櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 四章 虚実の馨り 19

 

 

ザッ……

 

さくら、千姫、原田の三人は御所の裏手に位置する、二本松薩摩藩邸前に来ていた

京には薩摩の藩邸は伏見・錦小路とここ二本松の三つ存在しており

薩摩の京での実質的な活動は、錦小路邸と二本松邸で行われていた

 

特に二本松邸は、家老の小松帯刀の邸や、西郷隆盛などの邸とも近く

出入りも多かっ

 

そして、風間達はこの二本松邸を拠点として動いていたのだ

 

「まさか、鬼どもの拠点が二本松邸だったとはな…」

 

原田が 今、初めて知ったという風にそう洩らした

 

「はい。他にもありますが、千景達の主な仕事は要人警護ですので…」

 

風間や天霧などが薩摩藩に力を貸している事は、原田ら新選組もなんとなく気付いていた

そして、彼らの腕からしてその主だった内容が、要人警護なのも想像付く

何処かしらを拠点として動いているであろう事は分かっていたが、風間らはいつも突如姿を現し、雲に紛れる様に消えるので、足取りが掴めなかったのだ

だが、よくよく考えれば、直ぐ動ける様に警護をする要人の近くに居る可能性が高い

となると、それが二本松邸というのも頷けた

 

さくらは一度だけ原田を見た後、門の前に歩み出た

 

「ご苦労様です」

 

さくらの声に、門番達がはっとした後、慌てて佇まいを直した

 

「これは、姫。 お帰りですか?」

 

門番のその言葉に、さくらは曖昧に笑いながら後ろに居る千姫と原田を見た

 

「連れが一緒なのですけれど、構わないでしょうか?」

 

「は? 連れ…で、ございますか?」

 

さくらの問いに、門番がそちらの方を見るが―――

見た瞬間、ぎょっとした

 

「し、新選組の原田!?」

 

あの浅黄色の羽織を着ていなくとも組長ともなれば、やはり顔も名も知れ渡っているらしく…

門番の驚いた声に、原田がにやりと笑って一歩、歩み出る

 

「確かに俺は、新選組十番組組長の原田左之助だ。文句でもあるのか?」

 

原田の名乗りに、門番が慌てふためきながら原田とさくらを交互に見る

 

「ひ、姫!?な、何故、新選組などと一緒に……っ!?」

 

おろおろとする門番に、さくらが小さく手を合わせた

 

「ごめんなさい。何も言わずに通していただけないかしら?安心して、中で暴れたりはしないから」

 

と、お願いする様に微笑んだ

さくらのその仕草に、門番が一瞬ひるむ

 

「し、しかし……」

 

そう呟きながら、二人の門番がお互いに顔を見合

門番も、外敵から藩邸を守るのが仕事だ

あっさりと、敵(新選組)であろう者の侵入を許す訳にはいかなかった

 

だが、さくらは薩摩の中でも特別待遇で出入りしている風間達の縁者であり、同一待遇を受けている人物である

はっきり言ってしまえば、さくら達が「一」と言ったら、たとえ「二」でも彼らにとっては「一」なのである

それ位の、発言権を持っているのだ

 

さくらと、門番という立場とで板挟みになり、彼らはほとほと困っていた

 

「駄目でしょうか?」

 

さくらの再度のお願いに、門番達はもう一度顔を見合わせた

 

そのはっきりしない態度に、イラッとしたのか…

千姫が突然、ずいっと前に出てきた

 

「もー!はっきりしないわね!!こっちは風間に呼ばれて、わざわざ足を運んで来たの!!いいから、さっさと通しなさい!!」

 

千姫のその怒気の混じった怒鳴り声に、門番が「は、はい!」と、慌てて返事をして道を開けた

千姫は、「まったく…」とぶつぶつ言いながら、そのまま中に入って行く

 

さくらは、千姫のその度胸に唖然としてしまった

 

すると、くるっと門をくぐった千姫が振り返った

 

「ほら、何してるの!さくらちゃんも、原田さんも通って通って!」

 

腰に手を当て、そう叫ぶ

さくらが目を瞬かせていると、原田がこそっと耳元で囁いた

 

「なんか知らねぇが…すごい嬢ちゃんだな?」

 

原田のその言葉に、さくらが一度瞳を瞬いた後、くすりと笑った

 

「そう…ですね。でも…千らしいです」

 

そう答えると、原田がぽんっとさくらの背を叩いて歩き出す

さくらも、その後に続く様に門をくぐった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石畳を通り、邸の戸の前まで歩く

 

さくらが、その戸を開けようとしたその時だった

突然、手を触れてもいないのにその戸がガラッと開いたのだ

 

さくらはびっくりして、思わず出していた手を引っ込めた

 

「おや?」

 

瞬間

中から男の人の声が聴こえてきた

 

そこに立っていたのは――――

 

「小松様?」

 

薩摩藩家老・小松帯刀だった

どうやら、彼が中から戸を開けたらしい

 

小松はさくらを見ると、にこりと微笑んだ

 

「誰かと思えば…これは久方ぶりのご帰館じゃないか、風間の姫・・・・?」

 

小松のその発言に、さくらの表情が一瞬険しくなる

 

「……小松様。その呼び方は止めて下さいと何度も申し上げた筈です」

 

さくらのその言葉に、小松がくすりと笑った

 

「何故だい?君は、皆からも“姫”と呼ばれていたと私は認識しているが?」

 

そういう呼び方・・・・・・・をされるのは、小松様だけ・・・・・です」

 

さくらが強めにそう言うと、小松はおどけた様に肩をすくめた

 

「そうだったか?それは気付かなかったな」

 

嘘…

と、さくらは思った

 

明噺な頭脳を持つ小松が、その事に気付いてない筈がない

この男は、あえてわざと“風間の”と付けているのだ

そこには、風間に対する皮肉が含まれている

 

風間は、確かに薩摩では特別待遇されている―――が

実際の所、風間の自分勝手な行動に薩摩側が難色を示しているのも実状だ

だが、鬼の力を利用したい薩摩としては、切るに切れないのも事実

 

そうして、鬼の力を利用したいと考える薩摩の中で唯一

小松だけが異を唱えている……という、噂を耳にした事がある

そして、おそらくそれは事実なのだろう

きっと小松は“鬼“そのものを嫌悪しているのだ

その証拠に、事ある毎によく風間やさくらに突っかかって来た

こうして、さくらの事を“風間の姫”と呼ぶのも、その一つだ

 

小松がさくらの横をそのまま素通りしようとする

が、ふとある事に気付いた様にその足をさくらのすぐ後ろで止めた

顎に手をやると、視線だけをこちらに向け

 

「そういえば…姫はここ最近は何処に居たんだい?全然、こちらで姿を見かけないから心配したよ」

 

「……………」

 

これも、嘘だと思った

この男が、さくらの心配などする筈がない

 

さくらは、ゆっくりと振り返ると、にこりと微笑んだ

 

「それは、ご心配お掛けして申し訳ありません。ですが、小松様こそお一人でどちらへ行かれるのですか?共の者も付けずに出掛けられるなんて、危のう御座います」

 

さくらのその言葉に、小松が「ああ…」と呟きながら笑みを浮かべる

 

「私は、ちょっと薩摩までね。護衛なら後から来るから問題ないよ。それに今から増えるから、ぞろぞろ連れ歩きたく無いんだよ」

 

それだけ言うと、ひらひらと手を振りながら門の方に歩きだした

通りすがりに原田を一瞬見たが、軽く目を細めた後、何も言わずに行ってしまった

 

薩摩まで……?

 

小松が残して行った言葉が引っかかった

 

小松は、基本的には京で政務を行っている

勿論、薩摩と京を行き来していてもおかしくはないのだが…

 

小松が薩摩へ帰国するには、それなりに理由のあっての事

しかも、「今から増える」と言った

 

何が増えるのかしら……?

 

あの言い回しだと、「連れが増える」という事ではないだろうか?

それは、つまり“薩摩へ誰かと一緒に帰国する”という意味合いになる

 

ふと、先程 千姫が話していた事が脳裏を過ぎった

『土佐が仲立ちして、同盟を結ぼうと思ってたみたい。薩摩と長州』

 

彼女はそう言った

 

だが、それは失敗に終わった筈だ

薩摩の西郷が、会見場所に現れなかったから

 

でも、それと同時に“まだ、諦めていない”とも言っていた

もしかして、それと何か関係が……?

 

そこに浮かび上がってくる人物は―――

 

坂本…龍馬

 

「さくら」

 

不意に呼ばれ、さくらは はっとした

顔を上げると、原田が心配そうにさくらを見ていた

 

「どうした?難しい顔して。具合でも悪いのか?」

 

「あ………」

 

きっと、急に黙り込んでしまったさくらを見て心配してくれたのだ

心配掛けてしまった事に申し訳なく感じつつも、さくらは小さくかぶりを振った

 

「すみません。少し…小松様の言葉が気になったもので……」

 

そう言いながら、何とか安心させる様に微笑んでみせる

さくらが無理して笑っている事に気付きつつも、原田はあえて気付かない振りをした

 

「なら、いいけどよ。あんまり無理するなよ?」

 

「はい」

 

原田の気遣いを嬉しく感じつつも、さくらは小さく頷いた

 

「つか、今の嫌味ったらしい男は誰だ?」

 

原田が怪訝そうな顔をしながら、小松が去って行った門の方を見る

 

「嫌味……。あの、小松様はあまり千景や私の事を快く思われておられないので…、あれは小松様なりの牽制の仕方かと……」

 

「小松?」

 

「あの方は、薩摩藩のご家老の小松清廉帯刀様ですよ」

 

「小松…帯刀……?」

 

原田がそこまで呟いて、首を傾げた

 

「小松……小松小松……どっかで聞いた名だな……」

 

そうぼやきながら、唸りだす

どうやら、そこまで出掛かっているのに、上手く出てこないらしい

喉の奥に、小骨が突き刺さった様にすっきりしないのだろう

 

「こういう事は新八が詳しいんだけどなぁ…」

 

二条城警備の時の説明をしてくれた永倉を思い出す

確かに、永倉はこういった話に強い様だった

 

「小松様は、ご家老というお立場ですから、もしかしたらお名前ぐらい耳にした事あるかもしれません」

 

助け船を出してあげたいが……

原田が何の事柄を思い出そうとしているのかが分からないので、これ以上言い様がなかった

 

千姫を見ると、彼女の同じらしく肩をすくめている

 

仕方ないので、さくらは小さく首を傾げながら原田を待った

少しの間、そうして待っていると……

 

「あ」

 

何かを思い出したのか、原田が手を拳で叩きながら声を上げた

 

「思い出した!禁門の時、米を配ったとかいう奴だろう!?」

 

そういえば……

 

禁門の変の後、小松は長州藩から奪取した兵糧米を戦災で苦しんだ京都の人々に配っていた筈だ

ついでに言うなれば、第一次長州征討では長州藩の謝罪降伏にも尽力している

 

「はい、その小松様です」

 

さくらがそう頷くと、原田がやっとすっきりしたという風に笑った

その時だった

 

「おや、そこにおられるのは、桜姫ではありませんか」

 

声のした方を、はっとして振り返ると

邸の中から、ゆったりとした動きで天霧九寿が出てきた

 

「天霧……」

 

「この様な所で、どうされました?」

 

今までと変わらず接してくれる天霧に、何とも言えない気持ちになる

天霧はさくらを見た後、後ろに居る千姫の方を見た

 

「千姫、ご無沙汰しています。中々こちらから出向く暇が取れず、申し訳ない」

 

天霧が丁寧に頭を下げ

千姫は、何でもない事の様に軽く手を振り

 

「ううん、いいのよ。その様子だと、元気にやってるみたいね」

 

「………千?」

 

一瞬、何の話をしているのかと疑問に思う

 

知り合い…なのは、別段おかしくないのだが……

まるで、何かのやり取りがあった様な雰囲気だ

 

すると、それを察したであろう天霧が口を開いた

 

「姫にはお話ししていませんでしたね。彼女には、京に来たばかりの頃、世話になりました。 かれこれ、二年ほど前でしょうか」

 

「お世話って程の事してないじゃない。相変わらず折り目正しいっていうか、堅苦しいっていうか……」

 

そう言いながら、千姫がくすりと笑った

 

二年前というと、文久三年の六月頃だ

丁度、池田屋事件の一年前ぐらいである

 

そういえば……風間やさくらはその年の冬頃に京に上がったが

天霧は準備の為、その半年前から何度か上京していた筈だ

恐らく、その時の話なのだろう

 

「それにしても……」

 

そこまで呟いて、天霧が一度目を伏せた

そして、ゆっくりと開け その矛先を原田へと向ける

 

「彼は、新選組の原田とお見受けしますが……、何故お二方とかの様な者がご一緒にいらっしゃるのでしょうか?」

 

その声先が鋭くなったのを感じ、さくらは慌てて口を開いた

 

「あの……!千景に会いたいのだけれど、千景はいるかしら?」

 

さくらのその言葉に、天霧が少し驚いた様な顔をする

 

「風間に…ですか?姫は、風間を見限られた…と思っていたのですが……」

 

「え……?」

 

今度は、さくらが驚く番だった

 

私が千景を見限った……?

 

そんな筈は無かった

あの日、あの晩、見限ったのは風間の方だ

 

「天霧……?どういう…意味なの?私を見限ったのは……千景…でしょう………?」

 

さくらは、声を震わせながら言葉を紡いだ

その言葉に、天霧が一度だけ瞳を伏せて

 

「ああ……そういう事になっていましたね。これは、失礼を。私の、思い違いでした」

 

そう言って、うやうやしく頭を下げた

 

「…………っ」

 

さくらは、困惑の色をその真紅の瞳に映した

 

そういう事になっているって……

 

その言い方では、まるで“事実は違う”様ではないか

しかも、あの天霧が“思い違い”をして言ったとはとても思えなかった

 

どういう事なの……?

 

そう思うと同時に、これ以上蒸し返さないで欲しいと思った

必死に忘れようとしているのに、かき乱さないで欲しい…と

 

だが、天霧の行動はそれとは反して、核心に触れてきた

 

「風間も、あれは本心で言ったのではない筈です。それは、姫が一番お判りでしょう?」

 

「…………」

 

何を言っているのだろう……と、さくらは思った

”本心ではない”……?

 

それと、同時に心の中で何かが叫ぶ

「止めて……」と

 

「姫が今でも風間を想う気持ちが少しでもおわりなら―――……」

 

「…………っ」

 

 

止めて……っ!!

 

 

 

さくらが、いよいよ耐えられなくなり、その耳を塞ぎたくなった時だった

 

 

 

 

 

「おい、いい加減にしろよ」

 

瞬間、頭上から怒気の混じった声が聴こえてきた

はっとして、顔を上げると……

いつの間にか、さくらを背に庇う様にして天霧の前に躍り出た一つの影があった

 

「は、らだ…さん……?」

 

それは、一緒に付いて来てくれた原田だった

原田は、さくらを庇ったまま一歩前に歩み出ると、その鋭い眼光で天霧を睨み付けた

 

「くだらねぇ、甘言でこいつを惑わすんじゃねぇよ。第一、暴言を吐いたのはお前の主の方だろうが。謝罪の一つもしねぇで、ご託並べてるんじゃねぇ!!」

 

原田の怒声に、天霧が一瞬だけ目を細めた

が、ゆっくりと伏せた後、小さく息を吐いた

 

「確かに、貴方の仰る事にも一理ある。……仕方ない、今回は引きましょう」

 

そう言うと、天霧はスッと身を引いて道を開けた

 

「どうぞお入りください。風間に用があるのでしょう?」

 

その、天霧の潔い身の引き方に、原田が顔を顰める

さくらは、天霧の言葉をどう取っていいのか分からず、少しだけ困惑した様に瞳を揺らしたが、それは一瞬だった

天霧の性格からして、この行動に裏は無い

それは、さくらもよく理解しているつもりだ

 

おそらく、天霧は本当に風間に会わせる為に中に入れてくれるのだろう

さくらは、そっと原田の腕を掴むと少しだけ引っ張った

 

「原田さん、行きましょう。千も」

 

そう言って、原田と千姫を促す

原田は若干難色を示していたが、さくらと千姫が入って行ったので、仕方なくその後に続いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通されたのは、風間の元ではなく小さな別室だった

おそらく、会見などの前に待つ時に使われる部屋なのだろう

開け放たれた、障子戸の向こうに見慣れた庭が見える

 

三人をそこへ案内すると、天霧は「風間に会う意思があるか、聞いてきます」と言って去って行った

すると、すぐさま侍女が三人に茶を出して行った

 

原田は、出された茶の器を手に取ると、物珍しそうにまじまじと眺めた

 

「なんだ、これ。切子…か?」

 

その器は、美しい淡い蒼色をした硝子の切子だった

 

「原田さんは、切子をご存じで?」

 

「ん?ああ、江戸にもあるだろう?」

 

原田のその言葉に、茶を飲んでいた千姫が頷いた

 

「ああ、江戸切子の事ですね」

 

確かに、江戸にも江戸切子というものが存在した

だが、これはそれではない

 

「これは、薩摩切子ですよ。ほら、淡い半透明の蒼色をしていますでしょう?無色透明が多い江戸切子と違って、薩摩切子は色被せ硝子を用いた切子なのです。色を厚く被せた素材で、切子が半透明な淡い感じの仕上りとなるのが特徴ですよ」

 

勿論、江戸切子にも色被せ硝子を用いた物も存在するが、仕上がりが全く違う

江戸切子は薩摩切子とは違い、もっと仕上りがはっきりとして華やかなのである

そして、彫も深く鮮明で正確である

 

薩摩切子は、薩摩藩が島津斉彬の開明的殖産政策により、江戸切子の職人を招くなどして「集成館」にて行われた物である

陶器的に言えば藩窯……いわゆる、諸藩で経営した窯である

その特徴は、被せの厚さとぼかし

 

対して、江戸切子は江戸の町工房……つまり、切子職人達によって行われていた品である

庶民の硝子として、菓子皿から装身具まで作られ、江戸の粋な文化を反映した模様と、透明な硝子というのが特徴である

 

簡単に言うと、薩摩切子は藩主体の品

江戸切子は、町工房の個人主体の品なのである

 

「こちらの邸では、少しでも薩摩切子の良さを知っていただく為に、他藩などのお客人にはいつもこちらでお茶をお出ししているのです」

 

「……それは、一応俺らも“客”扱いされてるって事か」

 

原田がそうぼやきながら、そのまま茶を啜った

さくらは、苦笑いを浮かべながら、一口茶を飲んだ

 

その時だった

廊下の奥から足音が聞こえてきた

どうやら、天霧が戻ってきたらしい

 

「風間が会うと言っております。が……姫」

 

不意に、天霧の視線がさくら一人に向けられた

 

「……会うのは、姫お一人のみです」

 

「「なっ……!!」」

 

天霧の言葉に、ガタンッと原田と千姫が身を乗り出した

 

「ふざけんな!さくらを風間に一人で会わせられる筈がねぇだろうが!下心丸見えじゃねぇか!!」

 

「そうよ!いくらなんでも許可出来ないわ!!」

 

原田の言葉に、千姫も同意する

だが、そんな二人相手にも天霧は涼しい顔のままだった

 

「では、此度は諦められますか?風間は、姫お一人でなければ会わないと言っている」

 

「そんな……っ」

 

さくらが、切羽詰まった様な声を上げた

折角、無理をお願いしてここまで来たというのに、何も聞けずに帰るなんて……

 

次、いつこんな機会が巡って来るか分からない

いや、今引き下がれば、きっと二度と聞く機会は失われるかもしれない

今しか無いのだ

 

確かに、身の危険はあるかもしれない

だが、命の危険程ではないだろう

仮にもここは薩摩藩邸内でもあるし、何より風間がさくら相手に刀を抜く事は今までだって一度だって無かった

 

それなら……

 

さくらは息を飲み、ゆっくりと顔を上げた

 

「あの…私、一人で行ってきます。二人はここで待っていて下さい」

 

さくらの言葉に、原田と千姫が驚いた様な顔をした

と、同時に千姫が叫んだ

 

「駄目よ!さくらちゃん!!いくらなんでも、一人なんて危険だわ!!」

 

「でも……千景は私一人でなければ会わないと言っているのだし…仕方ないわ。それに、いくらなんでも、刀は抜かないと思うの」

 

「“刀を抜かないから危険は無い“なんて甘すぎるわよ!!」

 

「そうだぜ、さくら。よく考えろ。仮にも相手はあの風間だぞ?力に訴えられたら、女のお前じゃ太刀打ちなんて出来る筈がない」

 

原田や千姫の言いたい事はよく分かる

分かるが……

 

「ごめんなさい……。それでも、行きたいと言ったら駄目かしら……?」

 

こんな機会、滅多にない

千載一遇のこの機を逃す訳にはいかなかった

 

きっと、心の奥でまだ信じているのだ

あれだけの扱いを受けたのに、風間の事を信じたいと願う己がいる

そして、それが囁くのだ

“行くべきだ”―――と

 

原田と千姫が、顔を見合わせた

と、同時に溜息を付いた

 

「……さくらちゃんは、相変わらず頑固ね」

 

「まったくだ。こいつは、こうと言ったら梃子でも動かかねぇからな」

 

「……ごめんなさい」

 

何だか申し訳なくて、肩をすぼめてしまう

すると、千姫が肩をぽんと叩いた

 

「分かった。私達はここで待ってるから行ってきなよ。ただし!危なくなったら絶対に逃げる事!!」

 

いい?という感じに、千姫が注意する

さくらは、こくりと頷いた

 

「それからさくら、あの約束覚えてるか?」

 

原田に言われて、ここに来る前に約束させられた事を思いだす

 

『ただし、約束しろ。もし、少しでも危険を感じたら、絶対俺を呼べ。そして、引き返す事。いいな?』

 

彼は、そう言った

さくらが「はい」と頷く

 

「もし、少しでも危険を感じたら、絶対に俺を呼べよ?約束だからな。これが守れねぇ様なら、この話はなしだ」

 

あの時と同じように原田が言う

 

「分かりました」

 

さくらが、そう言いながら頷いた

そして、今一度二人を見ると、ゆっくりと頭を下げる

 

「ありがとうございます」

 

そう告げると、さくらはスッと立ち上がった

そして、廊下にいる天霧の元へ行く

 

「お話は、決まりましたか?」

 

天霧の問いに、さくらは小さく頷いた

 

「私一人が、千景の元へ行きます」

 

さくらがそう言うと、天霧が「結構」と言いながら頷いた

 

「では、姫。奥の茶室へ、風間がそこで待っています」

 

それだけ言うと、天霧は一歩下がった

 

「茶室?千景が……?」

 

風間に宛がわれた部屋ではなく、わざわざ茶室に呼び出すというのが意外だった

何故なら、茶室はさくらにとっては馴染みのある場所だが

風間にとっては、縁遠いい場所だからだ

 

茶の湯を嗜むさくらとは違い、風間は基本茶の湯自体…というか、あの抹茶の味自体を好まない

今までも、率先して飲もうとしたりはしなかった

その風間が、何故茶室を選ぶのか……

そこが分からなかった

 

だが、それは同時にさくらに一つの安心を産んだ

 

個人部屋に案内されるのではなく、自分に馴染みのある部屋だというのが、そうさせたのだ

幾分か、緊張がほぐれる

 

さくらは、言われた通り茶室に向かおうとして、足を止めた

天霧がその場からまったく動かず、案内する気配もないのだ

 

「……天霧?行かないのですか?」

 

さくらがそう尋ねると、天霧は静かに頭を垂れ

 

「“姫、お一人で”―――と、先程申した筈ですが?」

 

天霧のその言葉に、さくらが一度その真紅の瞳を瞬かせた

 

どうやら、“一人で”というのは、ここから既に始まっているらしい

さくらは、小さく息を吐くと頷いた

 

「分かりました。では、天霧もここで待っていて下さい」

 

さくらがそう言うと、天霧は更に深く頭を垂れた

さくらも一度軽く頭を下げると、そのまま茶室に向かって歩き出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おや……ちーとの会話まで入らずwww

それどころか、土方さんのひの字すら出てきていないというwww

 

新キャラ・小松登場

とりあえず、必死に遙かの帯刀と差別化したのだが……

存外、嫌な奴になりました

だが、小松があの上から目線の話し方なのは立場上仕方ない(何せ家老だが若い)

&鬼を~のくだりの詳細は、その内出てきます(決して、嫌悪している…とは違う)

何故、彼がキャラとして出て来たかというと……今後のちー登場回の為だ

 

ちなみに余談 切子=カットグラスの事です(和名)

一応、薩摩切子は普通の皿などもありますが…大体、カットグラスが出てくると思う 検索しても

 

※京に薩摩の藩邸が三つあるのは事実ですが…

どこがメイン拠点だったのかは、不明

調べたが分からなかった……

ただ、二本松邸は、マジで小松邸や西郷邸と近く、

伏見邸は龍馬など志士が活動拠点にしていたそうです

 

2011/07/10