櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 四章 虚実の馨り 5

 

 

「……………」

 

さくらは、小さく溜息を洩らしながら、御浸しにする野菜をトントンと切っていた

 

食事の用意の手伝いをする様になって、数日

包丁の扱いにも慣れてきたし、前よりは大分マシになってきたと思う

もう、切り切れていないという事も無いし、色々な切り方だって覚えた

 

でも――

 

数日前の沖田の姿が脳裏を過ぎる

 

境内の影に隠れる様に、咳き込んでいた沖田

そこに残されていた血痕

あれは、明らかに沖田が吐いた血では無いだろうか

 

血を吐くって…

 

普通、人は吐血などしない

血を吐くという事は、即ち、それだけ”普通ではない”という事に他ならない

 

でも、この事を誰かに言って良いのか迷った

 

沖田はもしかしたら、自分の身体の異変に気付いているかもしれない

でも、他の隊士や幹部の人達は、まったくその事に気付いている様子は無い

という事は……

 

沖田はこの事を誰にも言っていないのではないだろうか……?

 

それをはたして勝手に、報告していいものか……?

 

「……………」

 

はぁ…と、さくらはまた溜息を付いた

 

「八雲」

 

「……………」

 

「おい、八雲」

 

「……………」

 

「八雲!」

 

「………え…?」

 

不意に肩をぐっと引っ張られ、さくらはハッと我に返った

引っ張られた方を見ると、鍋の中を回していた斎藤が訝しげにさくらを見ている

 

「………斎藤さん?」

 

どうしたのだろうと、さくらは首を傾げた

それを見た、斎藤が顔を顰めて はーと溜息を付いた

「切りすぎだ」

 

「え………?あ…」

 

ハッとして手元をみると、こんもり山盛りになった青菜が目の前にあった

 

「あ……す、すみません」

 

さくらが申し訳無さそうに、頭を下げる

 

「朝だけでは食いきれん。残りは昼に回そう。昼用のはあっちに笊に入れておいてくれ」

 

「…はい………」

 

さくらは、しゅんとなりながら、笊に昼餉用の青菜を移し始めた

ふと、その手が止まる

 

「……あの」

 

「なんだ?」

 

斎藤が、視線を鍋に向けたまま返事をする

さくらは、一度だけ斎藤を見て、それから俯きながら

 

「………血を吐くって…やっぱり普通は無いですよね……?」

 

「血を吐く?」

 

斎藤が、その手を止めてさくらを見る

さくらはハッとして、慌てて手を振った

 

「あ、あの!だ、誰かが血を吐いていたとかではなく……っ!そ、その…一般的に、どうなのか…と…」

 

斎藤が、訝しげに眉を寄せた

だが、それ以上追求することは無かった

再び、鍋に視線を向けながら

 

「一般的には、やはり消化器の疾患や損傷だろう。後は呼吸器や肺がやられた時ではないか」

 

「肺……」

 

そういえば、最近の沖田は体調も余り良くないみたいだし、咳もよくしている

 

「それが、どうかしたのか?」

 

「え………?あ、いえ……」

 

さくらは、慌ててその場を取り繕う様に首を振った

無理矢理、笑みを作る

 

「ただ、ふと思っただけで…何でもありませんよ?」

 

「……………」

斎藤が、じっとさくらを見ていたが、何だか諦めにも似た溜息を付いて視線を逸らした

 

「そうか」

 

それ以上追求されなかった事に、ほっと安堵する

 

「八雲」

 

「は、はい?」

 

不意に、名を呼ばれさくらはドキッとした

だが、斎藤は何でもない事の様にさくらを見ると、顎をしゃくり

 

「あんたはそれが終わったら、膳に盛り付けてくれ」

 

「あ…はい」

 

言われて、さくらは慌てて盛り付けに入った

 

「お!美味そうな匂いだなぁ~」

 

どやどやと向こうの方から永倉と原田がやって来る

 

「あ、原田さん。永倉さん。おはようございます」

 

「ああ、おはよう。さくら」

 

「さくらちゃん、今日も食事当番か?偉いな~」

 

そう言いながら、永倉がさくらの手にあった御浸しをひょいっと掴む

 

「だ、駄目ですよ……!永倉さん……っ」

 

さくらが止め様とするが、永倉は気にも留めていない様に、そのまま自分の口に運んだ

 

「まぁ、固い事言うなって!お、美味いな」

 

「新八…行儀悪い事するなよ」

 

原田が窘める様に言うが、永倉は気にした様子もなく

 

「いいじゃねぇか、ちょっとぐらい。朝稽古で腹ぁ減ってるんだからよ。 さくらちゃん腕上げたな~この御浸し絶品だぜ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

と言っていいのか、微妙な所だが…一応、礼を言っておく

 

「さくらも、毎回飯の準備手伝わなくてもいいんだぞ?」

 

原田がそう言ってくれるが、さくらは「いえ…」と首を振った

 

「私、まだまだ美味く作れないので…少しでも、上手になりたいんです」

 

「健気だなぁ~」

 

永倉が感動した様に、ズズッと鼻を啜る

 

「だからってな…お前、掃除とかもしてるんだろう?ほら、みろ。水仕事ばっかりやってるから手が冷たくなってやがる」

 

「あ………」

 

不意に、原田がぐいっとさくらの手を掴んだ

その手は、氷の様に冷たくなっている

 

そっと、その手に原田の手が重なる

 

「あ、あの……、原田さん……?」

 

さくらが戸惑った様に、困惑の色を浮かべる

ほんのり、触れら手に温もりが戻ってくる

 

「……………」

 

トクントクンと心臓が脈打つのが分かる

 

温かい……

その時だった

 

「おい」

 

不意に、後ろから声を掛けられた

ハッとして振り返ると、両手に汁物を持った斎藤が立っていた

 

「そこで、そんな事をされると邪魔だ」

 

「す…すみません!」

 

さくらは、ハッと我に返ると、恥かしさの余り慌てて手を引くと、その場を離れた

 

斎藤は何事も無かったかの様に、膳に汁物を置く

そして、少しだけさくらを見ると

 

「あんたは、あんたの仕事をしろ」

 

「は、はい」

 

さくらが、バタバタと慌てて次の小皿を取りに行く

 

それを見ていた原田が、苦笑いを浮かべながら溜息を付いた

 

「おい、斎藤。 少しは優しくしてやれよ」

 

「………? 何の事だ?」

斎藤が訝しげに顔を顰める

それを見た原田が驚いた様に目を見開いたが、次の瞬間吹き出した

 

「おいおい、本気かよ。まったく、お前は相変わらずだな」

 

「意味が分からん」

 

「あーはいはい。お前に優しさを求めた俺が馬鹿でした」

 

原田が降参という様に、手を上げた

 

「あの…どうかなさいましたか?」

 

新しい小皿を持って来たさくらが、不思議そうに首を傾げる

 

原田はくすっと笑うと、ぽんぽんとさくらの頭を叩いた

 

「あ、あの……?」

 

叩かれる意味が分からないという感じに、さくらが首を傾げる

 

「また、後でな。朝飯楽しみにしてるぜ」

 

そう言い残すと、原田は永倉を連れて厨を出て行ってしまった

 

「………えっと……」

 

さくらが疑問を尋ねる様に斎藤を見ると、斎藤は何でもないという様に首を横に振り

 

「それが終わったら、広間に運んでくれ」

 

「あ…はい」

 

どうやら、斎藤は答える気はないらしい

さくらは首を傾げながらも、膳を持った時だった

 

 

 

「八雲」

 

 

 

不意に、斎藤に呼びてめられた

不思議に思い振り返ると――――……

 

斎藤は、わざと咳払いしながら

 

「その…なんだ………」

 

「…………??」

 

斎藤にしては、珍しく歯切れが悪かった

どうかしたのだろうか……?

 

さくらが、ちょこんと小首を傾げながら

 

「斎藤さん……?」

 

そう名を呼ぶと、斎藤が何かぶつぶつと唱えた後、真っ直ぐにさくらの方を向き

 

「あんたは、一人じゃない……副長も、左之も、新八も……皆いる。 ……その、俺も…いる。 だから、あんたは、あんたのやりたいようにすればいい。 俺は――――いつでも、あんたの味方だ」

 

「……斎藤さん………」

 

じんっと、心の奥が熱くなる

思わず、薄っすらと真紅の瞳に涙が浮かんだ

 

ぎょっとしたのは斎藤だ

まさか、そこで泣かれるとは思わず、おろおろと斎藤らしからぬ動揺を見せた

こういう時、原田ならうまく慰められるのだろうが、斎藤にその技術はない

どうしたものかと、考えあぐねていると、ふいにさくらがくすくすと笑いだした

 

「八雲……?」

 

何故、泣いていたのに笑い出すのかわからず、斎藤が首を傾げる

すると、さくらは、「違うんです」と答えた

 

「嬉しくて……ありがとうございます」

 

そう言って、深く頭を下げたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、大体出来たかしら……」

 

何度も厨と広間を往復して、さくらは何とか膳の配置を終わらせた

とりあえず、朝餉の時間までに準備が終わった事にほっとする

 

「でも、まだ時間あるわよね……」

 

朝餉の時間までには、まだ少し余裕がある

 

「まだ、やる事あるかしら……」

 

手持ち無沙汰になったさくらが、広間を出ようとしていた時だった

 

「やぁ、おはよう」

 

不意に、廊下の向こうから井上と沖田がやって来た

 

「あ、おはようございます」

 

さくらが丁寧に頭を下げる

 

「あれ?今日もさくらちゃん食事当番してたんだ?健気だね」

 

思わず、沖田をじっと見てしまう

その視線に気付いた沖田が、訝しげに眉を寄せた

 

「何?」

 

「あ、いえ……」

 

吐血の事が気になるが…

とても、本人には聞けそうな雰囲気ではなかった

 

「朝餉の時間だっていうのに、他の皆はどうしたんだい?」

 

「皆さんも井上さんとご一緒に、日課の朝稽古をしていらっしゃったのではないのですか?」

 

さくらがそう問うと、井上は少し困った様に

 

「藤堂君は不参加だったよ。彼は昨晩の巡察当番だったからね。永倉君と原田君は……。随分前に稽古を切り上げて、戻った筈なんだがなぁ」

 

「あ…お2人でしたら、先ほど厨でお会いしましたよ? でも、直ぐに出て行かれたので……。 斎藤さんでしたら、まだ厨にいらっしゃると思いますけど、呼びに行きましょうか?」

 

「そうだなぁ……」

 

井上が考え込んだ、丁度その時

 

「お!飯の準備は万端だな。さっさと食っちまおうぜ!」

 

永倉が広間に現れ、張りのある声で言った

続いて入ってきた原田は、さくらの方を見て小さく笑う

 

「準備、ご苦労な」

 

「あ、いえ」

 

「おはようございます!」

 

その時、広間に千鶴が入ってきた

さくらを見つけた、千鶴がバタバタと駆け寄ってくる

 

「おはよう!さくらちゃん」

 

「おはよう、千鶴」

 

さくらがにこっと笑うと、千鶴は嬉しそうに笑みを浮かべた

 

「八雲君。申し訳ないんだが、藤堂君の様子を見てきてくれんか」

 

「え…?あ、はい。分かりました」

 

井上にそう頼まれ、さくらが返事をすると……

自分の席に早々と座った沖田が、何かを思い出した様に

 

「あ、だったらついでに土方さんの部屋も確認してくれば?昨日も随分遅くまで雑務に追われていたみたいだし」

 

「え……っ!?」

 

さくらが驚いた様な声を上げると、沖田がにやっと笑って

 

「何?不都合でもあるの?それとも、土方さんの部屋なんか行きたくない理由でもあるの?」

 

「い、いえ…そういう訳では……」

 

すると、沖田がにぱっと笑って

 

「だったら、いいよね?」

 

「わ、分かりました……」

 

そういえば、いつも土方の部屋の灯りは遅くまで付いている

いつも、仕事に追われているのだろう

 

それだけ、あの人にとって”新選組”は大切という事だ

己の身をやつしてまで、”新選組”の為にあろうとする――——

 

「……………」

 

何だか、心が痛い

 

「さくら?そんなに、嫌なら俺が―――」

 

「あ、い、いえ!」

 

原田の問いに、さくらがハッとした様に、顔を上げた

 

「だ、大丈夫です。では、行ってきますね」

 

そう言い残すと、パタパタと広間を出て行った

 

それを見ていた沖田が、「ふーん」と後ろにもたれながら

 

「ほーんと、健気だよねぇ~」

 

そう言っていた事は誰も知らない―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

さくらは、小さく溜息を付きながら廊下を歩いていた

とは、言ったものの……

 

正直な所、あの晩以降土方とは2人っきりになった事が無い

それを考えると、物凄く行き辛い

 

で、でも……気まずくなるのは嫌だし……

話せないのはもっと嫌だ

 

とりあえず

 

「まずは平助の方から、先に様子を見に行こう」

 

その間に土方が自分から、部屋を出てきてくれるかもしれない

そんな淡い期待をしながら、さくらは藤堂の部屋に向った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「平助、ちょっといいかしら?」

 

さくらが藤堂の部屋の前で、中に声を掛ける

 

が………

……………

………………………

 

「平助?」

 

………………

 

まったく反応が無い

 

「平助?開けるわよ?」

 

そう言って、少しだけ室の障子戸を開ける

 

「朝餉の時間なのだけれど―――」

 

室を覗き込んださくらは、予想外のものを発見して、目を瞬きさせた

 

「むにゃ……」

 

「へ、平助……?」

 

そこには―――

布団を抱きしめたまま、ぐっすりと眠る藤堂の姿があった

心なしか、とても幸せそうだ

 

一瞬、起こすのが忍びない気がするが…

起こさない訳にはいかない…は、よね……?

 

「平助、そろそろ起きて。もう、朝餉の時間なのだけれど……」

 

「うー………」

 

そっと、障子戸を開けて室に入る

 

「ねぇ、起きて?皆、広間で待ってるから……」

 

「あー、うっせぇな……!眠いんだから、放っとけって!」

 

「そ、そんな訳にもいかないのだけれど……」

 

「オレは夜の巡察で疲れてんの。今日くらい寝かしてくれって」

 

「ね、眠いのは分かるけれど……その、もう、朝だから……」

 

「……………」

 

藤堂が恨みがましい目で、じっとさくらを見つめた

 

「………さくら?」

 

「は、はい……」

 

その目が、驚いた様にみるみる見開かれていく

 

「ここ、オレの部屋だよな。なんで、お前がいるんだ!?」

 

「井上さんに頼まれて、様子を見に来たの。早く広間に行かないと、永倉さん達が先に、食べ始めてしまうかもしれないわ」

 

「ふ、ふーん……」

 

まだ少し動揺した様子で、藤堂はもぞもぞと身を起こした

 

「ふわぁぁ~~。もう朝飯の時間かぁ……。さっき寝たばっかって気がする」

 

「夜の巡察、お疲れ様。本当は、もう少し寝ていた方がいいのでしょうけど……」

 

んんーと、伸びをする藤堂に、さくらはくすっと笑みを浮かべながらそう言った

 

「んじゃ、お前は戻ってろよ。オレも支度終わったら直ぐ行くから」

 

「分かったわ」

 

頷いて室を後にしようとしたら、ふと藤堂が声を掛けてきた

 

「―――おはよう、さくら。起こしに来てくれてありがとな」

 

「おはよう、平助。朝餉が冷める前に来てね?」

 

「ああ、大急ぎで行くって!目が覚めたら腹減ってきたし。新八っつぁんに飯盗られたら生きる気力がなくなっちまうしな!」

 

「ふふ…そうね」

 

今日は大丈夫だろうが、土方が居ない時は、よくおかずの争奪戦が多発する

前に、体験した騒ぎを思い出して、つい笑みを浮かべてしまいながら、さくらは藤堂の室を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「後は…土方さんよね……」

 

さくらは緊張しながら、土方の室の前に立った

息を飲み、深呼吸する

 

「あの、土方さん……?」

 

……………

 

「土方さん……?」

 

……………

 

恐る恐る声を掛けてみたが、中から答えは返ってこなかった

もしかして、まだ寝ているのだろうか?

 

いや、土方に限ってそれは無い気がした

 

「もしかして、留守なのかしら?それとも、聞こえてない……とか?」

 

一瞬、どうしようか迷う

ここで、障子戸を開けて確認すべきか

それとも、このまま立ち去るべきか……

 

「……………」

 

でも、このまま戻るのは……

 

さくらは少し悩んでから、そっと障子戸に手を掛けた

 

「あの―――」

 

そのまま、障子戸を開けると―――

 

「……………」

 

「……………」

 

想像もしなかった光景を前に、さくらの身体は完全に凍り付いてしまった

視界に入ったのは、襦袢を半分だけ着かけた彼の姿―――

 

「……………」

 

「……………」

 

さくらは、瞬きも言葉も失って、そのまま硬直した様に、目の前の光景を見てしまった

 

鍛え上げられたであろう、均衡の取れた身体が真っ直ぐ視界に入ってくる

黒く艶やかな髪が、その肩に掛かり、一層艶かしさを帯びていた

 

しかし、その菫色の瞳は大きく見開かれていた

 

どうやら、さくらの声は彼の耳に届いていなかったらしい

もし、聞こえていたならば、こんなに驚いた表情なんてしなかっただろう

 

「……何の用だ」

 

「え……っ、あ、あの……」

 

直ぐに我に返った土方が、厳しい声音で訊ねてきたが……

とっさに言葉が出なかった

 

「急ぎの用じゃねぇんだろ?」

 

「え、えっと……」

 

すでに朝餉の時間だが、急いでない訳ではないが……

 

返答に悩むさくらを睨みながら、土方は呆れた様に言った

 

「俺が着替えんのも待てねぇぐらい、急ぎの用件かって聞いてんだよ」

 

瞬間、現状に気付き、かぁっと顔に熱が走る

 

「い、いえ……っ!」

 

「だったら大人しく待って―――」

 

「す、すみません!失礼しました!!!」

 

土方が言い終わるのも待たずに、さくらは慌てて視線を逸らすと、パンッと障子戸を締めた

 

バクバクと心臓が脈打つ

 

初めは気が動転していて、理解が及ばなかったが……

土方は着替え中だった

 

たった今、自分がしでかした事を思い出して、さくらは益々顔を赤らめた

思わず、顔を手で覆う

 

「ど、どうしよう。私……っ、物凄く失礼な事を……っ!」

 

思い出しただけで、顔から火が出る様だ

素肌を晒している彼の事を、じっと凝視してしまった

 

別に見たかった訳ではなく、ただ硬直してしまっただけなのだが……

絶対、おかしな態度だったに違いない

 

瞬間、あの晩の事が思い出された

 

強く抱き寄せられた腕

背中に伝わる温もり

 

「…………っ」

 

思い出して、さらに顔が熱くなった

 

「私の馬鹿……っ!どうして、今思い出すの……っ!」

 

あの腕に抱かれたのだと思うと、全身が火照るように熱くなる

 

土方の整った顔が、近かった

その口から、囁かれる様に零れた声―――

 

『―――さくら…』

 

「…………っ」

 

さくらは、頭を横に振った

 

「た、確かに、土方さんはびっくりする位端整な顔立ちをしていらっしゃるけれど……っ。 いくら綺麗な人だからって……、べ、別に疚しい気持ちは……っ!!」

 

ああ…穴があったら入りたい

 

「………何の言い訳してんだ。朝っぱらから頭でも打ったか?」

 

「………っ!!」

 

いきなり後ろから声を掛けられて、さくらがビクッとする

恐る恐る振り返ると、不機嫌そうな顔でこちらを見る土方がいた

 

「あ、あの……!本当に、すみませんでした…っ!」

 

混乱する頭で、なんとか謝罪の言葉を搾り出す

 

「決して、見るつもりは……っ!あ、あの……わざとではなく……っ」

 

余りにもさくらが恐縮した様に弁解するの見て、土方は小さく溜息を付いた

 

「それで。お前がわざわざ、俺の部屋まで来た理由を話せ」

 

「あ、は、はい。その……朝餉の時間になったので、呼びに来たのですけれど……」

 

「……………」

 

反応が無い

 

「あの……?」

 

不安になり、少しだけ顔を上げると

 

「さくら。まさかお前が自発的に、俺の部屋に来た訳じゃねぇよな」

 

「え……?あ、はい」

 

「………吐け。誰の差し金だ?」

 

「……………沖田さんが……」

 

「……………」

 

土方があからさまに顔を顰めた

 

「あ、あの……。土方さんが昨夜も、遅くまで仕事をしていたみたいなので、様子を見てきてくれと……。……心配してました。でも、別に差し金とかではなく……」

 

その言葉に、土方がはーと溜息を洩らす

 

「いや。俺に嫌がらせするついでに、お前の事もいびってんだろ。わざわざ鬼の副長の様子を見に行かせるなんてな」

 

「そう、でしょうか……」

 

思わず、言葉に詰ってしまう

正直、ここで頷いて良いのか、否定していいのか分からない

 

「……ま、お前がわざとじゃないことぐらい、分かってるよ」

 

「………え?」

 

一瞬、何を言われたのかと、さくらが顔を上げた時だった

その時だった

 

「む。トシと八雲君ではないか!」

 

さくら達の間に漂っていた微妙な空気を物ともせず、その人は声を掛けてきた

 

近藤だ

 

「近藤さん……。おはようございます」

 

「ああ、おはよう八雲君。こんな所で立ち往生とは、何か問題でも起きたのか?」

 

「違ぇよ。それより近藤さん、あんたこそ何やってんだよ。もう飯の時間じゃねぇか」

 

土方の問いに、近藤は清々しいまでの笑顔で

 

「う、うむ。実はなトシ。今日は特別天気がいいだろう?つい散歩したくなってな。朝稽古が終わってから、屯所の周りをぶらぶら適当に歩き回ってきた訳なんだ」

 

だが、その後ハッとした様に何かに気付き

 

「……少し遅かったか?皆に迷惑掛けまいと、走って帰ってきたんだが」

 

それを聞いた土方が、微かに笑みを浮かべる

 

「別に。あんたらしい話だろ。さっさと飯食いに行こうぜ」

 

それだけ言い残すと、土方はさくら達に背を向けてスタスタと歩き出した

続いて歩き出した近藤が、ふと足を止めてからさくらを見た

 

「ああ、八雲君。確か、今日も飯の支度を手伝ってくれたようだな?」

 

「あ、はい」

 

「こう、毎日では大変ではないかね?」

 

近藤の優しい問い掛けに、思わず笑みが零れる

 

「いえ……楽しいですよ?」

 

「そうか。となると朝飯がますます楽しみになるなぁ!君はどんどん腕を上げてきているみたいだからな!それに、君の味付けはどこか懐かしい。美味い飯が食えて俺は幸せだ」

 

近藤がにっこり笑って、さくらの味付けを褒めてくれた

純朴なこの人は口にする言葉は、お世辞ではないと感じられるので、素直に嬉しく感じる

 

「皆、塩加減が雑だからなぁ。特に、総司のはひどいだろう?」

 

「あ、その……。……すごく、大胆ですよね」

 

何と答えていいのか分からない……

 

「トシのはもっと酷いぞ。今でこそ厨には立たないが、昔作った雑炊なんかは―――」

 

「え?美味しかったですよ?」

 

「む?」

 

近藤が驚いた様に、目を見開く

 

「……八雲君、食べた事あるのかね?」

 

「え……?あ、はい」

 

すると、近藤は難しそうに腕を組み、唸りだしてしまった

 

「あ、あの……?」

 

さくらが困惑した様に、声を掛けると、近藤はハッとして

 

「あ、いや!すまん!」

 

それから、前を歩く土方の背を見て、嬉しそうに目を細める

 

「そうか…トシがなぁ……」

 

「近藤さん……?」

 

言ってはいけなかったのだろうか……?

不意に、近藤がさくらの方を向き

 

「なぁ、八雲君。君が……いや、君達が居てくれて本当に良かった。トシだって言葉にはしないかもしれないが―――」

 

「―――おい、近藤さん!無駄話してんじゃねぇよ!」

 

土方の怒声が響いて、近藤は背筋を正した

 

「拙い。皆を待たせているのだったな。早く広間に行かねば!」

 

わたわたと廊下を走る背中を見て、さくらは思わず小さな笑みを零した

 

『君達が居てくれて良かった』

 

近藤がくれたその言葉は、さくらにとって救いだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思いの外、土方さんとの絡みが少ない…

仕方ないです

だって、ここら辺は(ゲームでは)まったく、絡まないんですもの!

 

とりあえず、ここらで随想録ネタを投下です

でもね、普通に考えたら…あまり見ないと思うのよ!

そんな、淑女が凝視しちゃ駄目! 

※一部加筆修正あり (2020.08.14)

 

2009/06/01