櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 断章 蜿蜒なる狭間 1

 

 

―――――慶応元年・七月二十一日 長崎港

 

「へぇ…ここが長崎かぁ… 賑わってるじゃねぇか!」

 

そう言って、物珍しそうにあたりをきょろきょろする男にを見て

連れの紳士そうな男は、小さく溜息を付いた

 

「……井上君、そういう田舎者みたいな発言はやめてくれたまえ」

 

井上―――と呼ばれた男は、そう注意されてもさして悪びれた様子もなく

 

「すまん、すまん! あまりにも珍しいものがぶちあったから、つい な!!」

 

そう言って、あははと笑いながら 注意してきた男の背をばんばんと叩いた

思わず、男が咽る

 

「井上君!!!」

 

咽ながら男がそう叫ぶが――――

井上と呼ばれた男は何か珍しいものを見つけたのか…

 

「おい! 伊藤!! あそこにあるのは高杉が言っちょった“わいん”とかいう物じゃあ――――……」

 

そう言って、井上は伊藤と呼んだ男の袖を引っ張った

 

「オレ、ちょっと試飲させてもらいに―――――」

 

うきうき声でそう言いながら、伊藤を引っ張り その“わいん”を運んでいる箱に駆け寄ろうとした時だった

 

「……井上さん、伊藤さん、ちっくと落ち着きたまえ。 目的を忘れてもろーてはめぇる」

 

溜息と共にそう洩らしたのは、近藤長次郎という男だった

近藤の言葉に、伊藤が申し訳なさそうに謝罪する

 

「申し訳ない、近藤さん。 目的は忘れてはいないよ。 その為にわざわざ“ここ”に来たのだからね]

 

そう言って伊藤が小さく頷く

伊藤のその言葉に、近藤長次郎は はぁ…とやはり小さく溜息を付くと

 

「まぁ…おんしゃぁそうにかぁーらんけど…へちは―――……」

 

そう言って、ちらりと斜め横を見た

その視線の先に想像付いたのか…伊藤が大きな溜息を付く

 

「ほんっと、申し訳ない!!!」

 

その先にいたのは…“わいん”を運ぶ船員に試飲をせがんでいる井上の姿だった

慌てて伊藤が井上を回収に向かう

 

その様子に、近藤長次郎はやはり溜息を付いた

その時だった

後の方から、くつくつと笑う声が聴こえてきた

 

近藤長次郎が慌てて振り返る

そこにいたのは、今から向かう先に居る筈の薩摩藩家老・小松帯刀だった

 

「小松さん!!!」

 

近藤が慌てて頭を下げる

すると小松は「いい」という風に手を上げると、近藤の傍にやって来て

 

「賑やかだね」

 

そう言って、あちらで暴れる井上を回収しようとしている伊藤等の方を見た

 

「あの二人が…?」

 

「はい、長州から来た 井上馨と伊藤博文やか」

 

「ふぅん…そう」

 

そう言って、興味深そうに二人のやり取りを見た

伊藤はともかく、井上の方は相当頭が軽そうに見えた

 

そう思うとやはり笑いしか込み上げてこなかった

 

「坂本から話は聞いているよ。 亀山社中も大変だねぇ…」

 

「はぁ…まぁ。 でも、それが自分達の”やり方”ながら。 誇り持りゆう」

 

“誇り”という言葉に気分を良くしたのか

小松は「そ…ならいいんじゃいかな」と答えると、後ろの控えている猫柳色の髪に男に何か指示を出していた

 

「………………?」

 

近藤長次郎は首を傾げた

それは、見慣れない風体の男だった

 

すらっと長い刀を腰にはいた白い着物がよく映える 美しい面持ちをした猫柳色の髪の男と、その男につき従う様に傍にいる 体格の良い男――――……

 

誰だ………?

 

そう思っていると、数分もしない内に小松が戻ってきた

 

「小松さん、あいとらは…?」

 

近藤の意図する事が分かったのか、小松は「ああ…」と答えると

 

「彼らは私の護衛だよ。 今後、君達の護衛も務めるから宜しくしてやってくれ」

 

そう言ってにっこりと微笑んだ

 

「は、はぁ…」

 

”護衛”と言われても いまいちぴんとこないのか…

近藤長次郎は、曖昧な返事を返してきた

 

すると、小松はくすっと笑みを浮かべると

 

「土佐にもいるだろう? 確か…南雲家と言ったかな」

 

小松のその言葉に、近藤長次郎がぎくっと顔を強張らせる

 

土佐の南雲家――――…

その言葉が意味するのは…

 

「で、じゃー、あいとらは……っ」

 

「そう―――薩摩の風間家と天霧家の当主だよ」

 

風間家と言えば、西日本最大と言われていた“鬼の一族”―――――……

関ヶ原の折、西軍に付いた風間家は消えたと思われていたが……

 

「ま、彼らは薩摩に関ヶ原の恩義があるからね。 借りを返してもらう為に、こうして護衛をしてもらっている訳だよ」

 

そう言って、近藤長次郎の疑問に答えるかの様に小松は笑みを浮かべた

 

近藤が、風間家と天霧家の当主と言われた男達の方を見る

一瞬、脳裏に南雲家のある男が過ぎった

 

「……小松さん、あいとらはなんちゃーがやないなんなが…?」

 

風間家と天霧家の当主という男達を平然と傍に置く小松の対応に不安が過ぎる

すると、その不安を感じ取ったのか小松はまたくすりと笑みを浮かべ

 

「大丈夫だよ、少なくとも“今は”…ね」

 

それだけ言うと、ひらっと手を上げ 踵を返した

 

「じゃぁ、後はあの二人に任せてあるから。 屋敷で待っているよ」

 

そう言うだけ言って去って行った

残された近藤は困った様に眉を寄せた

 

「任せてあるって言われてもな……」

 

相手は人間ではない“鬼”だ

どう対応して良いのか困る

 

そう思っている時だった

不意に近藤長次郎の顔に影が過ぎった

 

はっとして振り返ると、いつの間に近づいてきたのか風間家の当主と言われた男が傍に居た

 

「おい、さっさとあの馬鹿どもをつれもどせ」

 

「は……?」

 

傲岸不遜なその男の態度に、一瞬近藤が固まった

一応、仮にも自分達は”客“なのだが…

そう突っ込みたくなる

 

しかし、風間の当主と言われた男は まったく悪びれた様子もなく近藤を見下す様に促した

すると、後ろの控えていた天霧家の男は溜息を洩らすと

 

「風間、失礼ですよ。 近藤殿、風間が申し訳ありません」

 

そう言って、風間と呼ばれた男の代わりに謝罪してきた

天霧の当主の誠実な対応に、思わず近藤も「いや…」と言葉を返してしまう

 

「あちらのお二方を連れ戻して頂けますか? 薩摩屋敷へご案内致します」

 

言われて、未だ“わいん”の所にいる井上と伊藤を思いだし、慌ててそちらに駆け寄った

その様子を見ていた風間は呆れた様に

 

「くだらん…」

 

そうぼやいた

その言葉に、天霧は苦笑いを浮かべ

 

「仕方ありませんよ。 一応彼らは小松殿の“お客様”ですから」

 

「あの男も、ここまで来たならば自分で連れて行けばよいものを…」

 

苛々した様にそうぼやく風間に、天霧はやはり苦笑いを浮かべて

 

「まぁ、小松殿もお忙しい方ですから」

 

そう返すも、風間のいう通りだとも思った

何故、忙しい身であるのにも関わらず、わざわざ挨拶の為だけにここまで出向いたのか…

 

それは、それほどまでにしなければならない人物――――……

 

そうとしか思えなかった

 

小松の意図は分からない

だが、分かっている事はひとつ―――――……

 

もう彼らにとって“失敗”は許されないという事だけだった―――――………

 

それに去り際に残していった言葉――――……

 

 

『“姫“は、元気?』

 

 

その“姫”が誰を指しているのかくらい、天霧にも分かった

 

風間に対して問う“姫”と呼ばれる存在――――それは、“彼女“を置いて他ならない

 

八雲 さくら

 

風間家の手によって幼少から育てられた 鬼族唯一の存在――――“原初の鬼”

 

それは、鬼族全てに関わる存在

旧き鬼――――八瀬一族・鈴鹿御前の末裔 千姫

それと同等、いやそれ以上の存在――――鬼族すべての始まりの鬼

 

 

 

その名は―――――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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――――――京・西本願寺

 

「暑ぃ………」

 

「あちぃよぉ……」

 

西本願寺の境内の階段の木の陰になっている所で、永倉と藤堂が「暑い」「暑い」と言いながらぐったりしていた

 

「暑い、暑い、言うんじゃねぇよ…こっちまで暑くなるだろうが……」

 

その横で自分に向けて団扇で扇ぎながら原田が怪訝そうにぼやく

 

今年の夏は異常に暑かった

江戸に比べて、元々 盆地という地形的に暑いのが京なのだが…今年は特に暑く

隊士達も、何人も暑さで体調を崩したりしていた

 

流石に組長ともなると他の隊士の目もあるので、そう易々と体調を崩したりはしないが…

所詮は同じ人

暑いものは暑いし、疲れるものは疲れるのだ

 

現に、こうしてだれている

暑すぎてやる気すら起きてこない

 

「あ~~~~~~」

 

永倉が唸りながらちらりと、傍で涼しい顔して立っている斎藤をみた

 

「斎藤ぉ~暑くないのか?」

 

堪らずそう尋ねると、斎藤はやはり涼しい顔をしたまま

 

「……心頭を滅却すれば火もまた涼し」

 

「……………暑いんだな」

 

つまり、涼しい顔をしているが暑い…と

それはそうだろう

 

永倉や藤堂らと違い、斎藤はびしっと着崩す事もせず、その上首には襟巻…

これで暑くない方がおかしい

 

「なんかよぉ~こう、ぐぐっと冷たい物欲しいよなぁ~」

 

既に本日の隊務が終わっているとはいえ、とても他の隊士達に見せられる光景では無かった

………組長としては

 

もし、ここに土方がいたら大目玉を食らっているだろう

だが、生憎と土方は外出中

自分達は思いっきり羽根を伸ばせる……という訳だった

 

その時だった

 

「お疲れ様です」

 

廊下の角からさくらの声が聴こえてきた

永倉が重い身体をその声の聞こえた方に向ける

 

と、そこにはさくらと千鶴の姿があった

 

「千鶴」

 

さくらがそう促すと、千鶴が何かを湯呑に注いでいた

そして、その湯呑を三つ持ってやってくる

 

「はい、どうぞ。 冷たい麦茶です」

 

そう言って、差し出された麦茶を見て、永倉と藤堂が「おおおお~~~!!」と歓喜の声を上げた

 

「気が利くねぇ~やっぱ、女の子は違うわ!」

 

そう言って、永倉が麦茶を受け取ると一気飲みをする

藤堂も、一緒になってごくごくと飲み始めた

 

「かぁ~~~~! 生き返る――――!!」

 

「千鶴! もう一杯!!」

 

差し出された空になった湯呑を受け取ると「はーい」と答えた

 

そして、もうひとつと斎藤に渡した

 

「はい、斎藤さん。 暑いでしょう?」

 

麦茶を渡された斎藤は、「む…」と声を洩らすも、素直にそれを受け取った

そうこうしている内に、さくらも傍までやって来た

そして、その場に座りゆっくりとした動作で空いた湯呑に麦茶を注ぐ

 

「原田さんも、どうぞ」

 

そう言って、すっと両手で原田に麦茶を差し出した

 

「お、すまねえな。 ありがとよ」

 

原田が、少し嬉しそうにその麦茶を受け取る

 

「悪いな、こんな所まで持ってこさせて。 重かっただろ? 言えば取りに行ったのによ」

 

原田がそう言うが、さくらはにこっと微笑み

 

「いえ、これくらいしかお役にたてませんから……」

 

そう言って、優しげに微笑んだ

それを見た、原田は少し笑みを浮かべ

 

「なんか、いいな…こういうの」

 

ぽつりと、そうぼやいた

 

「え……?」

 

さくらが、一瞬何の事を言われているのか分からず、首を傾げる

すると、原田はさくらの方を見た

まじ…と見つめられ、一瞬さくらがどきりとする

 

「あ、あの……?」

 

どう反応していいのか分からず、さくらが戸惑っていると

不意に、原田の手が伸びてきた

さら…と、優しい手つきでさくらの髪をすくう

 

「俺にはさ、叶えたい“夢”があるんだ」

 

「夢…ですか?」

 

さくらがその真紅の瞳を瞬かせる
すると、原田が「ああ――…」と答える

 

そして、少し遠くを見る様な目で

 

「どうしても叶えたいんだ…その“夢”ってやつをな」

 

「……どんな夢なんですか?」

 

何故だろう

何故か、聞かなくてはいけない―――そんな気がした

 

すると、原田は優しげな瞳でこちらを見て ふっと笑った

 

「……新八や平助には言うなよ? あいつらが聞いたら、腹が千切れそうなぐらい笑いやがるに決まってんだから」

 

そう念を押してくる

その様子が、まるで少年の様で さくらは思わずくすっと笑ってしまった

 

「俺の夢はさ……」

 

ふいに、原田がさくらを見た

 

え……?

 

突然の、視線にさくらがその真紅の瞳を瞬かせる

すると、原田はくすっと笑い

 

「………惚れた女と所帯もって、静かに暮らす事なんだ。 金は…まぁ、嫁さんを困らせない程度に稼げればいいと思ってる」

 

瞬間、ざぁ…と風が吹いた

さらさらと、さくらの長い艶やかな髪が風になびく

 

「……………」

 

さくらは言葉を失った様に、大きく目を見開いた

知らず、心臓がとくん…と響く

 

すると、原田がくすっと笑って

 

「どうした? ありきたりな夢だろう?」

 

原田のその言葉に、さくらがはっと我に返った

 

「あ…いえ、その…少し、驚いてしまって……」

 

どう言い表わしていいのか

自分に対して言われた訳でもないのに、まるで言われたかのような

そんな錯覚に囚われる

 

知らず、ほのかに顔が高揚していくのが分かった

なんだか、恥ずかしくなり思わず両の手で頬を押さえる

 

すると、するっと原田の手が伸びてきた

 

「あ……」

 

そのまま、頬を押さえていた手を除けられる

そして、その手を優しく握りしめられた

 

「さくら―――………俺と…」

 

その時だった

 

「左之ぉ―――――! 今から島原行くぞォ~~!!」

 

突然、永倉の声が響いたかと思うと、がしっと原田の肩に永倉の手が掛かった

ぎょっとするのもつかの間

そのままぐい――と引っ張られる

 

「お、おい、新八!! 俺は―――」

 

「あーはいはい、左之 参加っと! よっし、こういう暑い時は島原のねーちゃんの癒されるのが一番!!」

 

「新八! 人の話を―――」

 

原田が抗議するが、永倉には全く聴こえていない様だった

そのまま藤堂と一緒にずるずると引っ張られていく

 

突然の出来事に対応出来ず、さくらは唖然としながらその様子を見送るのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左之、告白するのかと思いきや…邪魔の入る回でしたww

基本テンプレなので、仕方ない(`ー´〃) ドヤッ!

 

前半は、薩摩弁と山口弁と多用しています

会話の意味が分からなかったらスマヌ…(((;°▽°))

 

ちなみに、ぶちというのは方言で 意味は凄いとかめっちゃとかそう言うニアンスです

ぶちすごい=めちゃくちゃすごい の意になります

参考までにww

 

2017/04/06