櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 断章 蜿蜒なる狭間 11

 

 

「・・・・・・ち、かげ・・・・」

 

さくらは、信じられないものを見たかのように、その大きな真紅の瞳を見開いた

 

どうして、千景がここに・・・・・・?

 

次から次へとあって、頭が上手く働かない

すると、淡いピンク色のドレスを着たさくらを見て風間はふっと微かに笑みを浮かべた

 

そして、さくらの傍までやってくるとそのままぐいっとさくらの顎に手を掛けて引きあげた

 

「・・・・・・・・・っ」

 

突然、掛けられた手にさくらが一瞬、身体を強張らせる

その反応に、気分を良くしたのか・・・・・・

風間はゆっくりと、さくらの耳元へ口を近づけ

 

「なかなか似合っているではないか、さくら。 俺の横を歩くのにふさわしい姿だ」

 

「・・・・・・・・・っ」

 

瞬間的に、さくらは風間の手を払った

 

「・・・・・・貴方はもう、私のことなどどうでもいいのでしょう?」

 

「・・・・はぁ」

 

さくらがそう言ったのに、風間はさもどうでも良さそうに溜息を洩らした

そして、未だに寝台に寄り掛かっているさくらを、ぐいと腕を引っ張った

 

「ちょっ・・・・・・!」

 

風間の突然の行動に、さくらが抵抗しようと抗うが

さくらの力で敵う訳もなく

そのままぐいっと立ち上がらせられる

 

「千景・・・・・・っ」

 

さくらが、困惑した様に風間の手を払おうとするが、風間がそれを離すはずもなく

そのまま腰に手を回されぐいっと抱き寄せられた

 

「ちかっ・・・・・・」

 

さくらが、かぁ・・・・と、頬を赤らめて抵抗するが

やはり、敵う訳ではなく

むしろ、さらにぐいっと腰を引き寄せられた

 

「千景っ・・・・・・!!」

 

さくらが叫ぶが、全く効果はない

メイド達が頭を下げる中、さくらはそのまま部屋から風間に連れ出されてしまった

 

「千景・・・・・・っ、待って、千景!」

 

船内の廊下を歩きながら、何とか足を止めてもらおうとさくらが抗議するが―――――・・・・・・

その足が止まることはなく

気がつけば、大きなホールと呼ばれる部屋へ連れて行かれた

 

その部屋に入った瞬間、さくらは息を呑んだ

船内とは思えない様な、大きなシャンデリアと呼ばれる硝子細工に灯された明かりが部屋中を照らし、ドレスや和装の貴婦人や紳士が行きかう―――――・・・・・・

 

これは、何・・・・・・?

 

初めて見るその光景に、さくらは間抜けにも固まってしまった

すると、風間が面白いものでも見たかの様に、ふっと笑みを浮かべ

 

「どうした、さくら。 戸惑う事は何もない。 お前は俺の言うとおりにしていればいい―――――」

 

そう言って、するっとさくらの腰に回した手に更に力を籠めると

そのまま、すいっと彼女の漆黒の美しい髪をひとふさその手に絡め捕る

 

そして、ゆっくりとした動作でその髪に口付けを落とした

瞬間的に、我に返ったさくらが、かぁ・・・・・・と、頬を赤く染めると、慌てた様に叫んだ

 

「ち、ちか・・・・・・っ、なに、を―――――」

 

「言ったであろう? お前はこの俺に全てを委ねればいいのだ」

 

そう言って、うやうやしく彼女の髪からゆっくりと唇を離すと――――

 

「さくら、俺とダンスを踊る権利をお前にだけやろう―――――」

 

そう言うなり、そのままそのホールの中央に連れて行かれた

周りを見ると、男女の二組が優雅に踊っている

 

「ま、待って、千景! 私、踊れな―――――」

 

「安心しろ、俺に合わせればいい」

 

そう言うなり、肩と腰に手を添えられて、身体を抱き寄せるかのように引き寄せた

風間がそのまま、流れる曲に合わせてステップを踏み出す――――

 

「まぁ、見て」

 

「素敵・・・・・・何処の方かしら」

 

周りの視線が一斉にさくらと風間に注がれた

 

そうとも知らないさくらは、風間にリードされるままに足を動かすので精一杯だった

少しでも、気を許せば足がもつれそうになる

 

なんとか1曲踊り終えた後は、もうぐったりとしていた

傍に合ったソファーという椅子に腰かけると、そのまま倒れ込みそうになる

が、流石にこの大衆の前でそれをするのは、さくらの羞恥心が許さなかった

 

なんとか、気力で座るだけで耐える

それを見た風間が、半ば呆れながら

 

「たった1曲踊ただけでそのざまとは・・・・・・今度からダンスも課題に加えておくべきだな」

 

課題・・・・・・?

 

風間の言う意味が全く理解出来ない

そもそも、ここは何処で

この集まりは一体なんなのか・・・・・・

 

それすらも分からのに、課題だとか、踊りだとか言われても困る

だが、それをここで問いただすのは、少々周りの目が気になり憚られた

 

その時だった

 

ふと、風間が何かを差し出してきた

 

「・・・・・・・・・?」

 

何かと顔を上げると――――何故か目の前に綺麗な赤と橙の色の混ざり合った飲み物が入っている細長い硝子の器を差し出された

 

「千景・・・・・・?」

 

訳も分からず、手に持たされる

よく見ると、風間も同じものを持っていた

 

風間は、さくらの隣にどかっと座ると、彼女の肩に手を回してきた

不意に、そのまま抱き寄せられて さくらがびくんっと身体を強張らせる

 

「あ、あの・・・・・・っ」

 

さくらが、風間に抗議しようとするが―――――

風間は気にした様子もなく、そのままその長細い硝子の器さくらの器と合わせる

 

チン・・・・・・

 

と、硝子と硝子が重なり合う綺麗な音が聞こえた

 

「・・・・・・?」

 

何をされたのか分からず、さくらが首を傾げる

それを見た、風間はふっと笑いながら

 

「お前は何でも顔に出る。 今のは“乾杯”という合図だそうだ、西洋のな」

 

「かん、ぱい・・・・・・?」

 

とは、よく原田や永倉がお酒の器を手に持って叫んでいる“あれ”の事だろうか・・・・・・?

しかし、風間のやった“乾杯”は、さくらの知る“乾杯”と大きくかけ離れていた

 

目の前を見ると、細長い硝子の器に入った飲み物がゆらゆらと揺れている

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

これをどうしたものかと、考えあぐねていると―――――

風間が、いつの間にか飲み終わったのか

空になったその器を、近くを通った銀の盆の様なものを持った男性に預けていた

 

その男性は一礼すると、そのままどこかで行ってしまった

その一部始終を見ていたさくらは、じっと自分の手の中にある器を見た

 

飲み物・・・・・・よね?

 

そう思うが、こんな色味の飲み物など見たことがない

どんな味がするのかも想像付かなかった

 

飲むか飲ままいか、考え込んでいると

ふと、風間と目が合った

 

「あ・・・・・・」

 

ふいに、ひょいっとその器を風間がさくらから取り上げたかと思うと

そのままぐいっと、自身の口に含んだ

 

そして、そのままかたん・・・・・・と、空いた器を横に合った机に置くと

すいっと、さくらの顎を持ち上げた

 

瞬間、次の来るであろう行為に、さくらがぎくりと顔を強張らせる

 

「ちか――――――んんっ」

 

さくらが拒む隙すらなかった

あっという間に塞がれた唇から何かが流し込まれる

 

「・・・・・・ぁっ・・・」

 

じりっと喉がびりびりとしてくる

 

な、に・・・・・・!?

 

「・・・・・・っ、ごほ、ごほごほ・・・・・・っ」

 

半分涙目になりながら、さくらが咽る

それを見た、風間が自身の唇を指で舐める様に拭くと

 

「ふむ・・・・・・お前には、まだカクテルは早かったようだな」

 

カ・・・・・・

カク・・・・・・テ、ル?

 

って、何!??

 

今までだって一度も聞いた事も飲んだ事もない

 

まさか、毒とかじゃないわ、よね・・・・・・?

 

そう思うも、なんだか、目の前がぼやけて見えた

それに、気のせいか・・・・・・

頭がくらくらする・・・・・・

 

なんだか・・・・熱いような・・・・・・・・・

身体が熱を帯びて火照ってくるのがわかる

 

「ち、か・・・・・・」

 

おそらく、この時さくらは自分の意思という物が無いに等しかった

無意識に、風間の袖を掴む

 

すると、風間がその口元に微かに笑み浮かべ

 

「どうした? さくら。 キスでもして欲しいのか?」

 

「・・・・・・?」

 

風間の言う意味が理解出来ない

頭が働かない

 

「き、す・・・・・・?」

 

とは、一体何の事なのか

それをしてもらったら、楽になるのだろうか?

 

「ち、かげ・・・・・・」

 

ああ・・・・・・どうしてか、この感覚を知っている気がする

血が―――欲しくて 欲しくて 溜まらない時と同じ―――――・・・・・・

 

自分で自分が抑えられない時と、お、なじ・・・・・・

 

ぐっと、風間の袖を持つ手に力が籠もった

それを見て、風間がにやりと笑みを浮かべたかと思うと――――・・・・・・

 

ぐいっと、さくらを横抱きに抱き上げた

いつものさくらなら慌てて、暴れるだろう

しかし、今のさくらはそれすらも理解出来ていないのか・・・・・・

とろん・・・・・・と、した潤んだ瞳で風間を見ていた

 

「ち、かげ?」

 

「・・・・・・ここは、人目が多いからな」

 

それだけ言うと、すたすたとホールから船の甲板に出てきた

いつの間に夜になったのか、さぁ・・・・と、心地の良い風がさくらの頬を撫でる

 

風間はさくらを甲板の柵の上に座らせると、もう一度同じことを尋ねてきた

 

「どうした? さくら。 キスでもして欲しいのか?」

 

一言一句、同じ言葉

それなのに、さくらは小さく小首を傾げると

一度だけ、その真紅の瞳を瞬かせ

 

「・・・・・・それ、は、なに・・・・・? 楽に、なれ、る・・・・・・?」

 

さくらの問いに、風間はふっと微かにその口元に笑みを浮かべ

 

「ああ、楽になれる・・・・・・。 さくら―――――・・・・・・」

 

そのまま彼女の頬に触れると、その唇に口付けた

 

「あ・・・・・・」

 

さくらが一瞬ぴくんっと反応するが、拒む気配はなかった

おそらく、まだ思考がはっきりとしていないのだろう

 

それを良しと思ったのか、風間がさらに深く口付けてくる

 

「んっ、・・・・・・ぁ、ち、かげ・・・・・・」

 

掠れる声で、自身の名を呼ぶ彼女が溜まらなく愛おしく感じた

この瞬間、この時、彼女の頭の中には自分しか存在しない

 

その優越感を手放す程、風間は愚かではなかった

 

 

「さくら――――」

 

 

その名を呼び、その心に刻みつける

世界のすべてが風間であるかのように

彼女の心を支配出来る様に

 

口付けて、触れて、彼女の全てを手に入れるかの様に――――――

 

何度も、何度も

その唇に触れ、確かめる

 

「んん・・・・・・ぁ・・・、は、あ・・・・・・」

 

次第に、さくらの吐息が熱を帯びてくる

酒のせいで、朱に頬を染めたさくらが、狂おしい程愛しく感じる――――・・・・・・

 

彼女が―――さくらが、欲しいと

何かが囁く

 

今なら手に入れられる―――――と

邪魔す者はいない

 

彼女の・・・・・・さくらの全てが手に入る―――――――

 

 

 

そう―――“全て”が――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

小松帯刀は、ふと会場を見ていてある事に気付いた

自分の護衛に――――と、連れてきた風間の姿がないのだ

 

ふと、近くに控えていた天霧を見つけて声を掛ける

 

「護衛もご苦労様。 所で、君の主君は護衛の任を放って一体どこいったのかな?」

 

半分嫌味の様にそう聞くと、天霧は表情一つ変えずに

 

「風間は今、席を外しております。 直に戻るかと」

 

天霧のはっきりしない言い方に、小松は「ふうん?」と応えながら、もう一度辺りを見渡して

 

「確か、“風間の姫”も来てるんでしょ? さっきホールの中央で踊ってたし。 挨拶したいんだけど、どこにいるのかな?」

 

そう言って、にっこりと微笑む

この男、絶対わざと聞いているなと天霧は思いつつも、眉ひとつ動かさずに

 

「桜姫は、現在風間と一緒にいるかと思われます」

 

「風間と?」

 

小松がそう尋ねるが、天霧は返事をしなかった

それで肯定と見たのか、小松は面白い事でも聞いたかのように

 

「そう、姫は君の主君と一緒なんだ。 ・・・・・・無事だといいけどね」

 

「は・・・・・・?」

 

その比喩の意味が分からず、天霧が聞き返そうとした時だった

 

「あ、帯刀!! こがなところにいたかと!? さなぐしたぞ!」

 

と、向こうの方から陽気な声の青年が手を振ってこちらへやってきた

それに気づいた小松が「ああ・・・・・・」と、声を洩らすと

 

「じゃ、龍馬が呼んでるから。 護衛、宜しく頼むよ?」

 

それだけ言い残すと、そのまま陽気な男と何処かへ行ってしまった

天霧は去っていく二人をじっと見たまま、頭を小さく下げた

 

あれが・・・・・・土佐の、坂本龍馬・・・・・・

 

この、舞台を作り上げた張本人だ

薩摩と長州を、結び上げ

互いのわだかまりを取っ払い、ここまで無し遂げた男の名だ

 

今回この船で開かられている盛大な祝賀会は、すべて、この為のものだと聞いた

薩摩と長州が手を取り合う第一歩だと――――・・・・・・

 

表向きはこの船・・・・いや

この軍艦・ユニオン号を所有する英国のトーマス・グラバーの歓迎の祝賀会だが

実の目的は、この軍艦を長州側へ紹介するのと、トーマス・グラバーから洋式銃7300挺を買い付ける為の商談の席でもあった

 

薩摩名義で買い、長州に渡す算段である

仲介に入っているのは、先ほどの坂本龍馬が中心となり立ちあげた亀山社中の内の一人・高松太郎が主に行っているという

 

金を出す、薩摩側と

銃を受け取る、長州側と

銃を売る英国の要人たちが一堂に介している――――という訳である

 

勿論、警備も厳重になる

―――――のだが・・・・・・

 

「風間・・・・・・一体、どこで何をしているんですか・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――― ユニオン号・客室

 

どさ・・・・・・

という音共に、さくらの身体がベッドと呼ばれる寝台の上に寝かされる

 

「ん・・・・・・」

 

まだ意識が朦朧としているのか・・・・・・

さくらは、まどろみの中だった

 

「ふ・・・・・・」

 

風間は、首のネクタイとぐいっと指で引っ張ると緩めた

そして、ゆっくりとした動作でベッドに座る

 

ゆっくりとした動作で風間がさくらの髪に触れた

さらり・・・・と、手から絹糸の様に零れ落ちる

 

「さくら・・・・・・」

 

ぎし・・・・・・

ベッドのスプリングが軋んだ音を立てる

 

そっと、彼女に語りかける様に、呟いた

 

 

 

 

「今から・・・・・・お前を――――貰う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一応、言っておきますけど・・・・・・

これ、土方夢なんで!!!!

ええ・・・・・・ちー夢ではないよ!!?

ここ、重要な所ですwwww

土方さのひの字すら出て来なかったけどなwww

 

 

2022.07.02