櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 四章 虚実の馨り 28

 

 

さくらは、パタパタと廊下を走っていた

 

もうすぐ巡察に行った隊士が帰って来る

今日の巡察は一番組と三番組だった筈だ

 

確か、千鶴は今日 一番組に同行すると言っていた

 

千鶴は、沖田さんと一緒なのよね…

 

沖田と一緒なら、何も心配する事ないとは思うが

今の千鶴は少し様子がおかしい

 

今朝もとても元気には見えなかった

 

千鶴の事だ、一人で悩んでいるのだろう

きっと、誰にも相談出来てない

 

さくらはまだいい

千姫という、相談できる相手がいる

だが、千鶴は違う

 

一人で京までやってきて、深刻な内容を相談できるほどの知り合いなどいないのだ

新選組の皆には、流石に話せないだろう

 

かといって、さくらも悩んでいるのを知っていて、話してくるとは思えない

千鶴は、そういう子だ

 

自分よりも、他人を優先しようとする

人が悩んでいたら、いつも世話を焼いてくれるのに

自分の悩みは話そうとしない

 

私、駄目だわ……

 

自惚れかもしれない

もしかしたら、もう誰かに相談出来ているのかもしれない

 

それならいい

でも、もしそうじゃなかったら……?

 

千鶴はいつも、助けてくれたのに……

いつもいつの、千鶴はさくらの話を聞いてくれた

でも、私は……?

 

少しでも、千鶴の話を聞いてあげられていただろうか……?

 

あの時だけだ

千鶴は山南が変若水を飲んで変わってしまった事を、誰にも言えずに一人抱え込んでいた

あの時も、偶然さくらが知らなければ きっと千鶴は一人で抱えたままだった

 

待っていては駄目なのだ

 

偶然なんて、そうそう起こらない

あるのは、必然だけだ

 

自分から動かなければ――――……

 

さくらは、足早に西本願寺の正門に向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

門の前に差し掛かったところで、巡察から帰って来た一番組と三番組の隊士達とすれ違った

皆、さくらに気付くと声を掛けてくれた

 

さくらは、隊士の皆に頭を下げるとそのまま千鶴を探した

 

「あ……」

 

隊の最後尾に沖田と斎藤に続く様に千鶴が歩いて来た

 

「千鶴!」

 

思わず、さくらは叫んだ

 

瞬間、さくらに気付いた三人がこちらを見る

いきなり叫ばれた千鶴は、びっくりした様にその大きな瞳を瞬かせた

 

「さくらちゃん、どうしたの?そんなに慌てて」

 

…………?

 

千鶴の反応はいたっていつも通りだった

さくらを見ると、にこにこと嬉しそうに駆け寄ってくる

 

「ただいま、さくらちゃん!」

 

そう言って、元気よく挨拶までしてくれた

 

普通だった

いつもと変わらなかった

 

朝の思いつめた様子など、微塵も感じられなかった

 

「……………」

 

一瞬、自分の気のせいだったのかと思ってしまう

千鶴に後ろめたい己の心が、そう見せただけだったのだろうか……?

 

でも……

 

気のせいだろうか

これが、空元気に見えるのは――――……

 

その時だった

突然、沖田がおどけた様に

 

「あれ?さくらちゃん。僕等への挨拶は無しで、千鶴ちゃんに一直線なんだ?随分と、対応が違うんだね」

 

と、意地悪くそう言う

言われてさくらは、沖田や斎藤に挨拶していない事に、気付き かぁっ…と頬を赤く染めた

 

「あ、すみません…」

 

千鶴の事で頭が一杯で、挨拶の事など吹っ飛んでいた

さくらは、慌てて沖田と斎藤に頭を下げる

 

「巡察お疲れ様です。沖田さん、斎藤さん」

 

礼儀正しく挨拶をするさくらに、沖田がぷっと吹き出した

 

「あはは、やだなぁ~本気にしたの?」

 

そう言って、くつくつと笑い出す

それを見た斎藤は、はぁ…と大きく溜息を付いた

 

「総司…あまり八雲をからかうな」

 

「えー?別に、からかってないけどー?」

 

そう言いながら、ぽんっと突然さくらの頭に手を置いた

いきなり沖田に頭を撫でられ、さくらが驚きのあまり顔を上げる

 

瞬間、沖田を目が合った

すると、沖田はにっこりと笑うと

 

「ちゃんと挨拶出来た、ご褒美だよ」

 

そう言って、もう一度ぽんぽんとさくらの頭を撫でた

 

「……………」

 

まさか、沖田に頭を撫でられるとは露ほども思っておらず、さくらは一瞬硬直してしまった

 

「ぷ…あはははは、さくらちゃん固まり過ぎでしょ」

 

その反応を見て、また沖田が笑い出した

からかわれたのだと分かり、またさくらが頬を赤く染めた

 

「お、沖田さん…っ!!」

 

立て続けに二度ともなると、流石のさくらも黙ってはいなかった

思わず、沖田に言い詰め寄ろうかと口を開いた時だった

 

「………っ、ごほっ、ごほ……っ」

 

突然、沖田が咳き込みだした

 

「総司!?」

 

先に行こうとしていた斎藤が、沖田の異変に気付き慌てて戻ってくる

 

「沖田さん……っ」

 

まさか、労咳の――――……

 

さくらと千鶴も慌てて沖田に駆け寄ろうとした

が、沖田が咳き込みながら来ない様にと手で制す

 

あ―――……

 

労咳は下手をすれば感染する病気だ

特に、咳き込んでいる瞬間はそれが起こりやすい

そして、抵抗力の弱い子供や女子はさらに危険だ

 

だからなのか

沖田が傍にくるなというのは

 

「ごほっ…ごほ、ごほ……っ」

 

沖田が更に咳き込む

 

「総司!」

 

咳き込む沖田を支える様に、斎藤が背中を摩った

さくらは、何も出来ない自分を歯がゆく思いながらもそれを遠くから見ているしか出来なかった

 

「…八雲、雪村、総司を見ていてくれ。俺は山崎を呼んでく―――」

 

そう言って、今にも呼びに行きそうな斎藤を沖田が止める様にその袖を引っ張った

 

「一君、大げさだなぁ……ちょっと、ごほっ…咽ただけだって」

 

そう言って、ひゅーひゅーと音がするぐらい掠れた声で沖田が斎藤を止めた

そして、喉を押さえながら

 

「ちょっと、笑い過ぎたのかもね。さくらちゃんが、あまりにも面白いから」

 

そう言っておどけた様に笑ってみせるが、全然平気そうでは無かった

 

千鶴と話をする為に、ここに来た

でも―――――

 

「……………っ」

 

さくらは、一度だけ千鶴を見た後、ぐっと息を飲んだ

そして、そのまま止めた沖田の意思など無視する様に沖田に歩み寄る

 

「ちょっ……さくらちゃ……」

 

慌てる沖田の言葉を無視すると、そのまま沖田の身体を支える様に手を伸ばした

 

「斎藤さん、申し訳ありませんが山崎さんを呼んで頂けますか?後、千鶴」

 

「え?」

 

「千鶴は土方さんに伝えてくれる?沖田さんは風邪を召している様なので、少し休ませますって」

 

「う、うん!」

 

千鶴がこくりと頷くと、慌てて駆け出した

 

「へぇ……これって風邪なんだ?知らなかったなぁ……」

 

沖田がおどけた様に言うが、さくらは沖田の言葉など無視する様に

 

「斎藤さん、沖田さんは私が部屋にお連れしますのでお願いします」

 

「ああ、分かった」

 

さくらの表情を見て、ただ事ではないと察したのか

斎藤は頷くと、そのまま二人を残して山崎を呼びに行った

 

さくらは、小さく息を吐くと咳き込む沖田を運ぼうと肩を差し出した

 

「沖田さん、少し休まれた方がいいです。行きましょう」

 

そう言って、手を出すが 沖田はさくらの手は要らないという風に、首を振った

瞬間

 

「ごほ……っごほごほ…っ!」

 

今までにない位、沖田が咳き込んだ

 

「沖田さん!!」

 

沖田が苦しそうに咳き込みながら口元を手で押さえる

その手から、つぅ…っと血が流れ落ちてきた

 

人払いして正解だった

こんなのを見られたら、一発で何かの病気だと気付かれていた

 

「―――――っ」

 

「沖田さん、そのまま吐いて下さい。少し楽になります」

 

一瞬、沖田が躊躇った様に顔を顰めるが耐えられなかったのか

そのまま、植木の影に血を吐きだした

さくらが、沖田の背を摩る

 

沖田はその場に、咳き込みながら吐血した血を眺めて苦笑いを浮かべた

 

「はは、僕どっかで斬られたみたいだね」

 

「何を言っているのですか!馬鹿な事言わないで下さい!!」

 

さくらの剣幕に、一瞬沖田が驚いた様にその瞳を大きく見開く

が、次の瞬間 おどけた様に

 

「大げさだなぁ……っていうか、あれじゃあ ばらしてる様なものじゃない」

 

「風邪で通します」

 

さくらの即答に、沖田が虚を突かれた様に瞬く

 

「なにそれ…君、無茶苦茶だね」

 

「沖田さん程じゃありませんよ。それとも、あのまま二人の前で吐血されるおつもりだったのですか?」

 

「……なに? さくらちゃんのくせに、僕を脅してるの?」

 

沖田の相変わらず憎まれ口に、内心ほっとする

それだけ、言えれば今日の所は大丈夫だろう

 

だが、安静にしている事に越したことはない

 

「今日は、一日もう休んで下さい。きっと、山崎さんも土方さんもそう仰いますよ?」

 

さくらの言葉に、沖田はふぅん…と声を洩らすと

 

「山崎君も、土方さんも煩いだけだよ……」

 

と、そこまでぼやいた後、何かを思い出した様に「ああ…」と付けくわえた

 

「君も、十分煩いけどね」

 

そう言いながらも、今度は素直にさくらの肩に手を掛ける

本当に、立っているのが辛いのだろう

 

さくらが、沖田を支えながら歩き出すと

ふと、沖田が何かを思い出したかのように

 

「こんな姿誰かに見られたが、誤解されちゃうね」

 

「………?」

 

「さくらちゃんだって、見られたら困るんじゃない?例えば、土方さんとか」

 

「…………え?」

 

一瞬、沖田の言う意味が分からずさくらが首を傾げる

さくらの反応が薄いのがつまらなかったのか、沖田はくすりと笑みを浮かべると そのままさくらの肩を抱く様に自身に寄せると

 

「だって、僕ら今抱き合って歩いてるんだもん」

 

「な……、何を仰っているのですか!? 肩をお貸ししているだけです!!」

 

流石のさくらも沖田の言わんとする事に気付いたのか、顔を真っ赤にして抗議しだした

その期待通りの反応に沖田が笑い出す

それと同時に、ますますさくらの肩を抱き寄せると 囁く様に

 

「ね、土方さん止めて僕にしない?」

 

「――――――っ」

 

今度こそさくらが真っ赤になって「沖田さん!!」と叫んだのは言うまでもない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、世話掛けたな」

 

「いえ……」

 

沖田を無理矢理寝かしつけた後、さくらは土方に報告に上がっていた

土方は、相変わらず仕事中だったらしく、机の上は書類で一杯だ

 

「それで、総司は?」

 

「今は眠っています。後で、また様子を見に行ってみようかと……」

 

「そうか……」

 

それだけ、答えると土方は小さく息を吐いた

 

一応、千鶴から“風邪“という事で報告は受けているとは思うが

恐らく、土方は沖田が何の病気なのか薄々気づいている気がした

 

だが、沖田との約束の手前、話題に出すわけにもいかない

結局の所、はっきり知られているのかそうでないかは、不明だ

 

ただ、“風邪”ではない事は、気付かれているだろう

 

「あの……土方さん。その………」

 

どう言っていいのか分からず、さくらが考えあぐねていると、土方は微かに笑みを浮かべて

 

「悪いな、総司の事頼む」

 

「…………はい」

 

土方にそう頼まれては、断る事など出来る筈もなく

さくらは、言いたくとも言えないもどかしさに堪える様に、小さく頷いた

 

前々から思っていたが、土方や近藤にとって沖田は他の仲間とは一歩違う位置にいるのだと気付かされる

きっと、沖田は以前藤堂が言っていた試衛館時代の仲間の中でも特別な位置にいるのだ

 

それが羨ましいなんて……

何考えているのかしら……私

 

一瞬、そんな不謹慎な事を考えてしまった自分が恥ずかしい

ふと、土方を見るともう既に仕事に取り掛かっていた

 

そういえば、土方は食事をしたのだろうか……

沖田の分は後から持っていくが、よくよく考えれば土方は朝も昼も広間に現れなかった

 

「あの、土方さん……」

 

「あ?何だ、まだいたのか……早く総司の―――」

 

「そうではなく……、土方さん 本日お食事召されました?」

 

さくらの問いに、土方は振り返る事もなく

 

「そんな暇ねぇよ」

 

やっぱり……

 

食事をまったくしていないのだ

見れば、湯呑一つすらない

 

さくらは、小さく息を吐いてすっと立ち上がった

いつもなら、この後「駄目です」的な発言が返って来るのに、あっさり立ち上がったさくらに違和感を感じ、土方が振り返る

 

すると、さくらは一度だけ小さく頭を下げた後

 

「少々、お待ちください」

 

「お、おい、さくら?」

 

さくらは、土方の制止も聞かずそのまま室を出て行ってしまった

 

なんだってんだ??

 

土方が、さくらの変な反応に首を傾げる

だが、今はそれどころではない

溜まった仕事を片付けなければ食事どころか、眠る事すら叶わなそうだ

 

土方は、小さく息を吐くと再度机に向かおうとした

瞬間

 

突然、また「失礼します」と、さくらの声が聴こえてきた

 

「さくら?」

 

土方の反応を待たずに、室の障子戸が開けられる

そして、何かを持ったさくらが入って来た

 

さくらにしては珍しい

了承も待たずに入ってくるなど

 

だが、さくらは気にした様子もなくそのまま土方の傍までやってくるとその場に座った

そして、持っていた盆を前に差し出す

 

「何だこれは?」

 

さくらの意図する事が分からず、土方が首を傾げる

さくらは、すっと袂を押さえて手を伸ばすとそのまま盆の上の手巾を取った

 

それを見た瞬間、土方は大きくその菫色の瞳を見開いた

 

「こちらでしたら、仕事の合間にでも食べられるかと思いまして……」

 

そこには、明らかに焚きたての握り飯と沢庵、そして温かい茶が用意してあった

さくらは、その中から急須を持つとそのまま湯呑に茶を注ぐ

 

「せめて、少しだけでもお召しになって下さい。これでは、今度は土方さんが倒れてしまいます」

 

そう言って、すっと土方に湯呑を差し出す

 

「……………」

 

一瞬、土方は虚を突かれた様に動けなかった

反応のない土方に、さくらが首を傾げる

 

「土方さん?」

 

「あ、ああ……」

 

土方がはっとして、その湯呑を受け取る

そしてそのまま、口を付けた

 

ずっと何も口にしていなかった喉に、すっと温かい茶が流れていく

それだけで、なんだか忙しさで苛々していた気分が落ち着くようだ

 

「こちらも召し上がってくださいね」

 

明らかに、ここへ報告に来る前に最初から用意してあったであろう握り飯と茶に 土方は驚きを隠せなかった

 

土方が食事をしていない事を気付いていても、ここまでした者は今まで一人もいなかった

たまに、近藤が菓子を持ってくるだけだ

予想外過ぎるその行動に、どう反応してよいのか困る

 

戸惑っている土方に気付いたさくらが、小さくちょこんと首を傾げた

 

「どうかされました?」

 

「あ、いや……なんでもねぇよ」

 

その仕草が、あまりにも可愛くて思わず手を伸ばしたくなりそうになる騒動を誤魔化す様に、土方が咳払いをする

それを、仕事の邪魔になっていると促されていると思ったのか、さくらは「あ…」と声を洩らした

 

「すみません、お仕事の邪魔をしてしまって……」

 

そう言って、その場を足早に立ち去ろうとする

そのまま障子戸に手を掛けて出て行こうとする瞬間

 

「その……あまり、ご無理なさらないで下さいね」

 

それだけ言うと、ぱたぱたと室を後にしていった

立去るさくらを見送りながら、土方は小さく笑みを浮かべたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

走って始まり、走って終わりましたww

 

前半は、総司の労咳ターンです

これ、部分部分に入れておかないと、忘れられてしまいそうなので(-_-;)

 

後半は、前回のフラグ回収です

結局のところ、未だに千鶴が補完出来てないというなww

 

次回、総司関係終わったら、今度こそ千鶴補完計画実行します!!

それが終わったら、季節が動くよー

 

2013/08/11