櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 四章 虚実の馨り 29

 

 

さくらは山崎に頼まれていた薬を用意すると、沖田の室を訪ねた

 

「……沖田さん」

 

一度、障子戸越しに声を掛けてみる

だが、沖田からの返事は無かった

 

寝ているのかしら……?

 

運んだ時、あんな冗談まで言っていた沖田はぐったりしていた

身体が重いのか、山崎の診断の時も沖田は抵抗ひとつしなかった

それだけ、辛かったのかもしれない

 

もし、寝ているのならば薬だけ置いて行った方がいいのだろうか……

 

しかし、土方にも「頼む」と言われた手前、様子も見ずに戻る訳にはいかなかった

薬と、少し様子だけ見て……

 

それから、戻ろう

そう決めてから、「失礼します」と一言声を掛けてから、ゆっくりと障子戸を開けた

 

中は、灯りひとつ 灯されておらず薄暗い

やはり、寝ているのかもしれない

 

そう思いながら、さくらはゆっくりと室の中に入った

 

沖田の枕元にそっと、音を立てない様に薬を置く

 

「……沖田さん……?」

 

「……………」

 

呼び掛けても返事はない

どうやら、本当に寝ている様だ

布団を頭から被っているので、様子は見る事は出来ないが―――

だが、眠っているなら見舞い所ではないし、やはり戻った方がいいのかもしれない

そう思ったさくらだったが、手付かずのお膳が視界に入りふと、その動きを止める

「………沖田さん。お夕飯、何も食べられていないのですか?」

 

寝ている筈の沖田にそう語りかけた時だった

 

「今は、何も食べたくない」

 

「……………!」

 

いきなり返事が返って来て、さくらがどきりと肩を揺らした

 

「お…沖田さん、起きていらっしゃったのですか……?」

 

「うん……君の声が煩かったから、目が覚めたんだけど?」

 

「え………」

 

一瞬、何を言われたのは理解出来なかった

が、次の瞬間 自分の声が沖田を起こしてしまったのだと気付き、慌てて頭を下げる

 

「……す、すみません」

 

「良いよ別に……もう、起きちゃったし」

 

「本当に、ごめんなさい」

 

申し訳なさそうに俯くさくらに、沖田が小さく息を吐いた

 

「で?君は何しにここに来たの?どうせ、土方さんに様子見て来いとか言われたからでしょ」

 

少し拗ねた様にそういう沖田に、一瞬さくらがその真紅の瞳を瞬かせる

 

確かに、土方には沖田を頼むと言われた

だが、それ以前に様子を見に行こうと思ったのは―――……

 

「沖田さん、山崎さんから先程聞きました。最近、あまりお食事されていないって……」

 

広間で食事する時も、あまり沖田が率先して食べるのを見た事が無い

だが、元々小食なのもあって判断付け難かった

 

すると沖田は、少しだけ不機嫌そうに

 

「……………。食べたくないから、食べない。それの何処が悪いの?」

 

布団から身を起こした沖田は、冷たい眼差しをさくらに向けながらそうぼやいた

一瞬、その眼差しに怯みそうになるが、ぐっと堪える

 

「ですが……、取るものは取らなければ、治る病気も治りません」

 

「へぇ……? 食事さえすれば、労咳は治るんだ?知らなかったなぁ」

 

「そうではないのですが……」

 

「じゃぁ、どういう意味? 普通の食事は喉も通らない僕に、無理矢理食べさせたいって言うの?それって、君の自己満足だよね」

 

「……沖田さん………」

 

胸が苦しい……

そこまで体調が悪いのかと、胸が締め付けられる

そして、沖田の病気を知っておきながら、それに気付けなかった自分が、なんと愚かなのだろうと思い知らされる

 

「あの……少しだけでも食べられませんか?でなければ、体力がもたなくなってしまうと思うのです」

 

ぎゅっと、胸元に手を当てて悲しそうにそう願ってくるさくらに、沖田が困った様に息を吐いた

 

「……あのさ、さくらちゃん。どうして君が、そんな顔するのさ。僕が僕の身体をどうしようと、君が必死になる事じゃないよね?」

 

「それは……」

 

「君は、お医者さんの助手やってたらしいし?だから こんな病人は放っておけないのかもしれないけどね……」

 

「ち、違います!そうではなく――――……」

 

そこまで言い掛けて、さくらは言葉を詰まらせた

 

沖田の言う事は正しい

これは単なる自己満足だ

 

沖田の身体が心配なのもある

労咳は不治の病と言われている

それを知っているのに、放ってはおけない

少しでも、可能性があるなら治って欲しい

 

それに、土方や近藤は何かと沖田を気にしている

沖田は土方さんや近藤さんにとって特別なのだ

 

もし、沖田さんが死んでしまったら……

 

考えただけで、ぞっとする

山南の傷を嘆いていた土方が、沖田を失った時どうなるか―――

 

でも、そうでなくとも――――

 

「……お願いします。お食事を少しでも良いので取って下さい」

 

「しつこいなぁ……、嫌って言ったら嫌なの」

 

「……少しで構いませんので」

 

「……さくらちゃんさぁ」

 

はぁ…と、沖田が呆れた様に溜息を付いた

 

「君の同情なんて、僕には必要ないんだよ?」

 

「…………」

 

沖田は、さくらの強引な態度に、怒るでもなく嗜める様にそう言った

言われてさくらは、今度こそ黙り込んでしまった

 

同情……なのだろうか……

 

心配するのは、いけない事なのだろうか……

でも、放っておくなんて―――……

 

ぎゅっと、さくらが胸元の拳を握りしめる

 

「分かりました……。でしたら、土方さんに言います。沖田さんは病気なので、隊務は休ませてください―――と」

 

「……………」

 

一瞬、沖田が驚いた様にその瞳を瞬かせる

そして、口元に笑みを浮かべると

 

「へぇ……じゃぁ、僕は君を斬らなくちゃいけないな。約束を守れない子には仕方ないよね」

 

そう言って、布団の横に無造作に置かれていた刀に手を掛ける

瞬間、さくらは静かに目を閉じた

 

「私を斬って沖田さんの気が晴れるのでしたら、どうぞお斬り下さい。 その代り、きちんと療養すると約束して下さい」

 

「……………」

 

沖田はその瞳を見開くと、そっとさくらから視線を反らした

 

「………意地悪……」

 

「……食べて下さい」

 

気落ちした様にしょげる沖田に、さくらはもう一度そう告げた

 

「……さくらちゃん。新選組に馴染んだせいか、性格悪くなってない?」

 

「……そんな事は、無いと思いますけれど……」

 

すると、根負けしたのか…沖田は小さく息を吐くと

 

「……わかったよ、ちょとだけなら食べてあげる」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

まさかの沖田からの譲歩に、さくらがぱっと顔を上げる

 

「うん、あの人と喧嘩になったら、余計な体力使っちゃいそうだし。それに僕が頷かなかったら、君はこの部屋を出て行ってくれそうにないしね……」

 

「………すみません」

 

沖田が折れてくれた事は、とてもありがたかった

だが、無理強いした事は、やはりとても申し訳がなく―――

どうすれば一番良かったのか、答えが出せないままだった

 

「おかゆ」

 

「え………?」

 

不意に、何かを言われさくらがその真紅の瞳を瞬かせる

 

すると、沖田はじっとさくらを見て

 

「だから、おかゆ。大根おろし入れたやつ。葱は入れないでね。味付けは、君に任せるけど、苦いのはちょと嫌」

 

「あ……、はい」

 

食べたい物を言われているのだと気付き、さくらは慌てて背筋を伸ばした

 

「量は少しじゃないと困る。あんまり食べられないし。それと……美味しくなかったら食べない。だから、頑張って作ってよ?」

 

「は、はい」

 

とにかく、沖田が食べる気になってくれた事にほっとする

 

「お食事終わったら、こちらのお薬も一緒に飲んで下さいね」

 

駄目押しで、もう一言加える

すると、沖田はちょっと複雑そうな顔で小さく呟いた

 

「……松本先生の薬ってさ、苦いし不味いから嫌いなんだよね」

 

確かに、先生の薬は苦いと評判だ

だが、それは効いている証拠でもある

 

「気持ちは分かりますけれど、嫌がらないで飲んで下さいね。良薬、口に苦しですよ?」

 

「……分かってるよ」

 

沖田が少し拗ねた様に頬を膨らませた

その様子がなんだか微笑ましくて、思わずさくらはくすりと笑みを浮かべた

 

「お食事、用意してきますね」

 

そう言って、室を後にしようとした時だった

 

「さくらちゃんが、僕を心配してくれるのってさ……結局、土方さんの為だよね?」

 

「え………?」

 

一瞬、何を言われたのか分からずさくらは首を傾げる

 

「沖田さん……?」

 

問われる意味が分からず、さくらが沖田の名を呼ぶと

沖田は、ふいっと視線を反らして

 

「別に、何でもないよ。分かってるし」

 

「え……? ですが――――」

 

「ほら、早くしないと気が変わっちゃうかもよ?」

 

沖田に促されて、さくらはそのまま室を後にしたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の厨に向かったさくらは、沖田の為に粥を作り始めた

コトコトと鍋の煮える音が響き渡る

 

『さくらちゃんが、僕を心配してくれるのってさ……結局、土方さんの為だよね?』

 

最後の沖田が言った言葉が脳裏を離れない

あれは、どういう意味だったのだろうか……?

 

大根をすりおろしながら考えるが、まったく答えが見つからない

 

そうこうしている内に、粥が完成してしまった

 

さくらは、土鍋に粥を移すと蓋を閉じた

そして、大根おろしを小鉢に移すと、蓮華と一緒に沖田の室に戻った

 

戻ると、沖田はやっぱり食べたくないと言い出した

なんとか、そんな彼をなだめて持って来た粥におろしたての大根を乗せて差し出す

 

「食べさせてくれないんだ?」

 

拗ねた様にそう言う沖田に、さくらは「ご自身でお食事出来るぐらいの体力はありますよね」と、駄目押しする様に促した

 

沖田はむぅっと頬を膨らませたまま、蓮華に手を伸ばして粥を口に運びだした

 

「如何でしょうか?」

 

「……うん……悔しいけど、美味しいよ」

 

沖田のその言葉に、さくらがほっと胸を撫で下ろした

 

「そうですか、良かったです」

 

ようやく沖田が食事を取ってくれた事に安堵する

まずは、栄養をしっかりとって休む

基本中の基本だ

 

これで、少しでも沖田さんが元気になってくれればいいのだけれど……

 

結局、沖田は粥をすべて食べきってくれた

さくらは、それを確認すると、水差しから水を湯呑に注ぎ薬の用意をする

沖田はその様子をぼんやり眺めていた

 

「あのさ、今夜の事なんだけれど…近藤さんには言わないでね。ついでに、土方さんにも。こんな事であの人達に余計な心配されたくないし」

 

何でも無い様な口調で淡々と語られた言葉の端に、彼の痛みが覗いて見える気がした

死を達観した様に見える沖田にも、当然怖いものがあるのだ

不安や、恐れているものが……

 

さくらは、小さく頷くと

 

「分かりました。絶対に言いません」

 

「良かった……」

 

さくらの返答で安堵したのか、ほっとした様に沖田は微笑むとそのまま薬を飲んで眠ってしまった

 

沖田の病気の事は、少なからず土方には気付かれている―――

そんな気が、してならなかった

それぐらい、彼の病魔は彼を蝕みは始めているのだ

 

さくらは、沖田が寝ているのをそっと確認すると、粥の入っていた土鍋と、薬を飲んだ湯呑を持って、そっと室を後にした

 

外に出て、廊下でほっと胸を撫でおろす

空になった土鍋を見て、少しだけ微笑んだ後、厨に下げに行こうとした時だった

 

「―――――っ」

 

いきなり目の前に立っていた人物に驚き、さくらは声を上げそうになった

そこに居たのは―――

 

ひ、土方さん……っ

 

そこに居たのは土方だった

土方はしっと指を立てると、付いて来るように手招きをした

 

………もしかして、全部会話聞かれて……?

 

どくん…と、心臓が音を立てる

 

私、病名口にしてないわよね……?

 

労咳とは言っていなかった筈だ

でも、沖田はどうだった?

 

頭が混乱して、考えがまとまらない

 

そうこうしている内に、土方の室に連れて来られた

入る様に促され、さくらは抵抗する事も出来ずに、素直に室に入った

 

ジジジ…と、燭台に虫が飛んでいる

 

目の前に座った土方がいつも以上に険しい顔をしていて、さくらは前を見れずに俯いてしまった

 

「さくら」

 

不意に、名を呼ばれびくっとする

 

「単刀直入に聞く、総司の病気はあの死病なんだな」

 

「――――――っ」

 

さくらが土方にも分かるぐらい大きく息を飲んだ

それは、肯定したのも同然だった

 

「………あの、それ、は――――」

 

さくらが言い淀む様に口走ると、土方は小さく息を吐き

 

「やっぱりそうか……」

 

ああ……知られてしまった……

ううん、きっと土方さんは気付いてたんだわ……

ただ、沖田さんが隠したがっていたから、それで―――……

 

「すみません、黙っていて……」

 

申し訳なさそうに言うさくらに、土方は微かに苦笑いを浮かべた

 

「いや、お前には色々と面倒を掛けたな……」

 

「いえ……」

 

でも

 

「あの、沖田さんは秘密にして欲しいと―――特に近藤さんには知られたくない様でした」

 

さくらの言葉に、土方が「ああ…」と呟く

 

「まぁ、総司はそうだろうな」

 

そう言って、ふと窓の外を眺める

 

「あいつは―――死なせる訳にはいかねぇからな………」

 

そう言った土方の横顔は、とても悲しそうだった

 

ただ ただ、さくらはそれを見つめる事しか出来なかった――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総司、駄々をこねるの回

ここは、総司に随想録を入れています

でも、別に総司を優遇するとつもりはないので、あーんは無しでww

 

結局は、土方さんにばれてしまいました

という話です

 

2013/08/28