櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 四章 虚実の馨り 24

 

 

「おい、さくら!……さくら!!?」

 

何度呼んでも、さくらからの返事はなかった

それどころか、ますます身体が冷たくなっていく

 

まるで、身体中の熱という熱が全て奪われたかの様に急激な早さが失われていた

もう、生きているのか死んでいるのかすら区別つかなくなるほどだ

 

土方は、ちっと舌打ちをした後

今度こそ、傷口に自身の歯を立てた

じわりと、口の中に独特の鉄の味が充満する

 

さくらは、止めてくれと言った

だが、それは聞けなかった

聞く訳にはいかなかった

このままでは、きっとさくらは死んでしまう

それだけは、何があっても回避したかった

 

躊躇っている余裕などなかった

こんな事で、さくらが助かるのなら 躊躇う理由などなかった

 

後でいくらでも責め苦は聞いてやる

だから――――………

 

土方は、ぐいっとさくらの顔を持ち上げると、何の迷いもなく そのままその血を含んだ自身の唇を重ねた

そして、そのままその血をさくらの中へ流し込む

 

……ごくり と少しだけ飲んだ気配が感じられた

だが、たった一度ではさくらは起きる気配などなかった

 

土方は、今度は腰の刀に自身の腕を当てると、そのまま後ろへ引いた

ぶしゅ…っと、音がしてそこから鮮明な赤い血が流れ落ちる

 

土方は、それを再度口に含むと、再びさくらの唇に自身のそれを重ねた

 

「……………っ」

 

ごく…と、さくらの喉が微かに動く

飲みきれなかった血が、彼女の唇から零れ落ちた

だが、それに構っている暇など無かった

 

――――さくら

頼む、目を開けてくれ……っ!!

 

ぴくりとも動かないさくらに、背筋がぞっとするのを感じた

 

戦場ですら感じた事のない“恐怖“

さくらを失うかもしれないという“恐れ”

二度と、彼女の口から己の名を聞けないかもしれないという“失望感”

 

『土方さん……』

 

彼女が微笑んでそう名を呼んでくれるだけで、乾いた心が癒された

彼女が傍で笑ってくれているだけで、自然と気持ちが和らいだ

 

疲れきった、心が満たされた

その彼女を―――さくらを失うのかと思うと、それだけで心が壊れそうだった

 

そうだ……

分かっている

 

いや、ずっと前から分かっていた

 

俺は、さくらを失いたくない

ずっと、傍にいて欲しい

 

さくらが、傍にいさせてくれと言った時、どれほど嬉しかった事か

その言葉こそ、土方が渇望してやまなかった言葉だった

 

風間ではなく、土方の側にいると

彼女自身が、そう言ってくれたことが何よりも嬉しかった

 

今まで、どこかでずっと一線を引いていた

 

駄目なのだと、自分自身に言い聞かせていた

 

自分は、新選組を―――近藤を第一に考えなくてはならない

新選組の為、ひいては近藤の為に、この新選組をもっともっと支えなくてはならない

 

近藤と誓った

武士になろうと

 

その為に、もっと新選組を大きくして

いつか、近藤を本物の武士に―――――

 

それだけの為に、今まで生きてきた

ここまでやってきた

 

だから、駄目なのだと

 

新選組以上のものを作っては駄目なのだと

 

そう自分に言い聞かせてきた

だから、自分にはさくらを想う資格は無い

さくらを一番に想えない自分には、どうこう言う資格もない

 

そう言い聞かせて来たのに――――

さくらが、風間を選ぶんじゃないかと思うと どうしようもないくらい心の中が真っ黒になった

嫉妬と、抑制でぐちゃぐちゃになった

 

行かせたくなかった

風間になど関わらせたくはなかった

 

折角、彼女が風間から離されたというのに

再び戻るなど、許せなかった

 

風間自身にも腹が立った

自分から「要らない」と言っておきながら、さくらを自分のものだと主張する風間にも腹がっ立った

そして、どんな酷い目に合っても そんな風間を忘れられないというさくらにも腹が立った

 

だが、一番腹が立つのは自分だった

さくらを一番に想えないのに、他人の元へはいかせたくない

他の者には渡したくない

風間にだけは絶対に関わらせたくない

 

そんな矛盾だらけの自分に一番腹が立った

 

ずっとずっと、否定し続けてきた

押し殺してきた

 

だが――――

 

 

 

ああ、そうさ

 俺は―――

 

 

 

 

 

 

          さくらを―――彼女を愛している

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女だけは失えない

失いたくない

例えこの命が尽きようとも、彼女だけは失いたくない

 

だから――――……

 

目を、開けてくれ……っ さくら……っ!!

 

何度目か分からない程、血を与えた時だった

ぴくり…と、微かにさくらの手が動いた

 

その瞬間を、土方は見逃さなかった

ハッとして、さくらを見る

「さくら……?」

 

名を呼び、そっと頬に触れてみる

微かだが、彼女の頬に熱が戻って来ていた

よく見ると、顔色もだが、薄っすら色が戻ってきている

 

と、その時だった彼女の金色の瞳が微かに動いた

ゆっくりと、重く閉じられていた瞼が微かに開く

 

「さくら!? 気がつ――――……」

 

「気が付いたのか」

そう問おうとした時だった、彼女の瞳が微かに微笑んだ

そして、ゆっくりと手が伸ばされ土方の首と背に回される

 

突然のさくらの行動に、土方がぎくりと身体を強張らせた

 

「お、おい…さくら……?」

 

名を呼ぶと、彼女の薄っすらと赤みの戻った唇が微かに動いた

 

「……と」

 

「……………?」

 

一瞬、さくらが何を言っているのか聴き取れなかった

だが、土方はそれ所ではなかった

 

まるで抱擁を求めるかの様に背と首に回されたさくらの手に力が篭る

触れられ箇所が、酷く熱を帯びていくのが分かった

 

「……………っ」

 

この先に続くであろう行動が予測出来るのに、土方は動く事が出来なかった

本当なら、直ぐにでも離れなければならなかったのかもしれない

恐らく、今のさくらに意識は無い

無意識下での行動なのは明白だった

 

それが、鬼としての行動なのか、それとも供血衝動からくる行動なのかは分からない

 

だが―――………

 

 

 

 

 

「土方…さん…………」

 

 

 

 

 

 

名を呼ばれた

 

耳に残る美しい声

 

彼女が自分を求めている

彼女の潤んだ美しい瞳が、自分を写している

彼女の唇が――――………

 

そう思った瞬間、土方はそのまま吸い寄せられる様に彼女の顔に自身の顔を近づけた

微かに、彼女が微笑む

それだけで十分だった

 

土方はゆっくりとその菫色の瞳を閉じると

 

 

「さくら………」

 

 

 

そのまま、求められるままに自身の唇を彼女の唇に重ねたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ここは…」

 

気が付くとさくらは、大きな鳥居の前にいた

赤く染まった鳥居には何重にも結界の様に縄が巻かれており

いたる所に、何かを封じ込める様に血の様な赤い字で書かれたお札が張られていた

 

初めて見る場所だった

 

さくらは、そっとその鳥居に手を伸ばした

触れると、微かに脈打っているのが分かる

 

生きている……?

 

その鳥居は、まるで生きているかの様に脈打っていた

だが、何故だろうか…

さくらは、“それ”を知っている気がした

 

何故かしら…

酷く、懐かしい……

 

ずっと昔に、彼女・・知っていた・・・・・様な――――……

 

そこまで考えて、さくらははっとした

 

え?今……

彼女・・と……

 

何故、そう思ったのかは分からない

何故かは分からないが、”彼女“だと思った

 

私、知っている……

ここを、知っている…………っ!

 

そうだわ、あの時・・・私は――――……

 

そこまで考えた時、ふとさくらを呼ぶ声が聴こえた気がした

一瞬何処からかと思い顔を上げると、その声は鳥居の中から聴こえて来ていた

 

「………た」

 

「………………っ」

 

美しい声だった

が、逆にそれが恐怖へと変わった

 

何故かは分からない

分からないが、“怖い”と思った

 

逃げなくては……っ

 

そう思うも、上手く足が動かない

足が震えて、一歩も動けない

 

 

「…………いたのよ」

 

 

徐々にその声が近づいてくる

 

「や………」

 

さくらは、震えながら小さくかぶりを振った

 

「いや………」

 

怖い……

 

   怖い………っ

 

今まで会って来たどんなものよりも、怖かった

 

 

「……って、た………のよ…」

 

 

 

     キィィィィィンンと頭の中に声が響く

 

 

 

「……………っ」

 

さくらは、こめかみを押さえるかのように、頭を手で押さえた

 

  嫌だ……

 

     いやだ……

 

 

 

 

 

「いや…………っ!!」

 

 

 

 

そう叫んだ時だった

瞬間、ふわりと何かに包まれる感覚に囚われた

 

優しい、優しい 誰かの手がさくらを守る様に包み込んでくれる

 

「あ………」

 

知っている

この感覚を知っている

 

 

これは――――…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

さくらは、ゆっくりと目を覚ました

意識がぼんやりとして、頭がはっきりしない

 

「私………」

 

何か、不思議な夢を見ていた気がした

知ってはいけない、何かを見てしまった様な不思議な感覚

 

「なん、だった……かしら……」

 

でも、よく思い出せなかった

さくらは、一度だけその真紅の瞳を瞬かせると 辺りを見渡した

 

そこは、さくらが西本願寺で与えられている部屋だった

 

私、どうしたのだったかしら……

 

薩摩藩邸から帰ってきたら、自分で部屋で

その後、土方が来て……

 

そうだ

あの時、ずっと我慢していた供血衝動が起きて―――……

 

それから……

 

さくらは、そっと喉を押さえた

 

あれだけ渇いていた喉の渇きが無い

むしろ、今は血を飲んだ後の様に体調が良い

 

血を……?

 

そこまで考えて、はっとした

まさか、私――――……

 

考えられる事は一つだった

あの場には、土方しかいなかった

 

まさか、土方さんの――――……!?

 

「……………っ」

 

慌てて起き上がろうとした時だった

不意に、視界に入って来た“それ”に気付き、動きが止まる

 

え…………?

 

一瞬、見間違いかと思い、真紅の瞳を瞬かせる

だが、やはり“それ”はそこにいた

 

「あ、あの………」

 

そこには、土方が座ったまま寝ていたのだ

一瞬、まさかの土方の姿に躊躇う

 

このままにしておく訳にもいかず、恐る恐るそっと手を伸ばす

 

「あの…土方さ―――……」

 

そう声を掛けて、土方に触れそうになった時だった

不意に、土方の身体がぐらりと揺れた

 

「あ!」

 

そう思った時には、既に遅かった

土方の身体をさくらが支えられる訳もなく―――

 

二人はそのまま、さくらの寝ていた布団に上に倒れ込んだ

 

「……………っ」

 

まさかの状態に、さくらが顔を真っ赤にして口をぱくぱくと動かす

 

「あ、あああ、あの……っ!土方さん……っ!!」

 

何とか、声を振り絞った時だった

ゆらりと土方が微かに動いた

 

そして、頭を押さえながらゆっくりと起き上がる

その反応に、さくらがほっとする

 

「よかった…土方さん、起きられ―――」

 

が――――

 

よくよく見ると、頭がはっきりしていないのか土方がぼんやりとさくらを見つめていた

その菫色の瞳が余りにも綺麗で、思わずどきりと心臓が跳ねる

 

それはどんどん早くなり、自分の頬が高揚していくのが分かった

 

「あ、の……土方さ……」

 

「土方さん」と呼ぼうとした声が、“それ”によって遮られた

土方の手が、さくらの頬に触れていたのだ

 

「……………っ」

 

まさかの土方の行動に、さくらが言葉を失う

 

「さくら……」

 

囁く様に優しく呼ばれた名に、さくらは息を飲んだ

抗う術などなかった

まるで、それだけで拘束された様に、動けなくなる

 

 

そして、土方はゆっくりとさくらに近づいてくると そのまま静かにさくらの唇に自身の唇を重ねたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに、このシーンが来ましたwww

ああ…ここまで、伏線張りまくった甲斐がありましたv

無駄に、症状だしてなかったもんなー(´∀`)

すべては、ここでバラす為にあったのだ!

 

後、土方さん自覚しましたよー

オメデトー\(T^T)/

ここまで長かったな!!

でも、口には出さないww(注:行動には出てましたww)

 

しかし、最後のあれはなんですかねー(笑)

明らかに、寝ぼ…もごもご

 

なにはともあれ、にやにやしてくれると嬉しいですvv

 

2013/05/27