櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 四章 虚実の馨り 31

 

 

―――――朝

 

パタパタとさくらは、朝餉の膳の用意をしながら廊下を歩いていた

少しでも動いていなければ、余計な事を考えてしまいそうで足を止める事が出来なかった

 

千鶴に話してしまった

自分が、ずっと千鶴の探していた鋼道の行方を知っていた事を

 

千鶴はどう思っただろうか

怒るかもしれない

もしかしたら、もう口をきいてもらえないかもしれない

 

だが、もしそうなったとしてもそれは自業自得だった

誰も責められない

 

言った事に後悔はない

いずれは言わなくては―――と思っていた事だ

 

そう―――いつかは、言わなければいけなかった

それが、遅かったか早かったかの違いだ

 

あの後、千鶴は何も言わなかった

嫌われてしまったのかもしれない

もしかしたら、恨まれているかもしれない

 

もし、そうだとすれば私は――――……

 

その時だった、前から土方が歩いて来るのが見えた

さくらは、横に避けるとお辞儀をした

 

土方さんにも迷惑を掛けてしまった

昨晩は、普通に話せたけれど

いざ、真正面からとなると恥ずかしさの方が込み上げてくる

 

さくらは、土方が通り過ぎるまでやり過ごそうと、そのままお辞儀をしたまま動かなかった

が、気のせいか

気配が、自分の目の前で止まった気がした

しかも、視線を感じる

 

「…………………」

 

見られているの……?

 

だが、その内通り過ぎるだろうと思ってそのままの姿勢で待った

だが、一向に通り過ぎる気配がない

 

「…………………」

 

さくらは、恐る恐る顔を上げた

すると、こちらを見ている土方と目が合った

 

「早いな」

 

不意に、声を掛けられさくらは思わず膳を落としそうになった

 

「――――と、危ねぇな」

 

だが、それはすぐさま土方によって支えられた

 

「あ…ありがとうございます」

 

折角作った朝餉が台無しになる所だった

崩れていない事にほっとして、胸を撫で下ろした時だった

 

不意に「さくら」と名を呼ばれた

 

「は、はいっ」

 

さくらは、慌てて顔上げる

すると、土方がガチガチのさくらを見て、ふっと微かに微笑んだ

 

「どうした?そう警戒されると、こっちまで緊張するんだがな……昨日は普通だっただろうが」

 

「え……あ、そ、それは――――」

 

昨日の夜は、きちんと“用事”があったからで

こうして、何の“用事”もある訳でもないのに、話すとなると緊張してしまう

その原因は分かっていた

 

先日の、あの件だ

あの夜の事が忘れられない

 

事故とはいえ、土方に口付けされたのだから――――

それに――――

 

あれ以降、土方は一度もさくらに供血衝動の事を聞いて来ない

あの晩、癒えた喉の渇き

それは、血を飲んだ事に他ならない

 

そして、あの場にそれが可能だった相手は土方しかいないのだ

 

どうして…

どうして、土方はその事に何も触れてこないのだろうか

 

それが酷く、怖い

心の奥でどう思われているのかが怖い

 

人ならざる行為を知られてしまった

 

ぎゅっと、膳を持つ手に力が篭る

 

「あ、の―――土方さん、あの晩の事ですけれど―――――」

 

このままよりはずっといい

そう思って、思い切って聞こうとした時だった

 

「あー! さくらちゃん、ごめん!」

 

不意に、後ろから声が聴こえたかと思うと、千鶴がばたばたと翔って来た

 

「千鶴……?」

 

余りにも昨日の夜の千鶴とかけ離れていて、一瞬戸惑いを覚える

千鶴は、さくらの傍まで翔って来ると、はたっと土方の存在に気付いた

 

「あ、すみません、お話し中でしたか?」

 

「いや」

 

それだけ言うと、土方はそのまま通り過ぎてしまった

 

「あ………」

 

結局、聞き損ねてしまった

ふと、千鶴が申し訳なさそうに手を合わせてくる

 

「ごめんね、邪魔しちゃった?」

 

「え?あ、ううん、大丈夫よ」

 

さくらの答えにほっとしたのか、千鶴が胸を撫で下ろす

 

「それなら良かった。後、ごめんね、寝坊しちゃって朝餉の準備手伝えなくて――――」

 

千鶴がまた申し訳なさそうに手を合わせる

その様子が可笑しくて、さくらはくすっと笑ってしまった

 

「大丈夫よ、それより千鶴……もう、いいの?」

 

「え? なにが?」

 

千鶴がさくらの膳を半分持って運びながら振り返る

 

嫌われるかもしれない

そう思っていたのに、それはどうやら杞憂だったようだ

 

千鶴がいつも通り接してくれることが嬉しくて、さくらは顔を綻ばせたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

京の町の大通りは、夕刻のにぎわいをみせていた

 

その、とある店の一角

 

「あー、くそっ!最近の土方さんは、前にも増して口煩くなりやがって!!」

 

永倉は通り沿いの飯屋で酒煽ると、憤懣やるかたない口調でそう吐き捨てると、酒の入った杯をだんっと机に叩きつけた

隣りに座っている藤堂でさえもほんのり染まった顔でうなずく

 

「さっきも、出掛けようとしたら、何処に行く?何でだ?って!根掘り葉掘り!な!?」

 

「ま、土方さんなりに考えがあってのことだろうけどな」

 

向かい合って飲んでいる原田がとりなす様にそう言うのに、飯台の上の漬物を突っついていた永倉は不満そうに難色を示した

 

「じゃぁ、伊東さんやその取り巻きにも言えってんだよ!あっちにはなーんもお構いないしってのが気にくわねぇ!」

 

三人が話しているのを、斎藤は原田の隣で黙って聞いていた

永倉達の肩越し、開け放たれた格子窓から、家路を急ぐ大勢の町人を見るともなしに見ている

 

その時だった

一人の娘が足を止め、こちらを見ている事に気付いた

以前、巡察の時に会った千という少女だ

 

斎藤と目が合うと、千―――千姫は会釈をしながら店の中に入って来た

 

「この間は、どうもありがとうございました」

 

にこっと笑いながら、斎藤と原田に向かって可愛らしい仕草お辞儀をする

その様子に、永倉がにやけながら言うが、当の斎藤は表情一つ変えずに

 

「知り合いという程のものでもないが」

 

その言葉に、千姫は気にした様子もなくにっこりと微笑み

 

「前に向こうの通りで、助けて頂いただいたんですよね?」

 

「ほぉ~?」

 

「へぇ~やるじゃん、一君」

 

「……………」

 

永倉と藤堂のにやけた顔に呆れたのか、斎藤は溜息を洩らすと無表情のまま杯に口付けた

 

「正確には、さくらちゃんにだけれど。そういえば千鶴ちゃん、元気にしてます?」

 

「千鶴…ちゃん?」

 

千姫が尋ねるのを永倉が聞き咎めた

さくらがこの娘を助けたというのも初耳だったが、まるで知り合いの様に話す彼女に違和感を覚えた

それに、千鶴の事も女である事を知っているかの様な呼び方が気になった

 

永倉が原田と斎藤を見る様に視線を送ると、

原田は小さく頷いた

 

「そういやぁ、あいつら…最近元気がないな…二人とも空元気つーか……」

 

と、土方の事で管を巻いていた事も忘れて真顔になる

藤堂もそう言われればそうだなという風に、隣で俯いた

 

「ま、色々あったからな」

 

そう言いながら、原田はさくらや千鶴を同じ年頃の千姫の顔に今一度視線を当てると何かを思案する様に、考え込んだ

 

と、その時だった

千姫がじっと原田に何か言いたそうに視線を送って来た

 

それだけで何かを察したのか、原田ががたんと席を立つと、千姫を外へ出る様に促した

千姫は小さく頷くと、お辞儀をしてそのまま原田の後に付いて行く

 

それを見ていた永倉がはぁ~~~~~~と重い溜息を付いた

 

「やっぱり、左之かよぉ~!!」

 

頭を抱えて唸りだす
そんな永倉に気にも留めずに斎藤は、無表情のまま杯に口付けていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街の裏路地に入った所で、原田が振り返った

 

「で? 俺に話あるんだろ?」

 

原田の問いに、千姫が少し困った様に表情に影を落とした

 

「その…さくらちゃんなんですけど…その後、どうかと思って…」

 

あんな別れ方をしたのだ

心配するのも当然だ

 

原田は少し、苦笑いを浮かべて

 

「まぁ、まだ少し空元気な所はあるが、大分落ち着いてるよ」

 

原田の言葉に、千姫がほっとした様に胸を撫で下ろした

 

「本当ですか!? 良かった……」

 

本気でさくらを心配してくれているんだというのが、伝わってきて

なんだか、原田も嬉しくなる

 

「嬢ちゃんには、心配掛けちまったもんな。悪かったな」

 

原田の言葉に、千姫は小さく首を振った

 

「いえ、いいんです。 あの時無理を言ってすみませんでした。 でも、さくらちゃんすぐ一人で抱え込もうとするから…気になっちゃって」

 

「ああ、あいつは、その辺頑固だからな。……今回も俺があいつの心の支えになれたら良かったんだが……」

 

本当なら、原田がさくらの心を癒してやりたかった

だが、今の原田では役不足だった

だから、あの場は土方に譲ったのだ

 

原田のその反応に、千姫が小さく笑みを作った

 

「好きなんですね、さくらちゃんの事」

 

「……………っ」

 

千姫の言葉に、一瞬原田驚いた様に目を見開く

だが、次の瞬間ふわりと優しげな笑みを作り

 

「ああ……あいつを幸せにしてやりたいと思ってる」

 

出来るなら、原田の手で幸せにしてやりたい

さくらの悲しんでいる顔など見たくない

 

ここまで誰かを好きだと思った事は今まで一度も無かった

 

愛しいと思った

それぐらい、原田の中でさくらの存在は大きくなっていた

 

「愛しいよ。 あいつをこの手に閉じ込めたくて仕方ない位にな」

 

原田の言葉に、千姫がふふっと微笑んだ

 

「さくらちゃんは、こんなに想われて幸せですね」

 

「だといいんだがな……」

 

微かに、原田が寂しそうに視線を反らした

それで、気付いてしまった

 

「原田さん、ご存じなんですね…さくらちゃんの――――」

 

気持ちに

それだけで察したのか、原田は小さ笑みを作って

 

「まぁな、ずっと見てるからな。 あいつが―――誰を見てるかぐらいわかるよ」

 

彼女の視線の先には、いつも土方がいた

そして、土方も―――………

 

「分かってはいるんだ、あの人には勝てねぇ……それぐらい凄い人だからな。 だからって、諦められねぇんだ。 これだけは、譲れない―――たとえ、相手が土方さんだとしてもだ」

 

そう、譲れない

他は譲れても、これだけは引き下がれない

 

さくらが誰を見ていても、気持ちが抑えられない

 

ぐっと、原田は拳を握りしめた

 

「原田さん……さくらちゃんの事、本気で――――」

 

千姫の言葉に、原田がニッと笑みを作る

 

「当たり前だろ? 心底惚れた女をそうそう諦められるかっていうんだ」

 

一瞬、千姫が驚いた様にその瞳を見開く

だが、次の瞬間くすっと笑みを作り

 

「分かりました。だったら、私が言えることは何もないです。 私は―――」

 

千姫が遠くを見る

 

「私は、さくらちゃんは幸せになってくれるならそれでいいんです。 ずっと、彼女は縛られてたから―――自由になって欲しいんです」

 

風間という檻から抜けて、もっと自由になって欲しい

そして、今度こそ本当の幸せを掴んでほしい

 

それだけが、千姫の願いだった

その言葉に、原田も小さく頷く

 

「そうだな。俺も同じ気持ちだ」

 

そう言って、静かに微笑むのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず、サクサク進めていきましょうー

 

なんか、左之の告白の回になったww

ま、そういう事だww

 

2013/09/17