櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 四章 虚実の馨り 25

 

 

………………

………………え………

 

さくらは、一瞬自分が何をされているのか理解出来なかった

 

土方の優しい声

唇に触れる柔らかな感触

 

さらりと、土方の手がさくらの絹糸のような髪を撫でた

 

わ、たし………

土方さんに、口付け…されて…る、の……?

 

そう理解するのに数分を要した

が、そう認識した瞬間、一気に全身が高揚していくのが分かった

 

「あ……っ、ひじ、か……っ んっ……・」

 

「土方さん」と呼ぼうとして口を開いた瞬間、口付けが更に深くなった

 

一体、何が起こっているのだろうと思おうにも、頭が回らない

まさかの、土方からの口付けに頭が真っ白になる

 

それと同時に、どうして…?という疑念が頭を過ぎる

だが、不思議と不快ではなかった

 

風間の時とは違う

もっと、慈しむ様な優しい口付け

 

あの時―――

風間に無理矢理口付けされた時は、嫌で、怖くて――――

そして、なによりも風間が恐ろしかった

 

抵抗しても抵抗しても抗えなかった

全身が恐怖と嫌悪感でいっぱいだった

 

だが、今は違う

 

嫌だとか、怖いとか

そう言った感情は湧いてこなかった

土方にこうされる事を、嫌だとは思わない

 

ただ、どうしてなのかは分からなかった

土方が急にこんな事をしてくるとは とうてい思えない

 

「…………っ」

 

さくらは、ぴくりと肩を震わせた

 

「ひじか、たさ……まっ……はっ……んぁ」

 

「待って下さい」と言おうとするにも、口を開けば開くほど口付けが深くなる

 

次第に、意識が朦朧としてくる

もう、このままでもいいのではないかと錯覚しそうになる

 

耐えかねる様に ぎゅっと、さくらは土方の着物の袖を掴んだ

その時だった、ぴくりと土方が何かに気付いたかの様にハッと瞳を開けた

 

「さくら……?」

 

驚いた様な顔をした土方が、さくらの名を確認する様に呼んだ

 

あ………

 

瞬間、さくらの意識も現実に引き戻される
土方の菫色の瞳を目が合った

 

綺麗な綺麗な瞳だった

 

それは、いつもの土方の瞳だった

 

「土方さ――――」

 

さくらが名を呼ぼうとした瞬間、土方が今の今まで自分がさくらに何をしていたのかに気付いたのか、慌てて飛び起きる様に立ち上がった

顔を真っ赤にさせ、口元を手で覆う

 

余りにも突然の反応に、さくらも起き上がると 土方の名を呼ぼうと口を開いた瞬間

 

「悪い…っ!」

 

いきなり、土方に謝られた

突然の謝罪に、さくらは一瞬その真紅の瞳を瞬かせた

 

が、次の瞬間理解した

 

「あ…いえ、きっとお疲れだったのでしょうし……」

 

きっと、土方は疲れていたので寝ぼけてしまったのだろう

しかも、土方はおそらくさくらに血も分け与えてくれている

疲れている所に、さらにその様な行為をさせてしまったのだ

そう考えただけで、申し訳ない気持ちでいっぱいになる

 

それに―――……

きっと、あの口付けも自分に向けられたものではなかったのだ

夢の中の、“誰か”に向けられたものであって、さくらを想っての行為ではなかったのだ

 

そう思うと、なんだが悲しい気持ちになった

だが、土方にはたくさん恩がある

ここで、文句を言うのはお門違いだ

 

「あの……私、平気ですので…土方さんも、お気になさらないで下さい」

 

なんとか平静を装って、そう言ってなんとか笑って見せる

さくらのその反応を見た瞬間、土方が一瞬大きく目を見開いた

 

と、思った瞬間、土方が何とも言えない表情になった

 

「無理するんじゃねぇよ…。好きでもねぇ男にあんな事されて、不快に思わない訳ねぇだろうが」

 

土方のその言葉に、さくらがその真紅の瞳を大きく見開いた

 

 

好きでもない男

 

 

何故だろう

何故か、その言葉が酷く心に突き刺さった

 

「………………」

 

私…別に、嫌じゃなかった

 

不快だとは思わなかった

風間の時は、あんなに嫌だったのに……

土方にされるのは、嫌じゃなかった

 

それは、おかしい事なのだろうか?

 

さくらが黙ってしまった事を肯定と取ったのか、土方は小さく息を吐いて頭をかいた

 

「あ、いや……寝ぼけてたとは言え、あんな事しちまった俺が言うのも変な話だが……」

 

「………………」

 

「………………」

 

そのまま二人で黙り込んでしまった

 

正直、土方は混乱していた

まさか、目を開けたらさくらの顔が目の前にあって、自分が何をしでかしたのかもはっきりと覚えていた

その衝撃に、思わず飛び退いてしまったが、どう接していいのか分からない

 

こういう時、原田などなら上手く立ち回れるのだろうが

生憎と、土方は本気で好きになった女に、そんな不埒な真似した事など一度として無かった

 

確かに、若い頃は色々としたが

本気で相手にした事など一度としてなかった

 

本気で傍にいて欲しいと、愛していると思ったのはさくら一人だけだ

逆に、こういう場合、どうしていいのか分からない

 

どうかしてる

 

好きだと自覚した途端、歯止めが効かなくなった

それは、あの瞬間――――

彼女に求められるままに口付けした瞬間、簡単に切れた

 

己の理性はこんなにも脆いものだったと思い知らされた

今までずっと、張ってきたものが音を立てて崩れていくのが手に取る様に分かった

 

だが、寝ぼけていたとはいえ、あんな事をしでかすなど言語道断だった

許される筈もない

 

確かに、彼女は傍にいさせて欲しいと言ってくれた

だが、それは土方を好きだからだとは違う

 

きっと、彼女の中にそう言った感情は無い

そして、土方も言う気はなかった

 

好きだとは認めたが、この気持ちを彼女に押し付けるつもりはない

それに――――

 

俺にはやる事がある

新選組を―――近藤を本物の武士に――――

 

その夢だけは、捨てる事が出来ない

出来ようが筈がない

 

だから――――……

 

 

「あの………」

 

その時だった

不意に、さくらが口を開いた

 

ハッとしてさくらを見ると、さくらはほのかに頬を朱に染めたまま俯いていた

そして、膝の上で握っている手をぎゅっと強く握り締める

 

「あの…私、その……嫌とか、不快だとか……なかったですから……」

 

「は?」

 

一瞬、聴き間違いかと思い、素っ頓狂な声を上げてしまった

だが、さくらはそれでも尚、土方をその真紅の瞳で見つめると

 

「ですから……! その……、土方さんに何かされて嫌だとか……思った事一度もありませんから!」

 

そう言いきったさくらの顔は真っ赤だった

 

「な……っ」

 

一瞬、何を言われているのか土方には理解出来なかった

恥ずかしいのを堪えているのだろう、さくらは顔を真っ赤に染めたまま、何かを待つ様にじっと土方を見つめていた

 

瞬間、さくらの言わんとする事を理解し、土方の顔もかぁーと赤く染まる

 

「ばっ……馬鹿野郎!!何言ってやがんだ!!」

 

声が裏返りそうになるのを必死に堪え、虚勢を張る様に土方がそう叫んだ

 

「土方さ……っ」

 

「とにかく!」

 

更に何かを言おうとするさくらの言葉を遮るかのように、土方は声を張り上げた

 

「嘘でも、そう言う事 言うんじゃねぇよ。俺だからよかったものの、他の野郎だったら勘違いするだろうが」

 

土方のその言葉に、さくらが大きくその真紅の瞳を見開いた

そして、まるで言葉を失ったかのように 開こうとしていた口を閉じる

 

「……そう、ですか…」

 

折角勇気を振り絞って言った言葉が、沈んでいくのが分かった

そう返すのが、精一杯だった

 

じわりと、涙が浮かびそうになるのをなんと堪える

 

そうよね……

 

土方にとって、自分はそういう存在ではない

あの口付けだって、単に寝ぼけていたからであって さくらに向けられたものではない

 

それなのに、自分は何を言っているのだろうか……

 

恥ずかしい……

 

傍に居てもいいとは言って下さったが、それ以上は何もないのだ

許してくれた事で、知らず有頂天になっていたのかもしれない

 

「……すみません…、その、色々とご迷惑をお掛けしてしまって…」

 

「は?」

 

さくらからの突然の謝罪の言葉に、また土方が素っ頓狂な声を上げた

 

「いや、なんでお前が謝るんだ」

 

土方がそう問うが、さくらは小さくかぶりを振った

 

「いえ、昨夜も色々とご迷惑お掛けしましたし、その…気を遣って頂いて……」

 

ああ、そうなんだ……

そこまで言って、はっきりと分かった

 

昨夜、さくらの様子は普通じゃなかった

それで、土方は気を遣ってくれたのだ

だから、傍にいる事を許してくれた

 

その後の事も、そうだ

やはり、迷惑を掛けてしまった

 

「あの、やはり私お傍に居ない方がいいですよね……」

 

傍に居る事で、こうして土方に迷惑を掛けた上に、気まで遣わせている

それなのに、我儘を通す訳にはいかない

 

「私…やっぱり―――…」

 

 

 

 

 

 

「勝手な事言ってんじゃねえよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

突然、土方の怒声が響いた

 

まさか、怒鳴られるとは思っておらず さくらは驚いた様にその真紅の瞳を見開いた

だが、土方はお構いなしにずかずかとさくらに近づくと、さくらの肩を両の手で掴んだ

 

「お前、今離れるとか言おうとしただろう!そんな事、俺が許すと思ってんのか!?」

 

「土方さん……?」

 

さくらが、一度だけその真紅の瞳を瞬かせる

土方はぐっと、さくらの肩を持つ手に力を込めた

 

「お前が傍に居たいといったんだろうが!俺がいつ迷惑だと言った!?」

 

「で、ですが……」

 

現に、こうして迷惑を掛けている

迷惑を掛けてまで、自分の我儘を通したくない

 

「大体、さっきの件だって俺が寝ぼけてしちまったんだ。お前に咎はねぇ。むしろ、謝らなきゃいけねぇのは俺の方だ。悪かったな、嫌な思いさせて」

 

そう言って、土方が頭を下げてきた

ぎょっとしたのは、さくらの方だ

 

さくらは、慌てて土方に手を伸ばした

 

「や、止めて下さい!頭を上げて下さい……っ、私、本当に嫌だったなんて思っていませんから……っ!」

 

「だから、そういう台詞は――――………」

 

「本当です…っ!」

 

今度こそ、さくらはきっぱりと言い切った

土方が驚いた様に、その菫色の瞳を見開く

 

「私……私、土方さんになら何されたって――――………」

 

ほのかに、頬を桜色に染めて 潤んだ瞳でそう訴えるさくらを見た瞬間、何かが土方の中で大きく弾けた

 

「………お前、意味わかって言ってんのか」

 

土方の問いに、さくらが小さく頷く

 

「……分かっています。でも、本当に―――……」

 

そこまで言い掛けた時だった、不意に土方の手が伸びてきた

するりとさくらの腰に手が回されたかと思うと、そのまま抱き寄せられた

 

突然の抱擁に、さくらの身体が一瞬硬くなる

が、それは直ぐに解かれた

 

「こういう事されても、構わないって言ってんだぞ?お前は」

 

真っ直ぐさくらを見つめる菫色の瞳が訴えている

 

“いいのか?”と

 

さくらは、その真紅の瞳を一度だけ瞬かせると、小さく頷いた

 

「構いません。土方さんなら――――………」

 

この人なら、何をされても構わない――――……

 

本気でそう思った

その時だった、するりとさくらを抱きしめていた手が解かれた

 

「土方さん……?」

 

さくらが一度だけ目を瞬かせた後、小さく首を傾げた

土方の口元に微かに笑みが浮かぶ

 

ゆっくりと菫色の瞳を細め、柔らかく微笑んだ

 

「馬鹿な女だ……」

 

そう言った土方の瞳は 今までに見た事のない位 優しかった――――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっと決着ついたかな…????

なんとか、まとまりましたww

 

相変わらず、夢主がマイナス思考ですみません…

まぁ、この子は今までの環境が環境なので、仕方ないっちゃぁ仕方ない

 

つか、もうコレ告ってるのといっしょじゃーん

とかいう、ツッコミは無しの方向でww

まだ、告ってないよ!

お互いに言ってないもん!

自覚したのは、土方さんだけだもん!

 

と、言い張りますww

 

2013/06/22