櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 四章 虚実の馨り 34

 

 

「あ、あの……っ」

 

ずんずんと、本殿の方へ一人歩いて行く土方をさくらは必死に追い掛けた

だが、人ごみが邪魔して上手く追い掛けられない

 

気が付けば、どんどん距離が開いていく

それでも、ここで逸れたらまた迷惑を掛けてしまう

そう思いながら必死に追いかけるも、気が付けば土方の背中は遙か遠くになっていた

 

「……………っ」

 

土方さん……っ

 

早く追いつかなくては―――――……

 

そう思えば思う程、距離が開いていった

そして、最後には見えなくなってしまった

 

「………はぁ……っ」

 

急いせいか、息が切れる

穿き慣れない下駄が足に負荷をかけ、ずきずきと痛む

 

さくらは、小さく息を吐くと足を止めた

 

どうしよう……

 

こんな人ごみで土方ともはぐれてしまったらきっともう見つけられない

 

私、なにやっているのかしら……

 

土方と一緒に歩ける事に有頂天になって、気が付けばこんな知らない場所で一人になって…

こんな事ならば、屯所で大人しくしておいた方がよかったのかもしれない

 

じわりと涙が浮かびそうになってくるのを、ぐっと堪える

 

泣いている場合じゃない

どうにかして、土方や千姫達と合流しなければいけない

 

そう思って顔を上げた時だった

不意に目の前に影が落ちたかと思うと、どんっと何かにぶつかった

余りにも突然の出来事に、さくらはそれが人だという事に気付くのに数分を要した

 

「あ、すみません…っ」

 

慌てて謝罪をすると、その人は「あ?」と声を上げさくらを睨んだ

そして、さくらが女だと認識するとその人物はにやりと口元に笑みを浮かべて

 

「よぉ、ねえちゃん。痛いじゃねぇか」

 

「え……あの……」

 

さくらが戸惑っていると、その男の後ろからもう一人ガラの悪そうな男が現れた

 

「あ~あ、兄貴に怪我させるなんてとんでもねぇ女だな」

 

そう言ってじろじろとさくらを品定めする様に上から下へと見ると、にやりと口元に笑みを浮かべた

 

「こりゃぁ、落とし前付けてもらわねぇとなぁ…? 兄貴」

 

「そうだな」

 

そう言って、兄貴と呼ばれた男もにやりと笑みを浮かべた

さくらは困惑した様に、その真紅の瞳を泳がせた

 

「あの、申し訳ありませんでした。 私の不注意で――――」

 

そう謝罪を述べるが、不意に男の手が伸びてきたかと思うとぐいっとさくらの手首を掴んだ

 

「いたっ……」

 

急に手首を引っ張られ、さくらが顔を顰める

 

「ちょっとこっちへ来いや、詫びいれさせていやる」

 

「え、あ、あの……っ」

 

さくらが抵抗しようと身体をよじるが、捕まれた手首はびくともしない

それどころか、もう一人の男に背中をぐいっと押されて、思わず前のめりになる

 

「ほら、来い!」

 

「や……っ」

 

 

土方さん―――――っ!!

 

 

そのまま無理矢理何処かへ連れて行かれそうになった時だった

 

「おい、その手を離しやがれ」

 

突然、声が聴こえたかと思うと、ぐいっと男とさくらの間に誰かが割って入って来た

はっとしてさくらが顔を上げると、そこに居たのは――――

 

「ひ…土方さん……っ」

 

それは、先程置いて行かれたかと思った土方だった

突如乱入してきた土方に、男達がむっとする

 

「おい、色男の兄ちゃん。邪魔すんじゃねぇよ」

 

「そうだぜ、その女はぶつかっておきながら詫びのひとつもしてねぇんだからな!」

 

そう言って、さくらを見てにやりと笑みを浮かべた

 

「詫び…、だと……?」

 

土方がその言葉に、ぴくりと眉を寄せる

 

「そうさ、これから向こうでゆっくりと詫び入れさせてやろうってんだ。だから邪魔すんじゃねぇよ」

 

そう言って、ぐいっとさくらを掴んでいる手を引っ張った

 

「きゃっ……」

 

引っ張られる――――

そう思った瞬間、土方が男のその手を打ち払った

ばしんっと音がして、男の手が離れる

 

「いってぇなぁ!!」

 

「おいおい、兄ちゃんなにしやがる!」

 

瞬間、男が目の色を変えた

そして、土方の襟首を掴むとそのままぐいっと引っ張った

 

「兄ちゃん、顔が良いだけじゃ世の中渡っていけねぇって事……思い知らさせてやるよ!」

 

そう言うが早いか、男が土方に殴り掛かってきた

 

「土方さん……っ!」

 

さくらが、真っ青になってそう叫んだ時だった

土方は、素早く自分の襟首を捕まえている男の手首を捻り上げると、そのまま投げ飛ばしたのだ

 

ざわりと、周りが乱闘に気付きざわめき出す

 

「喧嘩だ!!」

 

口々に、皆そう叫び始めた

 

「兄貴!」

 

投げ飛ばされた男は、「いてぇ……」 と言いつつ、土方を睨んだ

 

「なにしやがる!!」

 

「なにしやがる…だぁ?」

 

ぴくりと土方が、眉を上げた

 

「てめぇらこそ、誰の女に手を出したと思ってやがる」

 

ドスの利いた声が、辺り一帯に響き渡った

そう言って、ぐいっとさくらの肩を抱き寄せると叫んだ

 

「こいつは、てめぇら如きが触れて良い女じゃねぇんだよ!!」

 

「ひ、土方さん……っ」

 

さくらが困惑した様に声を洩らすが、土方は尚もさくらを力強く抱き寄せた

 

「てめぇ……!!」

 

男の一人が、場も考えずに腰の刀を抜いた

瞬間、「きゃー!!!」という周りの叫び声が聴こえてくる

 

「ぶっ殺してやる!!」

 

そう言って、土方に斬りかかって来たのだ

だが、土方はそれをあっさり避けると、そのまま男の手首を掴み投げ飛ばしたのだ

からんっと刀が男の手から落ちる

 

「こ、こいつ……っ」

 

男達がギロリと土方を睨んだ

だが、土方は男達を見下ろしたまま

 

「これ以上ここで暴れるってんなら、屯所へ連行してじっくり話を聞いてやるよ」

 

「屯所だと? てめぇ何者だ!」

 

男の叫び声に、土方がくっと喉の奥で笑った

そして、さくらの肩をぐっと強く抱き寄せると

 

「新選組副長・土方歳三」

 

その名を聞いた瞬間、男達がぎょっと顔を青ざめた

 

「し、新選組!?」

 

「てめぇら、俺の女に手を出した事後悔するんだな」

 

そう言って土方が一歩男達に近づいた時だった

男達が「ひっ……」 と声を上げて後退る

 

「じょ、冗談じゃねぇ!!」

 

「新選組なんかとやりあえるかよ!」

 

そう言って、立ち上がると、ばたばたと逃げる様に人ごみを押しのけて去って行ったのだった

周りの野次馬も新選組と聞いた瞬間、顔色を変えてひそひそと話しだした

 

「ちっ……」

 

土方は舌打ちすると、ぐいっとさくらを抱き寄せた

 

「ったく、行くぞ」

 

「あ………」

 

そのまま引っ張られる様に、その人ごみの中を歩きはじめた

 

「ったく、後を見たらいねぇから冷や冷やしたじゃねぇか」

 

「…す、すみません…。また、ご迷惑を―――――」

 

さくらが、しゅんっとうな垂れてそう謝罪すると、土方はぐっと一瞬押し黙り頭をかいた

 

「あーいや…置いて行ったのは俺だな、悪かった」

 

土方からの謝罪に、さくらは慌てて首を横に振った

 

「いえ、私が歩くのが遅かったので―――――」

 

もっと、しっかりと付いて行っていればあんな騒ぎにならずに済んだ筈だ

なのに、また土方に迷惑を掛けてしまった

 

今度こそ呆れられたかもしれない

そう思うと、顔を上げる事すら叶わなかった

 

落ち込んでしまったさくらを見て、土方は「あー」 と声を洩らすと

懐から何かを取り出した

 

「ほら、これやるから顔を上げろ」

 

「え……?」

 

そう言って、さくらの手の上に乗せられたのは一対のこけしの形をした短冊だった

 

「あの…これ………」

 

「あー……、やりたかったんだろ? 七夕こけしつったか……」

 

それは、この地主神社の本殿で開催されている七夕こけしの短冊だった

まさか、それを渡されるとは思わず、さくらはその真紅の瞳を瞬かせた

 

「土方さん…」

 

土方は一体どんな顔をしてこの短冊を貰ってきたのだろうか

そう思うと、自然と笑みが零れた

 

それを見た土方は、一瞬むっとする

 

「なんだ、笑うんじゃねぇよ」

 

照れ隠しなのか

少し頬を赤く染めた土方がそっぽを向く

 

「いいからとっととそれ書いちまえ」

 

「え……あ、はい」

 

言われて慌てて短冊を見るが――――

そこで、はたっとある事に気付いた

 

書くの?

土方さんの目の前で、土方さんの名前を……?

 

そう思った瞬間、かぁ…と頬が熱くなった

 

まさか、本人の目の前でその名を書く訳にもいかず、さくらはおろおろと辺りを見渡した

だが、ここで逸れたらまた迷惑を掛けるかもしれないと思うと、遠くに行く訳にもいかなかった

 

「あ、あの…土方さん…」

 

「ん?」

 

さくらが頬を赤く染めながら、土方を見た

そして、視線を泳がせながら

 

「あ、あの…後ろを向いて頂けると………」

 

「あ? あ、ああ…悪い」

 

それで、察したのか

土方が慌てて後ろを向く

 

それを確認した後、さくらはほっとして巫女に筆を借りると、一枚に自分の名を書いた

それからもう一枚を見て、その筆を止めた

 

どうしよう……

 

ちらりと、土方をみる

土方の背中から、彼の体温を感じる

 

書いても…いいかしら……

 

でも、せっかくここまで来たのだ

書かないのは、勿体ない

 

こんなに沢山の人が書いているのだから、きっと自分のが紛れても分からない筈だ

そう自分に言い聞かせると、そっとその短冊に土方の名を書いた

そして、それを硬く結び付け本殿の両脇の大笹に括り付ける

 

これでいいのよ…ね?

 

そして、そっと名前が見えない様に周りの笹にの間に隠すと土方の元に戻った

戻ると、土方はぼんやりと本殿を眺めていた

 

綺麗な横顔が、本殿の光に照らされて鮮やかに彩っている

 

あ………

 

思わず足が止まり、その顔に見惚れてしまった

周りを見ると、ちらちらと女の子達が土方を見ている

 

土方さん……

 

こうしているだけで、土方の傍に自分がいていいのか不安になる

その時だった、ふと土方がさくらに気付きこちらを見た

そして、ふと柔らかく笑みを浮かべると

 

「さくら―――………」

 

そう言って、手を伸ばしてきた

躊躇いながらも、そっとその手を取るとそのままぐいっと手を握られた

 

「まったく、書くのにどれだけ時間掛かってやがるんだ」

 

「す、すみません……」

 

思わず、謝罪の言葉を述べると、土方がくっと笑った

 

「別に、怒ってねぇよ」

 

そう言って、ぽんぽんっと頭を撫でてくれる

 

それがむずかゆくて、さくらは頬を赤く染めるとぎゅっと、土方の着物を掴んだ

 

「どうした?」

 

それに気付いた、土方が優しく問いかけてくれる

どきん…と、心臓の音が一際大きく跳ねた

 

「あ、あの……」

 

勇気を振り絞ってさくらが口を開こうとした時だった

 

「あー!!! いた――――!!!」

 

突然、遠くから声が聴こえてきたかと思うと、手を振りながらこちらに来る千姫達の姿が見えた

 

「あ……」

 

「もう~~~! 探したんだよ!?」

 

合流するなり、千姫がそう叫ぶと

さくらは、申し訳なさそうに「ごめんなさい…」 と、頭を下げた

それを見た千姫は小さく溜息を付いて

 

「まったく、さくらちゃんは直ぐ逸れるんだから! ま、土方さんが一緒だったから大丈夫だとは思ってたけど――――」

 

そこまで言って、ちらりと向こうで原田と話している土方の方を見る

そして、こそっと耳打ちする様に

 

「で? 七夕こけしの短冊に土方さんの名前書けた?」

 

「……せ、千…っ」

 

かぁ…と、さくらが頬を染めると

それが答えと取ったのか、千姫はにんまりと笑みを浮かべ

 

「そっかそっかぁ~、それならよかった」

 

「せ、千!」

 

さくらが慌てて否定しようと口を開くが、千姫はにっこりと微笑んで

 

「千鶴ちゃんも書けたよねー?」

 

「え!?」

 

突然話を振られた千鶴はぎょっとして、顔を真っ赤にさせ

 

そして、ぶんぶんと顔を横に振って

 

「わ、私は――――」

 

「うんうん、分かってる分かってる。 相手は内緒なんだよねー?」

 

「お千ちゃん!!」

 

顔を真っ赤にして抗議する千鶴に、さくらがくすりと笑みを浮かべた

その時だった、向こうで話していた土方と原田が戻ってきた

 

「ほら、土方さんが帰るってよ」

 

そう言って原田が通りすがりにさくらの頭をぽんっと撫でる

その後に、土方が続いた

 

前を歩く男二人の背中を見てさくら達は顔を見合わせると、女三人でくすっと笑みを浮かべたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これにて、七夕祭は終わりです

次回から、やっと本筋に戻れますよー(笑)

無駄に時間掛かっちゃったww

 

2014/07/14