櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 断章 蜿蜒なる狭間

 

 

さくらは、厨に戻ってきた後、洗っておいた大量のお皿の水気を拭きながら片づけていた

一枚一枚、丁寧に拭いていく

 

その量は生半端な量ではなかった

いつもなら、数人がかりで片づけるのだが・・・・・・

 

今日は、皆忙しそうだったので、さくら1人で片づけをしていた

この屯所内で「役割」を持っていないのは、さくらだけだ

 

だから、こういう時こそ、率先してやらなければならない

 

とは言ったものの・・・・・・

量が量だけに、なかなか終わらない

 

「ふぅ・・・・・・」

 

やはり、斎藤の申し出を受けるべきだったのだろうか・・・・・・

ふと、そんな事を思うも、さくらはすぐに首を横に振った

 

駄目よ

斎藤さんは、巡察の帰りで疲れているのだもの

 

本当は、先ほど斎藤が「茶の礼に手伝おう」と、言ってくれたのだ

だが、さくらはその申し出を断った

 

巡察後の貴重な休憩時間を、さくらの都合で潰してしまうわけにはいかない

斎藤は、「しかし・・・・・・」と言ってくれたが、やはり、さくらは「大丈夫です」と答えて笑って見せた

 

そこまで言われては、斎藤も手が出せなかったのだろう

 

そして今に至るのだが・・・・・・

なんとか、昼餉の準備の時間までには終わらせなければならない

 

「直ぐ使うお皿は、整えて置いておけば大丈夫・・・・・・よね?」

 

後は・・・・・・

片づけるついでに、昼餉用のお皿も入れ替えて出しておかないと・・・・・・

 

そんな事を考えながら作業している時だった

 

「そこに誰かいるのかね?」

 

「!?」

 

まさか、誰かに声を掛けられるとは思わず、さくらがびくっとする

瞬間、持っていた大皿が手から零れ落ちた

 

「あっ!」

 

その後に起こりうるであろう音に、さくらが慌てて目を瞑る

が―――――・・・・・・

 

いつまでたっても、大皿が割れる音はしなかった

 

「・・・・・・・・・・・・?」

 

さくらが恐る恐る目を開けると・・・・・・

 

「おっとっと」

 

そう言って、大皿を抱える近藤の姿があった

どうやら、近藤が受け止めてくれたようだった

 

思わず、さくらが安堵の息を洩らすも

が、それがこの新選組の局長である近藤だったという事実に、一瞬で顔が青ざめる

 

「す、すみません! 近藤さん! あの・・・・・・」

 

何をどう言っていいのか分からず、さくらが慌てていると

近藤はそんな事気にした様子もなく、屈託のない笑顔を浮かべ

 

「八雲くん、こういう時は我々を頼りたまえ! 君に手には余るだろう?」

 

「それは―――」

 

確かに、今近藤が持っている大皿などは、重さとしてはかなり重い部類に入る

あの近藤ですら、両手で持つぐらいだ

 

だが・・・・・・

 

「その・・・・このような事で、お忙しい皆様の手を煩わせるわけには・・・・・・」

 

「いかない―――――」と、言い掛けた時だった

突然、ぽんっと近藤の手がさくらの頭に乗せられた

 

一瞬、何が起きたのか理解できず、さくらがその大きな真紅の瞳を瞬かせる

すると近藤は、何でもない事の様に、さくらの頭を撫でた

 

「あ、の・・・・・・?」

 

さくらが、困惑した様にそう声を洩らすと

近藤は屈託のない笑顔で

 

「君は、気を遣いすぎだ。 もっと、人を頼っても誰も咎めやしないさ。 だから――――――」

 

そこまで言って、近藤がひょいっとさくらがまとめていた皿を持つとそのまま戸棚に仕舞っていく

大皿だけではない、さくらでも持てそうな皿まで運び出した

慌てたのはさくらだ

 

「あ、あの、近藤さんっ・・・・・・! それぐらいの大きさなら自分で――――」

 

このままでは、全部 近藤が片してしまう

だが、近藤は笑いながら

 

「こんなことしか、俺には出来ないからなぁ・・・・・・巡察も基本的には組長や隊士に任せっきりだし、新選組の運営もほとんどトシがしているからな。 組長と言っても名ばかりだよ」

 

近藤が何でもない事の様にそう言うが、さくらは首を振り

 

 

 

「―——―——そんな事ありません!!!」

 

 

 

気が付いた時には、そう叫んでいた

驚いたのは、他でもない近藤だ

 

まさか、そこでさくらが叫ぶとは思わなかったのだろう

だが、さくらは今にも泣きそうな顔をして

 

「そんなこと・・・・・・言わないで下さいっ。 隊士や幹部の方々も・・・・・・土方さんも、そんな事思っていません。 皆さま、近藤さんがいるから・・・・・・、近藤さんが“新選組”を守ってくださっているから自由に動けるのです。 それなのに―――――」

 

そんな風に言われたら―――――・・・・・・

 

さくらの言わんとする事がわかったのか

近藤が苦笑いを浮かべながら

 

「君はいい子だな。 君みたいな子がトシの傍にいてくれて嬉しく思うよ」

 

「え・・・・・・・?」

 

何故、今そこで“その名”が出てくるのか・・・・・・

 

「土方さん、です、か・・・・・・?」

 

さくらがそう尋ねると、近藤は小さく頷きながら

まるで、遠くを眺める様に

 

「・・・・・・近しい未来、もしかしたら俺は皆に迷惑を掛けてしまうかもしれない。 そうなった時――――トシには“心の支え”となってくれる者が必要だ。 君が嫌じゃなければ、是非君にそうあってもらいたいと―――俺は思っているんだ」

 

「・・・・・・それ、は・・・」

 

そこまで言いかけて、昨夜の土方の話を思い出す

 

近藤が、近々 長州尋問使に随行するという話

長州は禁門の変以来、いわば朝敵

その長州への第二次長州征伐の事前尋問に行くという

 

それは、自殺行為でもあり

生きて帰って来られるかも分からない任務だった

 

近藤は、そこへ自ら行く意思を示したという

そして――――

 

あの手紙・・・・・・

あの手紙には“近藤が死んだ場合の後の事”が記されていた

 

いわば、生前遺言状―――――・・・・・・

 

さくらが押し黙ったのを見て、近藤はすべてを悟ったのか

「そうか」と、小さな声で呟いた

 

「八雲くん、君は・・・・・・“あの手紙”の事を知っているんだね?」

 

近藤からのその言葉に、さくらは「はい」とは答えられなかった

そう―――ただ、静かに小さく頷くことしか出来なかった

 

そうよ・・・・・・だって、あの手紙は・・・・・・

 

あれは、全隊士に向けたものではない

新選組の組長と副長の二人だけのやり取りだった筈――――――

 

昨日、さくらが理由を尋ねなければ、きっと土方も話はしなかっただろう

 

なんだか、申し訳ない気持ちになり、さくらが俯いていると

近藤はやはり、何でもない事の様に

 

「いや、いいんだ。 君に話したことで、トシも少しは楽になっただろう。 あいつは――――なんでも、一人ですぐ背負い込むからなぁ」

 

そう言って、笑った

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

だが、さくらは笑えなかった

笑わなくてはいけないのに、笑えない――――・・・・・・

 

ぎゅっと着物の裾を握る手に力が籠る

そんな、さくらを見た近藤は一瞬 表情を曇らせたが、次の瞬間には何事も無かったかのように

 

「トシも君も心配し過ぎだ。 俺は死なんよ。 だから、安心して待っているといい!」

 

そう言って、力強く自身の胸をどんっと叩いた

 

「ただな、場所が場所だ。 万が一という事もありえる。 だから、今回 尋問使に随行する者は全員“家族”には何かを書いているだけだ。 だから、心配することはない」

 

そう言って、また屈託のない顔で笑った

そんな風に言われたら・・・・・・

 

 

「・・・・・・・・・・はい」

 

 

そう答えるしか、今のさくらには“答え”を持ち合わせていなかった―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――― 巳の刻・半刻(午前10時)

 

さくらは、盆にお茶と一緒に、軽めの握り飯に たくあん を添えて廊下を歩いていた

行き先は、土方の部屋である

 

あの後―——近藤が分かれ際に土方の様子を見てきて欲しいと言われたのだ

土方は、朝餉の時間にも顔を出さなかった

他の隊士達にとっては、それは“よくあること”なので、さほど気にしてはいないようだったが・・・・・・

 

さくらは、内心少しほっとしていた

本当なら、それでは駄目なのだが・・・・・・

 

あんな事があった後で、どう顔を合わせていいのか分からなかったから仕方ない

 

髪型の事は何人かに尋ねられたら、さくらが「たまには、変えてみようかと思った」と答えると、納得してくれていた・・・・・・と、思う

 

幸い、今の所首の跡は山南以外には見られていない・・・・・・はず、なのだが

 

何故か、不安がよぎる

言われなかっただけで、気づかれていた可能性は十分あるからだ

 

なんとなく、首の跡に触れる

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

瞬間、昨夜の土方を思い出してしまい、知らず顔が赤く染まった

さくらは、慌てて手を離すと首を振った

 

考えない帳にしないと

 

そう自分に言い聞かす

そうでもしなければ、恥ずかしさのあまり全身から火が出そうだった

 

そうこう考えている内に、土方の部屋の前まで来てしまった

さくらは ごくりと息を飲むと、すっと膝を折った

 

そして、少し控えめに障子戸を叩く

 

「土方さん、さくらです。 ・・・・・・開けても宜しいでしょうか?」

 

そう声を掛ける

が・・・・・・

 

 

し―――――――ん・・・・・・

 

 

「・・・・・・? 土方さん?」

 

反応がない

もしかして、まだ寝ているのだろうか?

 

そんな考えが一瞬 脳裏を過るが、

土方に限ってそれはないと思った

 

あの土方が、こんな時間まで起きてこないなど、普通ならあり得ない

でも――――――・・・・・・

 

もし、中で倒れていたら?

それとも、さくらの掛けた声に気付かないぐらい仕事に集中しているのだろうか?

 

どう、しよう・・・・・・

 

持ってきた茶と握り飯を見る

流石にこんな時間に、布を掛けているとはいえ廊下に置いておくのは少々憚られた

 

本当なら、このまま去るべきかもしれない

でも、近藤に頼まれた事でもあるし、何よりさくら自身も土方が心配だった

 

さくらは、息を飲むと すっと障子戸に手をかけた

 

「―――——失礼します」

 

そう言って、ゆっくりと戸を開けた

怒られるかもしれない――――

思わず、ぎゅっと目を瞑る

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

・・・・・・・・・・・・?

 

だが、予想に反して中からは何も反応がなかった

てっきり、怒声が飛んでくると思っていたのだが・・・・・・

 

さくらが、恐る恐る瞳を開けると―――――

 

そこには、誰もいなかった

 

「あ・・・・・・」

 

お留守だったのね・・・・・・

怒られる事を覚悟していたので、土方が留守だった事に少し安堵する

が・・・・・・

 

どこへ行かれたのかしら・・・・・・?

 

布団はもう既に押し入れに仕舞ってあるし、文机も使っていた形跡がない

 

「・・・・・・・・・・・・?」

 

朝餉も取っていないのに、出掛けてしまったのだろうか

もしかしたら、火急の用があったのかもしれない

 

少なくとも、部屋の雰囲気から察するに半刻以上はいなさそうだった

 

ちらりと、手に持っている握り飯を見る

置いて行こうか、持ち帰るべきか悩んでいる時だった

 

 

 

「――――――誰だ?」

 

 

 

不意に、障子戸の方から声が響いてきた

ぎくりと、さくらが身体を強張らせる

 

「あ・・・・・・」

 

だが、それは直ぐに溶けた

そこには、塗れた髪を垂らした土方が立っていた

土方は、さくらを見ると、まるで何事も無いように自身の部屋に入って来た

 

ふと、土方がさくらの持っているものを見て「ああ・・・・・・」と、何かを理解したかのように声を洩らした

 

「悪い、朝餉の時間だったな・・・・・・わざわざ、持ってきてくれたのか?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「さくら?」

 

土方の方をみたまま、反応のないさくらに土方が首を傾げる

 

「どうし―――――」

 

そう言って、土方がさくらの方に手を伸ばした時だった

瞬間的に、さくらがはっと覚醒したかのように、慌てて視線を逸らした

 

「す、すみません! ――――まさか、このような時間に湯を使われていたとは露とも思わず―――――・・・・・・」

 

そう早口でいいながら、顔を真っ赤にしてその場を去ろうと着物の袂を翻した

 

「・・・・・・っ、さくら!」

 

瞬間、土方の手がさくらの手を掴んだ

どきん・・・・・・と、さくらの鼓動が跳ねる

 

土方に聞こえるのではないかと言うぐらい、心臓が早鐘の様に鳴り響いた

 

「あ、あの・・・・・・っ」

 

さくらが、困惑した様に声を洩らす

握られた手が熱い

 

次第に、土方が近づいてきた

 

「あ・・・・・・」

 

気が付けば、その手は土方に絡め捕られていた

そのまま、土方の方へと引き寄せられる

 

「さくら・・・・・・」

 

甘く名を呼ばれて、さくらがびくんっと肩を震わせる

 

「今朝―――――――」

 

そう言って、土方の声が耳元で響いた

 

「起きたら、お前がいなかったから・・・・・・少し、驚いた」

 

「あ・・・・それは・・・・・・」

 

人目に付かない時間を選んだから、仕方ない事とは言え

本当なら、土方が起きるまで傍にいたかった

 

だが、そうする事で土方に迷惑が掛かるのは分かりきっていた

だから、朝早くに一人静かにこの部屋を出た

 

「・・・・・・すみません」

 

さくらは、何をどう言っていいのか分からず、その真紅の瞳を俯かせた

すると、それを見た土方は、一瞬驚いたような顔をしたが、次の瞬間微かに笑みを浮かべ

 

「別に、怒ってねぇよ。 お前が、先に部屋に戻るのは、少し考えればわかる事だからな」

 

そういって、優しくさくらの髪を撫でた

ほんのり香る、“桜”の馨り―――――・・・・・・

 

心地よい―――――

 

さくらが、土方のその手に身をゆだねる様に ゆっくりと瞳を閉じる

 

 

 

だから、気づかなかった

 

 

 

    それを見ていた、“視線”があったことに―――――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひーさーびさあああああああああ!!!!!

に、夢自体書きましたwwww

すみません、なんか書けなくて( ;・∀・)

しかし、話の中の時間はさほど経ってないよね~~~( *’∀’)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \

まだ、同じ日よ!! 同じ日!!

 

 

2021.10.04