櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 四章 虚実の馨り 32

 

 

その日は、とても晴れていて少し前まで梅雨だったなどとは考えられないくらいだった

さくらは、竹箒を持ったまま境内の掃除をしていた

 

あのまま、千鶴とは普通に接する事が出来ている

その事は純粋に嬉しい

だが、土方にはどう接していいのか分からなくなっていた

 

はっきりさせたい気持ちと、させたくない気持ちは入り混じって頭がおかしくなりそうだ

 

だが、土方は普段と変わらず接してくれる

もしかして、供血行為などはなかったのではないだろうか

そんな期待すらしてしまいそうになる

 

だが、今までの経験上あの喉の渇きの癒える感覚は、間違いなく血を飲んだ証だった

 

土方は、気付いていてあえて知らない振りをしているのだろうか…

それとも、思い出したくない程、嫌な思いをさせてしまったのだろうか……

 

この話題に触れないって事は、やっぱり……

 

さくらは小さく息を吐くと、また竹箒を動かした

その時だった

 

ザァッ…と風が吹いたかと思うと、木の陰に一人の女性が立っていた

 

一瞬、誰?と思うが、その姿を見た途端、さくらは「あ…」と声を洩らした

辺りを見回し、誰も居ない事を確認してその女性に近づく

 

「君菊さん……?」

 

それは、千姫の御付の君菊だった

何度かしか見た事はないが、間違いない

 

君菊はさくらを認識すると、小さく頭を下げた

そして、そのままスッと後ろへと下が

すると――――……

 

「さくらちゃん」

 

「せ…千!?」

 

そこには、千姫がいたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土方は難しい顔をしたまま、腕を組んでいた

明らかに、機嫌が悪い

 

それもその筈

新選組の屯所に、しかも女子が堂々と入って来たからだ

こうも易々と侵入出来るなら、警備を改めなければいけない

 

「一応、ここは新選組の屯所なんだがな」

 

そう言う土方に、後ろにいた原田が申し訳なさそうに手を上げる

 

「悪い、土方さん。俺が入れたんだ」

 

悪びれも無くそういう原田に、土方は呆れにも似た溜息を洩らした

 

「で?さくらの知り合いみてぇだが…何の様だ?」

 

喧々とした対応に特に気にした様子もなく、千姫はにっこりと笑い

 

「実は、今日一日さくらちゃんと千鶴ちゃんをお借りしたいんです」

 

「は?」

 

今、この少女は何と言ったか

 

さくらと、“千鶴”?

 

千鶴の名が出た途端、土方の表情が益々険しくなる

それで何かを察したのか、千姫が小さく手を振った

 

「あ、私、千鶴ちゃんとも面識あるんです。といってもこの間 さくらちゃんに紹介してもらったんですけどね」

 

「紹介だと?」

 

初めて聞く言葉に、土方が眉を寄せた

しかも、千姫の言葉から察するに、男装している千鶴を女だと知っている素振りだ

 

「どういう事だ?」

 

土方が、訝しげにさくらを見た

さくらは少し困った様に視線を落とす

 

「その、以前街で千と一緒に居る時に巡察に同行中の千鶴と偶然会いまして…その時に、紹介したのですが…駄目…でしたでしょうか…」

 

さくらが、落ち込んだ様に肩を落とす

それを見た千姫が慌てて口を開いた

 

「あ、私が紹介してって、さくらちゃんにお願いしたんです! 折角の女の子同士だったし」

 

その言葉に、土方は、はーと息を吐いた

今ので決定的だった

千姫は、千鶴が女だと知っている

 

「さくら」

 

土方の一等低い声が響いた

瞬間、さくらがびくっとする

が、そこへ原田が口を挟んだ

 

「あーその嬢ちゃん、見ただけで千鶴が女だって見抜いたらしいぜ。斎藤がそう言ってた」

 

「……………っ」

 

咎めようとした瞬間、訂正され土方が一瞬息を呑む

が、次の瞬間またはーと息を吐いた

 

「別に、さくらが言っただなんて思ってねぇよ。事実確認をしようと思っただけだ」

 

それだけ言うと、土方は千姫を見た

 

「で?あんたは何の用でここに来たんだ?」

 

「だから、今日一日さくらちゃんと千鶴ちゃんを貸して欲しいんです」

 

「それは聞いた」

 

土方が苛立っているのを感じ、さくらはちらりと千姫を見た

本当に、千姫はどういうつもりなのかが分からないのだ

 

こうも堂々と二人を一日借りたいなどと、今まで一度だってなかった

 

「あの、千?」

 

苛立つ土方の代わりに、さくらが恐る恐る口を開いた

 

「私と千鶴を連れて何処へ行くの?」

 

さくらの問いに、千姫はにっこりと微笑んだ

 

「良い質問よさくらちゃん!今日は何の日でしょう!」

 

「え?」

 

突然、尋ねられさくらが首を傾げる

 

今日…? 何かの日だったかしら……?

 

祇園会ももう終わっているし、送り火にもまだ早い

何かあっただろうかと考えあぐねている時だった

 

「今日つったら、七夕だな」

 

つと、原田がそう呟いた

 

「七夕?」

 

言われてみれば、今日は七月七日だ

確かに、七夕の日である

だが、その日がどうしたというのだろうか……?

 

さくらが首を捻っていると、千姫はうんうんと頷き

 

「そうなの! 今日は、地主神社で七夕祭があるの! ね、一緒にいかない?」

 

「え……」

 

突然、お祭りに誘われてさくらが戸惑った様に、思わず土方を見る

それから、千姫を見て

 

「あの、千。もしかして千鶴も一緒にという事……?」

 

「そう!」

 

「それは――――……」

 

無理なのでは――――と、言おうとした時だった

 

「駄目だ」

 

土方の却下の声が室に響いた

その言葉に、千姫がむっと頬を膨らます

 

「どうしてですか? お祭りに行くだけですし、風間の事を心配しているなら大丈夫です。 私なら彼女達を守る事だって出来ます」

 

「そう言う問題じゃねぇよ」

 

千姫の言葉を一刀両断する様に、土方がぴしゃりと言い放った

 

「風間もだが、不貞浪士どもがうろついてねぇともかぎらねぇ。 第一、祭りなんかに女だけで行かせられる訳ねぇだろうが」

 

ただでさえ、祭りという浮ついた状況に、不貞を働く輩に出くわさないとも限らない

しかも、情勢はいまだ不安定だ

そんな状況の中、新選組と関わり合いがあると知られれば、何をされるか分からない

 

さくらと、千鶴だけで外出させるには、危険すぎる

それに、もし風間と出会ったらと思うと、とてもじゃないが安心出来なかった

 

「あんたにも護衛がいるのかもしれねぇが、こっちにはこっちの事情ってもんがあるんだ。とにかく、認められねぇ」

 

きっぱりそう言い放つ土方に、千姫は小さく息を吐いた

 

「もう、仕方ないなぁ……本当は女の子同士だけで行きたかったけど…そこまで言うなら、土方さんが一緒にいらっしゃったらいいですよね?」

 

「はぁ!?」

 

千姫の言葉に、土方が素っ頓狂な声を上げたのは言うまでもない

 

「馬鹿言ってんじゃねぇよ! なんで俺が――――」

 

「だって、さくらちゃんが心配なんでしょう? だったら、一緒に来たらいいじゃないですか」

 

「ぐ………っ」

 

図星を突かれて、土方が押し黙る

すると、それまで黙ってた近藤が突然笑い出した

 

「はっはっは、トシの負けだな。 観念して、お嬢さん方のお供をしてこい」

 

「近藤さん!!」

 

「わぁ、局長さんの許可頂いてもいんですか!」

 

「いいぞートシ、しっかり守ってやれよ」

 

「俺は忙し――――」

 

「じゃぁ、決まりですね!」

 

「勝手に決めるな!!」

 

と、土方は断固反対したのだが、結局否応無しに連行されるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ!賑わってる…!」

 

地主神社に付いた途端、千姫が嬉しそうに顔を綻ばせた

 

「あの、私も付いて来てよかったのかな?」

 

千鶴が恐る恐る尋ねるが、千姫はにっこりと微笑んで

 

「勿論よ! 千鶴ちゃん!! ここに来たのは、二人の為なんだから!」

 

そう言って、さくらと千鶴の手を取る

さくらは困った様に苦笑いを浮かべながら、前を歩く土方を見た

 

見事なまでに不機嫌な雰囲気を醸し出しまくっている

はっきり言って、この場に似つかわしくない程に

 

それもその筈、

周りを見れば、仲睦ましい男女ばかりだ

 

「あの、千…? このお祭りは―――」

 

何のお祭り? と聞く前に、一緒に同行してくれた原田が答えた

 

「恋愛成就だろ?」

 

「え……!?」

 

れ…恋愛成就!?

 

まさかそんなお祭りだとは知らずに、さくらが一瞬にして顔を真っ赤にする

 

「あの、千……っ!」

 

慌てて千姫の着物の裾を引っ張った

すると、「ん?」と早速縁結びのお守りを買った千姫が振り返る

 

「恋愛成就って……どういう事なの!?」

 

「どうって…そのままだよ」

 

そう言ってにっこりと微笑む

どうりで、千鶴とさくらを誘う訳だ

 

さくらは頭が痛くなりそうなのを堪えながら、土方を見た

そんなお祭り、土方さんと一緒になんて……

 

明らかに作為的なものを感じ、さくらは困った様に視線を反らした

 

「あの、原田さんは知ってたんですか?」

 

さくらとは裏腹に少し楽しそうにしていた千鶴がそう尋ねると、原田は何でもない事の様に

 

「地主神社っていったら、縁結びで有名な神社だからな。京に住んでる奴なら皆知ってる事だぜ」

 

「皆……」

 

その言葉に、さくらが益々頭を抱える

どうりで、目的地が地主神社と聞いた土方が猛反対する筈だ

土方は、この神社がなんの神社か知っていたのだ

 

恥ずかしい……

 

そんな所に、土方を連れて来てしまった事もだが

なによりも、お祭りと聞いて少し行ってみたいと思ってしまった自分が恥ずかしい

 

と、その時だった

 

「おい、何ぼさっとしてやがる! さっさと、目的のもん終わらせてとっとと帰るぞ!」

 

不機嫌そうに、前を一人歩く土方がそう叫んだ

なんだか、土方の顔がまともに見る事が出来ない

 

「ほら、置いてかれねぇうちに、行くぞ」

 

原田がぐいっと、さくらの手を引いた

 

「あ……」

 

不意に掴まれた手が熱い

なんだか、場所が場所なだけに恥ずかしくなり、さくらはそのまま俯いてしまった

 

それを見た千姫が小さく関心した様に、声を洩らした

 

「うーん、流石は原田さん、侮れないわねー行動がさりげないわ」

 

と、うんうんと頷きながら、その後に続く

それと同時に、千鶴も「はー」と息を洩らした

 

「やっぱりなぁ~お千ちゃんもそう思う?」

 

「思う思う!土方さんとは大違いだよね」

 

「そうだよねー原田さんのさりげなく手を握るのとか、得点高いよね」

 

「土方さんにももうちょっとそういうのがあればねー」

 

「このままじゃ、原田さんに流れるのも可能性としてはあるよね」

 

と、女子の会話を繰り広げられているとは露程も知らず、さくらは原田に握られた手が気になって仕方なかった

 

ようやく、土方に追いついた瞬間原田が手を離してくれた事にほっとする

そのさりげない気遣いも特典高いと後ろで千姫と千鶴が話しているとは知る由も無かった

 

神社の中央に行くと、どんどん人で溢れかえっていた

 

「さくら、千鶴もはぐれんじゃねぇぞ?」

 

原田がそう言うが無理がある

恋人達でひしめき合う神社の境内は人だかりで一杯だった

ぎゅうぎゅうに押されて、息も苦しくなるほどだ

 

「…………っ」

 

その時だった

不意に、どんっと後ろから押されて倒れそうになる

こんな場所で倒れたら、踏み潰されてもみくちゃにされるのが目に見えていた

 

だが、体制を整える間もなく、再び今度は横から押される

 

「………あっ」

 

ぐらりと体制を崩した途端、下駄の鼻緒がぶちっと切れた

よりによってこんな時に……! と、思うが、どうしようもない

 

さくらはそのまま押し倒されそうになりぎゅっとこの後に続く惨劇に目を瞑った

その時だった

 

「さくら!」

 

突然、さくらの名を呼ぶ声が聴こえたかと思うと、ぐいっと手を引っ張られた

 

「あ………っ」

 

そのまま人ごみの中から引っ張り出される

が―――――

 

鼻緒が切れているせいで上手く歩けずによろけてしまう

そのまま引っ張ってくれた相手にどんっと倒れ込んでしまった

 

「――――と」

 

だが、そのままその場に倒れる事は無かった

相手が支えてくれたのだ

 

「あの、すみませ―――っ」

 

謝罪を述べようとして顔を上げた瞬間、目の前にあった菫色の瞳にどきりと心臓が鳴った

 

ひ……土方さん……っ

 

さくらを引っ張り出してくれた相手は土方だった

土方は、小さく息を吐くとさくらをそのまま抱きしめる形でぐいっと引っ張った

 

「こっちだ」

 

そのまま肩を抱かれて人ごみの中から境内の外へと連れて行かれる

ようやく喧騒の中から脱出出来て、ほっとしたのもつかの間、未だに抱かれる肩に意識が向いてしまって、心臓の音が煩い位に鳴り響いていた

 

捕まれている箇所からどんどん、熱を帯びていく様で、知らず顔が赤く染まっていくのが自分でも分かった

 

「あ、の………」

 

言葉が上手く紡げず、心臓ばかりどきどき鳴っている

必死に抑えようとしているが、収まらない

 

「はぐれたな……」

 

「え……?」

 

言われてようやくハッとした様に、辺りを見渡した

先程まで一緒に居た筈の原田も千姫も千鶴もいない

 

それどころか、境内から外れたせいか人もまばらで

しかも、何やら仲睦ましい男女ばかりがいるだけだ

辺りには蛍もぽつぽつ飛んでおり、不思議な雰囲気をかもしだしていた

 

横を見れば、抱き合ている男女もいるし、口付けを交わしている男女もいる

 

え………

 

かぁっと頬が熱くなるのが分かった

まさか、こんな場所で土方と二人っきりになるとは誰が思っただろうか

 

状況が掴めず、頭が混乱しそうになる

 

不意に、土方の肩を抱く手に力が篭った

瞬間、ぴくりとさくらが身体を強張らせる

 

ど、どうしよう……

 

どうしようもない混乱が、さくらを襲うが、今のさくらにはどうする事も出来なかったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、予定のネタを一個投入しましたw

七夕祭です

まぁ、地主神社自体はもっと昔からある神社ですし…

ただ、幕末期にこのお祭りをやっていたかは知りませんけどねー

まぁ、いいんじゃない?

 

とりあえず、縁結びしに来たんだよ!!

と言ってみるww

 

間幕だと思ってくれればww

 

2013/09/17