櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 断章 蜿蜒なる狭間 4

 

 

 

――――かたん

 

微かに響いた音が木霊のように反響した

 

触れた唇が、微かに熱い

 

さくらは、信じられないものを見るかのようにその真紅の瞳を見開いた

ゆっくりと、少しだけ土方の唇が離れる

 

瞬間、彼の美しい菫色の瞳と目が合った

 

「・・・・・・ひじ、か、た、さん・・・?」

 

「・・・・いやか?」

 

微かに彼の吐息を感じる

さくらは、小さくかぶりを振り

 

「そんな、ことは――――ぁ」

 

最後の方は言の葉にならなかった

 

再び、唇が重ねられる

 

「ん・・・・・・ぁ、ひ、じ、かた、さ・・・・」

 

徐々に深くなっている口づけに、さくらが思わず土方の衣を掴む

 

「さくら・・・・・・」

 

優しく、慈しむ様に触れられて、さくらが「ぁ・・・・・」と、声を洩らした

 

土方の手が、さくらの艶やかな髪に絡まる

 

ぐっと、頭の後ろを持ち上げられる

 

「あ・・・・・・」

 

瞬間、自然と開いた唇に土方のそれが更に重なっていた

 

「ん・・・・・ぁ、は、あ・・・・・・」

 

求められているのがわかる

土方が自分を求めてくれている

その気持ちが、嬉しい半分、戸惑い半分で、どう応えていいのか・・・・・・

 

何度も重ねられるたびに、頭の中がまどろみの中にいるような感覚に捕らわれる

 

次第に立っていられなくて、さくらが膝をがくっと折りそうになった瞬間―――

不意に伸びてきた土方の手がさくらを支えた

 

「あ・・・・・、すみま、せ・・・・・・」

 

なんだか申し訳なくて、謝罪の言葉を述べると、土方は苦笑いを浮かべて

 

「馬鹿・・・・・・、謝るのはお前の方じゃねぇだろ」

 

そう言うなり、土方がさくらを横抱きに抱き上げた

流石にこれは、予想の範疇を超えていたのか・・・・さくらが思わず、「あの・・・・・?」と声を洩らした

すると、土方は気にした様子もなく、そのままさくらをゆっくりとした動作で、敷いていあった布団の上に下ろした

 

「あ、あの・・・・・・」

 

少し、さくらの声音に戸惑いの色が見えてくる

それに気づかないふりをして、土方はさくらの柔らかな髪を撫でた

 

「あ・・・・・・」

 

さくらが、微かに声を洩らす

 

「さくら――――・・・・・・」

 

土方が優しく名を呼ぶと、さくらが微かに頬を染めた

 

そして、今一度その彼女の唇に自身のそれを重ねる

何度も、何度も繰り返し重ねた

 

「ん・・・・・ぁ、ひじ、か、・・・・・さ・・・・」

 

彼女の声が、自分の名を呼ぶ

それが酷く心地よく、土方は、自分の欲望が抑えられなくなりそうな感覚に陥る

 

彼女が欲しい

彼女の全てが欲しい

彼女に触れていいのも、彼女がその鈴の様な声で名を呼ぶのも、

全て自分だけにして欲しい

 

そんなどす黒い欲望が沸き上がってくる

 

触れたい―――と

彼女に―――さくらに、触れたい―――と

 

そう思うと、知らず土方の手がさくらの夜着の襟元に触れた

微かに、直接肌に土方の体温を感じ、さくらがぴくっと反応する

 

そのまま、するりと夜着が肩からはだけた

 

「あ・・・・・・土方さ、ん・・・・・だ・・・・んん」

 

「だめ」なんて言わせない

 

とどめの様に、甘く「さくら―――」と、名を呼ぶ

 

「あ・・・・ぅ、はぁ・・・・・あん・・・・・・」

 

彼女のかわいらしいその唇から紡がれる声音が甘くなっていく

かぁ・・・・・と、羞恥のあまりさくらが顔を背けた

 

だが、それを許す土方ではなかった

 

「さくら―――俺を見ろ」

 

「――――――っ」

 

そう言われては、さくら逆らえない

ゆっくりと、朱に染まった頬のまま、土方の方を見る

土方の綺麗な菫色の瞳と目が合った

 

「あ・・・・・・」

 

その時、気づいてしまった

土方のその瞳の奥にある“それ”に

 

この瞳の色をしているときは―――――悲しみ

 

さくらは、その瞳の色の土方を以前見ていた

そう――あれは、山南が変若水に手を付けた時

声を殺して泣いていた時

 

あの時と、一緒だった

 

「・・・・・・・・・・・」

 

それを隠そうとして―――――・・・・・・

 

さくらは、少しためらいがちに土方に手を伸ばした

そして、そのままぎゅっと土方を抱きしめる

 

驚いたのは土方だ

まさかの、さくらの行動に、その菫色の瞳を見開く

 

「土方さん・・・・・・なにか、悲しい事があったのですか?」

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

見透かされたようなその言葉に、土方が息を飲むのが分かった

それから少しして、「はぁ・・・・」という溜息共に、土方がゆっくりと起き上がる

 

「・・・・・・なんで、そう思うんだ?」

 

さくらも、はだけた肩の夜着を押さえながら、起き上がった

 

「勘違いだったら、すみません・・・・でも、なんだか、そんな気がして・・・・・・」

 

その言葉を聞いた土方がまた、ため息を洩らした

 

「・・・・ったく、適わねぇな・・・お前には」

 

そう言うと、文机の引き出しからあるものをとりだしてきた

それは、一通の文だった

 

それを、すっと差し出される

さくらは、それを受け取って、宛名を見た

 

特に書かれていない

面を見ても、真っ白だ

 

「あの、これは・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

土方はあまり口にしたくないのか、すこし間があった後、

 

「今・・・・・、第二次長州征伐の話が上がってるのは知ってるか?」

 

第二次長州征伐・・・・・・

確か、二条城の警護の前に永倉がそんなことを話していた事を思い出す

 

「はい・・・・そんなに詳しいわけではありませんが…。 先日の将軍様の二条城上洛はその為のものと伺っています」

 

さくらが、そう思いだしながら呟くと

土方は「そうか・・・・・・」と答えた

 

「その文の中身見てみろ」

 

「え?」

 

まさか、文を開く様に言われるとは思わす、さくらが一瞬 躊躇いを見せるが

一度、その文を見て

 

「では、失礼して・・・・・・」

 

そう言って、ぱらりと文を開く

そこには――――・・・・・・

 

「え・・・・・・、あの、これはどういう・・・・・・」

 

書いてある事が、突飛すぎて思わず、さくらが困惑の色を示す

これではまるで――――・・・・・・

 

「今度―――近藤さんが、永井主水正の長州尋問使に随行する事になったんだ。 長州はいわば敵陣の中だ・・・・・だから、近藤さんは、万が一の場合と言って、これを押し付けやがった・・・・・・くそっ」

 

ぐっと、土方の握る拳に力が籠る

 

「・・・・・・・・・土方さん」

 

その文には、万が一近藤が帰って来られなかった時のことが記されていた

天然理心流の宗家は、沖田に

そして――――・・・・・・

 

新選組局長は、土方に

 

そう記されていたのだった

 

土方の気持ちが流れ込んで来るようで、さくらはぎゅっと手を握りしめた

 

近藤さんは・・・・・・

 

「―――――あの人はっ!! ・・・・・・近藤さんは、死ぬ気はないと言っていた、だが・・・・」

 

突き返そうとしたこの文を無理やり渡された

そして、あの屈託のない笑顔で言ったのだ

 

 

『頼むな』

 

 

―――――――と

 

そう話す土方の肩は微かに震えていた

 

「――――――っ」

 

見て―――いられなかった

思わず、土方の背中に触れると、そのままぎゅっと抱きしめる

 

「・・・・・・っ、さくら・・・」

 

不意に後ろから抱きしめら、土方が珍しく動揺の色を示す

それでも、さくらの手が温かく、離し難くなる

 

「馬鹿が・・・・・・だから、今、お前に逢いたくなかったんだ・・・・・・」

 

逢えば、この苦しさから解放されたくて・・・・・・

この、辛さから癒されるのを求めて――――彼女を・・・・・・さくらを欲してしまう

 

だから、逢いたくなかった

武田の件がなかったら、きっと間に入らなかった

なの、に―――――・・・・

 

ゆっくりと、土方がさくらの方を見る

さくらの、真紅の瞳と目が合った

 

さくらは、優しげに微笑むと

 

「前に言ったではないですか。 “副長の仮面が剥がれてもはめ直して差し上げます”と―――ですから、今は・・・・・・」

 

新選組副長ではなくてもいいのですよ

 

そう言われている気がした

 

「さくら――――・・・・・・」

 

ゆっくりと、土方の手がさくらの髪に触れた

指が絡められる

 

「俺は・・・・・おまえ、を――――・・・・・・・」

 

そこから先は言葉にはならなかった

 

再び触れあった唇から熱を感じ、さくらが恥ずかしそうにその頬を朱に染める

 

一瞬、触れるだけの口づけ

 

でも、それだけで十分だった

さくらは、にっこり微笑むと

 

「土方さん、私が貴方に以前言った言葉を覚えていますか?」

 

「・・・・・・言葉?」

 

「はい・・・・・・」

 

さくらが、小さく頷き

 

「“私は、貴方になら・・・・・・土方さんなら――――何をされても構いません”」

 

そう言って微笑んだ

そして、そっと土方の頬に触れ

 

「ですから・・・・・・頼って? 貴方の、その辛さを―――苦しみを分けてください。 それで貴方のお役に立てるなら・・・・・・本望です」

 

土方の菫色の瞳が大きく見開かれた

が、次の瞬間 苦笑にも似た笑みを浮かべ

 

「馬鹿な奴・・・・・・」

 

と、小さな声で呟いた

 

さくらの髪に触れていた土方の手が、そのまま背中に回される

そして――――

 

 

 

 

 

 

「――――今だけでいい。 いてくれ・・・・・・傍に―――」

 

 

 

 

 

 

 

土方のその言葉に、さくらは小さな声で「はい・・・・・」と、答えたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――薩摩・鶴丸城

 

「あれ? そこにいるのは千景君? 久しぶりだね」

 

そう言って、風間の足を止めた男がいた

その声を聴いた瞬間、風間が怪訝そうに振り返る

 

すると、声の主はにっこりと微笑み、手を振ってきた

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

風間が何とも言えない顔をして、無視しようとするが―――・・・・・・

 

「これは、八雲殿。 ご無沙汰しております」

 

連れの天霧がその男に礼をしてそう言った

風間が苦虫を潰したような顔で「天霧・・・・・・」とぼやく

 

そうこうしているうちに、その八雲と呼ばれた男は、風間達の所までやってきて

 

「今日も、小松殿の護衛かい? 大変だね」

 

人当たりの様さそうな顔で笑うと

 

「あ、そうそう、俺の・・さくらは元気?」

 

ぴくっと風間の肩が動いた

だが、八雲と呼ばれた男は、その事には触れず、風間の肩をぽんぽんっと叩きながら

 

あれ・・は、一時的に君たちに預けていただけだから。 そろそろ返して欲しいのだけどね。 さくらは俺の花嫁・・・・だからさ」

 

瞬間、風間が男の手を払った

そして、怒気の混じった声で

 

 

 

 

 

「貴様にも、他のやつにも、さくらはやらぬ! あれは、俺のもの・・・・だ!!!!」

 

 

 

 

 

 

そう言って、その場を後にしたのだった

天霧が慌てて男に一礼して風間の後に続く

 

それを見ていた八雲と呼ばれた男は「ふーん・・・・・・」と意味ありげに笑みを浮かべ

 

「“他のやつ”ねぇ・・・・・・」

 

そういって、口元に笑みを浮かべたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如現れた”八雲”氏

さてはて、誰でしょう~~~~?笑(バレバレ)

 

そっちよりも、夢主と土方さんどうなった~~~!!?

とか、思ってくれたら・・・してやったり( ̄ー ̄)ニヤリ

 

2020.09.09