櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 四章 虚実の馨り 30

 

 

土方さんに、沖田さんの病の事を気付かれてしまった……

さくらは、廊下を歩きながら小さく息を吐いた

 

いや、“気付かれた” はおかしいかもしれない

きっと、ずっと以前から知っていらっしゃったのだ

でも、きっと私が沖田さんとの約束があって言わなかったから……

 

それで、黙ってくれていたのだ

 

さくらは、そっと胸元を手で押さえながらゆっくりと瞳を閉じた

 

どうしよう……

土方さんのその心使いが嬉しいと思ってしまう

 

不謹慎だと分かっているのに、気持ちが抑えられない

でも……

 

これで、沖田との約束は事実上破ってしまった事になる

嬉しさと、罪悪感がひしめき合い、さくらは小さく息を吐いた

 

沖田さん、怒るかしら……

 

あれほど、他に知られるのを

特に近藤と土方に知られるのを拒んでいたのに

その土方には既に知られていたと知ったら……

 

ただでさえ、情緒不安定な今、余計な心配は掛けたくない

せめて、少しでもこの事が沖田に知られるのを遅らせられればいいのだが……

 

土方は言いふらす人ではない

だが、そうそう隠し通せる事なのだろうか

 

少なくとも、今日の一件で斎藤は不審に思っているだろうし

千鶴も、不思議がっている可能性が高い

 

山崎はもしもの為に、既に松本から話を受けているから良いとして

この事実を知っているのは……さくらと、松本と山崎と―――そして、土方のみ

 

皆、口は堅いし言いふらしたりはしないだろう

それは、さくらとて同じ事だ

 

だが、それ以外は……?

 

沖田が体調不良を何度も起こせば、皆不審がる

なにかあるのでは…と

 

今は良い

だが、いずれは寝たきりになる可能性が高い

しかも、療養に出るなら隠せるが、沖田はそれを望んでいない

彼の望みは、新選組と共にいる事だ

そうなれば、いずれは気付かれる

 

沖田さんは、どうするつもりなのかしら……

 

さくらが小さく息を吐いた時だった

不意に、目の前を小さな白い影が通った

 

え……?

 

一瞬、何か妖の類かと思い、どきりとする

だが、よくよく見ればそれは千鶴だった

 

千鶴はさくらに気付く事なく、そのまま前を通り過ぎると境内の方へと歩いて行った

 

千鶴……?こんな時間に何処へ行くの……?

 

もう、夜も遅い

早い人は寝静まっている時間だ

さくらも、もう部屋に戻ろうとしていた所だった

 

それなにの、千鶴は一人何処かへ行こうとしている

 

「……………」

 

どうしよう……

誰か、人を――――……

 

何かがあってからでは大変だ

ただでさえ、千鶴は風間達に狙われている

一人でいる所を襲われたら、ひとたまりもない

 

でも……

 

ううん

誰かを呼んでいる暇はないわ

その内に、千鶴を見失ってしまう

 

さくらは、ぎゅっと拳を握りしめると

そっと境内へ降りた

そして、千鶴が去った方へと駆けだしたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千鶴は……?

 

息を切らせながら付いた先は、西本願寺の片隅にある寺の一角だった

千鶴はそこの階段に座ったまま、小さく蹲っていた

 

千鶴……

 

一瞬、出て行こうか行かまいか迷ってしまう

それぐらい、千鶴の纏う空気は沈んでいた

 

今日も、千鶴と話そうと思っていたのに話せていない

沖田の事や、土方に報告などで、結局こんな時間になってしまったし

 

でも、今まで気付かなかったが

もしかして、千鶴は毎晩こうして一人で悩んでいたのだろうか……?

 

あの日から…ずっと?

一人で?

 

「……………」

 

さくらは、そっと胸元を押さえた

 

さくらは良かった

土方も原田も千姫も皆、話を聞いてくれた

構ってくれた

 

でも、千鶴は……?

誰にも話せずに、すっとこうしていたのだとしたら……

 

勘違いしていた

昼間、あまりにも自然だったから気のせいかと思ってしまった

でも違った

 

千鶴はずっと一人で誰にも話せずに、悩んでいたのだ

 

「………………」

 

さくらは、胸元の手をぎゅっと握り締めると小さく頷いた

そして、一歩前へと歩み出す

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「千鶴」

 

不意に呼ばれて千鶴がハッとした様に顔を上げた

そこには、さくらがいた

 

「さくら、ちゃん……?」

 

千鶴が一瞬驚いた様に、その瞳を瞬かせた

それから、何でもない事の様ににこっと微笑み

 

「どうしたの? こんな所に」

 

それは、こちらが聞きたい事だった

さくらは、一度だけその真紅の瞳を瞬かせると

 

「隣、座ってもいいかしら?」

 

そう言って、にこりと微笑む

千鶴は不思議そうに首を傾げた後

 

「え? うん、いいけど……」

 

「ありがとう」

 

千鶴の返事を受けとると、さくらはゆっくりと千鶴の横に腰を下ろした

ザァ……と風が吹き、さくらの漆黒の髪を揺らす

 

何も言わないさくらに、もやもやしながら千鶴はちらりとさくらを見た

綺麗な、横顔だと思った

 

風に揺れる綺麗な長い黒髪も、そこに彩りを添える菫色の髪結いの織物も、綺麗な真紅の瞳も

こんな綺麗な人、千鶴の近くにはいなかった

 

ぼんやりそんな事を考えて、さくらを眺めていた時だった

ふと、視線に気付いたさくらがこちらを見た

一瞬、どきりとして千鶴の心臓が跳ねる

 

「どうかした?」

 

「え!?あ、ううん!や、あの……綺麗だなぁって……さくらちゃん」

 

一瞬、さくらは何を言われたのか理解出来なかったのか、驚いた様にその真紅の瞳を瞬かせた

それから、直ぐにくすりと笑みを浮かべて

 

「ありがとう。でも、千鶴も凄く可愛いと思うけれど?」

 

いきなり褒められて、千鶴が真っ赤になる

そして、慌てて首を横に振ると

 

「そ、そんな事ないよー! やだなぁ、さくらちゃん冗談が上手いね」

 

そう言って、ぱたぱたと手を振った

 

冗談で言ったつもりはないのだが……

それでも、いつもと変わらない素振りを見せる千鶴に違和感を感じつつ、さくらは少しだけ首を傾げた

 

「あ、あのさ、沖田さんは大丈夫だった?」

 

突然話が変わった

まるで、何か話をして誤魔化さないといけないとでもいう様に

 

だが、さくらは何事も無かったかのように

 

「今は寝ているわ。 お夕飯もお薬も飲んだし、大丈夫よ」

 

さくらの答えに、千鶴があからさまにほっとする

 

「そっか、それなら良かった」

 

そこで、話が途切れた

話題が無くなった――――というより、何を口にしていいのか分からないという感じだった

 

 

千鶴は、何かを口走ろうと口を開くが、また閉じるという行動を繰り返した後、そのまま俯いてしまった

 

さくらは、無理強いはしたくなかった

だから、無理に聞き出すのは得策ではないと思った

 

さくらも黙り、辺りを沈黙が支配する

 

ザァ……と、また風が吹いた

誰も口を開かない静粛の中に、風の音だけが響いた

 

その時だった

 

「あの、さ………」

 

不意に、千鶴が口を開いた

千鶴はぎゅっと膝を抱えると、俯いたまま

 

「さくらちゃんは、さ、どう―――思う?」

 

「………………」

 

「その――――父様が、幕府の敵になった、って……事」

 

「………………」

 

「本当―――なの、かな……?」

 

「………………」

 

千鶴の望む答えは分かっている

否定して欲しいのだ

 

鋼道は、幕府の密命を受けて新選組で変若水の研究をしていた

その事実があるのに、その幕府を見限ったのだと風間は言った

 

そんな事は無い

きっと、何か理由があるのだと

 

本当なら、そう言ってあげるべきなのかもしれない

だが、これ以上真実を隠す訳にもいかなかった

 

さくらは、一度だけその真紅の瞳を閉じた後、静かな声で――

 

「もし、そうだとしたら千鶴はどうするの?」

 

さくらの言葉に、千鶴がバッと顔を上げる

その瞳には、今にも涙が浮かんできそうだった

 

「じゃぁ…じゃぁ、父様はやっぱり幕府の敵になったの!? 新選組は―――父様の敵になったの……っ!!?」

 

「………………」

 

詰め寄ってくる千鶴に、さくらはただ静かに頷いた

それを見て、千鶴が大きく目を見開く

 

「そ、んな……。 だ、って………」

 

こんな所でばらすつもりはなかった

だが、もう、隠し通せない

 

「千鶴」

 

不意に強く名を呼ばれ、千鶴がびくりと肩を震わす

さくらは、そっと千鶴の肩に触れると

 

「ごめんなさい、否定してあげたいのだけれど……千景の言った事は事実なのよ。 彼は嘘だけは絶対に言わないわ」

 

そう――――

 

例え、どんなに酷くとも、陥れる為でも、彼は嘘だけは言わない

それだけは、絶対だ

 

「それに――――……」

 

そこまで言い掛けて、一瞬言い淀む

だが、息を飲み真っ直ぐ千鶴を見据えると

 

「私、鋼道さんの行方知っているの」

 

「え………」

 

まさかのさくらからの言葉に、千鶴が一瞬戸惑いの色を見せる

 

「少なくとも、私 以前薩摩で鋼道さんにお会いした事あるわ。彼は今薩摩と行動を共にしているの」

 

「さ、つま……?」

 

降って湧いた様な言葉に、千鶴が困惑する

 

「黙っていてごめんなさい、でも、事実なのよ」

 

「………………」

 

千鶴の手が、さくらの身体からすとんっと零れ落ちる
ぽろり…と彼女の瞳から涙が零れ落ちた

 

「じゃぁ、やっぱり父様は………」

 

「ごめんなさい……幕府とは敵……になるわね」

 

藩論はいまだはっきりしていなくとも、ほぼ倒幕へと固まっていると千姫の言葉からも分かった

だからこそ、長州と手を組もうとしていたのだ

だが、表向きはいまだ幕臣――――……

 

「そっかぁ……父様、敵になっちゃったんだ……」

 

千鶴はぎゅっと袴を握り締めると、ぐいっと涙を拭いた

 

「でも、生きてはいるって事だよね!」

 

千鶴の言葉に、さくらは小さく頷いた

それで満足したのか、千鶴が笑みを作る

 

「敵―――には、なっちゃたけど、生きていてくれるだけで良かった!」

 

何て、強いのだろう―――

と、さくらは思った

もし、さくらが同じ立場だったら、きっと耐えられない

 

「でも、必ずしも敵という訳でもないのよ……今は、だけれど」

 

さくらの言葉に、千鶴が首を傾げる

 

「どういう事?」

 

「薩摩の藩論はいまだ、倒幕派と倒幕慎重派の二つに二分されている筈なの。だから、全員が敵になった訳ではないのよ?」

 

「そう、なの……?」

 

「ええ――――でも、いずれはきっと“討幕派”が押しきると思うわ。実際そういう動きもあるみたいだし……」

 

「……複雑なんだね……」

 

千鶴の言葉に、さくらがくすりと笑みを浮かべる

 

「そうね……」

 

でも、鋼道さんが行動を共にしているのは恐らく―――……

 

討幕派なのは間違いない

あの時すれ違った小松といい、きっとまた何か動きがある筈だ

小松程の人物が薩摩へ帰国しなければいけない何かが――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――慶応元年・七月

 

長崎の風は京に比べて暑かった

しかし、京のような盆地とは違い、蒸し暑さは感じられない

 

小松は、船から降りると目の前の男を見て嬉しそうに微笑んだ

 

「西郷! まさか、君自ら迎えに来るとは思わなかったよ」

 

そう言って、目の前の西郷の側に歩み寄った

西郷は小松を確認すると、小さく頭を下げた

 

「小松殿も、久方ぶり……でもないですな」

 

「本当だよ。 君、いきなり京に来るから驚いたじゃないか」

 

「その節は、お世話になり申した」

 

西郷の改まった態度に、小松はにっこり微笑むとぽんっと西郷の肩を叩いた

 

「まぁ、あの件は大久保君からの呼び出しなら仕方ないだろう。 幸い坂本もまた動いているらしいしね」

 

「まこと、桂さんには申し訳なき事をしてしもうした」

 

ふと、西郷が小松の後ろの控えていた男達に気付く

それに気付いた小松が「ああ…」と声を洩らした

 

「西郷は会うのは初めてだったかな? 今回、私の護衛をして貰っている風間家の当主と、その守役の天霧だ」

 

言われて天霧は静かに頭を下げるが、風間はふんっと視線を反らしたまま、一切の無反応だった

だが、その名でぴんときたのか、西郷は「では…」と声を洩らし

 

「彼らが、鬼の一族でありますか」

 

「そう―――彼らには我が藩に関ヶ原での恩があるからね、しっかり働いてもらわないと」

 

そう言って、にっこりと微笑むその顔は、恐ろしい位綺麗だった

 

「所で西郷、そっちの守備はどうだい?」

 

本題を出され、西郷は懐から一通の手紙を差し出した

 

「こちらが、小松殿に当てられた手紙であります」

 

小松はそれを素直に受け取ると、中身を拝見する

そして、口元に微かに笑みを浮かべた

 

「坂本は上手くやってくれているみたいだね。それで場所は――――?」

 

「はい、彼の所有する邸で」

 

「そう―――近々、長州の伊藤君と井上君が来るから」

 

「分かり申した」

 

それだけ言うと、小松はそのまま西郷と共に歩き出した

その様子を見ていた風間は小さく息を吐くと、その後に続いたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千鶴補完計画完了!!

結構、あっさり終わってしまったなww

 

そして、季節は変わり7月でーす!

やっと、動いたww

早速、薩摩の動きからお送りいたしましたww

しかし…西郷ってどんな話し方してたっけ???

幕末無双でいたよな???

忘れたんだが…( ;・∀・)

 

もしかして、薩摩弁だった????

 

2013/08/28