櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 断章 蜿蜒なる狭間 2

 

 

―――薩摩屋敷

 

近藤長次郎達が、薩摩屋敷に着いたころには、もう日も暮れかけている時分だった

別に、港からここまでが遠かったわけではない

 

少し進むたびに、井上馨があれこれと興味を示し

そして、それを止めに行く伊藤博文―――のやり取りが何度も繰り返されている内に

気が付けば、港から出る前に日が傾き始めていたのだ

 

興味を示すのはいい

しかし、場所と時間を考えてほしかったものだった

 

最後には半分切れた様な風間と言う男に、首根っこを掴まれ

ずるずると港を後にし、その上で もう勝手にうろちょろしない様に、籠に放り込まれたのであった

 

流石に、井上に手を焼いていた近藤長次郎もこの時は、風間を止める気にはならなかった

でなければ、港で夜を明かすことになる所だった

 

籠が薩摩屋敷に着くと、門の所で小松帯刀が「予想より、早かったね」などと言ってきた

どうりで、小松が先に帰ったはずだ

こうなることを見越していたのだろう……

 

お陰で、護衛として付けられた風間と言う男は、とても不機嫌そうだった

 

そして、会談の席にやっと着いたところで、使用人が運んできたお茶を運んできた

もう叫び過ぎて、喉がカラカラだった伊藤などは一気に飲み干していたぐらいだ

作法としては、褒められたものでは無いが…仕方ないと思った

あの井上を何度も何度も叫びながら止めに行っていれば、喉も乾くだろう

 

その様子を見た小松が、くつくつと笑い出した

 

「随分、喉が渇いてたんだね。 好きなだけ飲むといいよ」

 

そう言って、傍に控えていた小姓に何かを告げた

小姓は頷くと、そのまま何処かへ行ってしまった

そして、数分もしないうちに、冷たいお茶の入った大きなやかんを持ってきた

 

流石に、やかんを直に持ってきたことに「え?」と近藤長次郎は思ったが

それを見た井上などは大喜びだ

 

「気がきいちょるやないか!!」

 

そう言って、うきうきとやかんを小姓から受け取ると、自身の持っていた湯呑に冷たい茶を注いで、ぐいっと一気に飲み干した

 

「………ぷはぁ~~生き返る」

 

そう言って、またやかんから茶を注いでは飲み干していった

あまりのその豪快ぶりに、近藤長次郎も伊藤も唖然してしまった

 

何故か、小松だけが楽しそうに笑っていた

だが、近藤長次郎はとても笑える状態ではなかった

 

背後から感じる、威圧感――――

 

正体も理由もわかっている

あの、風間とかいう男が不機嫌そうに腕を組んで後ろに立っているからだ

 

一応、護衛なのだが……

 

今にも刀を抜いてきそうなほど、ぴりぴりした空気が彼の周りを漂っていた

ちらりと、目の前に座る小松を見る

 

たが、小松は気にした様子もなく……

それどこか、面白そうにしている

 

気づいている

確実に、風間の不機嫌さに気づいているのに……

それを、どうこうしようという気はないらしい

というよりも、むしろこの状態を面白がっているようにさえ見える

が……

 

近藤長次郎は、もう生きた心地がしなかった

目の前の小松の笑顔と、後ろの風間の不機嫌な顔に挟まれて、

今にも、この場から逃げ出したいくらいだ

 

だが、逃げるわけにはいかない

この”会談”は、何がなんでも成功させなければならない

 

それが、坂本に託された己の使命だ

 

ゆくゆくはこの国を変えていく為

今日の会談はその一歩に過ぎない

 

近藤長次郎は、ぐっと拳を握りしめると、まっすぐに小松を見据えて――――……

 

「小松さん、ちくっとわしの”話”を聞いてくれんかの」

 

近藤長次郎のその声音に何かを感じたのか…

小松が、一度だけその瞳を瞬かせた後、後ろに控えていた小姓を下がらせた

 

小姓が一礼して部屋から出ていく

部屋の中には、小松と、近藤長次郎達、そして―――風間と、天霧だけになった

 

「あの…小松さん、あいとらは―――……」

 

近藤長次郎が言い辛そうに、ちらりと風間たちの方を見る

だが、小松は「ああ…」と、声を洩らしただけで

 

「彼らは、空気だと思ってくれていいよ」

 

「は、はぁ……」

 

と言われても、今からする話を関係ない他者に聞かせるのはいささか不安があった

すると、ソレを見越したかのように小松が

 

「安心していいよ。 彼らは私たちを裏切れないからね。 それに、会談の警護もいちいち変えてたら、きりがないよ」

 

そう言って、小松は静かに茶を口に注いだ

 

小松の言うことにも一理ある

護衛は必要だ

ただ、それが信用に足る人物ならの話だ

彼らは人間である自分たちとは違う存在――――

とても、同じ思想を持っているとは思えない

 

しかし、小松は風間らを退出させる気は無いようだった

 

「…………」

 

どうしようかと、あぐねくように近藤長次郎が難しい顔をする

だが、こんなことで話を不意にするわけには行かない

 

観念したように、近藤長次郎は小さく溜息を洩らすと

 

「わかっちゅう!! 小松さんの言葉を信じます!」

 

そう言って、懐から何かを取り出すと、すっと小松の前に差し出した

それは、懐紙に包まれた手紙だった

 

「…………」

 

小松は、無言のままそれを受け取ると、手紙を開くわけでもなくただじっと眺めた

そして、近藤長次郎を一度だけ見て

 

「……これは?」

 

わかっている風なのに、あえてそう尋ねてきた

 

近藤長次郎は息を飲み

 

「わてら、亀山社中の全意思やか」

 

と、だけ答えた

小松は「ふーん…」とだけ反応すると、手紙を開くこともせずにそのままその手紙を横に合った燭台の火に焼べたのだ

 

驚いたのは他ならぬ、伊藤と井上だった

 

「なにをされますか!! 」

 

叫んだのは、井上ではなく伊藤だった

それはそうだろう

あれば、大事な手紙だった筈だ

その為に、自分たちはわざわざ長州からここまで来たのだ

なのに、小松は手紙をまるで単なる紙切れのように燃やしてしまったのだ

 

これが、叫ばずにいられようか

 

だが、それを止めたのは近藤長次郎だった

 

「近藤殿?」

 

訝しげに、伊藤が近藤長次郎を見る

すると、近藤長次郎は首を横に振り

 

「なんちゃーがやないやき、安心してくれ」

 

とだけ呟くと、真っ直ぐに小松を見据えて

 

「やっぱ、おまんさんは”あいと”のゆうた通りのお人やな」

 

そう言って、にやりと笑みを浮かべた

すると、小松はくすっと微かに笑い

 

「……それは、褒め言葉と受け取っておくよ」

 

「…………?」

 

意味が分からない伊藤が、首を傾げる

すると、近藤長次郎は少し申し訳なさそうに

 

「お三方を試すような真似をして、申し訳ない!!」

 

そう言って、突然がばっと頭を下げた

驚いたのは伊藤だった

 

「え……!? あの、……???」

 

突然、頭を下げられどう対応すればよいか困ったように顔を顰めた

それでも尚の事、頭を畳に擦り付けて謝罪する近藤長次郎に、伊藤が慌てて駆け寄る

 

「頭を上げてください! 近藤殿!! 何故、貴殿が謝られる!!」

 

「………………」

 

近藤長次郎は、何も言えずにただただ頭を下げた

すると、見かねた小松が小さく溜息を洩らし

 

「もう、いいんじゃないかな? 別に、君が悪いわけではないだろう?」

 

「けんど……あしは………」

 

「違うでしょ? これを指示したのは坂本。 違うかい?」

 

「ほりゃあ――――……」

 

違うとも、そうとも言い切れず、近藤長次郎が言い淀む

 

「あの………一体どういう……」

 

話の見えない、伊藤が恐る恐る小松に尋ねる

すると、小松はふっと少し呆れた様な笑みを浮かべて

 

「少し考えれば分かる事でしょ? “書簡”なんて“証拠”残して、後で誰かに見られたら面倒くさいと思わないかい?」

 

「それは――――……」

 

小松の言うことには一理ある

だか、だからと言って読みもせず燃やすことはないと思った

 

すると、小松が更に続けた

 

「さっきのあの“書簡”は“白紙”。 そうだろう?」

 

そう言って、にやりと笑みを浮かべ 近藤長次郎を見る

「え!!?」と、声を上げたのは他ならぬ伊藤だった

 

「そうなのですか!? 近藤殿!!」

 

「……………」

 

近藤長次郎は、ぐっと息を飲んだ後 観念した様に息を吐いた

 

「その通りやか。 小松さんのゆうとおり、ありゃあ“白紙”の“書簡”やった………」

 

「なんと………」

思わず、近藤長次郎と小松を交互に見る

近藤長次郎は小松に何も言っていなかった

あたかも、重要そうに懐にしまってい

しかし、小松はこれをあっさり見抜いたというのだ

 

薩摩藩家老・小松帯刀清廉

 

なんと、侮れない男だろうか

 

「それで?」

 

小松は、ぱちんっと持っていた扇子を鳴らすと

 

「本題を聞こうか。 君の口からね」

 

そう言われて、近藤長次郎があたりを気にする様に視線を外や壁に向ける

それで何を気にしているのか察したのか、小松はくつくつと笑い

 

「人払いもしてある。 安心して話したまえ」

 

それを聞いて、ほっとしたのか

近藤長次郎は息を飲み、まっすぐに小松を見た

そして――――……

 

 

「自分が今から話すのは、坂本―――ひいては亀山社中の全意志やか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――京・西本願寺

 

「いけない……随分、時間がかかってしまったわ……」

 

さくらは、大きな桶に乾いた洗濯物を抱えて廊下を歩いていた

他の事をしていたら、洗濯物を取り込むのをすっかり忘れていたのだ

このままでは夜風にあたって洗濯物が冷えてしまう――――……

 

そう思って、慌てて向かったものの

予想外に量が多く、結局こんな時間になってしまった

 

外はもうすっかり宵の帳が落ちていた

 

とりあえず、これを部屋に持って行って早く畳んでしまわないと―――……

そう思って、廊下の角を曲がった時だった

 

「……………?」

 

不意に、背後から誰かの視線を感じた

 

「え?」と思い、思わずそちらの方を見る

だが、そこには誰もいなかった

 

「…………きの、せい…?」

 

それにしては、何かを警戒する様に、心の臓がどんどん早くなっていく

 

なに………?

 

なんだか、嫌な予感がどんどん増していく

 

これは、なに?

 

何かの術にでも掛かったように、身体が重く感じる

 

「あ…………」

 

声を発しようとするが、うまく声が出せない

息が苦しい

 

ぼんやりと、声が聴こえる―――……

 

 

 

        “こっちに、来い――――”

 

 

 

 

そう呼ばれているような気がする

 

視界が霞む

意識が朦朧としてくる

 

 

 

行かなければ―――――………

 

 

 

何かが、そう囁いた

呼ばれている――――――………と

“私”を“呼んでいる”―――――と

 

 

からん

 からん―――と

 

 

手に持っていた洗濯物を入れた桶が さくらの手から零れ落ちた

ばさばさばさっ! と、洗濯物が廊下に散らばる

 

 

だが、さくらの意識はもう“それ”にはなかった

 

 

行かな…い、と…………

 

意識が引っ張られる―――……

 

そう――――呼んでいる――――……わたし、を――――……

 

足が一歩“そちら”に向かって歩み出そうと前に出た瞬間―――――……

 

 

 

 

 

 

 

「さくら!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

何処からか、誰かの声が聴こえてきたかと思うと

瞬間、ぐいっと肩を引っ張られた

 

「あ―――……」

 

瞬間的に、意識が覚醒する

はっとして、自分の肩を抱き寄せる人を見る

 

そこには、すこし焦り顔の土方の姿があった

 

「ひじか、た、さ……ん?」

 

未だはっきりしない頭で、土方の名を呼ぶ

すると、土方は「は―――」と息を洩らし

 

「ったく、何やってんだ お前は。 あのまま廊下から落ちるところだったんだぞ!?」

 

「え、あ………」

 

言われて、自分の足元を見る

片足は完全に宙に出ていた

 

「わ、たし………」

 

今の今まで、何が起きていたのか……

完全に、“何か”に支配され掛かっていた

 

思い出した瞬間、なんだか急に恐怖が押し寄せてきた

堪らず、土方の着物の裾をぎゅっと握りしめる

 

それに気づいた土方が、さくらを見た

さくらは、微かに震えていた

 

 

「なにがあった?」

 

 

そう尋ねると、さくらは小さく首を横に振った

 

分からない

何が起きたのか、分からないのだ

それが酷く、怖く感じた

 

「さくら?」

 

土方が、さくらの異変に気づいて 優しく声を掛けてくる

さくらは、ただただ首を横に振った

 

その瞬間、不意に土方の手がさくらの背に回されたかと思うと、そのまま抱きしめられた

 

あ………

 

なにかしら……

とても、温かい………

 

 

ただ土方に抱きしめられただけだ

それだけなのに、酷く安心出来た

 

 

次第に、意識がゆっくりと戻ってくる

 

「ひじかたさ、ん………私………」

 

何とか口を開こうとする

が、土方はぽんぽんっと背中を撫でた

 

「―――大丈夫だ。 俺がいる」

 

 

   

      “―――大丈夫”

 

 

 

そう土方に言われるだけで、なんだか心が落ち着いてくる

 

「……………っ。 は、い……」

 

泣きたくなる気持ちを抑えて、さくらはぎゅっと土方に触れる手に力を込めるのだった

 

だから、気づかなかった

 

 

 

 

 

       “これ” は単なる“これから起こる事”への

 

 

              “序章”  に過ぎなかったことに―――――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長々とお待たせして申し訳ござらぬ!!!ー_○/|_ スライディング土下座

しかも、前半相変わらず薩摩www

風間は居るけどしゃべってないですwwww

 

※当方、、まだ真改やってません

  ですので、キャラの相違とか、流れの相違とかあったらすみません…

  もともと、うちでは薩長同盟は書く予定だったので……( ;・∀・)

  今更、ゲームで描かれてても見てないからわからんっす!!!

 

  その内、真改やりたいなぁ……

 

2019/05/24