櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 断章 蜿蜒なる狭間

 

 

不思議な感じだった

彼女が―――――さくらが、自分の手に身を委ねてくれている

 

最初に出逢った時は、彼女の事をこんな風に思うだなんて思いもしなかった

あの時のさくらは、警戒してぴりぴりした空気と雰囲気を持っていた

敵である“新選組”を警戒していたのだ

無理もない

 

何故ならば、彼女は薩摩の人間で

あの風間の傍にいたのだから―――――・・・・・・

 

でも、今はこうして土方の手の中にいる

土方の心配をしてくれている

 

この気持ちをどう言い表せばいいのか分からないが・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

俺を、風間よりも俺を――――

選んでくれたと、思っていいのだろうか

 

自惚れかもしれない

そう思いたい、自分の“想い”がそう錯覚しているだけかもしれない

そうだとしても―――――・・・・・・

 

すっと、さくらの髪を優しく撫でる

 

そうだとしても、彼女を――――さくらを失いたくない

あの日の様な、池田屋の時の様な思いはもう御免だ

 

捕まえようとしても、するりとすり抜けていく感覚―――――

そう――――さくらはいつも自由だったと同時に、縛られていた

 

“風間 千景” という足枷に

 

風間にどんな酷い目に合わせられても、あいつを信じる気持ちを捨てきれないのだと

泣いていた

 

泣きながら、風間を「忘れられない」と

「忘れたくとも、忘れられない――――」そう言って、嗚咽を洩らしていた

 

俺の手で・・・・・・

忘れさせることが出来れば・・・・・・

 

そうしたら、お前は俺の手を取ってくれるのか・・・・・・? さくら―――――・・・・・・

 

ふと、彼女の首元に目がいった

そこには、昨夜 “自分が付けた跡”が残っていた

 

「お前・・・・これ・・・・・・」

 

そう言って、彼女のその跡に触れる

瞬間、さくらが「あ・・・・・・」と声を洩らした

 

「それは、その・・・・・・一応、髪で隠してみたのですが・・・・・・」

 

少し気恥ずかしそうに、さくらが顔を赤らめてそう言う

彼女はそう言うが

 

気付かれている気がした

一部には

 

土方はくすっと笑みを浮かべ

 

「悪かった、こんな目立つ所に付けちまって」

 

そういって、すっと彼女の着物に触れる

一瞬、さくらが驚いたようにぴくっと肩を震わせた

 

「あ、あの・・・・・・?」

 

戸惑う、さくらに土方は気にした様子もなく、そのまま彼女の着物の衿を少し緩めた

 

「ひ、ひじか、たさ・・・・・・ぁ・・・・」

 

そのまま、彼女の鎖骨の下あたりに口付けを落とす

 

「んんっ・・・・・・、あ・・・・・っ」

 

さくら思わず、身体をぴくんっと震わす

抵抗しようにも、手には握り飯などを乗せた盆を持っている為、出来ない

 

「あ・・・・・・、待っ・・・・・・」

 

微かに洩れる、彼女の吐息が

余計に、土方の悪戯心をくすぐらせた

 

「・・・・・・待たない」

 

そう言って、さらに彼女の腰をかき抱くと胸元に口付けた

 

「土方さ・・・・、あ、んんっ・・・・・・」

 

徐々に、彼女に触れる手が熱を帯びてくる

 

「さくら・・・・・・」

 

ゆっくりと、彼女の顔を見る

さくらは、戸惑ったように顔を朱に染めて、目を潤ませていた

 

どうしようもない“愛おしさ”が、土方の中で込み上げてくる

 

ああ・・・・俺は・・・・・・

 

そのまま、ゆっくりと彼女の頬に触れると、その形の良い唇に口付けを落とした

 

「ん・・・・・・っ」

 

さくらが、その真紅の瞳を閉じる

そう―――まるで、土方を受け入れるかの様に・・・・・・

 

どのくらい、そうしていただろうか

彼女に何度触れても、満足出来ない

もっと、触れていたと思ってしまう

 

こうして、彼女に触れるたびに

その想いが強くなっていく

 

彼女が―――さくらが欲しいと、口に出来たらどんなに楽か

でも、口にしてしまったら歯止めが利かなくなりそうで、怖かった

 

新選組を、近藤を一番に考えなくてはならない立場なのに

心が揺らぎそうになってしまう――――――・・・・・・

 

だからと言って、さくらを遠ざける気持ちは浮かんでこなかった

むしろ、もっと近くに行きたいと思った

 

どうかしている

こんなに、一人の女に入れ込むなんて―――――

 

「・・・土方さん・・・・・・?」

 

不意に、名を呼ばれ土方がはっとする

さくらを見ると、彼女が心配そうにこちらを見ていた

 

そんなさくらに、土方はふっと笑みを浮かべ、彼女の髪を撫でた

 

「ん、なんでもねぇよ」

 

そう言って、もう一度さくらに軽く口付けを落とすと、すっと離れた

 

「悪いな、それはそこの机の上に置いておいてくれ」

 

言われて、さくらが持っていた盆を机の上に置く

やっと空いた手で、乱れた着物の襟元を直そうとした瞬間――――

 

「ひ、土方さん・・・・・・っ」

 

さくらが、顔を真っ赤にして土方の方を見た

いつの間にか、濡れた髪を結った土方が「なんだ?」と、振り返る

 

「な、なんだじゃありませんっ。 こ、これ・・・・・・っ」

 

さくらが顔を真っ赤にして胸元を押さえている

そこには、先ほどまではなかった赤い跡がくっきりと花の様に残っていた

 

それを見た、土方はにやりと笑みを浮かべ

 

「そこなら、着物で隠れるだろ?」

 

「そ、そういう問題では―――――・・・・・・」

 

そう言って、顔を真っ赤にしたさくらが口をぱくぱくしている

そんな彼女も愛らしく見えるのは、最早重症だなと土方は思った

 

「も、もう・・・・・・土方さんのばか・・・・・・」

 

小さな声で、さくらがそう呟くが

土方は、あえて聴こえないフリをしたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・・・・」

 

さくらは、小さくため息を洩らすと空いた皿と盆を桶の中に入れる

簡単にそれらを洗うと、拭いて立てていく

 

まさか、こんな風にされるなんて・・・・・・

 

思わず、胸元を抑える

そこだけ、酷く熱を持っている様だった

 

こういうのって、どのくらいで消えるのかしら・・・・・・

 

百歩譲って・・・・・・というのもおかしな話だが、まだ胸元のは隠せる

問題は首だ

首の跡が、流石にまだ消えていない

 

知らず、その部分に手を添える

今は、誰からも突っ込まれていないが・・・・・・見られた山南以外からは

勘のいいひとだと、気づいていても言って来てないだけ――――というのも十分考えられた

 

それに・・・・・・

先ほどの、土方からの口付け――――

あれは、どういう意味だったのだろうか

 

昨夜は、土方もかなり参っていた様だし、誰かにすがりたくなる気持ちは理解出来た

誰でも、よかったのか、と、問われれば分からないけれど・・・・・・

 

でも、先程のは明らかに、さくらに向けてだった

 

「・・・・・・かな・・・・」

 

いいのだろうか・・・・・・?
少しでも、土方さんがこんな私を気にしてくださっていると思って

 

自惚れてしまいそうになる

 

そこまで考えて、さくらは小さくかぶりを振った

 

駄目よ、期待しないと決めたじゃない

そうよ・・・・・・

 

想って欲しいとか

好きになってほしいとか

必要として欲しいとか

 

そんな風に考える自分が嫌になる

 

土方にとっては、新選組が一番大事で、近藤が一番大事な筈だ

だから、私は・・・・・・

私のこの“想い”は、土方にとって邪魔になる

 

それだけは、あってはならない

 

あの人の役に少しでも立ちたいのに、邪魔になるなんて論外だわ

依存しては駄目

千景の時と、同じになってしまう

 

依存して、風間無しでは生きている意味を見出せなくて

そして――――――切って捨てられた

 

もし、同じ様に土方にされたら―――――

きっと、もう立ち直れない

 

ぐっと、さくらが胸元で手を握りしめる

 

気付かれてはいけない

この“想い”も――――“心”も、“感情”も

 

全て――――――・・・・・・

 

「・・・あ・・・・・・」

 

知らず、涙が零れ落ちた

ぽろぽろと、次から次へと溢れ出てくる

 

「―――――・・・・・・っ」

 

さくらは、嗚咽を洩らしながら涙を流した

 

「・・・・・・うっ、・・・・っ・・・・・・・・」

 

 

 

無理よ・・・・・・

そんなのもう、無理―――――・・・・・・

 

 

 

何度も、何度も何度も 自分に言い聞かせた

 

 

期待していけない

見返りを求めてはいけない

欲を出してはいけない―――――・・・・・・

 

 

ずっと、ずっとそう言い聞かせてきた

けれど

 

いつか、千姫が言っていた言葉が脳裏に蘇る

 

 

 

 

『・・・・・・辛いよ?』

 

 

 

 

彼女はそう言っていた

でも、それでもいいのだとその時は思っていた

そう――――

傍にいられるならば、それでも構わないと思っていた

 

でも、実際は違った

傍に、近くに行けば行くほど、辛くて、辛くて―――――苦しい・・・・・・

苦しくて、心が壊れそうだ

 

まだ、いっその事冷たくあしらわれて、距離を置かれた方がましだと思った

 

近づきたくて、でも、不安で

優しくされて、怖くなる

 

自分の心が抑えられなくなりそうになる

 

駄目なのに・・・・・・

駄目だと、分かっているのに――――・・・・・・

 

「・・・・・・っ」

 

ぐいっと、さくらは持っていた手拭いで涙を拭った

 

やっぱり、私はここにいないほうが―――――

いいのいかもしれない

 

そんな風に思った時だった

 

 

 

 

 

「よぉ、姫さん」

 

 

 

 

 

「―――――え?」

 

一瞬、聴こえる筈のない声が聴こえてきて、さくらは自分の耳を疑った

はっとして、振り返ると―――――

 

 

 

「・・・・・・、ど、うし、て・・・・?」

 

 

 

目の前にいる、見知った男にさくらが驚いたようにその真紅の瞳を見開く

何故なら、それはここにいる筈のない男・・・・・・・・・・だったからだ

 

 

そう――――

 

 

褐色の肌に、青みがかった髪の男

 

 

 

     ――――――不知火 匡だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「・・・・・・はぁ・・・・」

 

その日、原田左之助は朝から不機嫌だった

朝餉の時間、調子に乗って原田のおかずにいつもの様に手を伸ばしてきた永倉は、ほぼ怒りの穂先を向けられ、半殺し状態だった

 

何やってんだ、俺は・・・・・・

 

それもこれも、全部“あれ”のせいだった

偶然、発見してしまったさくらの首筋にあった赤い跡

 

さくらは、髪型を変えてみただけだと誤魔化していたが

原田にはそれがなんなのか、すぐに分かった

 

そして、おのずとその“跡”を付けた相手も想像出来た

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらが誰と何をしようと、原田には口を挟む権利はない

ない、が―――――・・・・・・

 

それでも、やっぱむかつくんだよ!!

 

かといって、さくらを問いただすわけにもいかないし、

相手であろう人を問い詰めるわけにもいかない

 

それ故に、怒りの矛先は稽古中の隊士に無駄に向かってしまった

いつも以上に、しごかれて隊士達は現在、休憩という名の避難中である

 

我ながら、大人気なかったと反省はしている

なので、心の中で「すまん」と謝っておいた

 

気が付くと、厨の前まで来ていた

無意識に足が向かったともいう

 

確か、さくらは厨で後片付けをしていた筈だ

そう思って、厨を覗いたが―――――

 

そこに、さくらの姿はなかった

 

「・・・・ま、だよな・・・・・・」

 

朝餉が終わってから、大分時間が経つ

片づけ終わっていてもおかしくない

 

原田は、また大きな溜息を洩らすと、厨に入って行った

とりあえず、喉でも潤そうかと水桶に手を伸ばした時だった

 

「ん?」

 

ふと、そこに落ちているものに目がいった

それは、菫色の綺麗な織物だった

 

「これ・・・・・・」

 

そう―――――

それは

 

 

 

「さくら・・・・・・?」

 

 

 

さくらが、身に付けていた物だった――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おおっとぉ~~~?!

ついに、この時が来たwwww

やっと、表題ページの説明文の事が起きました・・・・・・? よ???

と、思ってくだされ~~~( *’∀’)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \

ようやく、話が進むわwww

 

 

2021.12.05