櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 四章 虚実の馨り 26

 

 

とんとんとんとん

 

小刻みに、野菜を切る音が厨に響く

久しぶりに立つ厨は、さくらにとって不思議と新鮮な感じがした

 

こんなに朝早く起きたのも久しぶりだわ……

 

あの日から数日

土方から絶対安静を命じられ 食事の支度はおろか、掃除すらさせてもらえなかった

殆ど、何もする事なく数日を過ごしてしまった

 

確かに、お陰で体調はかなり良い

ふらつく事も、倒れる事もなくなった

勿論、あれほど苦しかった供血衝動も収まっている

 

それは、十中八九誰かの血を飲んだからだろう

そうでなければ、ここまで体調が回復する筈が無い

 

でも――――……

 

あの後、土方にその事に付いて聞けずにいた

なんとなく、言い出せないまま数日が経ってしまった

今更な気がして、どう切り出して良いのか分からない

 

それに、聞くと同時に返って来るであろう“答え”が怖い

もし、“そうだ”と言われたら?

 

土方に自分が人の生き血を啜る化け物だと知られた事になる

普通ではない

 

“異常”だと思われるのが怖い

 

それと同時に、今までどうしていたかを話さなくてはならなくなる

 

正直、供血衝動が襲ってきた時の事は、いつもよく覚えていない

頭がぼんやりして、まるで膜が掛かっている様にはっきりしない

誰かに意識を乗っ取られたかの様に、自分の意思など消えてしまう

そして、ふわふわと不思議な感覚になる

 

でも、現実に戻った時いつも愕然とする

気が付けば、目の前で見知らぬ人が倒れている

そして、喉を通ったであろう、鉄の味

潤う、喉の渇き

 

ああ…またやってしまったのだと 後悔だけが押し寄せる

そして、思い知らされる

 

やはり、自分は”普通“ではないのだ―――――と

 

風間から貰っていた時もそうだ

血の匂いに触れると、意識が遠くなる

感覚も、何もかもが揺らいでいく

 

ただ、血が欲しいと それだけが頭を支配する

これでは、“けもの”と一緒だ

 

欲望の為だけに、動く獣―――――

 

そんな醜い姿を知られたくない

土方にだけは、知られたくなかった

 

どうして、私だけ――――……

 

他の鬼族には供血衝動は無かった

あるのは、さくらだけだった

 

それは、さくらが“原初の鬼”だからなのだろうか

今まで現れた“原初の鬼”にもあったのだろうか――――……

 

どんなに調べても、それは分からなかった

でも、知られてしまったのかもしれない……

 

もし、あの晩土方の血を飲んだのだとしたら、きっと気付かれた

いつものように、相手の合意を得ずに噛み跡を残してしまったのかもしれない

 

だが、土方は何も言ってこない

だから、さくらも何も言えずにいた

 

あの日は、それどころじゃなかったから……

 

寝ぼけていたとは言え、あの土方に口付けをされたのだ

あの時は、恥ずかしさと、戸惑いと、困惑で頭が一杯だった

とても、聞ける状況ではなかった

 

だから、重大な事を聞きそびれてしまった

それに――――……

 

あれ以来、土方の姿を見るだけで心臓が爆発しそうなほど 鳴り響く

恥ずかしいのを我慢して平静を装うので、精一杯だった

 

よくよく考えれば、なんと大胆な事を言ってしまったのだろう――――……

 

あの晩も、あの朝も

あれでは告白している様なものだ

 

後から考えれば、とんでもない事を言ってしまったと気付かされる

だが、嘘は言っていない

本当に、そう思ったから言ってしまった

 

不思議な感覚だった

風間の時とは違う、もっと別の―――――

 

ちりっ

 

「…………っ」

 

瞬間、人差し指にぴりっという痛みが走った

 

「あ………」

 

気が付けば、人差し指から赤い血が流れていた

考え事をしていたから……

 

どうやら、包丁で切ってしまったらしい

だが、不思議だった

血を見ても何も感じない

 

喉の渇きとか、欲望の様に欲するとか なかった

血を飲んで、今は安定しているからだろうか

それらしい発作は起きなかった

 

ちらりと、一緒に朝餉を作っていた藤堂を見る

どうやら、気付かれてはいない様だ

少しだけほっとして、さくらはすっと着物の袖で指を隠すと

 

「平助、ごめんなさい。水瓶の水が無くなってしまったから少し汲んでくるわ」

そう言って、桶を持つ

言われて藤堂が「へ?」と、首を傾げた

 

「水?それならオレが――――」

 

藤堂が行くと言い出しそうなのを、さくらはやんわりと制した

 

「駄目。 平助は今お味噌汁の味付け中でしょう? 途中で抜けたら変な味になってしまうわ」

 

「え? いや、そりゃぁそうだけど……でも、やっぱ女のさくらよりもオレの方が―――」

 

「行ってくるわ」

 

このままでは藤堂に言い負かされそうになると判断したさくらは、藤堂が言い終わるのを待たずに厨を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桶を持ちながら井戸に向かう前に、傷の手当てをしようと廊下を歩く

 

多分、山崎さんが医療道具持っているのよね……?

 

新選組の医療担当は山崎だと以前言っていた

治療自体は自分で出来るが、道具が無ければできない

とりあえず、道具だけでも借りようと山崎の室へ向かおうとした時だった

 

「―――――とっ」

 

「きゃっ」

 

不意に視界が暗くなったかと思うと、角から出てきた誰かにぶつかった

流石にこれは予想しておらず、反動でぐらりと足元がよろける

 

「あ…………」

 

倒れる―――と、思った時だった

不意に伸びてきた手がさくらの身体を抱きとめた

 

「あ……」

 

気が付くと、さくらは原田の腕の中に居た

 

「原田さん……?」

 

まさか、原田だとは思わずに さくらが小さく首を傾げた

 

「悪いな、さくら。怪我なかったか?」

 

「あ、はい……」

 

”怪我”と言われて、反射的に先程切った人差し指を隠した

が……原田はそれを見逃さなかった

 

「馬鹿、切れてるじゃねぇか!」

そう言って、半強制的にぐいっとさくらの腕を掴んだ

 

「え……!?あの、いえ、これは……っ」

 

慌てて弁明しようとするが、原田はそのままさくらの腕を掴むとずんずんと歩き出した

 

「は、原田さん……!?ど、どこへ行くのですか…っ!?」

 

いきなり連行される形となり、さくらが慌てた様に口早に言い募る

だが、原田は何でもない事の様に

 

「どこって、決まってるだろ。俺の部屋だよ」

 

「え……」

 

ええ!?

 

まさか、原田の部屋へ行かされるとは思わずにさくらが慌てて抵抗しようとする

が、がっちり掴まれていて腕が離れない

 

「あの、原田さん……っ」

 

さくらが抵抗する間もなく、原田は自室の前に辿り着くと

 

「ちょっと待ってな」

 

そう言って、室の中に入って行った

 

「あ、あの……」

 

廊下で待たされる形となり、どうしてよいのか分からなくなる

だが、原田は何やらごそごそと室の中を漁りだした

 

「ええっと…確か、この辺りに……」

 

そう言って、あっちこっちひっくり返しだす

 

「あの……原田さん…?何を――――」

 

「お!あったあった」

 

何をしているのか問う前に、原田が目的の物を見つけて戻ってくる

 

「ほら、そこに座れ」

 

そう言って、縁側に座る様に促された

 

「……………」

 

原田の意図する事が分からず、さくらはそのままその言葉に従う様に腰を下ろした

すると、原田がスッと切れている指を掴むと、治療し始め

 

「結構深く切れてるじゃねぇか…刀が当たっちまったのか?悪かったな」

 

そう言って、手慣れた感じでさくらの人差し指の傷を治療していく

 

どうしよう……

 

これは、原田にぶつかったから切れたのではない

自分の不注意で切れてしまったものだ

 

でも、このままなのは良くないわよね……

 

さくらが意を決して口を開こうとした時だった

 

「よし、出来た」

 

いつの間にか、切れた筈の人差し指は綺麗に治療されていた

 

「……手慣れていらっしゃるのですね……」

 

意外な感じがした

が、器用そうな原田なら納得出来そうな気もした

 

さくらからの問いに、原田がにっと笑みを浮かべる

 

「ん?ああ、よく新八が怪我するからな。 いちいち山崎呼んでたら山崎が仕事にならねぇだろ? 新八にやらすと雑過ぎて、悪化しちまうからな。 仕方ねぇから、いつも俺が治療してやってたんだよ」

 

そう言って、てきぱきと治療道具を直していく

そして、ぽんっとさくらの頭に手を乗せると

 

「女が、身体に傷なんて残すんじゃねぇぞ?折角、綺麗な肌してんのに傷なんてあったら勿体ねぇだろ」

 

そう言って、頭を撫でられる

 

「………あの、申し上げにくいのですが……この傷は原田さんのせいではなく、自分の不注意で――」

 

「分かってるよ」

 

そう言って、もう一度ぽんっと頭を撫でられた

 

「え……?知っていらっしゃったのですが?」

 

予想外の言葉に、さくらがその真紅の瞳を大きく見開く

さくらの言葉に、原田は「まぁな」とだけ答えた

 

「ぶつかる直前に気付いたからな、その傷には。まぁ、そのお陰で避けそこねちまったんだけどよ」

 

そう言って、原田は ははっと笑って見せた

原田のその反応に、さくらが少しだけ頬を赤く染めた

 

「…知っていらっしゃったのなら、仰って下さればよかったのに……」

 

慌ててしまった自分が恥ずかしい……

何だか、酷い勘違いをしてしまっていた様だ

 

さくらのその反応に、原田が優しく微笑んだ

 

「もう、体調はいいのか?」

 

「え………あ、はい。お陰様で」

 

そこまで言って、さくらははっと気づいた

薩摩藩邸に行ったあの日 原田に多大な迷惑を掛けてしまった事に

 

「あ、あの、原田さん!」

 

さくらが、口を開いた瞬間だった

不意に、原田がそこから先を手で制した

 

謝罪の言葉を言うのを止められて、さくらが思わず言葉を詰まらせる

原田はにっと微笑むと

 

「ごめんなさいは、無しな。あれは俺も同意した上で行った事だし、あの後の事は完全に俺の不注意だ。……悪かったな、怖い思いさせて」

 

そう言って、優しくまた頭を撫でられた

原田の優しさにじわりと涙が出そうになる

 

だが、さくらはそれを堪えるかのように、小さくかぶりを振った

 

「原田さんは悪くありません……っ! あれは、私が原田さんや千の制止も聞かずに勝手に千景の元に行ったから――――」

 

「さくら」

 

ぴくりと、さくらの肩が揺れた

顔が上げられない

原田には申し訳なさ過ぎて、あわす顔が無い

 

俯いたままのさくらの頭を、また原田の手が撫でた

 

「ほら、顔上げろって」

 

さくらがまた小さくかぶりを振る

 

「さくらー?」

 

もう一度、原田が名を呼んだ

ぴくっ とさくらが肩を揺らすのと同時に、ゆっくりと顔を上へ向けさせられた

その顔を見た瞬間、原田がふっと口元に笑みを浮かべる

 

「なんて顔してんだよ、お前は。美人が台無しじゃねぇか」

 

そう言って、今にも零れてきそうなさくらの涙を指でぬぐう

 

「――――ごめんなさいっ」

 

さくらは、吐き捨てる様にそう言い放った

 

「ごめんなさい、原田さん。ごめんなさ――――」

 

「馬鹿、ごめんは無しだって言っただろ?」

 

そう言って、さくらの頭をまた撫でてくれる

それが余計に泣きたくなる

 

「ですが――――」

 

あの時、自分が原田を頼らなければ原田は巻き込まれなかった

原田に迷惑を掛ける事もなかった

 

謝っても謝っても、謝り足りない

 

なのに――――

 

「さくら、もういいから。な?」

 

そう言って原田は頭を撫でてくれる

優しくしてくれる

 

それが酷く辛い

 

さくらは、嗚咽が洩れそうになる口元を手で押さえると

 

「……あの日、土方さんが来て下さったのは原田さんがお伝えして下さったからでしょう?」

 

あの晩、土方がさくらの元を訪れてくれたのは きっと原田がそうする様に言ってくれたからだ

そうでなければ、来る筈が無い

 

藩邸に行った事は土方には黙っていた

でも、彼は知っていた

 

答えは一つだ

原田から聞いたからだ

 

さくらからの問いに、原田が少し困った様に頭をかいた

 

「なんだよ、土方さんが言っちまったのか? 悪いな、黙っとくって約束破っちまって」

 

その言葉に、さくらが小さくかぶりを振る

 

違う

あの日、土方が来てくれたからさくらは立ち直れた

助けられたのだ 土方の存在に

それは、原田が行くように促してくれたから

 

原田が言ってくれなかったら、今頃またあの時の様に部屋に閉じ籠っていたかもしれない

原田はいつもそうだ

 

いつもこうして気に掛けてくれる

優しくしてくれる

 

「どう、して――――……」

 

土方といい、原田といい

 

「………優しくして下さるのですか………?」

 

原田が一瞬、大きくその目を見開いた

が、次の瞬間 ふっと優しく笑みを浮かべると

 

 

「そんなの決まってるだろ? さくら、お前が――――――」

 

 

ザァ………

風が吹いた

さくらの長い漆黒の髪が揺れる

 

「え………」

 

その先は、風に掻き消えて聴こえなかった

 

「原田さん……?今、何て――――」

 

訊き返そうとした時だった

不意に原田が立ち上がると、いつの間にか一緒に持って来ていた桶を持った

 

「ほら、水汲み行く途中だったんじゃねぇのか?平助が待ってるぞ」

 

そう言って、桶を持ったまま歩き出す

 

「あ……、待って下さい……っ」

 

慌ててさくらも立ち上がって原田の後を追い掛けた

 

原田さんは何って言ったの……?

 

 

結局、その答えはさくらには分からなかった―――――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事後処理の回です

左之の補完ターンともいうww

やーやっぱ、左之にもいい目みさせてあげなきゃーねv

 

そして、笑えるぐらい土方さんノータッチww

仕方ない…今まで土方ターンだったしな!

でも、デジャヴを感じてくれればしてやったりです(にやり)

 

事後処理終わったら、話進めますよー

と言いたいが、裏語やらねーと話の辻褄が合わなくなりそうな気が…( ;・∀・)

↑維新側の動きが出てくるから

 

2013/07/04