櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 四章 虚実の馨り 27

 

 

「いっただきまーす」

 

威勢よくそう声を掛けたかと思うと、永倉は思いっきり飯を口にかき入れていく

それを見ていた藤堂は、何かやばいと感じたのか…慌てて永倉と膳を離した

その横で原田が、呑気に茶を飲みながら朝餉を食していた

 

「新八さん、そんなに慌てて食べなくてもご飯は逃げないんじゃない?」

 

沖田が、呆れた様な声を洩らしながら和え物を箸でつつく

その言葉に、永倉はさも当然の様に

 

「なーに呑気な事言ってやがんだ!飯は戦争だぜ!!?」

 

そう言うや否や、ずばっと永倉の箸が藤堂の膳の上の沢庵に伸びた

すかさず、藤堂が箸でそれを防ぐ

 

「甘いぜ新八っつぁん!そう何度も上手くいくと思うなよ!!」

 

そう勝ち誇った様に、藤堂がにやりと笑みを浮かべた

が……

 

「ふ…そこだぁ!!」

 

そう叫んだ瞬間、茶碗を持っていた筈の手が逆から藤堂の小魚を奪った

 

「あ―――――――!!!」

 

藤堂が叫んだ時には、既に時遅し……

小魚は、あっさりと永倉の口の中に納まってしまった

 

「な、な、な……」

 

藤堂が納得いかないと言う風に、口をぱくぱくさせた

永倉は、にやりと笑みを浮かべ

 

「油断大敵だぜ、平助。俺様は二刀流なのだ!!」

 

と、両手で箸を持ちぱちぱちと箸を鳴らした

 

「二刀流って……なんだよそれ!!」

 

意味わかんねぇ!と、藤堂が叫ぶが、永倉はふはははははは!と勝ち誇った様に高笑いしていた

その横で……

 

「新八、頑張ってたもんなぁ……左で箸持つ練習」

 

と、原田がやはり呑気に小魚を食べながらぼやいた

 

「おうともよ!練習したら後は実践だぜぇ!!」

 

「オレで実践しないでくれる!!?」

 

と、藤堂が言ったのは言うまでもない

それを見ていた、沖田は呆れた様に

 

「相変わらず、新八さんって変な所で頑張るんだね……どうせ、頑張るなら一君みたいに左で刀持ったら?本当の二刀流になれるよ」

 

と言ったが、その言葉に反応したのは他ならぬ斎藤だった

 

「総司、刀を持つのに片手では上手く振りきれぬ。第一、力を入れる事が出来ない。それは止めた方がいい」

 

と、真顔で答えたものだから、沖田は一瞬目を瞬かせた後ぷっと吹き出した

 

「でも、新八さん馬鹿力だし 案外いけるかもしれないよ?僕には無理だけどね」

 

「む……そうかもしれんが…」

 

と、本気で考え出したものだから、永倉もやる気になったのか、うんうんと頷き

 

「よぉーし!斎藤!!左の稽古頼むぜ!!」

 

とか言いだした始末だ

永倉のその言葉に、原田は呆れながら

「斎藤―しなくていいぞ。新八は力あってもそこまで器用じゃねぇからな。両手つかってなんて出来ねぇよ。混乱して分からなくなるのがおちだな」

 

「言えてるー!」

 

と、原田の言葉に藤堂が大笑いしだした

それに反応する様にどっと大広間に笑いが広がる

 

永倉は「そんな事ねェよ!!俺は出来る!!」とか叫んでいるが、誰も聴いていなかった

 

その様子を近藤に茶を渡しながら見ていたさくらは、くすりと笑みを浮かべながら見ていた

あの時、風間が屯所に襲って来てから何かピリピリしていた感じがあったものの、今はいつも通りだ

 

沖田も、今は何ともないのか 咳き込む様子も無い

相変わらず、食事はあまりしていない様なのは心配だが、前よりは少し食べてくれている気がする

 

普段と変わらない皆の様子に、さくらはほっとした

 

「八雲君、君も配膳は良いから食べなさい」

 

近藤が、傍で控えていたさくらに朝餉を食べる様に促した

 

「ですが……」

 

そこまで言葉を洩らし、ちらりと近藤の横を見る

そこには居るべきはずの人がいなかった

 

さくらのその様子に気付いたのか、近藤は「ああ…」と声を洩らした

 

「トシは、後から食べると言っていたからな気にする事は無い」

 

そう言ってにっこりと微笑む

 

「……そう、ですか」

 

食事の暇もないぐらい仕事が忙しいのだろうか……

土方が食べていないのに、自分が食べるというのは何だか少し気が引けた

 

「では、後で何かお持ちしておきますね」

 

さくらの言葉に、近藤は「そうかそうか」と言いながら、嬉しそうに顔を綻ばせた

近藤のその過度なまでの反応に、さくらが不思議そうに首を傾げる

 

「あの?何かおかしなことをいいましたでしょうか……?」

 

さくらの反応に、近藤がうんうんと頷きながら

 

「いや、トシにここまで気を配ってくれる子が居るなんてなぁ…俺は嬉しいよ」

 

そう言って、ぐいっとうれし涙をぬぐった

大げさすぎる近藤の反応に、さくらは顔を綻ばせる

その時だった、ふと広間の端の方で食事をする千鶴が目に入った

 

笑いながら食事をする皆とは裏腹に、千鶴は何か考え事でもしている様にぼんやりと箸を運んでいた

 

千鶴……?

 

普通でないその様子に、さくらは心の中で首を傾げた

普段なら、もっと皆と話している筈なのに、今日の千鶴は様子がおかしかった

 

何か思い悩む様な……そんな雰囲気だった

瞬間、あの時の事を思い出した

 

そうだわ…あの場には、千鶴もいた……

 

あの日

風間が屯所の来た時、確かに千鶴もあの場所に居た

そして、あの男は彼女に言ったではないか

 

『鋼道はこちら側にいる』―――と

 

千鶴は、ずっと父を探していると言っていた

その為に、父と縁のあった新選組にやっかいになっているとも

新選組に協力していた筈の父が、薩摩側にいると風間に言われて気にならない筈が無い

 

千鶴……

 

そういえば、全然話を聞いてあげられていなかった

駄目だわ……

 

相変わらず、自分の事で一杯になっている

千鶴の事を少しも考えてあげられていない

 

こんな事では、いつか千鶴に嫌われてしまう

それだけは嫌だった

 

これ以上、誰かに拒絶されるのは嫌だ

これ以上――――――……

 

 

 

 

 

 

 

   『お前など、もう 要らぬ』

 

 

 

 

 

 

 

「……………っ」

 

一瞬、脳裏にあの時の風間の声が蘇った

 

“要らないと”

一番言われたくなかった人に言われて

ずっと、“必要”とされたかった人に拒絶されて

 

もう、絶望しか残されてなかった時、あの人が手を差し伸べてくれた

あの人がいなければ、今の自分は無かった

 

千鶴も沢山心配してくれた

一生懸命になってくれた

 

なのに、自分は千鶴の為に何をしてあげられていたのだろう……?

 

そう考えると、何もしてあげられていない事に気付く

 

千鶴は沢山くれたのに、私、何もあげられてない……

本当に、このままでは千鶴にまで見限られてしまいそうだ

 

……待っているだけじゃ駄目なのよね……

 

風間の時はそうだった

ずっと、風間に認めて欲しくてずっと待っていた

でも、それでは駄目だった

 

待っているだけでは駄目なのだ

本当に認めて欲しいなら、自分から動かなければいけなかったのだ

 

さくらは、小さく頷いた

 

後で、千鶴に話をしにいこう

そう思ったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風が吹く

 

風間は、何をするでもなくただじっと茶室の窓辺に寄り掛かりながら外を眺めていた

 

嫌な風だった

薩摩とは違い、じっとりとした嫌な風が風間の頬を撫でる

 

風間は小さく息を吐くと、己の手を見た

 

数日前、確かに彼女はこの手の中に居た

今でも忘れない

 

さくらをこの手に抱いたのを

彼女の柔らかな肌も、唇も

あの瞬間、風間だけのものだった

 

そう―――あの男が現れるまで彼女は風間だけのものだった

爪の先から髪の一筋にいたるまで すべて風間のものだった

 

嫌でも耳に残る

忘れ去りたいのに、頭から離れない

 

『――――土方さん……っ!』

 

あいつは、何度あの男の名を呼んだ?

あの時も、あの時も

彼女の口から出てくるのは、いつもあの男の名だった

 

“土方”

 

名を聞いただけで、苛付く

姿を見れば、殺したくてたまらなくなる

 

俺のさくらを奪った憎き男

 

土方歳三

 

ぐしゃりと、風間が前髪を掴んだ

 

 

「何故だ……さくら………っ」

 

 

何故、あの男を選ぶ

お前は、俺の物だというのに

 

何故、あの男の名を呼ぶ

お前が呼んでもいい名は、俺の名だけだというのに

 

掴んだと思ったものが零れていく

 

幼き日より、ずっと風間の側に居た

風間の物になる筈だった

風間の妻として、郷に居る筈だった

 

その筈なのに――――……

 

今、彼女はいない

彼女が選んだのは自分では無かった

 

そんな事―――――許せる筈が無い

 

昔から、さくらは風間の物だと決まっていたのだ

それは、どうあがこうとも覆らない

 

 

そう――――覆らないのだ

 

 

ギリッと奥歯を噛み締める

その時だった

 

「風間」

 

不意に、天霧が茶室に入って来た

勝手に入って来た男に、風間が微かに眉を寄せる

 

「天霧、今は誰も近づくなと言っておいた筈だが?」

 

人払いをしていた筈だ

なのに、天霧は堂々と入って来た

 

風間の問いに天霧は小さく息を吐いた

 

「そうも言っていられない状況になりましたので」

 

そう言って、小さく息を吐く

 

「貴方は一体いつまでここにいるつもりですが?」

 

天霧の問いに、風間がまた微かに眉を寄せる

こことは、茶室の事だ

普段の風間なら、まずここには自分からは来ない

 

風間は、どうでもよさ気にはぁ…と大きく溜息を洩らした

そして、立ち上がるとすっとそのまま天霧の横を通り過ぎようとする

 

「今、出ようと思っていた所だ」

 

「……そうですか、ならよいのですが」

 

天霧の答えも聞かずに、風間はそのまま横を通り過ぎていく

そして、茶室を出る直前でぴたりとその動きを止めた

 

「それで?何用だ。まさか、それだけを言いに来た訳ではあるまい?」

 

風間の問いに、天霧は小さく息を吐いた

 

「薩摩と長州が秘密裏の結ぼうとしてた同盟が失敗に終わったのはご存じですね?」

 

「ああ…不知火が血相を変えて来たからな」

 

あの晩、突然不知火が薩摩藩邸に来て叫んで行った

「失敗したー!」と

 

「なんでも、土佐の坂本とか言う男が必死に長州の桂を説得したというのに、肝心のあの西郷が現れなかったらしいな」

 

「はい、京に居た大久保殿から急ぎ入京されたしという書面が届いたとかで、下関行きを止められて京へ向かわれた様です」

 

天霧の言葉に、風間ははっと息を洩らした

 

「ふん、どちら大事かすら見極められぬとは、西郷も所詮その程度の男という事か」

 

そもそも、薩摩と長州は禁門の変以来、仲は最悪だった

あの時、薩摩は幕府の中心におり、長州とは敵対していたのだ

だが、実の所奥では繋がっていた

実際、長州の高杉晋作が薩摩のつてで上海へ留学したりなどもしている

しかし、それは細い線の様なもので、いつ切れてもおかしくない関係だった

 

それを実のものにしようと動き出したのが、坂本龍馬と中岡慎太郎という男だ

 

元治二年三月十二日

土佐を脱藩した、坂本が所属していた神戸の海軍操練所が廃止された

坂本ら研修生達は身の振り方を考えなければならなくなった

そこで操練所の教師をしていた勝海舟のつてで薩摩の西郷隆盛に頼った

そして、坂本は見返りに亀山社中を立ち上げたのだ

 

その頃、昨年より薩摩と長州の間で同盟をぼうとする動きが一部であった

土佐脱藩士の中岡慎太郎だ

三条実美の衛士として活躍していた中岡は、同じ脱藩士の土方久元と共に、和解に向けて運動を開始していた

 

まずは、薩摩の西郷と会談

そこで、西郷に和議の可能性を感じた中岡は、薩摩藩士と密接な関わりを持つ坂本の元へ土方久元らを派遣し協力を仰いだ

 

だが、坂本には分かっていた

薩摩は長州に恨まれている自覚はある

薩摩が首を縦に振っても、長州は絶対に振らないと

 

そこで待ったのが第二次長州征伐だ

幕命が下りた時、すぐさま西郷は小松と共に長州征伐への拒否を藩論とすべく京から鹿児島へ向けて発った

そして、大阪から坂本もそれらに同行した

この航海中に西郷、小松、坂本らは同盟に向けて話し合った

 

同じころ、禁門の変以来姿をくらませていた桂小五郎が潜伏先から下関に帰還する

そして、和解の為に翻弄していた中岡も大宰府から下関に入り、伊藤博文、大村益次郎と会見

翌三十日、ついに桂と会見を果たす

 

慶応元年閏五月六日

京から鹿児島入りした中岡は西郷と会談し、西郷に桂との会談の約束を取り付ける

同日、坂本は桂と会談

しかし、桂は薩長同盟に難色を示した

これに対し、坂本は三日間にわたって説得を試みたのだった

 

長州藩内には、依然として薩摩への嫌悪感が強く、桂も「訪ねてくれならば、会ってやってもよい」という姿勢を崩さなかった

が、再三に渡る坂本の説得についに折れる

 

こうして薩摩と長州の会談が下関で実現する筈 だった

 

だが、閏五月十八日下関へ向かう西郷の元へ京の大久保から書簡が届く

内容は「長州征伐を阻むため、急ぎ入京されたし」というものだった

 

西郷はこれを受け、下関行きを中止

そのまま、中岡の説得も虚しく西郷は京へ向かってしまったのだ

 

結果、同盟を結ぶことは叶わなかった

 

風間に言わせれば、愚かな事だった

西郷は京になどいかず、さっさと下関へ向かうべきだったのだ

少なくとも、こうしてこそこそと裏で動き回る必要などなく、倒幕へと動けたものを――――

 

実際、薩摩の藩論は「倒幕派」と「倒幕慎重派」の真っ二つに割れている

西郷や大久保など京在沖の薩摩藩士は倒幕の意思をかなり強くしていた

逆に、本国では佐幕か倒幕慎重派が大半を占めており、あの小松ですら慎重派だった

 

だが、意思が無い訳ではない

事実、倒幕を掲げる長州と手を結ぼうというのだ

 

風間から言わせれば、薩摩本国は腰が重いだけだと思った

主権は、ほぼ倒幕へ傾いている

 

「その小松殿からの伝言です」

 

「何?」

 

不意に、天霧が一通の書簡を差し出した

風間は小さく息を吐くと、その書簡を広げた

ざっと目を通すと、また息を吐いた

 

「小松殿はなんと?」

 

風間は答える事無く、その書簡を天霧に投げやった

天霧はそれを受け取ると、静かに開いた

 

「……薩摩への召集状ですね」

 

そこには、小松が薩摩へ一時帰国する旨と、その道中及び国内での警護の辞令が書かれていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またもや、土方さん出番なしww

すません…出そうかとも思ったのですが…

後でネタにするのでやめましたww

 

後半は、薩長同盟の動きの説明ですな

とりあえず、今回は失敗したのよんという話

んで、ちーが薩摩へ帰るのよーって話

 

ちなみに、第二次長州征伐は慶応二年六月なので、まだ先です

作中は現在、慶応元年六月~七月頃ですよ

 

2013/07/17