櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 断章 蜿蜒なる狭間 14

 

 

 

――――――― 京・西本願寺 大広間

 

 

 

千姫は小さく息を吐くと、ゆっくりと前を見据えた

 

 

「――申し遅れました、私の本当の名前は“千姫”と申します」

 

 

そう言って、千姫は居住まいを正す

 

「今から、話すことは全て事実であり、嘘偽りは御座いません」

 

 

「――私たちは、実は人ではありません。 風間達と同じ――そして、さくらちゃんと同じ“鬼”なのです」

 

 

し――――――――ん・・・・・・

 

 

誰しもが、言葉を発する事を忘れたかのように、静まり返った

彼女の――千姫の言葉が余りにも非現実味思え、戸惑いすら感じていた

 

だが――――――

 

二条城や禁門の変であった、風間千景とほか2名

彼らは己の事を「鬼」だと言っていた

 

その彼らと同じだと――千姫は言っているのだ

そして、それは彼女だけではない、さくらもそうだと言う――

 

だが、そう考えれば 全てにおいて説明が付く

 

何故、さくらが薩摩側に最初いたのか

何故、風間の肩を持つのか

そして――どうして、今ここにいないのか

 

「・・・・・・・・・・・っ」

 

土方は、ぐっと何かに堪える世に顔をしかめた

それはそうだろう――

彼は、全て知っていたのだから――――

 

でも、あえて黙っていた

軽々しく口にできる内容ではなかったからだ

 

きっと、風間達の存在を知らなければ、この話は誰も信じなかっただろう

だが、彼らは知ってしまった

 

羅刹などの「まがい物」ではなく、「本物の鬼」の存在に

 

「――――待ってくれ」

 

その時だった

原田が声を上げた

 

「風間や不知火達が“鬼”って言うのは分からなくもねえ。 ・・・・・・あれだけの力だ。 普通のやつじゃねぇってのは、直接戦ったからわかる。 でも、さくらは――――」

 

「――――認めたくないのはわかります。 ですが、これが事実なんです」

 

千姫はそう言い切ると、まっすぐに土方を見た

 

「――――土方さん、貴方ならわかりますよね。 彼女は貴方だけは全て打ち明けていたと言っていました」

 

「それは本当か!? トシ」

 

千姫からのまさかの言葉に、一気に視線が土方に向けられる

土方は小さく息を吐くと

 

「あいつは――さくらは、確かに自分が“人”ではないと言っていた。 だがな、そんな事関係ねぇ。 今大事なのは、さくらが何処にいるかって事だ。 ――――違うか?」

 

土方の言葉に、皆が顔を見合わせる

すると、千姫が土方を見てくすっと笑った

 

「なんとなく、さくらちゃん貴方を選んだ理由が分かる気がします。 貴方にとって彼女が“鬼”であろうと“人”であろうと、関係ない――――そう仰るのですね」

 

千姫の言葉に、土方ははっきりした声で「ああ」と答えた

 

まさか、そこまで言い切られるとは思わなかったので、流石の千姫も苦笑いを浮かべた

 

「――――貴方のような方が、さくらちゃんの傍に居てくれて良かったと、今、心底思います」

 

そう言って、千姫は今一度土方を見た

 

「この国には、古来より鬼の一族が存在していました。 幕府や朝廷、諸藩など上位の立場の者は知っていた事です」

 

その話は、風間やさくらの様な“鬼”の存在を知ってしまった以上、それは驚くべき事ではなかった

ここにいる誰もが、薄々感じていただろう

 

「ほとんどの鬼達は、人々と関わらず、ただ静かに暮らす事を望んでいました。 ですが・・・・・・鬼の強力な力に目を付けた時の権力者は、自分達に力を貸す様に求めました」

 

ごくりと周りが息を呑むのが分かる

 

「勿論、多くの鬼達は拒みました。 人間たちの争いに、彼らの野心に、なぜ自分が加担しなければならないのか――――と。 ですが、そうして断った場合、圧倒的な武力と兵力で押し寄せ、村落が滅ぼされる事さえあったのです」

 

「・・・・・・・・・・」

 

「鬼の一族は、次第に各地に散り散りになり、隠れて暮らす様になりました。 人との交わりが進んだ今では、血筋の良い鬼の一族はそう多くはありません」

 

「・・・・・・それが、あの風間達。 と、言う事かな?」

 

近藤の問いに、千暇は静かに頷いた

 

「今、西国で最も大きく血筋の良い鬼の一族といえば、薩摩の後ろ盾を得ている“風間家”です。 そして、その“風間家”の当主が――――風間千景」

 

「風間・・・・・・」

 

「はい。 そして、東国で最も大きな一族は“雪村家”」

 

「え!?」

 

突然、自分と同じ家名が出て千鶴が動揺する

それはそうだろう

千鶴は何も知らないのだから――――

 

「“雪村家”は滅んだと聞いていました。 ですが・・・・・・」

 

そこまで言って、千姫が千鶴を見る

 

「ねぇ、千鶴ちゃん。 貴方は傷の治りが異常に早かったり、怪我をしてもすぐ治ったりしない?」

 

千姫にそう言われて、千鶴がどきっとする

父・綱道にその事は、絶対に誰にも言わない様に――――そう言われていた

それを、千姫が確信めいた様に尋ねてきたのだ

 

「わ、私は・・・・・・」

 

一瞬、千鶴が言葉に詰まる

 

「千鶴ちゃん。 私は貴女が、“雪村家”の生き残りじゃないかって考えているの。 貴女からは、特別合強い“鬼の力”を感じるから」

 

「そ、そんな・・・・・・だって、私は・・・・・・・・・」

 

千鶴が否定したのも分かる

だが――――・・・・・・

 

「ううん。 貴女は“鬼”なの。 ・・・・・・ごめんね、これは間違いないのよ」

 

確信に満ちた千姫の言葉で、広間は静まり返った

それは・・・・・・千鶴にも、彼らにも、思い当たる事があったからだった

 

「後、もうひとつ。 鬼の一族で、ずっと“中立”を守ってきた大きな家門があります。 それが――――」

 

「……“八雲家”か?」

 

土方の言葉に、千姫が小さく頷いた

 

「“八雲”は、先に上げた“風間家”や“雪村家”とは、まったく別格の“家門”です。 彼らは“一族婚”を代々しており、決して他の“家門”の血を受け入れようとはしませんでした。 故にかの関ヶ原の折も“中立”を保ったのです」

 

「なぁなぁ、左之」

 

永倉が、くいくいっと原田を肘でつつく

 

「なんだよ、新八。 今真面目な話を――――」

 

「“一族婚”ってなんだ?」

 

「はぁ?」

 

原田が素っ頓狂な声を上げる

すると、千姫は永倉の方を見て

 

「要は、“八雲家”の一族間でしか、婚姻してこなかったと言う事です。 “八雲家”は少し特殊な家柄だったので、他の血が混ざる事を忌み嫌いました」

 

「特殊・・・・・・というのは、どういう事だね」

 

近藤がそう尋ねると、千姫は小さく頷き

 

「“八雲家”は鬼族の中で最も古い家なんです。 系図の最初の方は神代の頃だと聞き及んでいます。 そして、“八雲家”の中からしか現れないと伝わっている私達鬼族の伝説があります。 数百年、数千年に一人。 稀に“それ”の血を色濃く引き継ぐ子が生まれるのです」

 

「“それ”?」

 

「………“鬼の血が絶えし時、原初の力顕現し、再び時を刻む―――” という伝承に詠われる 全ての始まりの鬼――それが“原初の鬼”と呼ばれる存在です」

 

ふと、以前さくらが言っていた言葉を土方は思い出した

彼女は言っていた

 

『“原初の鬼”とは“全ての鬼族の始まりの鬼”、何の束縛も持たず、有り余る力を持つ鬼―――その鬼の生まれ変わりが、私です』 と

 

「過去、“原初の鬼”が現れたのは神代の初代含めて5回です。 そして、その5人目が――――」

 

「・・・・・・さくら、なんだろう?」

 

土方の言葉に、一瞬千姫が虚を突かれた様な顔をするが、次の瞬間ふっと微かに笑みを浮かべて

 

「・・・・・・さくらちゃんは、貴方にそこまで話していたんですね・・・。 では、彼女の出自も?」

 

千姫の言葉に土方は小さな声で「ああ・・・・・・」と答えた

土方のその言葉に、千姫は「そうなんですね」と少し嬉しそうに笑った

 

「トシ? 八雲君の出自とは・・・・・・」

 

「それは――――・・・・・・」

 

土方の口から言っていいのか迷い、言い淀むと

千姫が小さく頷き

 

「鬼族はその血筋を最も大事にします。 風間が純血の鬼――――つまり、千鶴ちゃんに目を付けたのもそれが理由です。 鬼の血筋が良い者同士が結ばれれば、より強い鬼の子が生まれるのですから。 ですが・・・・・・」

 

そこまで言いかけて千姫は言葉を一度切った

何かを躊躇う様な仕草を見せる だが、静かに息を吐くと

 

「さくらちゃんは・・・・・・純血の鬼ではないのです」

 

「え!?」

 

千姫からのまさかの言葉に、周り一瞬ざわめく

それはそうだろう

先ほど「鬼族はその血筋をもっとも大事にする」と言ったばかりだ

だが、嘘は言えない

 

「彼女の父は、まぎれもなく“八雲家”当主の血筋の千寒殿です。 ・・・・・・ああ、道雪殿と言った方が馴染みがあるかもしれませんね。 ですが、彼女の母親は鬼ではなく人なのです」

 

「って事は、さくらは・・・・・・」

 

思わずそう呟いた原田に、千姫が頷く

 

「彼女は鬼であると同紙に、人でもあるのです。 ――――混血、と言った方が分かり易いでしょうかうか。 鬼族が人と交わり、混血の子が生まれるのは今ではそう珍しい事ではありません。 ですが――――彼女の家である“八雲家”はそれを許さなかった。 考えればわかる事です」

 

ぐっと、千姫が膝の上に置いていた拳を握りしめる

 

「――――ですが、運命は残酷でした。 鬼族の悲願である“原初の鬼”。 それは、“八雲家”が求めやまなかった存在。 それなのに、なんの因果か・・・・・・その力を受け継いだのは、純血の鬼ではなく、混血の彼女だったのですから――――――・・・・・・」

 

 

それは、とても残酷な運命の始まりに過ぎなかったのだ――――・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――― ユニオン号・客室

 

 

 

あの祝賀会の夜から、数日が経過していた

ユニオン号は、そのまま航路を進み、どこかへ接岸しようとしていた

 

さくらは、窓の外から外を少し見たが

それだけでは、ここが何処かは分からなかった

 

どこかしら・・・・・・

 

そんな事を思いながら、さくらは椅子に座ったまま遠くを眺める様にぼんやりしていた

日数的にまだ薩摩ではないのは理解出来たが

それでも

 

このまま、もう京には・・・・・・

土方さんの元へは帰れないの・・・・・・?

 

「そんな、の・・・・・・」

 

もう二度と逢えないかもしれないなんて―――――・・・・・・

 

信じたくなかった

逢えないのだと思うと、逢いたさが募ってくる

 

ちゃんと、食事はしているのか、とか

また無茶をしてないか、とか

 

彼の事ばかり考えてしまう

 

このままでは、駄目だと思うのに―――

いっそここから逃げ出せたならばどんなに楽か・・・・・・

 

手足を拘束されてはいないが、唯一つの扉の前には見張りが2人

そして窓の外は、深くどこまで続いているのか分からない海

極めつけに、数時間置きに監視の用に様子を見に来る不知火

――――絶望的であった

 

「・・・・・・はぁ」

 

思わず、溜息を洩らしてしまう

こうしている間にも、京からどんどん離れていっている

 

土方さん・・・・・・

 

こんなに長い間逢えなかったのはいつぶりだろう

まだたった数日しか経っていないというのに

こんなにも心が苦しい

 

逢いたいと―――――

 

そう思ってしまう

 

駄目ね・・・・・・

依存はしないと決めているのに

 

もうきっと、土方のいない世界で生きていくなど考えられないほど

彼を求めてしまう―――・・・・・・

 

自分はいつからこんなに弱くなったのだろうと 痛感してしまう

 

ただ傍に居られればいいと

お役に立てるだけで構わないと

 

そう―――思っていたのに

 

「・・・・・・・・・・」

 

変わらなければいけないと思うのに

どう変わればいいのか分からない――――・・・・・・

 

いっその事・・・・・・

このまま離れてしまったほうがいいのだろうか

 

そんな事すら考えてしまう

 

そうすれば、少なくとも風間は土方さんに固執することは無くなるだろう

そしたら、新選組は目の前の戦いだけに集中出来る

 

無駄な血を流さなくて済む

 

私さえ、我慢すればすべて丸く収まる

 

そこまで考えて、さくらは小さくかぶりを振った

 

駄目だわ・・・・・・

考えれば考えるほど、どんどん悪い方へ考えてしまっている

 

でも、どうすれば現状を打破できるというのだ

一体、どう、すれば――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてさてさて・・・・・・

ちょい、本当は前半の千姫の話ですべて埋めるつもりでした

が・・・・・・ちょっと、アクシデントありまして~

〆ちゃったし、これ以上再開したらめんど・・・・・・いや、ややこしくなるなぁと思い、

急遽ユニオン号内の夢主のシーンが入りましたww

で、気づいた

風間の事に触れてねええええ( ̄∇ ̄|||)

ミスったけど、ま、いっかww

 

2022.07.22