櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 断章 蜿蜒なる狭間 13

 

 

 

 

―――――― ユニオン号・客室

 

 

「さくら―――――」

 

 

風間が満足げにその名を口にする

 

そして、さくらのももに口付けを落としながら

 

「お前が・・・・・・欲しい――――・・・・・・」

 

「ちか・・・・・・」

 

 

 

「俺の物になれ――――さくら」

 

 

 

「・・・・・・・・・っ」

 

有無を言わさない様な、強制力―――――・・・・・・

その全てが、今、自分に全部注がれているという錯覚に陥りそうになる

 

「どう、し、て・・・・・・」

 

声が震える

どう、言葉を紡げばいいのかすら、分からない

 

何故、今更・・・・そんな事を言うの―――――・・・・・・

 

あの日、あの夜

私を『要らない』と言ったのは、千景なのに・・・・・・

 

もし、あの時『必要』としてくれていたら・・・・・・

私は、喜んで貴方に付いて行ったのに

 

でも、あの日、貴方が言葉にしたのは、そうではなかった

 

『もう、要らぬ・・・・・・』 と

 

“八雲さくら”は、“風間千景”にとって、不要なものとなり果てた―――――・・・・・・

 

「・・・・・・い、で」

 

それなのに・・・・・・

 

「・・・・・・な、いで・・・・」

 

それなのに・・・・・・っ

 

さくらの真紅の瞳が、風間を見る

怒りとも、哀しみとも取れる瞳――――――・・・・・・

 

つぅ・・・・・・と、その真紅の瞳から一滴涙が零れ落ちる

 

「・・・・・・・・・・」

 

風間が何かを口にしようとした時だった

まるで、それを拒絶するかの様に、はっきりとした口調で

 

 

 

「――――触らないで」

 

 

 

ぴくり、と風間がその赤い瞳を顰め、その動きを止める

だが、さくらは真っ直ぐに風間を見たまま――――

 

「それ以上は、触らないで」

 

もう一度、そう口にした

だが、風間は面白いものでも見た様に、その口元に笑みを浮かべて

 

「・・・・・・ふん、愚かだな」

 

そう言って、さくらのももに触れている手をゆっくりと、自身の方に手繰り寄せると

そのまま、舌を這わせた

 

「・・・・・・っ、ぁ・・・・」

 

声を出したくないのか

さくらが、出掛けた声をぐっとこらえる様に唇を硬く結んだ

 

そんなさくらを見て、風間は面白いものでも見た様に

 

「・・・・・・そのやせ我慢がいつまで続くか、見ものだな」

 

そう言うと、ももに這わせていた舌を徐々に上げていった

風間の舌がさくら足の上部に来るにつれて、敏感に感じてしまう

 

「・・・・・・ぁ、・・・・・・っ、・・・ン・・・・・・」

 

なんとか、声を出さまいと、堪えようとするが―――――

出したくもないのに、少しずつ声が漏れ始める

 

い・・や・・・・

いや・・・・・・っ

 

やめて と、そう言いたいのに

ひと言声を発したら、全部出てしまいそうで出せない

 

どうして―――――・・・・・・

 

どうして、何故、 そんな言葉ばかり出てくる

泣きたい訳でもないのに、涙がぼろぼろと零れ落ちた

 

その時だった

 

「何故だ」

 

不意に、風間の手が止まった

問われた言葉の意味が理解出来ず、さくらが小さく首を振る

 

「理解出来ぬ」

 

風間の声が、徐々に近くに聞こえだす

恐る恐る目を開けると、いつの間にか風間の顔がすぐそばにあった

 

「・・・・・・・っ」

 

さくらが、ぎくりと顔を強張らせる

だが、風間はそんなさくらを無視して、彼女の顎を指で上げた

 

「――――お前は、この風間家当主である、俺の唯一無二の女になれるというのに・・・・・・何故、俺を拒む」

 

「・・・・・・・・・?」

 

風間の言う意味が理解出来ず、さくらが困惑した様に表情を曇らせた

そう――――まるで、最初の頃の様に・・・・・・

 

十二歳で風間家に引き取られた

風間家の当主にふさわしい“妻”になるべく、ありとあらゆる教育を受けた

あの時は、きっと将来彼の妻となり子をなすのだと思っていた

 

だから、彼の助けになるように

彼の安らぎとなれるように 努力したつもりだった

 

だが――――・・・・・・

 

結果は違った

彼を選んでいたのに、要らないと言われた

 

その時、分かった

 

彼にとって、私は単なる“飾り”であり、“子をなす為だけの道具だった”という事に

私の彼に対する気持ちなど、どうでもよくて

彼の私に対する気持ちなど、最初からなかったのだと

 

 

 

すべては――――私が“原初の鬼”だから―――――・・・・・・

 

 

 

そうでなければ、混血の私など、きっと彼に目には入らなかっただろう

それなのに――――・・・・・・

 

 

『この風間家当主である、俺の唯一無二の女になれるというのに・・・・・・』

 

 

何故、この言葉が出るのか・・・・・・

それが、どうして“今”なのか・・・・・・

 

「ちか、げ・・・・・・?」

 

一体、どういう――――・・・・・・

 

「・・・・・ふん、まぁいい」

 

そう言うなり、風間はベッドに縛り付けていた さくらの手を解くと、

ばさっと、脱いでいたジャケットをさくらに掛けた

 

「幸い、時間はたっぷりあるからな」

 

「え・・・・・・?」

 

時間は、ある・・・・・・?

 

その時だった

船室の扉を叩く音が聞こえた

 

「風間、そこに居るのは分かっています。 そろそろ、任に戻っていただかなければ―――――」

 

天霧の声だ

ふと、風間が壁に合った謎の数字の書いてある指針を見て「ああ・・・・・・」と、何かに納得したかのように頷いた

 

「すぐ行く、お前は戻っていろ」

 

「は・・・・・・、ですが」

 

「天霧」

 

風間が強くそう名を呼ぶと、天霧が「わかりました」と言ってその場を去って行った

天霧が去った後、風間が面倒くさそうに溜息を洩らす

 

それから、片手で器用にシャツのカフスボタンを留めると、すっとさくらに近づいた

また、何かされるのかと思って、さくらがびくっとする

 

が、風間はさくらの髪を軽くすくったかと思うと、そのままぐいっと頭を引き寄せられて口付けをしてきた

 

「・・・・・・っ」

 

一瞬、だけ

そうだと思った瞬間、直ぐに次が来た

 

「ん・・・・・・っ、ま、待っ・・・・・・」

 

何度目か分からない口付けを交わした後、風間は微かにその口元に笑みを浮かべて

 

「ああ、“時間はたっぷりある”。 お前は俺と共に、薩摩へと帰るのだからな」

 

 

え・・・・・・?

 

 

今、彼は何と言った・・・・・・?

“薩摩へ帰る”・・・・・・?

 

 

「ま、待って千景! それは,どういう―――――」

 

 

さくらが、慌てて風間にそう問うたが

風間は、身支度を簡単に整えると、そのまま船室の扉から出て行ってしまった

 

さくらが、ベッドの上で力なく崩れる

 

「薩摩へ・・・・・・かえ、る・・・・・・?」

 

わたし、が・・・・・・?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――― 数日後 京・西本願寺

 

 

さくらが消えて、数日が経過していた

この数日も、もう一度隈なくすべて探したが、さくらの痕跡は何処にも見当たらなかった

 

そう――――

まるで、最初からここにはいなかったかのように、かき消えているのだ

 

どういうことなんだ・・・・・・?

 

土方は、頭を抱えながら筆を走らせていた

京から出ている事も考慮して山崎に全関所を、さくらや不知火、風間の様な風貌の人物が通っていないか確認させた

しかし、やはり通った形跡はないようだった

では、何処に?

 

まったく足取りすら掴めない

よくある、「神隠し」にでも合ったような気分だ

 

「さくら・・・・・・」

 

ぐっと筆を握る手に力が籠もる

 

彼女が消える少し前まで、この腕の中にあったのに

確かに、彼女の温もりを感じていたのに

 

まるで、夢か幻のように消えてしまった

 

この腕にも、手にも、彼女を抱きしめた感触が残っているというのに―――――

彼女だけが・・・・・・さくら、だけが居ない

 

一体、お前は何処にいってしまったんだ――――

さくら――――――・・・・・・

 

と、その時だった

 

「副長」

 

障子戸の方から声が聞こえてきた

そちらを向くと、山崎烝が膝を付いて頭を垂れていた

 

「山崎か、何か分かったのか?」

 

そう尋ねると、山崎は小さくかぶりを振り「いいえ」と答えた

予想していた応えに、土方は「そうか・・・・・・」としか返せなかった

 

すると、山崎が「ですが――――」と、言葉をつづけた

 

「先ほどから、雪村君と八雲君の知り合いだという少女が、副長と局長に話があると―――――」

 

「話・・・・・・? 誰だ」

 

「それが、“八雲君の行方に関する事”だと伝えてくれればよい―――と」

 

「!?」

 

がたんっと、土方が立ち上がった

 

「そいつは、どこにいる!?」

 

土方の言葉に、山崎は「は・・・」と、頭を下げて

 

「今は、門前にて隊士達が対応を―――――」

 

「馬鹿野郎!! 直ぐに、そいつを連れて来い!!」

 

そう言うなり、土方が部屋を出る

山崎が慌てて後を追った

 

さくらが行方不明なのは幹部しか知らない事実だ

隊士達には伏せてある

 

それに、さくらと千鶴の知り合いの少女と言ったら、彼女しかいない

以前、地主神社の七夕祭りに誘いに来た「千」という少女の事だろう

 

だが、その彼女が何故「さくらの行方に付いて知っている」のか―――・・・・・・

 

あの時、屯所に易々と入れた事といい、今回の事もそうだ

あの女、一体 何者だ・・・・・・?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広間に辿り着くと、既に関係者は全員揃っていた

 

「悪い、近藤さん。 遅くなった」

 

そう言って、土方が近藤の隣に座るが、近藤は気にした様子もなく

 

「いや、大丈夫だトシ、俺も今来たところだから」

 

そう言って、ぱんぱんっと土方の肩を叩いた

すると、程なくして廊下の方から少女が現れた

それは、七夕祭りの時の少女で間違いなかった

 

「お千ちゃん!?」

 

驚いたのは、千鶴だった

突然現れた千姫に、唖然としていると、千姫は千鶴を見てにっこりと微笑んだ

 

そして、ゆっくりとした所作で近藤と土方の前に座る

その後ろに忍び装束の女がいた

 

「・・・・ご無沙汰しております、近藤さん、土方さん。 先の折には私の“お願い事”を聞いて下さりありがとうございました」

 

そう言って、丁寧に頭を下げる

 

「ああ・・・・・・」

 

土方は小さく返事を返すと、ふと千姫の後ろの女―――君菊を見た

それに気づいた千姫が

 

「ああ、彼女は私の護衛です。 お気になさらずに」

 

それだけ言うと、千姫は千鶴の方を見て

 

「まずは、千鶴ちゃん。 貴女は無事でよかったわ。 心配してたの」

 

千姫の言葉に千鶴は慌てて手を振り

 

「ううん、お千ちゃんこそ・・・・・・、どうしてここに?」

 

千鶴がそう尋ねると、千姫はにこっと微笑むと、

一度、ぐるっとここにいる幹部たちを見た

それから、今一度近藤と土方の方を見る

 

「・・・そうね、何処から話すべきかしら・・・・・・」

 

千姫は少し考え、すっと土方を見た

 

「土方さん、貴方は 彼女の―――さくらちゃんの身体に付いて聞いているとお伺いしていますが、他の方は・・・・・・?」

 

「八雲君の身体・・・・・・?」

 

千姫からの問いに、近藤が首を傾げた

ふと、以前松本がさくらについて言っていたことを思い出す

 

『そして、その鬼の中でも、特別な強い鬼の力を持った者がその頃薩摩の手の中にいた。 そして、遣わされたのが―――さくら君だ』

 

確かに、松本は明確には言わなかったが彼女の事を「鬼」だと言った

そう――――風間達が自らを「鬼」と言っているのと同じように

 

では、彼女も・・・・・・?

 

思わず、横にいる土方を見る

土方は難しい顔をしたまま、腕を組んで黙り込んでいた

 

「トシ・・・・・・なにか、八雲君に付いて知っているのか?」

 

「・・・・・・・・・」

 

土方は何も答えなかった

否、どう答えるか迷っている風だった

 

千姫がちらりと周りの幹部陣を見るが

皆、不思議そうな顔をしていた

 

この様子から察するに、恐らく土方は近藤にすらこの事を話していなかったのだろう

 

「なぁ、話が見えねぇんだけどよ。 さくらちゃんの身体がどうかしたのか? あ―――元々は薩摩側の人間だったってのは知ってるけどよ――――」

 

痺れを切らしたように、永倉が口を開いた

永倉の話から察するに、風間達と関わり合いのある薩摩の者という認識はあるようだ

でも、彼はこう言った

「人間」と

 

つまり、さくらの正確な正体を知っているのは土方だけという事になる

 

だが、この件を話すにあたって、さくらの正体を明かさずに話すのは無理があった

おそらく、何故風間が彼女に固執するのか・・・・・・

そして、何故彼女が風間に関わっていたのかが説明出来ないからである

 

ただでさえ、ここに本人が居ないというのに――――・・・・・・

しかも、土方はおそらくあえて黙っていたのだ

 

それを明かすには気が引けた

 

しかし、こうしている間にもさくらの身に危険が迫っているかもしれない

下手をすれば、追い付けなくなる・・・・・・・・可能性もある

 

悩んでいる猶予など、なかった

 

千姫はぐっと手を握りしめると、土方の方を見て

 

「土方さん、今回は一刻の猶予もありません。 出来る事ならば、私もこの件は黙っておきたかった。 ですが、この話をせずに、此度の件を話すことは出来ません。 ですので――――――申し訳ございません」

 

そう言って、千姫が深く頭を下げた

 

「姫様!!」

 

流石に、それを見かねた君菊が声を荒げる

 

「なりません、姫様が頭を下げるなど――――」

 

「――――下がりなさい、お菊!」

 

「・・・・・・・・っ」

 

千姫に、ぴしゃりとけん制され、君菊がぐっと言葉を詰まらせる

君菊が、静かに震えながら下がった

 

それを確認してから、千姫は今一度、土方を見た

 

「貴方が、ずっと彼女の為に秘密にしていた事を話すことをお許しください。 ―――そして、彼女に変わって、今まで誰にも話さずにいてくれた事を御礼申し上げます」

 

「・・・・・・・・・・、どうしても、その件に触れないといけねえのか?」

 

静かに息を吐いた後、土方がそう口を開いた

だが、千姫は小さく頷き

 

「ここまで事が大きくなった時点で、きっとその件を言わなければ、他の皆様はご納得いただけないかと―――――」

 

千姫のその言葉に、土方はまた息を吐いて「そうか・・・・・・」と答えた

 

「ねぇ、結局何なの? さくらちゃんの身体がなに? な~んか、土方さんは知ってるみたいだけど・・・・・・」

 

半分苛ついたような口調で沖田が口を開いた

 

「総司、少し落ち着け」

 

斎藤が急かす様な口調をする沖田を、そう諫めるが

 

「なに? 一君、気にならない訳?」

 

「それは・・・・・・」

 

「ほら、一君も気になってたんでしょ?」

 

斎藤とて、話が見えない事に若干の焦りを感じていた

 

斎藤だけではない

原田も、藤堂も、永倉も、

ここにいる全員がそう感じていただろう

 

千姫は小さく息を吐くと、ゆっくりと前を見据えて

 

 

「――――申し遅れました、私の本当の名前は“千姫”と申します」

 

 

そう言って、千姫は居住まいを正す

 

「・・・・・・後ろにいるのは、我が家門に代々仕えてくれている忍びの者です」

 

千姫がそう言うと、君菊が静かに頭を垂れる

 

「今から、話すことは全て事実であり、嘘偽りは御座いません」

 

 

 

 

「―――私たちは、実は人ではありません。

 

      風間達と同じ――――そして、さくらちゃんと同じ“鬼”なのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて・・・・・・なんとか、ちー抑えた!!

頑張った私www

何度、一線超えようとしては書き直したかwww

無駄に、疲れました・・・・・・( ;・∀・)

 

後、後半・・・・・・

松本先生と何処まで事情話したっけ???

となり、めっちゃ探したわ!!!

アンサー:土方さんだけ事情知ってて、近藤さんはすこーし知ってる程度

他、知らない子達ばっか!! でした!笑

 

 

2022.07.15