櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 四章 虚実の馨り 16

 

 

「すみません、山崎さん。こんな朝早くから……」

 

「いや、構わない。それに前にも言ったと思うが、副長の命なら拒む理由は無い」

さくらが恐縮する様に山崎に謝ると、前と同じ様に山崎は何でもない事の様に首を振った

 

さくらと山崎は、朝市に来ていた

朝だというのに、市の周りは人でごった返している

 

事の発端は、昨夜

土方が、さくらに新鮮な食材を買ってきてくれないかと頼んだのが事の始まりだ

なんでも、沖田に栄養のある物を食べさせたいらしい

勿論、費用は土方持ちだ

 

てっきり一人で行くものとばかり思っていたが……

朝、山崎が迎えに来たのだ

どうやら、土方に護衛を頼まれたらしい

いつの間に…と、思ったが 断る理由もないので、そのまま二人で出てきた

 

「それで、最初は何を買うんだ?」

 

「ええっと……そうですね。お魚でしょうか…?後は、たまごとお野菜と……」

 

そこまで言い掛けて、さくらは言葉に詰まった

少し考えて、首を捻る

 

「あの……今の時期ですと、何がいいでしょうか?」

 

料理を初めて、まだ日が無いので

その辺の知識はあまりなかった

 

「私の知っている範囲ですと…鰹や鯛…後は…そうですね、もしかしたら鮃もあるかも……?」

 

今まで藩邸や薩摩の邸で出てきた物といったら、そのぐらいしか浮かばなかった

さくらの言葉に、山崎が思わず苦笑いをする

 

「ま、まぁ、それもあるが…その辺はちょっと高くないか……?」

 

「あ……やっぱり、そうですよね……」

 

多分、そうじゃないかとは思っていたが…

どうやら、やはりそうだったらしい

 

「じゃぁ、普通だと何でしょう?」

 

さくらの問いに、山崎がう~んと唸る

 

「そうだな…無難な所で鯵じゃないだろうか?後は、山女魚か?」

「山女魚……」

 

正直、食した事ないので、どんな味か分からない

「では、鯵にしましょう」

 

無難に、知っている方を選ぶ

魚屋に向かうと、頭にはねじりはちまきをした中年の店主が、威勢よく声を上げていた

 

「すみません」

 

さくらが声を掛けると、店主はにかっと笑って

 

「おお、らっしゃい!何をお探しで?」

 

「えっと…鯵ありますか?出来れば、鮮度が高いのがいいのですけど……」

 

「鯵ね!それならいいのがあるよー!」

 

そう言って、店主が店の奥からたらいごと持ってきた

中には水が入っていて、その中を―――

 

ぴしゃん

 

「きゃぁっ!」

 

何かが跳ねた

 

さくらは驚きのあまり、慌てて後退る

咄嗟に、傍に居た山崎の袖を掴んでしまった

 

「生きが良いだろう!」

 

店主が、わはははははと豪快に笑いながら言う

 

生きが良いというか……

 

「そ、そそそれ……っ」

 

震える声でたらいを指さす

たらいの中をすいすいと泳ぐのは…まぎれもなく生きている魚

 

え…ええ……?

どうして、生きている物が店にあるの……

 

思わず、眩暈がしそうになるのを必死に堪える

 

「どうする?」

 

山崎に声を掛けられて、さくらは思いっきり首が千切れんばかりにぶんぶんと横に振った

山崎がそれを見て、くすりと笑う

 

「だ、そうだ。店主、生きてないのはないか?」

 

「生きてるのは駄目なのかい?」

 

店主が、しょぼくれた様に尋ねる

 

だが、山崎がきっぱりと断る

 

「駄目だ。彼女が怯えている」

 

「それじゃぁ、仕方ないねぇ……」

 

そう言って、店主がたらいを仕舞った

さくらが、それを見てほっとする

 

瞬間、自分の手が山崎の袖を掴んでいる事に気付き、慌てて手を離す

 

「ご、ごめんなさい、山崎さん。私、つい……」

 

一瞬、何について謝られているのか分からなかったが、直ぐに合点がいき山崎が「ああ…」と声を洩らした

 

「いや、構わない。何なら、ずっと握ってくれていても構わないが?

 

山崎の申し出に、一瞬目を瞬きさせるが……

次の瞬間、かぁーと頬が熱くなるのを感じた

 

「あ、い、いえ……大丈夫…です」

 

「そうか、それは残念だ」

 

「え……?ざんね……???」

 

さくらが首を傾げている内に、山崎がさっさと鯵を購入してしまった

 

「さて、魚は手に入った。後は何だったか……ああ、たまごと野菜か。店主」

 

山崎の声を掛けられ、店主が「あいよ、なんですかね?」と返事をする

 

「たまご売りは、今日はこの辺に来てないだろうか?」

 

山崎の質問に、店主がう~んと唸る

それから、奥にいるおかみさんに声を掛けた

 

おかみさんが出てくる

 

「たまご売りかい?それなら、あっちの方で見かけたよ。”たまあーご たまあーご”聞こえたからね」

 

「そうか、助かる。じゃぁ、行こう」

 

そう山崎が促した

さくらは、頷くと魚屋の店主に軽く頭を下げて、山崎の後に続いた

 

おかみさんが、ほぅ…とうっとりする顔で

 

「若い夫婦かねぇ……旦那さん、しっかりしてていいじゃないかい」

 

などと言われていた事など、知る由もない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し歩くと、たまご売りの掛け声が聞こえた

 

「あっちだな。急ごう」

 

山崎に言われて、後に続く

 

すると、人垣の向こうでたまご売りがたまごを売っている最中だった

若い娘が、たまごの入った籠を持って去っていく

 

「すまない、たまごを買いたいのだが」

 

山崎が声を掛けると、たまご売りの男はニッと笑い

 

「らっしゃい!兄さん、幾つだい?」

 

山崎がたまご売りと話している

さくらは、目を丸くしながらその様子を見ていた

 

「たまごって…お店に並んでいる訳ではないのですね……」

 

たまごを買って戻ってきた山崎に対して出てきた言葉はそれだった

 

「ん?ああ、そうだな。大概、ああしたたまご売りが籠を抱えて売り歩いてるんだ。……もしかして、知らなかったのか?」

 

山崎からの問いに、さくらは正直に「はい」と答えた

 

「てっきり、普通にお店に並んでいるものと……」

 

自分の知らない事が、沢山あるのだと驚くばかりだ

 

「そうか」

 

それを聞いて、山崎がくつくつと笑い出した

 

「わ、笑う事ないじゃありませんか」

 

「いや、すまない」

 

さくらが抗議すると、山崎は謝罪しながら笑っていた

 

「本当に、知らなかったのかと、思うと…つい」

 

そう言いながら、口元を押さえている

 

さくらは、少しだけむっとして山崎を睨んだ

すると、山崎が笑いながら手で制した

 

「そう、怒らないでくれ。すまなかった」

 

そう言っているが、山崎のその肩が震えている

さくらは、むぅ…として、ふいっとそっぽを向いた

 

「もう!山崎さんは、そこで一生笑っていればいいんです!」

 

そう言って、すたすたと歩き出す

 

「あ、ああ……っ!悪かった!悪かったから、一人で行かないでくれ!」

 

それでは護衛にならない!と、山崎が慌てて追いかけ来たが…

さくらは、あえて返事をしなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野菜も買って、帰路に付く

 

さくらは、ちらりと山崎を見た

荷物の殆どを山崎に持たせてしまって、何だか申し訳ない気持ちになる

 

何度、持つと言っても

「君に、重い物を持たせる訳にはいかない」と断固拒否だ

 

「あの……山崎さん、大丈夫ですか?」

 

おずおずと尋ねるさくらに、山崎は平然としたまま

 

「ああ、大した事ない」

 

と、答えるが……

余りにも、大荷物な為不安になる

 

「でも………」

 

やはり、申し訳ない気持ちになり、そう言い募ろうとすると

 

「なら、これを頼む」

 

と言って、渡されたのはたまごの入った籠だった

 

「……えっと…これだけ、ですか?」

 

山崎の持つ物に比べると、凄く微量なのだが……

 

そう思うさくらに、山崎ははっきりと

 

「何を言っている。それは、重要な任務だぞ」

 

「任務……?」

 

「たまごは、少しの衝撃で直ぐに割れてしまう。それを防ぎながら歩くんだ。精神と忍耐と集中力、それと力の加減さを求められる、重大な任務だ」

 

「精神と忍耐と集中力と力加減……」

 

そんなに重要な物なのかと…じっと、たまごの入った籠を見る

 

「君になら出来る」

 

そう言いながら、山崎が頷く

余りにも山崎が真面目な顔なので、さくらはごくりと息を飲んだ

 

「は、はい。頑張ります」

 

心なしか、たまごの籠を持つ手に力が籠る

 

「その意気だ」

 

山崎が笑みを作って頷いた

 

「でも、山崎さんがいて下さって助かりました。ありがとうございます」

 

素直な気持ちを言うと、山崎が何でもない事の様に首を振った

 

「俺は、単に副長の命に従っただけだ。何もしていない」

 

山崎の言葉に、さくらが首を振る

 

「そんな事ありません。きっと私一人だったら、お魚もたまごも買えなかったと思います」

 

魚もたまごも、山崎がいたからこそ買えた様なものだ

 

「君こそ、野菜の目利きは凄かったじゃないか」

 

「あ、それは…千鶴に教わっていただけで、私の力では……」

 

「いや、俺だったらあそこで適当に選んでいただろう」

 

そう言いながら、山崎が深く頷く

 

「それに、大変だっただろう? こんな朝早くからだしな。まぁ…貴重なものが見れたのは役得だが」

 

そう言いながら、何かを思いだしてくつくつと笑い出す

 

それが、たまごの件だと直ぐに分かり、さくらは恥ずかしさのあまり、頬を赤く染めた

 

「も、もう!その事は、言わないで下さい……っ!聞いてます!?山崎さん!!」

 

声を上げて笑う山崎の後を、不服そうに怒りながらさくらは続いたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――昼

 

「うぉー!すげぇ!!」

 

広間に並べられた昼餉の膳を見て、最初に声を上げたのは永倉だった

まじまじと、自分の前の並ぶ豪華な膳に目をキラキラさせる

 

「鯵の煮付け(お頭付)に、だし巻たまごに、これはそら豆の合わせ飯かぁ~」

 

うっとりとした目で永倉が膳を眺める

 

「うう~よだれが……」

 

じゅるりと鳴らしながら、口元を手でぐいっと拭いた

 

「新八っつぁん、頼むから唾散らさないでくれる?」

 

永倉の興奮具合に、顔を顰めた藤堂が抗議の声を上げる

 

「今日は、どうしたんだ?さくら。えらく豪華じゃないか」

 

原田がそうさくらに尋ねる

 

「え、っと……」

 

さくらが、どう答え様かちらっと土方を見るが、土方は何でもない事の様に、澄ました顔をしていた

 

「……お、一昨日の大掃除、皆さんが頑張って下さったので、そのお礼です」

 

言い訳にしては、苦しかっただろうか……

そう思ったが、永倉などは意外にあっさり納得した

 

「そっかそっかぁ~俺様、頑張ったもんなぁ~さっすが、さくらちゃん!粋な事するぜ!!」

 

うんうんと、頷きスチャッと箸を構える

 

「んじゃ、いっただきまーす!」

 

そう言って、思いっきり鯵の煮付けにかぶり付いた

 

「ん~~~~旨い!!お、何だよー平助。食わねぇなら俺が―――」

 

と、永倉の箸が藤堂の膳に伸びる

 

「ちょっ……!新八っつぁん!!勝手な事言わないでくれる!?食うに決まってんだろう!」

 

すかさず、藤堂が永倉の箸を箸で遮る

 

隣で醜い攻防を繰り広げる永倉と藤堂をよそに、原田はゆっくりと自分の昼餉を食べていた

 

「さくら、また腕上げたな。このだし巻たまご絶品だぜ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

原田の言葉に、さくらはにこりと微笑んだ

 

一通り、原田達の膳を並べ終わると、今度は斎藤達の方へ膳を並べて行った

 

「あれ?」

 

ふと、何かに気付いた様に沖田が声を上げた

 

「ねぇ、僕のだけ料理が少し違わない?」

 

何を指しているのか気付き、さくらがそっと沖田の前に移動する

 

「基本は一緒ですよ。ただ、食べやすい様にしていますから、食欲なくても少しでいいので食べて下さいね?」

 

さくらの意図に気付いたのか、沖田は「ふーん」と声を洩らし、一口だけ箸を付けた

 

「……まぁ、いいんじゃないの」

 

そう言っていたが、口にしてくれた事にさくらはほっとした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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食事が終わって、さくらと千鶴は境内の掃き掃除をしていた

秋ほどではないが、所々に葉が散っている

 

隊士達の出入りも多いので、普段から手の空いた時に出来るだけ綺麗に掃き清める様にしているのだ

 

沖田さん、少しでも食べてくれて良かった……

 

永倉達の様に、お代りまではいかないとしても

少なくとも、普段よりは食べてくれていたのではないだろうか

 

元々、あれは沖田の為に買ってきた物なので、沖田が食べてくれなかったら意味がなくなる

でも……

 

食事を少ししたからと言って、病状が良くなる…という訳ではない

 

根本的解決には、なってないのよね……

気が付くと手が止まっていた

 

松本が診てくれているのだから、大丈夫だと自分の言い聞かせても、やはり気になった

 

と、突然ひゅぅっと風が吹いた

 

「………っ」

 

傍の池に水紋が浮かぶ

 

「……こんな所にまだいたのか」

 

瞬間、背後から嘲笑うような声が聞こえた

 

「………っ!?」

 

聞き覚えのある声に思わず身を強張らせる

 

忘れたくとも、忘れられない声―――

あの日、さくらを”要らぬ”と言ったあの人の―――

 

さくらは息を飲み、恐る恐る振り返った

 

「鬼の血を引いているお前が、人間の使い走りとはな」

 

そこに居たのは、やはり風間千景

風間は池の岩上に立っていた

 

嘲りと蔑みを含んだ皮肉な口調に、さくらは竹ぼうきの柄をぐっと握った

 

「な、何をしにきたのっ!千景!!」

 

精一杯声を張る

そんなさくらを風間は鼻で笑った

 

「ふん。滑稽を通り越して、哀れにすら感じるぞ」

 

冷ややかな赤い瞳がさくらを嘲る様に見ている

 

「…………」

 

さくらは黙って、自分の前に立つ風間を睨み付けた

 

「そういきり立つな。今日は戦いに来た訳じゃない」

 

そう言って、風間がふわりと岩から降りてくる

 

一歩 ―――さくらに歩み寄った

 

「ち、近づかないで!」

 

さくらは、ギュッと竹ぼうきの柄を握り締め後退する

 

風間がにやりと、その口元に笑みを浮かべた

 

「何を恐れる?俺とお前の間ではないか」

 

「な…に、言って……」

 

また、一歩

風間が近づく

 

手が震える

声を出したい

 

それを、何とか押し留まらせる

 

スッと風間の手が伸びてきた

 

「………っ」

 

さくらがびくりと肩を震わす

が、その手はさくらに触れる事無く、その横の髪をひと房すくった

 

さらりと、数本だけ風間の手から落ちる

 

「さくら―――」

 

そう呟くと、風間はその手にある髪に唇を落とした

 

「―――っ」

 

さくらが、びくっと肩を震わす

 

「な、にを……っ」

 

動揺のあまり、言葉が出ない

微かに、風間の口元に笑みが浮かんだ

 

その時

 

「さくらちゃん、あっちの方は終わって―――」

 

向こうの方を掃除していた千鶴がやって来た

風間の視線が千鶴に向けかれる

その瞳は、笑っていない

 

「―――千鶴っ!」

 

さくらは、ハッとして慌てて風間の手から逃れると、千鶴をその背に庇った

 

「え……?さくらちゃ……?って…えっ!?風間さん!?」

 

風間の存在に気付いて、千鶴が身を強張らせる

 

風間の冷たい瞳が、千鶴に向けかれているのが分かった

 

「―――帰ってっ!」

 

さくらは、風間を睨みつけると、思いっきり虚勢を張った声で叫んだ

だが、風間は気にした様子もなく、ふっと口元に笑みを浮かべた

 

「丁度いい。お前と鋼道の関わりを言え」

 

「え……?」

 

声を掛けられた千鶴は、風間から出た父の名に驚いた様に、目を見開いた

 

「……父様の事を知っているの?」

 

「……父様?それは鋼道の事か?」

 

千鶴は頷いた

 

「雪村鋼道は、私の父です」

 

一瞬、風間の表情が動いた様に見えた

 

「……なるほど」

 

と、何かを納得した様に呟いた

 

混乱しているのは、千鶴の方だった

何故、風間の口から父の名が出てくるのか―――

 

「貴方達、一体父様のなのを―――」

 

何を知っているのかと、訳が分からないまま風間を問い詰め様とした時だった

不意に、風間の持つ気配が鋭くなる

 

「―――さくら」

 

数段低い声で、名を呼ばれ さくらがびくりと肩を震わせた

さくらを見る風間の赤い瞳が―――微かに鋭くなる

 

瞬間、風間の手が伸びてきたかと思うと、ぐいっと髪を引っ張られた

先程とは違う、明らかな敵意―――

 

「痛……っ」

 

急に髪を引っ張られ、さくらは顔を顰めた

 

「さくらちゃん!!」

 

千鶴が慌てて止めに入ろうとするが、風間がそれを許さなかった

 

風間は更に髪を引っ張り、さくらを自分に引き寄せた

 

「印はどうした」

 

え―――?

 

一瞬、何の事を言われているのかと、困惑するが

直ぐに、何を指しているのか分かった

 

赤い結い紐の事だ

 

「さくら―――何故、印を付けていない」

 

その声音には、怒りが混ざっていた

 

「そ、れは………」

 

風間が不快そうにさくらの髪を結ぶ菫色の織物を見た

 

「……気に入らぬ。外せ」

 

そう言いながら、風間の手がその織物に伸びた

 

「――――っ」

 

さくらが、抵抗する様に身体をよじる

 

それは、土方さんの―――

 

 

「やめっ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵地に単独で忍び入るか。……悪いが、そんな勝手は見過ごせねぇな」

 

 

 

 

 

 

 

 

ふいに声がした

 

「土方さんっ!?」

 

建物の陰から姿を現した土方が、さくらと風間の間に割って入る

そのまま風間と睨み合う土方の横に、原田と藤堂が姿を現した

 

「昼間っから何しに来た?女を口説くにはまだ早い時間だぜ」

 

そう言いながら、原田が槍を構えると同時に

 

「こいつらに近づくんじゃねぇ!」

 

藤堂がそう言って躍り出ると、千鶴を背に庇った

 

「原田さん、平助君……!」

 

千鶴がホッとして言葉を洩らすが

それもまた、風間にとっては嘲笑の対象となってしまう様だ

 

「そうして群れる様は、犬猫の如く―――だな」

 

「……言ってくれる」

 

土方はさらに鋭い目で風間を睨み付け、鯉口を切った

 

一触即発の空気が場を覆いかける

が、不意に風間が緊張を解いた

 

「遊んで欲しいなら相手をしてやるが、生憎今日は、用事を済ませに来ただけだ。 それから……ただの人間を鬼に作り変えるのは止めておけ」

 

一瞬、千鶴がどきりとする

 

松本に聞いた変若水の事だと察したのだろう

さくらは、後ろから感じる緊張に唇を噛み締めた

 

「お前には関係ねぇ」

 

「おう。白昼堂々と女を襲う様な、下衆の言い分なんざ聞く耳もたねぇな」

 

土方と原田は相手にしないという様に、そう言い放った

風間は目を細め、乾いた笑みを浮かべた

 

「愚かな……俺はお前らに情けをかけ、わざわざ忠告してやっているのだぞ?」

 

すると藤堂が一歩、風間の方へ身を乗り出して叫ぶ

 

「ここはオレらの領分だ!ご託並べてないで、とっとと帰れっての!」

 

「くくっ、弱い犬ほどよく吠えるな」

 

風間は笑みを浮かべながら、その視線を千鶴に向けた

 

「鋼道はこちら側にいる。意味は分かるな?」

 

「え……?」

 

薬の話をしていた筈なのに、再び父の名を出され、千鶴は困惑した

”こちら側”の意味が分からない

 

「お前の父は幕府を見限ったという事だ」

 

「!?」

 

千鶴の動揺が、さくらにも伝わる

 

「千景……っ、それ以上は―――」

 

遮ろうと口を開いたさくらを見た風間の唇に、うっすらとした笑みが浮かぶ

 

「ああ……良い事を教えてやろう。さくら」

 

 

 

 

 

 

 

   「八雲道雪の事を知りたければ、俺の元へ来い」

 

 

 

 

 

 

 

「………え…?」

 

―――どくん と、心臓が跳ねた

 

な……に………?

 

”八雲道雪”

 

突然、降って湧いた様に出された父の名に、さくらが目を見開いた

その反応を見て、風間がにやりと笑う

 

「お前がここにいる意味はなんだ?よくよく考える事だ」

 

ゆらり、と風間の姿が動いた様に見えた

そして、そのままさくら達の視界から、ゆらめく影の様に消えて行ったのだった————・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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西日に日が傾き、赤い夕暮れが辺りを包む中―――

風間が桟橋を通ると、待っていたのか天霧がふっと近寄った

 

「彼らに何の用があったのですか?」

 

風間は目の端だけで天霧を捉える

 

「あの娘と鋼道の関わりを確かめに行ったまで」

 

「……姫は、どうなさるおつもりですか」

 

その言葉に、風間が微かに笑みを浮かべる

 

「あれは、近い内に自分から飛び込んでくるであろう。必ず―――な」

 

「本当に、それだけですか?」

 

「……何が言いたい」

 

苛立たしげに、風間が目を鋭くさせる

 

「あの人間達に興味を持っているのではないか、と訊ねているのです」

 

「興味でだと?」

 

風間はいつもの様に鼻で嗤い

 

「敵わぬ相手に向かってくる愚かな奴らだ。ただの憐みに過ぎん」

 

「……これ以上、人間に関わるべきではありません。我々は薩摩に受けた恩を返す為だけに―――」

 

そこまで言って、天霧は言葉を途切らせる

風間の姿は、もうそこには無かった―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―――数日後

 

山南は、自室に近藤と土方を招き入れる

そして、目の前に座している彼らの前に、綴った紙の束を滑らせた

 

黒々とした墨書きの文字が、三文字―――

 

「『羅刹隊』と命名しました。組の強化の為に我々を使って下さい」

 

近藤と土方は、真っ直ぐ山南を捉えたまま静かに、燭台の明かりに綴帳をかざした

そこには『羅刹隊』の名の他に、羅刹となった隊士達の名が列記されていた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ?山崎と・・・?

いやいや、フラグ立ってないよ!

あれは、付いていくなら彼だろう という結論から

 

それにしても、久方ぶりのちーです

存在忘れそうなくらい久しぶりの登場で・す・が

何やら、問題発言を残して去りましたww

 

注:間違いない様に言っておきますが

まだ、二条城から1ヶ月も経たかな?レベルですのでw

 

2011/04/03