櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 断章 蜿蜒なる狭間 3

 

 

――――夜

 

一人、湯あみを済ませた後

さくらは、髪を軽く拭きながら、火照りを抑える意味も含めて廊下歩いていた

 

少し、長湯してしまったわ……

 

気が付けば、もう子の正刻だった

いつもならもう少し早く済ませるのだが……

 

色々、落とした洗濯物などの後片付けをしていたら遅くなってしまったのだ

 

余り遅い時間に部屋から出るなとは、土方から言いつかってはいたが……

湯殿が、他の隊士達の使っていない刻限にしか使えない為

どうしても、遅くなってしまうのだ

 

かといって、単なる居候のような身で、先に湯を使うのには気が引けた

結局は、こんな時刻になってしまうのだが……

 

男所帯のこの屯所で、男装すらしていない女子である自分が夜遅く歩いていたら、少なくともいい事は何もないだろう

 

早く、部屋に戻ろう……

 

そう思って、足早に歩を進めた時だった

ふいに、広間の戸が開いたかと思うと、ふらりと見知らぬ隊士が姿を現した

長めの赤土色の髪に、鋭い目つきをした長身の見たことのない隊士だった

 

ただ、全員の隊士の顔を把握しているわけではない

見たことがない人がいても、不思議はなかった

 

さくらは、何もせず通り過ぎるのもどうかと思ったので、軽く会釈をして、その場を去ろうした

その時だった

 

「―――――待て」

 

え………?

 

不意に、低い声で呼び止められた

まさか、声を掛けられるとは思わず、一瞬躊躇するが……

無視するわけにもいかず、ゆっくりとそちらを見た

 

すると、その長身の男は胡散臭そうにさくらを上から下まで眺めた後

 

「………お前はどこの誰だ? なぜ、女がここにいる」

 

「え……、あ、あの……?」

 

問われる意味が一瞬 理解できず

さくらは、その真紅の瞳を瞬かせた

 

すると、半分怒気の混じった声音で

 

 

 

「誰だと聞いている。 答えろ!」

 

 

 

思わず、その声にさくらがびくっと肩を震わす

だが、男は構わず、一歩こちらに近づいてきた

 

「…………っ、わ、私は……」

 

「なんだ? 言えぬのか? 怪しいな……どこぞの間者か、それとも――――……」

 

伸びてきた手が、さくらの手首を掴んだ

 

「いっ………」

 

強く握られ、手首に痛みが走る

 

「言わぬなら、その口、割らせてやろうか?」

 

そう言って、男がさくらの手首をぐいっと引っ張った

 

「きゃっ……」

 

急に引っ張られ、体制を保っていられなくて思わず前によろける

と、思った瞬間、そのまま手首を柱に叩きつけられた

 

「…………っあ…」

 

あっという間に、廊下の隅に追いやられる

 

今、自分の身に何が起きているのか………

それすらも、考える余地すらないという風に、両手をそのまま頭の上で抑え付けられた

 

「は、離し―――――……」

 

はらりと、持っていた手拭いが落ちる

 

「あ………っ」

 

瞬間、衣が乱れる

露になった胸元が恥ずかしくて、さくらの顔がさっと赤くなる

 

「………っ、おねが……離し――――……っあ…」

 

「離して」という言葉を最後まで言う事を許されず

そのまま、手首を抑える手に力が込められた

 

「い………いた、……あ」

 

捻り上げられた手首が痛い

緩まるどころが、その力は強くなる一方だった

 

なんで、どうしてこんな事に―――――……

 

じわりと、泣きたくないのにその瞳に涙が浮かんでくる

それを見た、男は馬鹿にした様にあざけ笑うと

 

「ふん…次は泣き落としか? 余程、口を割りたくないらしいな」

 

「違っ――――」

 

違う

そうじゃない

 

さくらには、もうわからないのだ

自分がどこのだれで、何故ここにいていいのか―――……

 

ずっと、わからないまま

土方の言葉に甘えているだけだ

 

面と向かって問われると、答える“言葉”がないのだ

 

だが、この男には関係ないのだろう

「敵か否か」

それしか、きっと正解はない

 

「敵」―――――……ではないと言えたら、どんなに楽か

しかし、少し前まで、薩摩の庇護下にいた自分が「正真正銘 敵ではない――――」などとは、口が裂けても言えなかった

 

さくらが、言葉を発せずその真紅の瞳を俯かせると

男はまるで、さくらを見下したように

 

「………ほぅ? 観念したか」

 

「……………」

 

さくらは答えなかった

このまま黙っていれば、拷問か死か……

 

それでも、いいのかもしれない―――――……

ふと、そんな考えが頭をよぎった

 

私の存在は、きっといずれ土方さん―――新選組の邪魔になる――――……

 

それは、きっと遠くない未来

そうなる前に、いっその事このまま――――……

 

その時だった

 

 

「おい、武田!! こんなところで何してやがる!」

 

 

不意に、廊下の端から怒気の混じった声が聴こえた

 

え……この声――――

 

はっとして、さくらが顔を上げると―――

そこにいたのは、鋭い目つきでさくらを抑え込んでいる男を睨んでいる土方だった

 

「土方さ………」

 

名を呼びかけたが、それは目の前の男に阻まれた

 

「これはこれは、土方副長……。 なに、私は不審な輩を尋問していたまでですよ」

 

と、さも当然の様に言うが

土方が、武田と呼ばれた男が、さくらを壁際に抑え付けているのを見た瞬間―――……

 

その鋭い眼光を武田に向けた

 

「その手を放せ……そいつは今、新選組預かりの客人だ。 手荒な真似してんじゃねぇよ」

 

そう言って、ぐいっと武田の手を払いのけると、さくらと武田の間に割って入る

 

「客人? 五番組組長であるこの私、武田観柳斎は聞いていませんが?」

 

と、まるで悪びれた様子もなくそう武田は口にしてきた

その様子に、ちっと土方が舌打ちする

 

「それとも……何か言えない理由でもおありですかな? 土方副長」

 

そう、言って、土方の後ろに隠れている、さくらを見る

一瞬、その髪色と同じ赤土色の瞳と目が合い、びくっと さくらが肩を震わせた

 

それを見た土方が、ふいに、さくらの肩を抱いたかと思うと、そのまま抱き寄せてきた

驚いたのは他ならぬさくらだった

 

「あ、あの、土方さ……っ」

 

突然の抱擁に、顔が熱を帯びる

 

「悪いが、こいつは、副長預かりの客人だ。 組長とはいえ、教える義理はねぇ」

 

そう言って、さらにさくらを抱き寄せた

その行為に、さくらの顔がますます赤くなる

 

それを見た武田は、今一度、さくらをじっと見た後

 

「ああ…隊士達の噂になっている、最近副長が気に入られて召し上げられたという女人ですか…確か名前は………」

 

そこまで言い掛けて、武田は はっと口で笑った

 

「あまり関心いたしませんね、土方副長? 隊士達の見本となる副長 御自ら女人を囲う…しかも屯所内でとなると、風紀も乱れるのではありませんか?」

 

武田の挑発的な言葉に、土方は はぁ…と面倒くさそうに溜息を洩らすと

 

「こいつは、そんなんじゃねぇ…。 松本良順先生からの預かり客だ。 どんな噂が流れてるか知らねえが、組長たるもの、噂に惑わされるのはどうかとおもうぜ?」

 

にやりと笑い、逆にそう切り返した

これには流石の武田もぐっと押し黙ると、ふっと話を逸らすように

 

「そうですか…承知しました。 訳ありの様ですし、これ以上詳しく聞くのはやめておきましょう。 ―――――では、失礼」

 

そう言って、そのまま武田が踵を返して立ち去っていく

見えなくなったところで、さくらが力なくその場に崩れ落ちた

 

「………っ、さくらっ」

 

慌てて土方の手が伸びてきて、さくらを支える

何とか自分の足で堪えると、さくらはまだ震える手で土方の袖をぎゅっと握りしめた

 

「…………っ」

 

そんなさくらを土方が抱きしめる

 

「悪い、怖い思いさせたな」

 

そう言って、さくらの背を撫でた

土方のその言葉に、さくらは首を横に振った

 

「すみま、せ……っ。 私がこんな時刻にうかつに出歩いていたばかりに、ご迷惑を――――」

 

「馬鹿野郎。 迷惑なんておもっちゃいねぇよ」

 

そう言って、さくらの涙をその手で拭う

 

「あ………」

 

不意に、土方の菫色の瞳と目が合った

 

「…………っ」

 

顔が熱い

なんだか、恥ずかしくなり目を逸らしてしまう

 

だが、それは土方もだったのか、少しだけ目線を逸らした後

 

「あの、な、―――――言いにくいんだが…その」

 

なんだが歯切れの悪い土方らしからぬ物言いに、一瞬首を傾げるが…

差し出された手拭いで、はっと我に返った

 

胸元がはだけていたことを思い出す

 

「あ……す、すみませんっ…。 こんなはしたない姿をお見せして――――……っ」

 

そう言って、慌てて胸元を隠す

 

やだ……私、こんな姿で………っ

 

「あ―――……とりあえず、こっち来い」

 

そう言って、ぐいっと土方に手を引かれる

そのままどんどん歩き始める

 

何処に行くのかわからないさくらは、一瞬戸惑いの色を見せつつ

 

「あ、あの…どちらへ……」

 

「いいから来い」

 

そう言って、連れてこられたのは、何度も出入りしたことのある、土方の部屋だった

 

え………?

 

まさか、土方の部屋に連れてこられるとは思わず、さくらが一瞬動揺する

が、土方は気にした様子もなく

 

着物を一枚差し出してきた

 

「せめて、廊下を歩くときは何か羽織れ。 流石に、夜着のままで出歩くのは感心しねぇな」

 

「あ……」

 

いつも、湯あみの後で部屋に戻る間、誰とも会わない為、気にしていなかったが……

 

そ、そうよね……

私ったら、そんな事も失念していたなんて―――……

 

なんだか無性に恥ずかしくなる

 

「……すみません」

 

今日何度目かわからない謝罪の言葉を述べると、素直に差し出された着物を羽織った

 

土方の大きな着物は、すっぽりとさくらを包み込んでくれた

微かに香る、土方の香りが不思議とさくらを落ち着かせていく

 

「さっきのやつだが――――……」

 

「は、はい……」

 

「あいつは、壬生にいた頃は前川邸にいたからな、お前の事を知っているのは八木邸に住んでたやつだけだ」

 

「あ……」

 

そうか――――以前、壬生で一時期いた時は、確かに二つの屋敷を使っていた

だから、会ったことがなかったのだと納得する

 

「全員が全員お前の事情を知っているわけじゃねぇ。 だから、知らない顔のやつには気を付けろ」

 

「は、はい……」

 

そうよね…

皆が皆知っているわけではない

それは、さくら自身も把握出来ていないのだから当然だろう

 

「すみません…気を付けます。 あの…先ほど方は、組長と仰られていましたが……」

 

そう尋ねると、土方は少しだけ渋い顔をして

 

「あいつか……五番組組長の武田観柳斎ってやつだ。 腕はそこそこだが、文学だが軍学だかの多少の知恵を持ってるやつだが―――……」

 

ふいに、土方がこちらを見る

 

「…………?」

 

ふいに、すっと土方がさくらの方に手を伸ばした

そのまま頬に触れられる

 

「あ、あの……?」

 

土方の行動が読めずに困惑していると……

 

「抜け目のない奴だからな、……気を付けろ」

 

「は、はい……」

 

「――――もしかしたら」

 

そこまで何か言い掛けて土方が少し考えこむ

 

「土方さん……?」

 

さくらが、小首を傾げて土方を見る

すると、土方は少し考えこみ

 

「いや、杞憂ならそれでいい……だが、もしあいつにまた絡まれるような事があれば、必ず俺を呼べ。 いいな?」

 

「わ、わかりました……」

 

なんだか、呼ぶのは気が引けるが

ここは素直に従っておくべきだと思った

 

 

「「…………………」」

 

 

話はそこで途切れた

部屋の中に、沈黙が降りる

 

酷く長く感じた、沈黙―――

でも、きっと時間で言えば物の数秒だろう……

 

思わず、さくらが居たたまれなくなって立ち上がった

 

「あ、あの…っ。 今日は色々と助けて頂いてありがとうございました」

 

そう言って、丁寧に頭を下げる

 

さらりと、さくらの長い漆黒の髪が垂れた

なんだか、気恥ずかしくてまともに土方の顔が見られない

 

「そ、そろそろ、部屋に戻りますね…」

 

口早にそう発すると、さくらは部屋の障子戸に手を掛けた

瞬間――――……

 

「……さくら」

 

不意に背後に土方の気配を感じた

とん…と、手が伸びてきて 障子戸を開けようとしたさくらの手に重なる

 

どきん……

 

心臓が、鳴った

真後ろに土方がいる

 

徐々に、鼓動が早くなっていく

 

「あ、あの……っ、土方さ――――「悪い…さくら」

 

え……

不意に、謝られたかと思うと、土方のもう片方の手がさくらを抱きしめてきた

 

「……………っ」

 

突然抱きしめられ、さくらが一瞬ぴくんっと肩を震わす

 

土方さん……?

 

つと、顔を土方の方に向けさせられた

 

「あ………」

 

土方の綺麗な菫色の瞳と目が合う

そのまま静かに、土方の顔が近づいてきて――――……

 

 

 

 

 

                  そのまま、唇を重ねられたのだった――――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武田登場www

 

色々調べてまとめてみたら、意外と話数食ってるだけで、年数経ってないのが幸いしましたwww

全然、今でも出せるわwww

という、結論に(笑)

 

というわけで、出したのだ(`・∀・´)

 

んで、最後はいいところで切るwww

仕様です

 

※真改のアプリ版だけど、買いました~~~( ノ゚∀゚)ノ

 これで、やっと話が進められるっ!!(長々とお待たせして、すみません)

 早く、伊庭さんと問題の龍馬やってしまわねば…っ!!

 でも、FDはアプリ版出してくれないのかなぁ……

 となると、Switch買わんといかんという事に…うう~~~ん

 

 

 

2020/05/12