櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 四章 虚実の馨り 3

 

 

 

「だったら、俺がなってやる」

 

 

 

 「―――え…?」

 

 

  止めて……

 

 

「俺がお前の”居場所”になってやる」

 

 

 

「…………っ」

 

ドキンと心臓が脈打つ

 

 

  止めて……

 

 

 

 

 

「だから………」

 

 

   今、そんな事言われたら……

 

 

 

 

 

 

 

「ここに居ろ」

 

 

 

 

 

 

 

 ザーと雨が降っていた

 

「――――っ」

 

ドキンドキンと心臓が脈打つ

 

心の中で何かが湧き上がる

 

”嬉しい”と

 

その一言が、こんなにも嬉しい と

ぐっと土方の抱き寄せる腕に力が篭った

 

「さくら……」

 

耳に掛かる吐息

囁くような声

 

 

「ここに、居ろ」

 

 

土方の低い声が、全身を支配する

 

心が叫ぶ 

———”嬉しい”と

 

 

でも………

 

その反面で、もう1人の自分が叫ぶ

 

駄目だ と

 

 

 

「……………っ」

 

 

駄目……

 

さくらは、そっと自分を抱き寄せる土方の腕に触れた

 

 

 

  駄目だ……

 

 

その手に力が篭る

 

 

「………だ、め…です、よ……」

 

 

声が震える

 

「そんな事…言わないで、下さい……」

 

 

 

嬉しいのに―――

 

「今、そんな事言われたら……」

 

嬉しいからこそ―――

 

「私…甘えてしまいます……」

 

居てもいいのだと…錯覚してしまう……

 

 

 

「私っ…、そんな自分が許せません……っ」

 

 

 

頭の中で相反する気持ちが交差する

嬉しい気持ちと、駄目だという気持ちが、ぐちゃぐちゃになって分からなくなる

 

「だから……っ!」

 

 

 

 

 

「だったら―――」

 

 

不意に、抱き寄せる土方の力が強くなった

 

 

 

 

  「俺に甘えればいい」

 

 

 

 

「――――っ」

 

 

眩暈が起きそうだった

囁かれたその声が、言葉が―――頭の中に響く

 

雨が煩い位に、地を打つ音が聴こえる

 

 

「お前、以前言ったよな?自分に甘えろって。だったら、てめぇも甘えやがれ」

 

「――――っ」

 

 

涙が、零れた

あの日―――風間に拒絶された日から、初めて涙を零した

 

泣きたくとも、泣けなかった

なのに―――

 

 

今―――この瞬間、私は泣いている―――

嬉しさと、申し訳なさと、相反する気持ちが入り混じる

 

それに気付いた土方が、ふっと笑みを作った

 

「何、泣いてやがる。別に、泣く事じゃねぇだろ」

 

「だっ…て………」

 

 

 

いいのだろうか

 

 

 

「……いいんですか………?」

 

 

私は、ここに居ていいのだろうか……

 

 

 

「ここに……居ても、いいんですか……?」

 

 

土方がふわっと笑みを作る―――優しげに

 

 

 

 

 

「当たり前だろう」

 

 

 

 

 

その時、初めてさくらは振り返った

土方が、ふっと満足げに笑う

 

「やっと、こっち向きやがったな」

 

「…………」

 

その顔を見て、またさくらは涙を流した

 

「おい、何で泣く」

 

「す、すみません……」

 

涙を拭こうとするも、止まらないらしく、次から次へと溢れ出てくる

 

「すみません……ごめんなさい…」

 

そう謝るさくらを見て、土方が小さく息を吐いた

 

「ったく、仕方ねぇな……」

 

そうぼやくと、そのまま正面から抱きすくめた

背中を優しく撫でる

 

「………今、だけだからな」

 

そんな言葉が嬉しくて、また涙が出た

 

 

 

        いつしか、雨は上がっていた―――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トントン

コトコトコト

 

「千鶴、こっちの頼む」

 

「あ、はーい」

 

パタパタと千鶴が厨を右から左へ行き交う

原田は、千鶴に野菜を切るのを頼みながら、鍋の中を回していた

 

「新八、もうちょっと火、強くしてくれねぇか」

 

「これくらいか?」

 

永倉が、言われて火加減を調整する

 

厨は、朝餉の用意真っ最中だった

今日の当番は原田に永倉、それに千鶴が手伝っていた

 

千鶴は野菜を切りながら、小さくはぁ…と溜息を付いた

 

「千鶴?」

 

それに気付いた原田が、千鶴を見る

千鶴はハッと気付き、慌てて首を振った

 

「あ、い、いえ!何でもないです!」

 

その答えで気付いたのか、原田がくすっと笑った

 

「何だ?さくらの事気にしてるのか?」

 

「え……っ!?わ、私、顔に出てます!?」

 

千鶴がバッと顔を両の手で覆った

それを見て、原田がくつくつと笑った

 

「お前は分かりやすいからな。どうせ、今朝 顔を出すって言ったさくらが本当に出てくるのか気になってるんだろう?」

 

「は、はい……」

 

千鶴は、ううう…と俯きながら、また野菜を切り出す

 

「その……本当に、出てきてくれるのかなぁ…と、思って……」

 

信じていない訳ではない

訳ではないが……ここ数日のさくらの態度を見ていると不安になる

 

「何だよ?お前は、出てきて欲しくないのか?」

 

「そんな事無いです!!」

 

原田の問いに、千鶴が思い切り首を横に振った

 

「だったら、待ってやれ」

 

「は、はい」

 

千鶴がそう答えた時だった

 

「………あの、お早うございます」

 

不意に、背後から声が聴こえた

 

 

「…………っ」

 

 

千鶴がその声に驚いて、包丁を落としそうになる

慌てて振り返ると―――

 

 

「さくらちゃん!!」

 

 

そこには、さくらが立っていた

さくらは、少し伏目がちに落としていた視線をゆっくりと上げる

 

千鶴がパッと嬉しそうに、顔を綻ばせてさくらに駆け寄る

 

「もう、いいの!?」

 

「………ええ。心配掛けてごめんなさい」

 

さくらが申し訳無さそうに笑みを作ると、千鶴はブンブンと首を横に振った

 

「ううん!さくらちゃんが、出てきてくれただけで嬉しい!」

 

余りにも純粋なその言葉に、思わずさくらが驚いた様に目を見開く

が、次の瞬間、嬉しそうにゆっくりと目を細めた

 

「やっと、出てきたな」

 

その声に顔を上げると、原田が優しげな笑みを浮かべながらこちらを見ている

 

 

あ―――

 

 

昨日のやり取りを思い出して、さくらが少し頬を染める

それから、答える代わりに淡く微笑んだ

 

「あ、あーその…だな」

 

不意に、永倉がもじもじとしながら言い淀む

 

「さっさと行け、新八」

 

ぐいっと肘で原田に押され、永倉が一歩前に出た

何か言い辛そうに、視線を泳がす

 

「………?」

 

永倉の行動の意味が分からず、さくらが首を傾げると

 

 

「すまん!!」

 

 

いきなり、永倉がガバッと頭を下げた

 

「………え?」

 

益々意味が分からず、さくらが首を傾げる

 

「えーと…永倉さん……???」

 

千鶴も何が起きたのか分からないという感じに、首を捻る

 

「お、俺……っ、さくらちゃんが薩摩の人間って聞いて……疑っちまった!だから、すまん!!」

 

一瞬、何を言われているのか解らなかったが、直ぐに何かに思い当る

あ……私が、薩摩の人間って言ったから……

それで、色々思われたという事だろうか

 

「いや……疑ってたつーか、何で話してくれなかったのか…とか。と、とにかく、すまん!!」

 

「……………」

 

さくらが目を瞬かせる

それから、ふわっと笑みを作って

 

「……疑われても仕方ないと思ってます。永倉さんは悪くないですよ?」

 

そう言って、そっと永倉の肩に触れる

 

「だから、顔を上げてください」

 

その言葉に、永倉がダーと涙を流す

 

「さくらちゃん……っ!まるで菩薩の様だ―――なぁっ!?」

 

感極まって、今にもさくらに飛び掛らんとしていた永倉の頭を、原田がガシッと掴まえた

そのまま、後方へ引っ張る

 

「あーはいはい。そこまで」

 

「ぬぉ!?いきなり、何をする!?左之!!」

 

いきなり頭だけを掴まれた永倉の首が、ゴキィと変な音を立てた

 

「俺はなぁ!たった今、さくらちゃんと感激の抱擁を……っ!」

 

「黙れ、新八」

 

抗議する永倉の頭を引っ張った原田が、更に力を篭める

ゴキキと、鈍い音が響いた

 

「だぁ―――!首が……折れっ……!?」

 

そこへ追い討ちの様に千鶴が

 

「あれ……?でも、あれは拗ねてただけだって沖田さんが……」

 

「千鶴ちゃん!そこでそれを言う!?」

 

ガーンと永倉がショックを受けた様に、固まった

 

「ほら、新八。さっさと、それ仕上げちまえ」

 

原田がぽいっと笊を投げてきた

 

「ぶわっ!熱っ!?投げるな!左之!!」

 

笊から零れた湯を被って、永倉が吼えた

 

「煩い、黙れ、さっさとしろ」

 

ううっ!と、永倉が口ごもる

 

「なんだよぉー左之、何か俺に冷たくないか?」

 

永倉の猫撫で声に、苛っと来たのか原田の眉間にしわが寄る

 

「………新八、もう1回ぶっ掛けてやろうか?」

 

にっこり極上笑みで言う原田に、永倉が顔を引き攣らせる

 

「すみません!左之様!!直ぐに、取り掛からせて頂きます!!」

 

ビシッと敬礼すると、永倉は笊を持ち上げた

 

「ふふ……」

 

その様子が可笑しかったのか、さくらがくすくすと笑い出した

思わず、原田と永倉がさくらを見る

 

「みろ!笑われちまったじゃねぇか!!」

 

「俺のせいじゃねぇだろうが」

 

永倉が原田に唸ると、原田は永倉の迫る顔を片手で抑えた

それから、ふっとさくらを見て、目を細めた

 

「その調子なら、問題ねぇな。どうせ、昨夜 土方さん辺りが動いたんだろう?」

 

「―――えっ!?」

 

不意を突かれたせいか

さくらが驚いた様に目を見開いた瞬間、サッと頬を赤らめた

 

それを見て、原田がくすっと笑う

 

一瞬、見られていたのだろうかと、気が動転してしまう

それを知ってか知らずか、原田はくつくつと笑いながら

 

「ま、あの人が動かなかったら、俺が行こうかと思ってたんだけどな」

 

かぁ…と、さくらが益々赤くなる

 

「は? おい、左之? 何の話だよ? 土方さんが何だって……???」

 

永倉が、頭に疑問符を浮かべながら首を傾げた

そんな永倉を原田が手で追いやる

 

「何でもねーよ」

 

「はぁ?」

 

「お前は、手ぇ動かせ」

 

「おい、左之~~~~」

 

原田と永倉のやり取りを余所に、さくらは益々顔を赤らめ俯いてしまった

 

「だ、大丈夫……?さくらちゃん」

 

千鶴が心配そうに、さくらを覗き込んだ

さくらは慌てて顔を上げると、首を横に振った

 

「………えっ…!あ、だ、大丈夫、よ!……何でも、ないわ!」

 

とても、大丈夫そうには見えない

 

「さくらちゃん……?」

 

千鶴が首を傾げる

 

「あ…えっ……その……」

 

気が動転して上手く言葉が紡げない

話を逸らさなければと思うも、いい案が浮かばない

 

「安心しろよ。俺は何も見てねぇから」

 

原田が笑いながらそう言うも、それに答える術は無く

ただ、頷くしか出来なかった

 

ふと、ここへ来た理由を思い出した

 

「あ、あの……っ!千鶴!」

 

話を逸らそうとした為か、予想よりも大きな声が出た

千鶴のみならず、原田と永倉も驚いた様に目を瞬きさせる

 

一瞬、恥かしさの余り頬が余計に熱くなる

 

でも………

 

ここで恥かしがっている場合じゃないわ

勇気を振り絞って、顔を上げると

 

 

 

 

「千鶴に、お願いがあるのだけれど―――………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新八の扱いがぞんざい過ぎるwww

絶対、首折れてるって(笑)

 

さて、千鶴にお願いらしいです

なんですかね?

 

2010/10/12