櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 四章 虚実の馨り 33

 

 

ど、どうしよう……

 

どうしようもない不安がさくらを襲う

周りを見ても、人目を憚らず仲睦ましい男女が逢引を交わしているだけだ

この状態でどう土方に声を掛けていいのかも分からず、さくらは混乱したまま固まってしまった

 

その時だった

不意に、さくらの肩を掴む土方の手に力が入った

 

瞬間、さくらがびくりと肩を震わす

 

土方さん……?

 

まさか、土方までこの雰囲気に飲まれてしまったのだろうか……?

いや、土方に限ってそんな事ある筈が無い

 

けれど

 

何も言ってくれない土方が、余計にさくらの不安を煽った

 

その時だった

 

「さくら」

 

不意に名を呼ばれ、さくらがぴくっと反応する

 

「あ、あの……土方さ―――」

 

「…………行くぞ」

 

さくらの声は最後まで届く前に、土方の手に力が篭った

そのままぐいっと、押しやられる様にその場から連れ出されそうになる

 

「あ………っ」

 

だが、鼻緒が切れているさくらは上手く歩く事が出来ずに、よろけてしまった

そして、そのまま土方にもたれ掛ってしまう

 

ぎょっとしたのは、土方だった

 

こういう場で、まさかさくらからそう来るとは思わなかったのだろう

自分に寄り掛かったさくらに、一瞬戸惑いの色を見せるが

瞬間、慌ててさくらを引き剥がした

 

「おい、さくら。場所を考え――――」

 

さくらも、自分の行動が土方を誘っている風に取られたと気付き、かぁっ…と顔を真っ赤にさせた

慌てて弁解する様に口早に話しだす

 

「す、すみません……っ、違うのです…っ!鼻緒が切れていて……」

 

「鼻緒?」

 

一瞬、何の話だ?という風に、土方が首を捻ったが

さくらの足元を見た瞬間、納得いったのか…「ちっ」と小さく舌打ちをした

 

「ここじゃぁ、直せねぇから……少しだけ我慢しろ」

 

それだけ言うと、ぐいっとさくらの肩を再度掴むと、引きずる様に歩き始めた

さくらも、転ばない様に付いて行くのでやっとだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し歩いたら、祭りの喧騒の中に戻ってきた

あの場から、離れられたことに心底ほっとする

 

あのままあの場にいるよりも、人が多くて押し潰されそうになっても、こちらの方がましである

 

土方は、さくらを境内の灯籠の側に座らすと、ひょいっと足元の下駄を拾った

そして、懐から手巾を取り出すと、何のためらいもなくびりっと引き裂いた

 

ぎょっとしたのは、さくらだった

 

「あ、あの、土方さん……っ」

 

「あ?」

 

「鼻緒でしたら、自分で―――――」

 

“直します”という言葉が出る前に、土方は器用に鼻緒を直してしまった

そして、さくらの前にしゃがむとすっと下駄のない右足に手を伸ばした

 

「土方さ――――っ」

 

「いいから、黙ってろ」

 

慌てて止めに入ろうとするさくらを、土方の言葉がぴしゃりと止めた

 

土方はそのまま、さくらの右足に下駄をはかせると、「どうだ?」と尋ねてきた

 

「あ、あの……」

 

まさか、土方にこんな事までさせてしまうなんて、誰が想像しただろうか

まがりにも彼は、新選組の副長で、自分はしがない居候の身だというのに

 

「きつかったら言えよ」

 

「は、はい……」

 

恥ずかしい……

 

恥ずかしさで、顔が熱を帯びてくるのが分かる

顔が上げられない

 

「さくら?」

 

反応のないさくらを不思議に思ったのか、土方が名を呼んでくる

それだけで、顔が赤くなるのが分かった

 

さくらは、俯いたまま小さくこくりと頷いた

 

そう答えるので、精一杯だった

それで通じたのか、土方は小さく息を吐くとすっと立ち上がった

そして、さくらを座らせている灯籠に、自身も寄り掛かる

 

「ったく……あいつら、どこ行きやがったんだ?」

 

「………………」

 

どうしよう……

 

先程の場所が尾を引いているのか、それとも下駄をはかせてもらってしまった事が原因なのか

はたまた、縁結びというお祭りの喧騒がそうさせているのか

心臓が、早鐘の様に先程から鳴り響いて止まらない

 

ただ、直ぐ傍に土方の体温を感じるだけで

それだけで、どきどきと心臓が鳴り響く

 

触れられた箇所が熱を帯びて、熱いままだ

 

さくらはどうしていいのか分からず、俯いたまま自身の手を絡めた

その時だった

 

「おや、どうされました?」

 

突然、一人の老人から声を掛けられた

はっとして、顔を上げると袴着の恰好をした老人が、にこにこと微笑みながら近寄って来た

 

土方も不思議に思ったのか、顔を上げると訝しげにその老人を見た

 

「何でもねぇよ。ただ、連れとはぐれちまったから、少し待っているだけだ。気にするな」

 

土方がそう言うと、老人はほっほっほと笑みを浮かべてさくらと土方を交互に見た

 

「そうですか、お連れ様と逸れられたのですか。毎年、この七夕祭は人が多いですからな」

 

「そうみてぇだな……いつも、こんなに多いのか?」

 

土方の問いに、老人は優しげに微笑むと

 

「ええ…そうですな…今年は、例年以上かもしれませんなぁ……」

 

「本当かよ……」

 

げんなりとする土方とは裏腹に、老人はにっこりと微笑むと

 

「それだけ、縁を結んでおきたいと願う恋人たちが多いと言う事ですな。所で、お二方はもう本殿の方に行かれましたか?」

 

「本殿?」

 

唐突に言われて、土方が首を傾げる

土方の反応に、老人は「おや…」と目を瞬かせ

 

「まだ行かれていないのですか?それは、勿体ない」

 

「勿体ない?」

 

老人の言葉に、土方が訝しげに顔を顰めた

 

一体、本殿の方に何があるのだろうか?

 

「あの……本殿では何かあるのですか?」

 

流石に気になったさくらは、思い切って尋ねてみる事にした

すると、老人はさくらを見るなりにっこりと微笑み

 

「ええ、そうですよお嬢さん。本殿では、この七夕祭の一番の目玉である“七夕こけしお祓い”の神事が行われているのですよ」

 

「……七夕こけし?」

 

初めて聞く言葉だった

だが、老人は丁寧にそれに付いて教えてくれた

 

七夕こけしとは、恋愛成就七夕祭の折にお願い事を書き、本殿前にしつらえた大笹に結びつける祈願お札だという

一対のこけしに自分の名前と結ばれたいお相手の名前を書いて固く結びつけて奉納するのだという

 

老人の言葉に、さくらはほぅっ…と息を洩らした

 

「素敵な行事ですね」

 

「ありがとうございます」

 

さくらの言葉に、老人が嬉しそうにお礼をいった

 

「毎年、多くの参拝客の方々が“七夕こけし”に願いを書きこんでいるのですよ」

 

そう言って、土方とさくらを見た

土方がそれに気付き、はっと息を吐いた

 

「くだらねぇな」

 

そう声を洩らすと、老人はにっこりと微笑み

 

「そうですかな? 素直になれない男性のお客様にもご好評いただいておりますよ? 例えば、貴方様の様な方とか」

 

そう答えて、土方を見る

瞬間、土方がかぁっ…と、一瞬頬を赤く染めた

 

「ばっ…何言ってやがる! 俺は別に――――」

 

慌ててそう言い募るが、老人にはまったく通用していなかった

老人はにっこりと微笑むと

 

「宜しければ、後ろの可愛らしい恋人のお嬢様とご一緒に行かれては如何ですかな? 物は試し…とも言いますでしょうに。 それに、きっとお連れ様もそちらにいらっしゃると思いますよ」

 

「はぁ!?」

 

瞬間、土方が顔を真っ赤にして素っ頓狂な声を上げた

 

「ばっ……! 恋人とかそんなんじゃ――――」

 

「おや? では、貴方様の想い人ですかな?」

 

「~~~~~~~~っ! さくら、行くぞ!!」

 

その場に、これ以上居られない!という風に、土方はぐいっとさくらの手を掴むと、そのままその老人を残してずんずんと喧騒の中に逃げる様に入って行った

 

老人は、「良いご縁がありますように」と言いながら、にっこり微笑み頭を下げた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もーさくらちゃんたちどこ行ったのかな?」

 

逸れたであろうさくらと土方を探しながら、千姫と千鶴と原田は本殿の前まで来ていた

正確には、押しつぶされてどんどん遅れたさくらを見て、土方が引き返したので“逸れた”とはまた違うのだが……

 

それでも今年は人が多く、二人を見つけるのは困難に思えた

 

「さくらちゃん、大丈夫かな……?」

 

千鶴が心配そうに、辺りを見回す

すると、原田がニッと微笑みながら

 

「まぁ、土方さんが一緒なら大丈夫だろ? それより、やらなくていいのか? “七夕こけし”」

 

そう言って、“七夕こけし”の売っている場所を指す

その言葉を聴いた瞬間、千姫が「そうよ!」と声を荒げた

 

「まぁ、さくらちゃんは土方さんに任せて、私達は大本命の“七夕こけしお祓い”しちゃいましょ!」

 

そう言って、千鶴の手を掴むと、ずんずんとこけしが売っている場所に翔って行った

原田はその様子を見ながら、小さく笑みを浮かべた

 

そして、今一度辺りを見渡す

しかし、何処を見てもさくらも土方もいなかった

 

こんな事なら、逸れた際の集合場所を決めておくべきだったと今更ながらに思った

 

まぁ、土方さんが付いてるなら平気だろうけどよ……

 

本当はあの時

さくらが人の波に押されてどんどん後ろへ押しやられているのに気付いた時、真っ先に駆け寄ろうとした

だが、一歩遅かった

原田よりも、土方の方が先に動いたのだ

 

「何やってんだ、あいつは……!」などと、悪態付きながらもさくらの元へ戻るのがなんとも土方らしいが……

 

本当ならば、土方よりも自分が行きたかった

と思ってしまうのは、歪んでいるのだろうか……?

 

さくらの事は、土方以上に見ている自信はある

あるが、いつも土方が一歩先を行く

それが、少々憎らしくも、悔しくもあった

 

負けているつもりはない

つもりはないが―――――……

 

俺じゃぁ、叶わねぇって事なのか……?

 

時折、そう思ってしまう事がある

 

彼女の中には、土方がいて

土方の中にも、おそらく彼女がいて

 

それでも、彼女を―――さくらを想ってしまうのは間違っている事なのだろうか……?

 

あの時、千姫に言った言葉

 

『ああ……あいつを幸せにしてやりたいと思ってる』

『愛しいよ。あいつをこの手に閉じ込めたくて仕方ない位にな』

 

あの言葉に、偽りはない

 

さくらが好きだ

誰にもその気持ちで負けるつもりはない

 

出来る事ならば、この腕に抱きしめて離したくない

さくらとなら、あの“夢”も叶えられると思っている

 

けれど

 

今のさくらの中に、原田の居場所はきっとない

さくらをいつも見ているからこそ分かる

 

彼女が、いつも誰を見ているのかが――――

 

「くっそ……負けたくねぇな……」

 

これだけは、負けたくない

この気持ちだけは、誰にも負けたくない

 

たとえ、相手が土方であろうとも―――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ…七夕祭

2話ぐらいで終わらす予定が…3話かかりそうです( ;・∀・)

相変わらず、予定通りいかないなーもう

 

そんなこんなで、次回一緒に本殿に行くの回ですww

 

2013/11/13