櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 断章 蜿蜒なる狭間 10

 

 

「う、そ・・・・・・」

 

視界に入ってきた“それ”に、さくらは大きくその真紅の瞳を見開いた

間違う筈がない

 

この何処からとも感じる磯の香りも

川とは違う、流れ方も色も―――――

 

それはすべて、“あるもの”を指していた

 

「どうして・・・・・・」

 

声が震える

それは、間違いなく“海”と呼ばれるものだった

 

京へ来る前、薩摩で見せられた丸い地図―――

すべての大陸はこの“海”という物で繋がっているのだという

 

そして、そのうちこの“日本”という場所はずっと東の島国だという

俄かには信じられない話ではあった

 

だが、実際薩摩から京へ入る折、川を渡る様な小さな舟ではなく

とても大きな“船”というものに乗せられた

陸路を行くよりも、ずっと早く近いのだという

 

ただ、酷く揺れるので体調を崩す者も多かった

さくらもその“船”での移動に慣れなくて、何度も風間に―――――・・・・・・

 

と、そこまで思いだして、小さくかぶりを振った

風間はもう関係ない

あの人は、私を切ったのだから――――

もう、今の彼に私は必要なかったのよ・・・・・・

 

そうだと思わないと、気が狂いそうだ

 

その時だった

不意に部屋の扉を叩く音が聞こえてきた

 

「え?」

 

突然の事に、思わず動揺してしまう

音のする方を見ると、全部木で出来た扉という物の向こうから聞こえてきていた

 

思わず、隠れるところがないか探すが

しかし・・・・・・そのような場所はなく

戸惑っている内に、その扉というものの向こうから がちゃ という何かを開ける音が聞こえてきた

 

土方さん・・・・・・っ

 

思わず、ぎゅっと目を瞑って、ふかふかだった寝台の影に隠れる

ぎい・・・・・と扉が開いたであろう音がやけにうるさく聞こえた気がした

 

中に誰かが入ってくる気配を感じる

 

「・・・・・・・・・・っ」

 

さくらは、息遣いが伝わらない様に、咄嗟に口元を押さえて目を瞑った

次第に、気配が近くなってくる

 

どきん、どきんと 心臓が異常なほど早くなっていく

全身が緊張で硬くなるのが分かった

 

ふと、気配が寝台を挟んだ向こう側で止まった

 

「・・・・・・・・・?」

 

止まっている・・・・・・?

 

もしかしたら、寝台に居ないさくらを探しているのかもしれない

そう思うと、やはり寝た振りでもしておけばよかったかもと

後悔の念が押し寄せる

 

だが、今さらもう遅い

さくらは、とにかく息を潜めじっとしていた

 

と、その時だった

 

 

 

「・・・・・・姫さん? 何やってんだよ、そんな床で」

 

 

 

「え・・・・・・?」

 

聞き覚えのある声に、思わず ばっとさくらが振り返る

すると、さくらを上から覗き込む様に不知火が立っていた

 

「きゃ・・・・・・っ!!」

 

突然の、不知火の登場に、さくらが思わず叫び声を発する

が、気づいて慌てて口を手で塞ぐが後の祭りだ

 

「目が覚めたんなら、机の上の呼び鈴鳴らせっての」

 

そう言って、寝台の横にあったん“べる”という名の呼び鈴を振った

すると、どこに待機していたのか洋装の侍女風の女性達が3人入ってきた

 

「え? あ、あの・・・・・・」

 

一体、今から何をしようというのだ

困惑気味にさくらが戸惑っていると、その侍女たちは何やら不知火と話した後、こちらに向かってきた

 

「し、不知火・・・・・・っ!?」

 

助けを求める相手としては間違っているのは分かっている

しかし、他に誰を呼べというのだ

 

さくらがおろおろしていると、不知火は笑いながら

 

「じゃ、姫さん用意よろしくたのんだぜ? メイドの嬢ちゃん達」

 

それだけ言うと、そのまま部屋から出て行ってしまった

 

「????」

 

めい、ど・・・・・・?

聞いた事のない言葉に、さくらが首を傾げていると

メイドと呼ばれた女性たちがわらわらとさくらを囲む様にやってきた

 

「さ、時間がありませんので、まずは湯あみを―――――」

 

そう言って、一人のメイドが隣の部屋へ行く

ちらりと見ると、そこには大きな樽の様なものにお湯を謎の線から注いでいる

 

「・・・・・・?」

 

な、に・・・・・・?

 

今から一体何が起きるのか、さっぱり理解出来ないでいると

メイドの一人がすっとさくらの背に触れ、そのまま立ち上がらされてしまった

 

「さ、お嬢様、お早く」

 

「え、あ、あの・・・・・・っ」

 

抵抗する事もままならず、そのままお湯を樽の様なものに張っている部屋に連れて行かれる

 

「バスタブの用意は?」

 

メイドの一人が、お湯を出していたメイドに話しかけていた

すると、そのメイドは温度を確かめ「大丈夫です」と答える

 

ばす、たぶ・・・・・・??

 

初めて聞く言葉に、さくらが首を傾げている時だった

不意に、メイドの一人の手がさくらの着物の帯を解き始めた

ぎょっとしたのはさくらだ

 

慌てて、そのメイドと距離を取ろうとする

 

「あ、あの、何を―――――」

 

なんとか抵抗しようとするが、成す術もなく全部脱がされてしまった

そしてそのままバスタブという物の中に身体を浸けられる

 

じわっと、気持ちの良い温度が緊張していた身体に染み渡る

 

「香油は、何になさいますか?」

 

「香油って・・・・・・」

 

それは流石に聞いた事があった

主に西洋で使われる香りを身体に塗り込むという品物だ

大変高価だと聞いた覚えがある

 

「あの、そのような高価な品は―――――」

 

さくらは断ろうとしたが――――

メイドが「いけません!」とぴしゃりと言い放った

 

「お嬢様の準備をしっかりするように、と申しつかっております故」

 

「え・・・・・・?」

 

だ・・・・・・誰に!?

 

と、問いたいが、問える雰囲気ではなかった

 

「これに致しましょう」

 

そう言って、一人のメイドが香油を持ってくる

その香りは覚えがあった

 

あ、この香り・・・・・・

 

「チェリーブロッサムね。 そうね、お嬢様には甘めの香りが合いそうだから―――。ミドルノートにチェリーブロッサムを、後は・・・・同じバラ科のフルーティな香りがいいわね」

 

「プラムか、アプリコットか、ベリー辺りかしら。 お嬢様はお好みあります?」

 

最早、何を言っているのかさくらには半分も理解出来なかった

 

 

 

 

 

やっと、お風呂(だった)から解放されて、どっと疲れた様に、さくらが寝台にもたれ掛かったが・・・・・・

 

「お嬢様、そんなお時間ありませんよ!」

 

そう言って、半強制的に西洋風の大きな鏡台の前に座らされた

髪をタオルというもので拭かれて、乾かされる

それと同時に、一人が化粧を、一人が手と足の爪に何かを塗っている

 

なに、がある、の・・・・・・?

 

いそいそとメイド達が動く中、さくらは一人取り残されたような気分で、なされるがままになっていた

 

一通り、メイクという名の化粧と、ネイルという物が終わった後

突然、メイドの一人がどこにあったのか、ずらっと幾つものドレスという物を衣装台に掛けたまま持ってきた

 

「どれにしますか?」

 

「え・・・あの・・・・・・」

 

話が全く見えない!!!

 

すると、メイド達は嬉しそうにドレスを吟味し始めた

 

「お嬢さまは肌も白いし、お綺麗だから何着ても似合いそうですが――――」

 

「瞳にお色に合わせて真紅のドレスでもいいと思いますわ」

 

「そう? お嬢様にはもっと清楚な白か淡いピンク色なんてどうかしら?」

 

と、あれやこれやとドレスをとっかえひっかえ持ってこられる

最早これでは着せ替え人形の気分だ

 

「あ、あの・・・・・・、あまり派手なものは―――――」

 

「じゃぁ、これしましょう!」

 

そう言ってメイドが選んだのは綺麗な純白に淡いピンクがかったレースとフリルという物がついたシンプルと言っていいのか分からないがドレスだった

 

羽織っていたバスローブという物を脱がされてドレスを着せられる

 

「お嬢さまは腰が細いからコルセットはいらないわね」

 

こる・・・・・・?

また聞き慣れない言葉が出てきたが、もう聞き直すのも疲れてきた

成されるがままに、髪を整えられて、淡いピンクと花びらをあしらった髪飾りとリボンを巻かれる

 

最後には立たされたまま、最終調整だと言って手直しされた

 

さすがに、慣れてない事をされてぐったりしていると

不意に、扉を叩く音が聞こえてきた

 

「・・・・・・・・・」

 

返事をする気力もなくて、ぐったりしたままでいると

突然扉が開く音が聞こえて、誰かが近づいてくる気配がした

そして

 

 

 

  「さくら」

 

 

 

「・・・・・・・・・っ」

 

名を呼ばれた瞬間、さくらがぎくりと顔を強張らせた

 

この、声、は―――・・・・・・

 

聞きたくても聞けなかった

そして今、一番聞きたくない声

 

さくらが、ゆっくりと顔を上げる

そこにいたのは・・・・・・

 

 

「ち、かげ・・・・・・」

 

 

それは、白い洋装に身を包んだ

 

   風間千景だったのだ―――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――― 新選組屯所・西本願寺

 

 

 

「・・・・・・さくらが、消えた、だと?」

 

仕事をしていた土方の元へ舞い込んできたその話に、一瞬己の耳を疑った

つい、少し前に会った時はそんな雰囲気はなかった

何処かに出かけるとも言っていなかったし

そもそも、彼女が勝手に出ていくなど―――――あり得ないと思った

 

なのに、目の前の原田達はいないという

 

「・・・・・・何か用事で、出掛けてるっていう可能性は――――・・・・・・」

 

「それなら、土方さんが聞いてるんじゃないのか?」

 

原田の言う事はもっともだ

彼女が自分に断りもなしに勝手に出かけた事など無い

 

だが・・・・・・

 

「第一、これをみてくれ」

 

そう言って原田が差し出したのは、以前土方が彼女に送った菫色の髪結いの織物だった

 

「こいつをどこで―――――」

 

「厨に落ちてたんだ」

 

「落ちてた、だと?」

 

俄かには、信じられないその言葉に、思わずその織物を見る

受け取った時、さくらはとても嬉しそうだった

 

それなのに、わざわざ置いていくなどとは考えにくい

だとすれば――――・・・・・・

 

土方の表情が険しくなる

 

「屯所内は?」

 

「思い当たる所は、全部探した!」

 

「・・・・・・なら、侵入者がいなかったか、徹底的に調べろ!」

 

「!?」

 

土方のその言葉に、原田と斎藤がはっとする

斎藤がごくりと息を呑み

 

「もしや、副長は彼女が誰に連れ攫われたと――――?」

 

斎藤のその言葉に、原田も息を呑む

 

「まさか、また鬼の連中が―――――!!?」

 

さくらや千鶴を何度も狙うかのように襲ってきた奴ら

脳裏に、猫柳色の髪の男が笑っているのが浮かぶ

 

「風間か!!」

 

さくらを要らないと言い放ったにも関わらず

彼女に異常なまでの執着心を見せる西の鬼の頭領――――風間千景

 

もし奴が、さくらを連れ去ったのだとしたら―――――

ぎりっと原田が唇を噛みしめた

 

土方は、がたんと立ち上がると

 

「まずは、原田は侵入者の確認を急げ!」

 

「わかった!」

 

そう返事をすると、原田はばたばたと部屋から走り去っていった

 

「斎藤、お前は山崎にすぐ来いと伝えろ」

 

「御意」

 

そう返事をして、斎藤も部屋から出ていく

二人が居なくなった後、土方は大きな溜息と一緒に頭を抱えて座り込んだ

 

「・・・・・・さくら」

 

少し前まで、この腕の中にいた筈の温もりが

今は酷く遠く感じた

 

もし、本当に風間にかどわかされたのだとしたら――――・・・・・・

 

「・・・・・・くそっ!」

 

だんっ! と机を叩く

 

頼む・・・・・・

無事でいてくれ・・・・・・さくらっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なにやら、ドレスコードの様ですwww

横文字出まくってるけど、気にするなかれwwww

 

2022.06.20