨様は本当にお休みになられていたのですか?」

 

藤姫のその言葉に、頼久がぎくりと顔を強張らせる

が―――――・・・・・・

 

そのまま深く頭を下げたまま

 

「はい」

 

とだけ、答えた

 

「・・・・・・・・・・・・そう、ですか」

 

ややあって、藤姫がそう返してきた

 

「わかりました、頼久を信じましょう。 下がってよいですよ」

 

「はっ」

 

頼久は、深く頭を下げると、そのままその場を後にしたのだった

 

頼久が去った後―――――・・・・・・

藤姫は小さく息を吐くと、すっと御簾のすきまから見える月を見上げた

 

いつもの頼久ではない気がした

どう表現したらよいのかは分からないが・・・・・・

 

何かの違和感を覚えた

 

「・・・・・・馨様・・・」

 

美月に何かあったのだろうかと、不安になる

夕刻、美月を見つけたという頼久と天真の話だと、美月は何か様子がおかしかったらしい

泣いていたとも報告を受けている

 

急に土御門邸から姿を消した時は、かなり驚いたが

見つかってほっとしたものの、美月は俯いたまま目も合わせてくれなかった

 

だから、心配だった

それで頼久に様子を見に行ってもらったのだが―――――・・・・・・

 

「・・・・・・ふぅ」

 

何もなければ、それでもいい

でも、何かがこう棘の様に引っかかっている気がしてならなかった

 

杞憂ならば、それに越したことはないが

何か、大きな「何か」が起きる予感がして―――――――・・・・・・

 

ひどく

心がざわつくのを、藤姫は感じていたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――深夜・丑の刻

 

 

青年は一人、舞殿にいた

紫紺の瞳に、紫色の唐衣を纏った青年――――・・・・・・

 

その手には、ひと振りの扇があった

 

ゆっくりとした動作で、青年が扇を広げてゆく

 

すると、何処からともなく笛の音が聴こえてきた

それは、徐々に大きくなり太鼓や笙の音も混じりだす

 

青年がゆっくりと弧を描く様に扇を頭上にある月の方へと広げた

そのまま、舞い始める――――

 

 

瞬間――・・・・・・

 

 

 

どん!!!! 

 

 

 

何かの地響きかと思うぐらい大きな音が響いた

ぼぅ!!と、辺り一帯に

 

紫炎が灯りだす

その炎は瞬く間に、青年の周りを囲み始めた

 

 

 

どん!!!!

 

 

 

青年が足を大きく鳴らすと、そこから紫炎が広がっていく―――――・・・・・・

やがて、その炎は彼のいる舞殿を瞬く間に炎で包み込んでいった

 

梁が焼け落ち、青年の横にどさっと落ちてくる

 

「―――――――・・・・・・」

 

だが、青年はその手を止めなかった

まるで、その身よりも、舞う事の方が大事だと言わんばかりに

 

 

 

 

 

 

彼は、その炎の中でただひたすら

 

    舞い続けたのだった―――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――大内裏・朝堂院

 

 

「おい、聞いたか?」

 

「ああ、また・・らしいな」

 

朝から内裏はその噂で持ちきりだった

 

 

“建設中の舞殿がまた・・燃えた”

 

 

その噂は瞬く間に宮中に広がっていた

それは、丁度 近衛府へ参内していた橘友雅の耳にも入ってきた

 

また・・・・・・・・?

 

ここの所、同じ噂をよく耳にする

舞殿の焼失はこれで何度目だろか・・・・・・

 

「ふむ・・・・・・」

 

公達は皆、口をそろえて

祟りだの、呪詛だの、言っているが・・・・・・

あながち外れでもない気は、友雅もしていた

 

ふと、目の前に書簡を持って歩いている見覚えのある青年がいた

 

「鷹通」

 

友雅が彼の名を呼ぶと、鷹通と呼ばれた青年――――藤原鷹通が足を止めた

 

「ああ、友雅殿。 お早いですね。 何か、ご用ですか?」

 

そう言って、鷹通と呼ばれた青年は小さく息を吐くと、友雅の方を向いた

だが、友雅は気づかないふりをしたまま、鷹通に近づくと

 

「いや、最近噂になっている舞殿の件で、ちょっとね」

 

その言葉に鷹通がぴくりと肩を震わす

それから、ややあって

 

「ああ・・・・その件でしたら、治部省うちでも噂になっていますよ。 近々、陰陽師の安倍泰明殿が呼ばれているそうです」

 

治部省は、主に外事・戸籍・儀礼全般を管轄する部署だ

結婚、戸籍関係の管理および訴訟、僧尼、仏事に対する監督、雅楽の監督、山陵の監督なども行う

なので、舞殿の件は他人事ではないのだ

 

「へぇ? 泰明殿が?」

 

「ええ・・・・・、こちらの見解としては、やはり・・・・呪詛、もしくは怨霊の類ではないかとされています」

 

「・・・・・・? 何か、証拠となるものでも見つかったのかい?」

 

「いえ、そういうものは何も・・・・・・。 ただ、焼失するのは決まって深夜、何もない所から火の手が上がっているという事です」

 

「――――そして、宿直の者も誰も気づかない・・・・・

 

「ええ・・・・・・、仰る通りです」

 

宿直とは、いわば内裏に泊って警護する者たちの事だ

恐れも多く内裏には今上帝や東宮の住まう場所だ

勿論、今上帝が信頼を置く者がすることが多い

 

その宿直の者ですら、炎が上がったことにすら気付かないという

おかしな話だ

 

大内裏で火災があれば、その炎はあっという間に広がってしまう

なのに、焼失するのは決まって「舞殿」だけ・・だった

 

ならば、そこになんらかしら「原因」があると見て間違いないだろう

 

「・・・・・・」

 

怨霊か・・・・・・

 

ふと、十年前 祭事の折 あの“斉陵王”を舞って死んでいった「彼」を思い出した

 

多 季史

 

友人・・・・・・と言える程の知り合いではないが、彼の舞は素晴らしかった

それが、あんな事になるなんて―――――・・・・・・

 

動かなくなった身体

口から零れ落ちる血

 

彼は、こと切れるその瞬間まで、舞扇を手放さなかった

 

皆、口を揃えて“斉陵王の呪い”だと言った

そう――――“斉陵王を舞った者は死ぬ”そういう噂はずっと昔から流れていた

それでも、彼は舞った

―――――――死ぬと、気づいていながら・・・・・・・・

 

斉陵王の面には“砒素の毒”が塗られていた

 

あれは、“斉陵王の呪い”ではない

明らかに、呪いを演出した他殺だった

 

取り調べをしようにも、相手は多家

多家は、祭事を執り行う芸の家として有名であり

治部省の雅楽寮に属する家柄だった為、迂闊に取り調べが出来なかったのだ

 

あの時―――――

季史が舞った日の昼間、舞殿で季史を見た

そして、とある女人を知らないかと問われた

 

その時は、興味半分、面白味半分で、その話を受けた

それそうだろう

彼ほど舞馬鹿で、女に興味のない公達はいなかったのだから

 

そして、預かったのが――――あの、“薫衣草の香り袋”だった

そう―――美月に渡した香り袋だ

 

自分でも少し驚いた

だが、何故かはわからないが、彼女に渡さなければいけない気がしたのだ

 

季史は言っていた

『長い漆黒の髪に菫色の瞳をした・・・・・・美しい女人だった・・・・・』と

 

まさに、美月は季史の言う“女人”の容姿そのままだったからだ

 

だからだろうか

彼女に、渡したのは―――――

 

一種の、罪滅ぼしだったのかもしれない

何故ならば、その時その香り袋を預からなければ、季史は死なずに済んだかもしれないからだ

 

 

まさか、“彼”が・・・・・・?

 

 

そこまで考えて、友雅は首を振った

季史が―――「怨霊」に、などあり得ない

 

彼は、心の優しい青年だった

まぁ、ちょっと・・・・・・、いや、かなり変わってはいたが…

 

それに、あれはもう十年も前の話なのだから―――・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――土御門邸

 

美月は、ぼんやりと格子の隙間から庭を眺めていた

初めて見た時も思ったが、とても綺麗な庭だった

 

だが、散策しよう・・・・・という、気分にはならなかった

手の中の“香り袋”を見る

 

私・・・・・・これから、どうなるのかな・・・・・・

 

考えても答えなど出なかった

 

名前も分からない

帰る場所も分からない

 

唯一分かっていることは

夢でしか逢えなかった“彼”が、この世界にはいるという事

 

ふと、衣桁にかけてある、薄衣が目に入った

あの日――――“彼”が美月に掛けてくれたものだ

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

美月は、立ち上がるとそっとその薄衣に触れた

それは、綺麗な菫色をした薄衣だった

 

ほのかに香るのは・・・・・・

 

これ・・・・・・

 

思わず、手の中の香り袋を見る

 

「同じ“香り”・・・・・・」

 

それは、美月の持っている香り袋と同じ“香り”だった

どうして“彼”が・・・・・・?

 

そう疑問に思うも、もしかしたらこの世界ではよくある香りなのかもしれない

とも思った

 

この世界の香にはそこまで詳しくない

せいぜい、“お稽古”の際に使う物程度だ

 

だから、美月の知らない“香り”があってもおかしくない

そう――――おかしくない筈なのに・・・・・・

 

気のせい・・・・・・?

 

なにか、どこかで、覚えのある香りだった

ただ、名前が思い出せない

 

「薫衣草・・・・・・」

 

確か、友雅はそう言っていた

 

「・・・・・・・・・・・・?」

 

初めて聴く名前だった

・・・・・・もしかしたら、知っているけれど思い出せないだけかもしれない

 

「逢いたい、な・・・・・・」

 

“彼”に

夢の中でも構わない

 

けれど――――・・・・・・

 

逢っても、何を話したらよいのかすら分からない―――――・・・・・・

それでも

 

 

それでも、“彼”に“逢いたい”と思う事は、いけない事なのだろうか――――

 

 

そんな想いが心の中で葛藤する

 

知りたいけれど、知ってはいけない事の様な気がして

美月は、ただぎゅっとその香り袋を握りしめる事しか出来なかった―――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや~久しぶり過ぎて、色々名前が出てこなかった( ;・∀・)

参内とか、大内裏とかwww

とりま、鷹通きたよ~~~~°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°

後、出てない八葉誰~~?(朱雀組と、永泉です)

つか、これ八葉要らなくね?笑

とか、思ったりwww( ;・∀・)

 

 

2021.11.06