櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 断章 蜿蜒なる狭間 15

 

 

 

――――――― 京・西本願寺 大広間

 

 

「彼女は鬼であると同紙に、人でもあるのです。 ――――混血、と言った方が分かり易いでしょうかうか。 鬼族が人と交わり、混血の子が生まれるのは今ではそう珍しい事ではありません。 ですが――――彼女の家である“八雲家”はそれを許さなかった。 考えればわかる事です」

 

ぐっと、千姫が膝の上に置いていた拳を握りしめる

 

「――――ですが、運命は残酷でした。 鬼族の悲願である“原初の鬼”。 それは、“八雲家”が求めやまなかった存在。 それなのに、なんの因果か・・・・・・その力を受け継いだのは、純血の鬼ではなく、混血の彼女だったのですから――――――・・・・・・」

 

千姫のその言葉に、周りがしん・・・・・・と、なるのが分かった

それはそうだろう

 

「鬼族はその血筋を最も大事にする」と言っているのに

実際に、鬼族が求めた“原初の鬼”は純血ではない、さくらの元に降りたのだから

 

近藤は少し考えた後

 

「千姫君・・・・・・と言ったかな、ひとついいかね」

 

「どうぞ」

 

近藤の言葉に、千姫が頷く

 

「どうも俺にはよくわからんのだが、その・・・・・・八雲君が純血ではないのに、風間達に関わっていたのはどういうことだろうか?」

 

千姫の言う通りならば、「血筋」のよい「純血の鬼」を求めるのならばわかる

しかし、さくらは「混血」であり「血筋を重視する」鬼族の意に反するからだ

 

それに二条城の件もある

あの時、土方達から聞いた話だと、風間はさくらを「要らない」と捨てたという

それは、「純血の女鬼」である、「千鶴」が現れたからだろうか?

 

それにしては、風間が捨てて置きながら「さくら」に固執している様にしか見えなかった

言っている事と、やっている事がめちゃくちゃなのだ

 

「そうですね・・・・・・何処から話せばよいのか・・・・・・」

 

千姫は少し考えた後、ゆっくりと近藤達の方を見て

 

「少し昔の話になりますが――――――」

 

事の始まりは今から二十年前に遡る

当時、まだ「八雲家」の当主になったばかりだった八雲千寒は、

偶然、人間であるさくらの母「霞」という女性と出会った

 

二人は互いに惹かれ合い、いつしか恋仲になったという

しかし、「人間」である「霞」を「八雲家」が受け入れる筈はなく――――

 

千寒は、鬼無里にある「八雲家」を捨て「霞」と共に、駆け落ち同然で、京へ移ったのだという

勿論、「八雲家」は千寒を血眼になって探した

だが、当時の「八雲家」の情報網を知り尽くしていた千寒は、上手い具合にその情報網を抜けていた為、見つからなかったという

 

鬼の証しである「名」も捨て、「千寒」ではなく「道雪」と名乗っていたそうだ

そして数年が経った頃、二人の間に可愛らしい「女の子」が生まれたのだという

それが「さくら」だった

 

「さくら」にはあえて鬼の証になる「名」は付けず、「人間」として育てたのだという

だが、幸せはそう長くは続かなかった

 

「さくら」が十歳になる頃、ついに「八雲家」は「千寒」の居場所を突き止めたのだ

「八雲家」は「千寒」を連れ戻す為、そしてこの誤った血筋・・・・・・を正すために、「さくら」と「霞」を殺そうとした

 

「千寒」が留守の間に、彼らの住んでいた生家を焼き払い、焼き殺そうとしたのだ

しかし、それにいち早く気づいた「千寒」が自分の妻と娘を助け、「八雲家」に「交渉」したのだという

 

自分が「八雲家」に戻る代わりに、彼女達には一切手を出さないでくれ――――と

そして、「千寒」は半ば半強制的に連れ戻され

残された「霞」と「さくら」は何も知らされず、江戸へ

 

その後は酷いものだったという

「霞」と「さくら」にとっての父は「失踪」と言う事になり、心労が祟り「霞」はいつしか病の淵の末亡くなったのだという

それは、「さくら」が十二の頃の事だ

 

父も母も失い、失意の淵に落ちていた「さくら」の元に現れたのが――――「風間千景」だった

風間は「さくら」をひと目見て彼女が混血であると同時に、ずっと探していた「原初の鬼」である事に気付いたのだという

 

その頃、鬼族の間では「原初の鬼」が現れたというまことしやかな噂が流れていた

しかし、「八雲家」は口を閉ざし一切何も言わなかった為、確かめようがなかったのだ

 

それにいち早く気づいた「風間家」が動いた

そして、他の家門が奪う前に「さくら」を薩摩へ連れ帰ったのだ

 

だが「さくら」を待ち受けていたのは、「歓迎」ではなかった

「風間家」の治める薩摩では「人」と「鬼」との混血である「さくら」を簡単に受け入れる筈もなく

ただ、彼女が「原初の鬼」だから故に、「仕方なく」置いてやっているのだと散々言われつつも、「風間家当主の妻」になるべくして「ありとあらゆる教育」を受けさせたのだ

それは、厳しいなんてものではなかった

残酷で、非道で、虐待めいたものだったという

 

だが、「さくら」は逃げなかった

否、逃げられなかったのだ

逃げても、行く宛もなく、執拗に連れ戻されては折檻されたのだという

 

そんな「さくら」の唯一の味方が「風間千景」だったのだ

そんな彼に「さくら」が惹かれるのは必然だったのかもしれない――――・・・・・・

 

そして、美しくなった「さくら」が十七を迎える頃

「風間千景」との「婚儀」の話が上がった

その頃、「風間家」の治める里内で、「さくら」を欲しいという声が散々上がっていたからだ

 

それはそうだろう

どの鬼族よりも美しく育った「さくら」を混血でも欲しいと願う声が後を絶たなかったのだ

 

元来、鬼族は外見が美しい者が多い

その中でも、「原初の鬼」は、必ず外見が美しい鬼達の中で最上級の美貌を持つ

それは、「獲物」を惹き付ける為でもあったのだ

 

過去に現れた「八雲家」の源流と言っても過言ではない「呉葉姫」も絶世の美女だったという

 

そんな折、薩摩側からの意向で、「風間家」に「護衛」という任が課せられた

本当であれば、蹴ってしまえばよかった案件でもあったが、関ヶ原の大戦での「借り」があった為、断る事は困難だった

 

故に「風間千景」は自身の守役の「天霧家」当主「天霧九寿」と、長州の「不知火家」の当主「不知火匡」

そして、「さくら」を伴って上京した

 

 

「・・・・・・それ以降は、ご存じのとおりです。 “風間家”はさくらちゃんを“物”としてしか見ていません! 彼女が“原初の鬼”だから。 だから受け入れてやったのだと―――そう教え続けたのですから」

 

そう――――彼らはさくらには、行き場はない、お前のいる場所はここしかない、だから仕方なく置いてやるのだと、教え込ませた

幼いさくらには、それを否定する力も、確かめる術もなかった

 

「・・・・・・ひでぇ話だな」

 

原田の零した言葉に、千姫が頷く

 

「ええ、酷い話です。 でも、彼女にとって唯一の心の拠り所だった風間を彼女の前で否定する事は出来ませんでした。 ・・・・・・いままでは」

 

そう―――今までは出来なかった

でも、今は・・・・・・

 

「今は違います。 少なくとも“風間千景”に嫁いでも何もいい事はありません! むしろ彼女が不幸になるだけです! 私は―――――」

 

ぐっと、千姫が唇を噛みしめる

 

「私は、彼女には幸せになってもらいたい。 “原初の鬼”とか“混血”とか関係なく、彼女が―――さくらちゃんが自分意志で選んだ人と、幸せになってもらいたい。 ただそれだけなんです。 ですが―――――」

 

周りがそれを良しとしない

結局は、“原初の鬼”というしがらみから抜け出せないまま

また、“利用”されようとしている

 

それが許せなかった

 

「“鬼”とか、“人間”とか関係なく、本気で彼女を愛してくれる人でなければ―――きっと、彼女は救われない」

 

瞬間、千姫がばっと頭を下げた

 

「――――無理を承知でお願いいたします! どうか、力をお貸しください!!」

 

驚いたのは、土方達だけではなかった

傍に居た、君菊が慌てて口を開く

 

「姫様!! なりません! 姫様自ら頭を下げるなど―――――」

 

「お菊! 黙りなさい!!」

 

ぴしゃり!と言い放たれて、後ろに控えていた君菊がぐっと押し黙る

 

千姫は真っ直ぐに、土方を見た

 

「今までの、風間達が貴方方にしてきた非礼は謝ります。 申し訳ございませんでした。 すべては、私の力不足によるもの。 どうかお許しいただけないでしょうか? その上で、さくらちゃんを助けるために、力を貸して欲しいのです」

 

そう言って、千姫は今一度頭を下げた

 

それを見た、土方は「はぁ・・・・・・」と呆れにも似た溜息を洩らし

 

「ったく、いいから頭を上げろ。 あんたが頭を下げる必要はねえだろが」

 

そう言って、土方がまた息を吐くと

 

「あんたに言われなくても、さくらは助ける。 もし、あいつ本当にそこから逃げたいと思うのなら、いくらでも手をかしてやる。 ・・・・・・“約束”したからな・・・・」

 

「・・・・・・? 約束、ですか?」

 

「ああ・・・・・・」

 

そう―――あの晩、さくらが“風間を忘れたいのに忘れられない”と泣いた日

あの日、確かに彼女と約束を交わした

 

『――――忘れさせてやる』 と

 

もし、彼女が今でも「忘れたい」と思っているのならば

この“約束”を果たすときなのかもしれない

 

すると、それに呼応する様に

 

「俺も手を貸すぜ、さくらには色々と世話になってるし、困って女がいるってのに、助けないなんて男が廃るからな」

 

そう言って原田が笑う

すると、真反対の方から

 

「俺も手を貸そう」

 

と、斎藤が言う

すると、それを聞いた沖田が

 

「あれぇ~? 一君がそんな熱い事言うなんて珍しいね。 ああ! 相手がさくらちゃんだからか~」

 

そう言って、斎藤を見てにやにやしていた

すると、斎藤がぱっと顔を赤らめると、誤魔化す様に咳払いをし

 

「・・・・・・助け出すなら、風間達との戦闘は避けられそうにないからな。 他に他意はない」

 

「ほんとかなぁ~?」

 

「わ、私だってさくらちゃんを助けたいです!! そ、そりゃぁ、皆様みたいに戦えませんけど・・・・・・」

 

千鶴が必死になってそう言う

 

そんな様子を見ていたら

なんだか感極まった様に、千姫が少し涙ぐみながら

 

「ありがとうございます。 さくらちゃんが本当にいい方々に出会えたみたいで、良かった・・・・・・」

 

その時、ふと沖田が思い出したように

 

「でさ、話戻して悪いけど、風間がさくらちゃんに固執する“理由”って何? 単純に、“好きだから”とは思えないけど」

 

「それは――――・・・・・・」

 

千姫が、言葉を詰まらせる

 

「・・・・・・正直、確証はありません。 あくまでも私の見解ですが――――風間は、さくらちゃんの事を“自分の所有物”だと思っている節があると思っています。 “自分の所有物”だから、“自分の好きにしていい”―――そう思っているのではないか、と」

 

「・・・・・・最低だな」

 

原田がそうぼやく

すると、沖田は「ふ~ん」と言いながら

 

「それって要は“支配欲”ってやつでしょ? うちにも“支配欲”強そうな人いるけど、いいの? うちに頼んで」

 

そう言いながら、にやにや顔で沖田が土方の方を見る

土方は無視を決め込んだように、無反応だったが

それに気づいた千姫がくすっと笑いながら

 

「きっと、沖田さんが考えているお方は風間のとは違いますよ。 少なくとも、私はそう思っています」

 

きっぱりとそう言いきる千姫に、沖田笑いながら

 

「だって~~~! よかったね、土方さん」

 

と、あっけらかんとした態度で、名前を口にする

一瞬、土方の眉間にしわが寄った

 

「んなこたぁどうだっていい。 黙ってろ、総司。 ――――で、今さくらは何処にいるんだ? 京はもう調べつくしたがそれらしい目撃情報は得られなかった」

 

土方の言葉に、千姫がすっと真面目な表情に戻る

そして

 

「京は探すだけ無駄です。 何故ならば、彼女はもう“ここ”にはいません」

 

京に、いない・・・・・・?

 

千姫の言葉に、何かの引っかかりを覚える

関所も全て調べた

さくららしい人物や、怪しげな人物が通った形跡は何処の関所にもなかった

京を出るには、関所を通らなければ出られない

 

なのに、千姫はさくらが京にはもういないという

 

「どういうことだ?」

 

土方の声音が一等低くなる

すると、千姫は怯まなかった

真っ直ぐと土方を見て

 

「今年の閏且五月頃に海援隊が前身となった“亀山社中”という組織を土佐の坂本龍馬が結成した事はご存じですか?」

 

「亀山社中?」

 

「はい。 表向きは貿易を行い、交易の仲介や物資の運搬等で利益を得ながら、海軍、航海術の習得に努めるというものでしたが、実際は“商社”の様な役割をしておりまして、今彼らが仲介しているのが、――――長州藩と薩摩藩です」

 

「なに!?」

 

がたんっと、近藤が身体を乗り出しそうになるが、土方がそれを手で制した

そして

 

「続けてくれ」

 

そう言われて、一度近藤を見た後、千姫は頷いた

 

「坂本は、常々よりこの両藩に同盟を結ばせようとしていましたが、それは失敗に終わりました。 元々、薩摩藩と長州藩は仲がよくなかったので、当然の結果でした。 ですが、彼らは諦めていなかったのです。 この時、薩摩藩は米不足に悩んでいました。 それとは逆に長州藩は馬関戦争の折に、諸外国の持つ武器の力をありありと見せつけられて、武器を集めたかった。 そこで坂本は薩摩藩が武器を買い長州藩へ、そして、長州藩は米を薩摩へと“取引”させたのです」

 

「なんと・・・・・・!?」

 

近藤が、驚愕の声を上げる

 

「話はそれだけではなく、今度は長崎の商人トーマス・ブレーク・グラバーを通じて軍艦の購入の計画を立てています。 そして先日それらしき軍艦が一時的に、舞鶴港に寄港していた事を確認しています。 おそらく、伏見港から船で舞鶴港へと行き、乗船したのでしょう」

 

千姫の言葉に、土方が眉を寄せた

 

「・・・・・・つまり、陸路ではなく海路を使って移動させられたということか」

 

土方の言葉に、千姫が頷く

 

「その軍艦・ユニオン号というのですが、さくらちゃんはおそらく、その軍艦に乗っているものかと・・・・」

 

「おいおい、冗談じゃないぜ。 下手すればそのまま薩摩まで行くんじゃないのか?」

 

原田の少し焦る様な声音に、千姫は小さく首を振り

 

「いえ、まずは長州藩に寄ると思われます。 荷の入れ替えと、お披露目も兼ねていると思うので。 ですが、長期間停泊する事はなでしょう。 購入は薩摩が行いますので、必ず薩摩の長崎港へ最終的には向かう筈です」

 

「だが、薩摩まで行かれたら―――――」

 

「はい、もう手は出せません。 ですので、下関港に寄港している間に取り戻さなければなりません。 それともう一つ、今度予定されている長州尋問使。 こちらに、近藤さんや他数名の隊士が同行すると聞き及んでおります。 その前に戻ってこなくてはなりません」

 

千姫の言葉に、近藤が考え込む

 

「確かに、同時にこの京を空ける訳にはいかんからなー」

 

「同時に? 近藤さん、言ってる意味が――――」

 

土方がそう言いかえたが、近藤はさも当然の様に

 

「八雲君の救出にトシが行かなくてどうする!!?」

 

「それは――――・・・・・・」

 

行きたい

行って、助けてやりたい

だが、新選組鵜を長く空ける訳にもいかない

 

曲がりにも自分が副長なのだ

私情で屯所を空ける訳には―――――

 

そう思った時だった、突然ばんっと近藤に背中を叩かれた

 

「トシ、ここは俺に任せて、お前は八雲君の救出に専念しなさい! きっと、八雲君もトシを待ってると思うぞ?」

 

「近藤さん・・・・・・」

 

「なぁに、彼女の言う通り長州尋問使前に戻ってくればいい!」

 

近藤がそう言って、笑う

それでも、一瞬躊躇った土方だが、根負けした様にふっと笑みを浮かべて

 

「ったく、近藤さんには叶わねえな」

 

そう言って近藤の肩を叩く

と、その時

 

「俺も連れていてくれ! 土方さん」

 

「副長、どうか俺もいかせてほしい」

 

そう名乗り出たのは、原田と斎藤だった

原田は何となく予想が付いていたが・・・・・・

まさか斎藤まで言いだすとは思わず、少し驚いた様に土方がその菫色の瞳を瞬かせた

 

「斎藤?」

 

すると、斎藤は何かを誤魔化すかのように咳払いをして

 

「・・・・・・おそらく風間達との戦闘になるのは必至。 でしたら、あの天霧という男も来るはず――――」

 

「・・・・・・・・・」

 

やや、引っかかる所もあるが、風間達の相手をするならば三人欲しい所なのは事実だ

 

「・・・・・・わかった。 原田と斎藤は俺に同行してくれ。 後は―――山崎」

 

「はい」

 

「頼めるか? 山崎は、確か長州尋問使にも同行する予定だったから、とんぼ返りになっちまうかもしれねえが――――」

 

「いや、トシ。 いっその事、長州尋問使が付くまでそのまま山崎君には長州に潜伏してもらうという手もある。 まぁ、かなり負担が大きくなるが―――どうだろう、山崎君」

 

近藤の提案に、山崎は頭を垂れると

 

「――――はい、謹んでお受けいたします」

 

「よし、じゃぁ、四人とも 八雲君を頼んだぞ? 必ず、助けてやってくれ」

 

出発は明朝――――

そう言う、近藤達を千姫はただじっと静かに見つめていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、出生の話だけで終わったやーんwww

ああ・・・・・・めんど・・・・じゃなくて、ややこしくて時間食った~~~!!

とりあえず、救出班:土方さん、左之、一、山崎でーす

豪華やなwww

 

 

2022.07.29