舞い降りて 我謡いし玉響の
      今一夜の夢の如く

 

 第壱幕 雨の音2

 

 

 

 

あかねという少女に言われるまま、藤姫と共にある部屋にたどり着いた

その部屋に入った瞬間、ふわっと何かの香りがした気がした

 

とても、懐かしいような・・・・

それでいて、リラックスできるような不思議な香り

 

何の香りだっただろうか・・・・・・?

どこかで同じ香りを感じたことがあるような――――・・・・・・

 

そんな事をぼんやりと考えていた時だった

 

「おや、見慣れない姫君がいるね?」

 

不意に、部屋の中からとても綺麗な声が聴こえてきた

まるで、惑わされそうな―――危険な香りを纏った声

 

はっとして、美月が部屋の中をみると・・・・・・

そこには、翠色の髪をゆったりとほどき、衣も少し着崩した見目麗しい男性が座っていた

みているだけで、その色気に惑わされそうになる

 

放心する美月とは裏腹に、慣れた様にあかねはその部屋に入っていった

 

「ごめんね、友雅さん。 待たせちゃって」

 

そう気軽に声をかけている

すると、友雅と呼ばれた男性は気にした様子もなく

 

「君の為ならば、朝まででも待つよ」

 

「またまたぁ~、そんなこと言って、実は何か目的があるんじゃないですか?」

 

そう言って、あかねが笑っている

そんな二人のやり取りを見た藤姫は困った様に

 

「友雅殿・・・・神子様をからかうのはおやめくださいと何度も・・・・・・」

 

そう溜息を洩らしながら言う

そして、そのまますっと上座の方に座った

 

あかねもそれに続く様に、友雅よりも上座の方に座る

困ったのは美月だ

 

どうやら、ここは藤姫とあかねが、身分的には上なのかもしれない

そんな気がすると、自分はなんだかとんでもない所に迷い込んでしまったのではないかと不安になる

 

その時だった

 

 

 

り――――――――ん・・・・・・

 

 

 

え・・・・・・・?

 

また、あの鈴の音が聴こえた気がした

思わず、庭先の方を見る

 

すると、それに気づいたのか・・・・・・

不意に、友雅が立ちあがった

 

「友雅さん?」

 

あかねが不思議そうに首を傾げる

すると、友雅はしっと人差し指を口に当てた

 

そして、庭先を見ている美月に近づいた

美月がその事に気づかずに鈴の音のした方を見ている時だった

不意に、耳元に

 

「どうかしたのかな? 姫君」

 

 

 

「――――――っ!!!」

 

 

 

びくっとして、美月が慌てて耳を押さえて振り返る

すると、いつの間に傍まで来たのか・・・・・・

あの友雅と呼ばれていた男性がすぐ真後ろにいた

 

美月は、そのあまりにも色気のある美声に、顔を真っ赤にして慌てて距離を取った

心臓が周りに聴こえてしまうのではないかというほど、バクバク音を立てている

 

「あ、あの・・・・・・」

 

しどろもどろになりながら、美月がおろおろしていと

友雅はふっと笑い

 

「これはこれは、初心な反応は好きだよ。 ここの所、皆慣れてしまってちょっと物足りなかったからね」

 

と、冗談めかして言う

すると、藤姫がこほん・・・と、わざとらしく咳払いをした

 

それに気づいた友雅が「おっと」と、両手を上げる

 

「それで、姫君の名前は何と仰られるのかな?」

 

「な、まえ・・・・・・」

 

改めて問われて美月が押し黙る

 

「実は、そのことなんですが――――・・・・・・」

 

みかねた、あかねが仔細を説明した

 

それを聴いた、友雅は少し驚いたように

 

「名前も、どこから来たかもわからない・・・・・・か、それは困ったね」

 

「すみません・・・・・・」

 

なんだか、申し訳なくて謝ってしまう

すると、友雅はにっこりと微笑み

 

「安心しなさい、ここに貴女を害するものはいないよ。 謝る必要なんてない」

 

「ですが――――・・・・・・」

 

明らかに、迷惑を掛けている

美月がしょぼんと項垂れてしまったのを見て、友雅は小さく息を洩らすと

懐からひとつの香り袋を取り出した

 

それは小さな菫色の香り袋だった

それを美月の手に乗せる

 

「あの・・・・・・これは?」

 

「うん、ある人物から借り受けていた香り袋だよ。 ――――もう、返すことは叶わないのだけれどね」

 

「あ・・・・・・」

 

それで気づいた

その人はもう―――――・・・・・・

 

美月はじっと手の中にある小さな香り袋をみた

とても、懐かしい香りがした

 

何の香りだっただろうか・・・・・・

 

すると、友雅がそっと美月の手に自身の手をかぶせてきた

 

「あ・・・・・・」

 

「これはね、“薫衣草”という花の香りだそうだよ」

 

「薫衣草・・・・・・?」

 

初めて聞く名だった

でも、どこかで―――――

 

そんな気がするのに、思い出せない

 

「これを君に預けよう」

 

「え?!」

 

友雅のまさかの言葉に、美月が驚いたようにその菫色の瞳を瞬かせた

 

「で、ですが、そのような大事な品を――――・・・・・・」

 

言わばこれは、その持ち主が残した遺品だ

そんな大事なものを預かる訳には――――・・・・・・・・

 

そう思うのに・・・・・・

なぜだろう、この香りを感じていると酷く心が休まる

 

「・・・・・・本当に、宜しいのですか?」

 

知らず、美月はそう口にしていた

すると、友雅は淡く微笑み

 

「いいよ。 君が持ってなさい。 きっと君の記憶を辿る手助けをしてくれると思うよ?」

 

もう一度、その香り袋を見る

それから、美月はぎゅっと大事そうに握りしめ

 

「その・・・・ありがとうございます。 えっと・・・・・・」

 

ちらりと、友雅を見る

それで気づいたのか、友雅は笑いながら

 

「私の自己紹介がまだだったね。 橘 友雅だ。 一応、これでも左近衛府に勤める少将の位を頂いているのだよ。 今は、“龍神の神子”の“八葉”でもある身だけどね」

 

「左近・・・・の、少将様・・・・・・?」

 

美月がそう尋ねると、友雅は笑って

 

「友雅で構わないよ。 “馨の君”」

 

「え・・・・・・?」

 

不意に呼ばれた名に、美月が首を傾げる

 

「名前がないと不便だろう?」

 

「それは―――そう、です、が・・・・・・」

 

何故“馨の君”なのか

 

すると、あかねがぱんっと手を叩いて

 

「じゃぁ、馨ちゃんだね! 改めて、宜しくね」

 

そう言って、にっこりと微笑んだ

 

「・・・・・・・あ・・・はい」

 

美月にはそう答えるしか、術がなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――その夜、夢を見た

いつも見る夢だった

 

紫紺の瞳の青年が、あの面を持っている

“斉陵王”

 

そう言っていた

 

青年はじっと“斉陵王”の面を持ったまま、寂しそうにその紫紺の瞳を瞬かせた

そして・・・・・・ぽつりと呟いた

 

「・・・・・・“馨の君”・・・」と

 

えっ!!?

 

瞬間、ぎくりと美月が身体を強張らせる

その名は、今日 友雅から贈られた名だったからだ

 

どうして・・・・・・?

 

そんな疑問が浮かぶ

それとも、単なる偶然なのか・・・・・・

 

今の美月には判断付かなかった

 

青年は、あいかわらず“斉陵王”の面を持ったまま、そこに立っていた

瞬間、ふと青年がこちらを見た―――――気がした

 

「この・・・・・“香り”は――――・・・・・・」

 

ぎくりと、美月が顔を強張らせた

今、美月の手の中にはあの“香り袋”がある

 

まさか―――――?

そんな、予感が浮かぶ

 

だが、青年は美月に気が付いていないのか・・・・・・辺りを見回していた

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

美月が思わず、身を乗り出す

だが、やはり青年には見えていないのか・・・・・・

 

青年は、美月には気づかずに、そのまま横を通り過ぎていった

 

「あ・・・・・・」

 

瞬間、やはり見えていないのだと、落胆する

彼は、夢だけの住人なのだろか・・・・・・

 

あかねは、ここは「京」という都だと言っていた

自分たちのいた世界とは違う――――と

 

だかれだろうか

何故か、彼はこの世界の住人の様な気がしたのだ

雰囲気は違えど、彼の恰好は友雅のそれに似ていた

 

と言っても、確かめる術を持たないのだが・・・・・・

 

そこまで考えて

「あ・・・・・・」

と、ある考えに思いつく

 

彼の名前はわからないが、ひとつわかっているものがあった

彼の持っている面だ

 

あれは“斉陵王”の面だと彼の人は言っていた

これが、何かのヒントにならないだろうか・・・・・・?

 

そしたら、あの青年に逢える?

そんな気がしたのだ

 

逢ってどうしたいのかとかは、分からない

でも、彼の人は言っていた

 

“この面に惹かれて悪しきものが来る様だ・・・・・・” と

 

それを防ぐことが出来るのかもしれない

そんな気がしたからだ

 

もし防げたら――――――・・・・・・

 

 

 

その時は・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美月がゆっくりと目を覚ますと

見慣れない天井が視界に入った

 

そこで昨日の事を思い出す

 

そうだ・・・・ここは、私のいた世界ではないという事に

あかねと名乗った少女の話では、ここは異世界の「京」らしい

自分たちのいた時代よりずっと過去の平安時代か何かかと思ったが、それも、どうも違うようだ

似て非なる世界―――――

 

そんなことが本当にあるのだろうか

と、疑問に思うが・・・・・・

 

事実、自分は今、この異世界の「京」にいる

というのだから、信じるしかない

 

しかも、記憶がおぼろげで自分の名前すら思い出せないとか、笑ってしまう

分かるのは――――唯一、あの香だけ

 

あの“香り袋”は何故か、酷く気になった

昔どこかで、これを見た様な気がしたからだ

 

それがいつ、どこで だったのかは思い出せないが―――――・・・・・・

 

「・・・・・・・・・」

 

考えていても仕方ない

美月はそう思うと、身支度を始めた

 

昨夜、藤姫から渡された着物・・・・・・

それに手を通す

 

どうも、あかねの話では、自分が来ていた服装はこの世界では目立ちすぎてあまりよく思われないのだという

そこで、藤姫が着物を貸してくれたのだ

 

着物は何故か、すとんっとこの身に馴染んだ

あかねは不思議がっていたが、美月には着物の方が馴染んだ

 

藤姫が貸してくれたのは、淡い菫色の着物だった

美月の瞳に色に合わせたのだという

 

そう言われると、なんだか気恥ずかしい気もするが・・・・・・

せっかく用意してくれたのだから、着ない訳にはいかな

 

顔を洗い、髪を整える

ふと、鏡に映った自分の姿を見た

 

まるで、どこか別の人の様に感じ

美月は苦笑いを浮かべた

 

そういえば・・・・・・

昨日、あかねが言っていた

 

「明日、みんなに紹介するね!」 と

 

“みんな”とは何の事を指して“みんな”なのだろうか

そんな事を思っている時だった

 

 

 

 

「はわわわわわわわわわ!!!!!」

 

 

 

 

「―――――え?」

 

突然、謎の声が聴こえてきたかと思うと、ぼすっと美月の背中に何かが当たった

何事かと思い、恐る恐る後ろを見ると・・・・・・

 

目を回した小さな生き物がいた

 

「これは・・・・・・」

 

何・・・・・・????

 

水干服に身を包んだ、小さな羽の生えた生き物だった

思わず、手を伸ばしかけた時だった

その小さな生き物がぱちっと目を覚ました

 

そして、美月を見て慌ててぱっと飛び上がる

小さな羽をぱたぱたと、はばたかせる姿が何とも愛らしくて、思わず美月がくすっと笑みを浮かべた

 

笑われたと思った小さなその生き物はかっと赤くなり

大きな声で

 

「ぶれいものぉぉぉ!!! わしを誰だとこころえる!!? わしこそは、北山の大天狗じゃぞ!!?」

 

「おお、てん、ぐ?」

 

聴きなれない言葉に、美月が首を傾げた

その割には・・・・・・小さい様な気もしたが・・・・・・

本人がそう言うのだから、そうなのだろうと素直に受け入れることにした

 

「えっと・・・・・それは失礼しました、大天狗様」

 

そう言って、にっこりと微笑み頭を下げる

美月のその対応に満足したのか、大天狗と名乗ったその小さな生き物は「うむ」と答え

 

「“くもつ”を出すなら、許してやらんでもない」

 

えっへんと、その生き物は胸を張ってそう言った

が、当の美月はきょとんとしたまま

 

「供物・・・・・・ですか? それはどのような品で・・・・・・」

 

果たして自分に準備できるのかわからないが、そもそもこの小さな生き物のいう「供物」が何になるのかがよくわからない

 

すると、小さな生き物は羽をぱた付かせ

 

「“くもつ”と言ったら、菓子じゃ!!! 甘い菓子をよこせ!!!」

 

そう言って、美月を攻撃する様に、くるくると周りを回り始めた

 

「え・・・と、お菓子と言われましても・・・・・・」

 

そんなものは持っていない

だが、その生き物は今にも襲ってきそうな勢いで

 

「菓子じゃ――――――!!! 菓子をよこせええええ!!!」

 

とさらに、速度を上げて美月の周りをまわりだした

どうすればいいのか――――――

そう思た時だった

 

 

 

ばしっ!!!!

 

 

 

という大きな音と共に、その小さな生き物がひょろひょろひょろ~~~~と床に落ちた

 

突然の、変化に美月が「え!?」と慌ててその生き物に駆け寄る

 

「あ、あの、大丈夫ですか。 大天狗様??」

 

その時だった、じゃりっと庭の砂利を踏む音が聴こえた

はっとして美月がそちらを見ると――――そのには、不思議な雰囲気を纏った青年が立っていた

 

誰・・・・・・?

 

昨日見た、武士団の人と違う

もっとこう、別の様な―――――・・・・・・

 

と思った時だった

 

「やすあきいいいいいいいいいい!!!!!」

 

突然、床に落ちていた小さな生き物が、がばっと起き上がり、青年に向かって襲い掛かっていった

 

「あ! あぶな――――――」

 

「危ない」という前に、青年は何事も無いように、べしっとその突進してきた小さな生き物を殴った

 

瞬間、「はらひれほれ~~~」と目を回しながらその生き物がぽてっと青年の足元に落ちる

 

美月はおろおろしながら

 

「あ、あの・・・・・・だいじょう、ぶ、ですか?」

 

あの生き物は大天狗だと名乗っていた

それを羽虫の如く、殴り落とす青年にそう声をかけると

青年は

 

「問題ない」

 

とだけ答え、美月の方をみた

 

え・・・・・・?

 

一瞬、美月がぎくりと顔を強張らせる

その青年の瞳には生者の気配がなかったからだ

 

「そなた、何者だ? 何故、この屋敷にいる」

 

「え、そ、それは・・・・・・」

 

どう答えていいのか美月が言い淀むと

青年は、足元の小さな生き物には気にも止めずこちらに近づいてきた

 

「昨夜から起きている、龍脈の乱れの原因は、そなたか?」

 

龍脈・・・・・・??

 

青年が何を言っているのすら理解できない

 

龍脈とはなんのことだろうか?

そうこうしているうちに、その青年が美月の目の前まで迫っていた

 

手には術符を構え、もう片方の手は首から下げている大きな数珠に手が掛かっていた

感じるのは、明らかな“敵意”―――――

 

美月はごくりと息を飲んだ

 

 

 

 

 

「答えろ娘。 返答次第では―――――」

 

 

 

 

 

そう言った青年の瞳には、明らかな“殺意”が込められていた――――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、名前は出てない(いや、出てるが)けど、泰明と小天狗が登場でーす

他の八葉もさっさと次回辺り出したいと思いますww

じゃないと、話が進まんぜよ_(‘ω’;」∠)

 

つか、これ、期間内に終わるかなwww

 

 

 

2020.11.04