櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 断章 蜿蜒なる狭間 

 

 

 

―――――早朝・虎の中刻(およそ、朝の4時)

 

 

さくらは そっと起き上がると、横で静かに眠っている土方を見た

普段なら少しの事ですぐに起きるのに・・・・・・今日の土方は、眠ったままだった

 

きっと、疲れが溜まっているのだろう・・・・・・

 

ゆっくりと、土方の髪に触れる

男の人なのに、とても綺麗な髪だった

眠っている姿も、美しく・・・・・・花街や京の町の人たちが騒ぐのもよくわかる気がした

 

「・・・・・・・・・・・・・・」

 

土方さん・・・・・・

 

昨夜の、今にも涙をその菫色の瞳から流しそうな、面持ちを思い出す

近藤からのあの手紙は・・・・・・

きっと、土方には酷すぎる代物だったのだろう

 

正直、土方の行動には少し驚いたが、土方は言っていた

 

『あいたくなかった』

 

 

逢えば、自分がさくらに何をしてしまうか―――――・・・・・・

分かっていたからだろう

 

きっと、それは土方にとって「許されない事」だったに違いない

だから、あの時――――――・・・・・・

 

そっと、土方に触れられた唇に触れる

まだ、微かに残る土方の温もりが、さくらの頬をほのかに染めた

 

前の時とは違う

正真正銘の、土方からの口づけ―――――・・・・・・

 

思い出しただけで、顔から火が出そうだった

 

あんな風に――――求められて・・・・・・

この人の手を振り払うことなど――――さくらには、出来なかった

 

この人の――――土方の心が少しでも安らぐならば―――――

あのまま、抱かれてもいいとさえ思った

 

だが―――――・・・・・・

土方は、そうはしなかった

 

さくらに、ただ「傍にいる事」だけを望んだ

幾度となく、交わされた口づけが、酷く熱を帯びていて――――「錯覚」しそうになる

 

この人は、自分を好いてくれているのではないか―――――と

 

そんな事、あるはずないのに・・・・・・

 

土方にとって、「一番」は「新選組」であり、「近藤」だ

それは、充分すぎるほど理解している

 

 

 

それでも、私は――――

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは、小さくかぶりを振った

 

だめね・・・・・それ以上は望まないと決めたのに・・・・・・

傍にいると、どんどん貪欲になっていく己がいる

 

でも、もし“それ”が土方にとって「足枷」になってしまったら――――・・・・・・

 

それだけは、“絶対に”あってはならない

 

そう思うと、この“気持ち”を明かす気にはならなかった

いや、なれなかった

 

だから、このまま心の中に仕舞っておかなければ―――――・・・・・・

 

もう一度、土方を見る

それから、さくらは静かに頭を垂れた

そして、そのまま土方の室を後にしたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廊下に出たあと、一応あたりの様子を伺う様に、こっそりと曲がり角の先を見た

まだ、朝早いこともあり朝食準備組も起きてきてない様だった

 

誰も、いない、わ、よね・・・・・・

 

万が一にも、こんな時間にこんな所をうろついているのを勘ぐられると面倒である

特に、鋭い沖田や山南などは避けたい所だった

 

このまま、朝食の用意の為に、厨へ行くわけにもいかない

一度、部屋に戻って身支度を整えないと―――――・・・・・・

 

そう思いう、わざと早めに土方の部屋を後にしたのだが・・・・・・

 

もう一度、誰もいないことを確認して、渡り廊下に差し掛かった時だった

 

「おや? そこにいるのは八雲君ではありませんか?」

 

突然の声に、さくらがびくっと肩を震わす

 

この声・・・は・・・・・・・・・・・・

 

さくらが、おそるおそる後ろを見る

すると、そこには案の定、羅刹となった山南が立っていた

 

寄りにもよって、一番会いたくない内の一人だった

 

「あ・・・・・・お、おはようございます」

 

さくらは、当たり障りのないように朝の挨拶をした

すると、山南は「ふふ・・・・・・」と笑って

 

「はい、おはようございます。 ・・・・・・で? このような早い時刻にどうして、このような所に? この先は組長・副長の部屋ですよ?」

 

「あ、それ、は・・・・・・」

 

さくらが、どう答え様か考えあぐねている時だった

 

「おや? 君が羽織っているのは、土方君の着物ですね」

 

鋭い・・・・・・

もう、ここまできたら、何を言っても言い訳にしかならさそうだった

 

かといって、今の今まで土方の部屋にいた―――――などとは口が裂けても言えない

ど、どうしよう・・・・・・

 

さくらが、回答に困っていると

山南はくすっと笑みを浮かべ

 

「ご安心ください、君と土方君の蜜事には興味はありませんよ」

 

蜜事って・・・・・・

 

かぁ・・・・・・と、さくらが顔を赤くする

 

「あ、あの、ちがっ・・・・・・」

 

事実、土方に抱かれたわけではない

だから、間違ったことはいっていない――――そう、言っていない筈なのに

 

戸惑った様子のさくらを見て、山南が含みのある笑みを浮かべ――――

そっと、さくらの耳打ちする様に

 

「隠すのなら、その首元も隠された方が宜しいですよ?」

 

「え・・・・・・?」

 

くび、もと・・・・・・?

 

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

え!!!?

 

 

瞬間、さくらがばっと首元を抑える

 

まさか・・・・・・

いや、そんな筈は―――――・・・・・・

 

そう思うも、記憶が曖昧過ぎて分からない

 

首元を手で隠して、顔を赤くさせたさくらに、山南は満足気に笑みを浮かべ

 

「ほらほら、他の隊士が起きてこない内に部屋へ戻られた方が宜しいですよ?」

 

「あ、は、はい・・・・・・その、ありがとう、ご、ざいます・・・・・・」

 

それだけ言うと、さくらはぱたぱたと足早にその場を離れていった

さくらのその様子見、「おやおや」と、山南は面白そうに、笑みを浮かべた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さくらは、部屋に戻るなり鏡で首元を見た

 

「う、そ・・・・・・」

 

そこには、くっきりと土方に口づけされた跡が残っていた

これを見られたのだ

鋭い山南なら何があったのかは、容易に想像出来てしまうだろう

 

かぁぁ・・・・・・さくらが、真っ赤になる

 

恥ずかしすぎるわ・・・・・・

部屋を出る時に、誰にも会わない事だけ懸念していたのだが、まさか、こんな所に口づけの跡が残っていたなんて―――――・・・・・・

 

部屋を出る前に、鏡でしっかり確認しておくべきだった

 

どうしよう・・・・・・

 

包帯で巻くわけにもいかない、逆に余計に怪しくなる

 

そっと、その跡に触れる

瞬間、土方に口づけされた時の事が脳裏を過った

 

「・・・・・・・・・・・・・っ」

 

なんとも言えない、恥ずかしさがこみあげてくる

もし、あの時土方が止めていなかったら・・・・・・?

 

きっと、今頃、あの腕に抱かれて――――――

 

考えただけで、顔が火照っていくのがわかる

鏡の前の自分を見ると、耳まで真っ赤になっていた

 

さくらは、慌てて首を振った

 

違う、そんな事実はない

土方だって、きっと気が動転していたかからに違いない

 

だから―――――・・・・・・

 

土方に、付けられた跡を手で覆い、さくらは小さく息を吐いた

 

もう少ししたら千鶴や他の幹部の方々や平隊士達も起きてくる

とりあえず、もう身支度してしまおう――――と、さくらは、羽織っていた土方の着物を置くと、着替え始めた

 

着物を着て、帯をきつく締める

それから、今一度鏡の前にきた

 

着物で幾分か隠れるかと思ったが・・・・・・位置が高めの所にあった為、はっきりと見て取れた

これで、いつもの様に髪を上げたら、この跡をさらして歩くようなものである

それだけは、何が何でも避けねばならない

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは、少しだけ考えて

 

「あ・・・・・・」

 

と、ある事を思いついたように声を上げた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

厨では、コトコトと鍋の煮える音が響いていた

その横で、手際よく包丁で野菜を切る

 

さくらが、一人でぱたぱたと、朝食の用意をしている時だった

 

不意に、ばたばたと厨の入口の方から走ってくる音が聴こえた

 

「悪い、さくらちゃん! 寝坊しちまった!!」

 

「ったく、何度起こしても起きやがらねぇんだから、こいつは」

 

そこに現れたのは、永倉と原田だった

 

「あ・・・・・・永倉さん、原田さん、おはようございます」

 

さくらは、何事も無かったかのようににっこりと微笑んで挨拶を返した

 

ふと、原田があることに気付き

 

「さくら、今日は髪を上げてないんだな? どうかしたのか?」

 

「え? あ、は、はい・・・・・・その、たまには横で結ぶのもよいかと思って・・・・・・」

 

と、苦し紛れな言い訳をする

 

一応、苦肉の策だが、髪と髪結いの布で“例の跡”を隠すようにしてみたのだが・・・・・・

ごまかせただろうか?

 

すると、原田はまるで何かを見て見ぬ振りする様に、ふっと笑みを浮かべ

 

「いいんじゃないか? 似合ってる」

 

そう褒められて、さくらが微かに頬を赤らめる

が、なんだか居たたまれない気持ちにもなった

 

早く話題を逸らさないと―――――

 

そう思っていた矢先だった

まるで、天の助けとでも言わんばかりに永倉が腕まくりをすると

 

「よーし、じゃんじゃん作って早く終わらせようせ!!」

 

そう言って、さくらの方にやってきて、朝餉の準備を始めだした

永倉のその言葉に、原田も「そうだな」と言って、それに続く

 

話が逸れた事に、さくらは少し安堵した

 

だから、気づかなかった

原田がこちらを見ていた事に――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゅんちゅん・・・・・・

と、鳥の囀りが聴こえてくる

 

土方がゆっくりと、その菫色の瞳を開けた

 

「・・・・・・さくら・・・・・・・・・?」

 

愛しいその名を呼ぶ

が、反応はなかった

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

土方は頭を少し抑えながら起き上がった

辺りを見渡す

 

部屋にいるのは土方一人だった

 

部屋に戻ったのか?

 

なんだか、寂しい気もしたが

それも、当然か・・・・・・と、思った

 

思えば、こんなに熟睡できたのは、久しぶりな気がした

これもさくらが傍に居てくれたからかもしれないと思うと、自分も随分彼女――――さくらに心を許しているのだと、実感させられる

 

しかし・・・・・・

 

昨夜のことを思い出し、土方は思わず頭を抱える様に抑えた

 

「あ――・・・・・・」

 

失敗した

と、思った

 

本当は、彼女に「あんなこと」するつもりはなかった

だが、あの時・・・・・・手紙や武田の事もあるが・・・・・・

 

夜着姿のさくらを見た瞬間、理性の型が外れた

去ろうとする、彼女に思わず手が伸びた

 

そして、彼女のその柔らかい唇に――――触れた

 

拒んでくれれば――いいと思った

だが、予想に反して彼女は拒まなかった

 

最初こそ、驚いたような顔をしていたが、次第に土方に身を預けてきた

そんな風にされたら、口づけだけでは、足りなくなった

 

 

 

彼女が―――さくらが欲しいと――――・・・・・・

 

 

 

何かが、土方の中で弾けた気がした

 

もしあの時、彼女に「なにかあったのか?」と、問われなかったら

きっと、今頃 土方はさくらを抱いていただろう

彼女の返事も聞かずに、この腕でさくらを抱きしめ離さなかっただろう――――

 

「は、はは・・・・・・最低だな、俺は・・・・・・」

 

最早、乾いた笑しか出てこない

 

きっと、普段の土方なら理性が働いた

だが、昨夜は違った

 

近藤から“例の手紙”を貰って

普通ではなかった

 

こんな時に、さくらに逢えば、彼女の優しさに甘えてしまう――――

だからこそ、さくらにだけは逢いたくなかった

 

なのに

 

武田に訊問されている彼女を見た瞬間、放っておけなかった

この手で守ってやりたかった

 

その後が、簡単に想像ついたというのに―――――・・・・・・

 

土方は、頭を押さえて息を吐いた

 

「さくら・・・・・・」

 

愛しい、愛しい名を呼ぶ

 

今でも残っている

この腕に彼女を閉じ込めた時の感触が

 

誰にも渡したくない

誰の目にも触れさせたくない

 

まさか、こんな風に“誰か”を思う時が来るなんて―――――

京に来た時には、想像すらしていなかった

 

誰かに“本気”になるなんて

 

だが、駄目だ

と、頭の中の己が言う

 

京へ来たのは、近藤と約束した “本物の武士” になる為だ

今では幕府にも認められ「新選組」の名も頂戴している

 

決して、遊びに来たわけではない

 

土方にとって、「新選組」が一番で 「近藤」が一番でなくてはならない

だから・・・・・・

 

ぐっと土方が拳を握りしめる

 

 

  さくらに・・・・・・

 

 

       彼女に、想いを告げる資格は自分にはないのだ――――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの夜の後の・・・・・まだ、一線は超えてないですよ(*´艸`*)

まだ、早いです!!!!!

おかーさんは、許しません( ゚д゚ )クワッ!!

(前も言った気がする・・・・・・)

でも、徐々に土方さんに浸食されていってますwwww

 

 

2021.02.28