櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 四章 虚実の馨り 14

 

 

松本は、聴診器などを医療箱に仕舞いながら健康診断の片づけをしていた

そこへ、様子を見に来た近藤が広間へやって来た

 

「松本先生、健康診断はどうでしたかな?」

 

近藤はにこにこしたまま、何の心配も無さそうにしていた

そんな近藤を見て、松本は重い溜息を付いた

 

「ああ…それなんだがなぁ」

 

近藤の問いに、松本は少し呆れた様な顔になる

 

「怪我人や病人を合計したら、全隊士の三分の一近くになるんじゃないか?

 

「なんと!?」

 

近藤が驚いた様に、声を上げた

 

「なんとじゃないぞ、近藤さん!あんたらは今まで何をやってたんだ」

 

松本は立ち上がると、近藤に詰め寄った

 

「切り傷から渋り腹まで……この屯所は病の見本市だぞ!?」

 

「病の…見本市……」

 

近藤が勢いに押され後退るが、直ぐに柱にぶつかった

松本は更に言い募る様に、ぐいっと身を乗り出した

 

「まずは病室を用意し、そこに病人を運び込む!衣類は全て消毒!埃を払う!屯所は清潔に!!」

 

近藤は、言葉を失った様に口をパクパクさせながら頷いたのだった

 

………かくして

 

 

 

「今日一日を、大掃除の日と致す!!」

 

近藤の大号令に、皆から「ええ~~~~!?」という声が上がったのは言うまでもない

面倒そうだったり、不服そうだったり、驚いたり、怒ったり

 

こうして、屯所内大掃除が始まったのである

 

障子を張り替えたり、埃を叩いたり、廊下を拭いたり

とにかく、幹部、平隊士関係なく、皆で掃除したのだった

 

さくらと千鶴も、微力ながらお手伝いをしていた

 

一度器類を全部棚から出すと洗った

そして、それを一枚一枚、天日干しにする

勿論、棚は掃除して綺麗にし、空気を入れ替える

こうする事で、黴や虫を防ぐ事が出来るのだ

 

持ってきた器の最後の一枚を並べて、さくらは小さく息を吐くと、額の汗をぬぐった

 

「じゃぁ、残りも持ってきちゃうね」

 

「ええ、お願い」

 

そう答えると、千鶴が残りの器を取りに厨に桶を持って戻っていた

 

さくらは、もう一度息を吐くと、空を眺めた

 

日差しが随分強くなってきた

もう、夏も直ぐそこまで来ている

 

ずっと、日向にいたから少し暑いわ……

 

そう思って、少し影に入ろうと境内の角を曲った時だった

 

「平助?」

 

そこには、藤堂がぼんやりと土台石の上に座り込んでいた

心なしか、沈んでいる様に見える

 

そういえば、二条城警護の時、藤堂は調子が悪いと言っていた

もしかして、それがまだ尾を引いているのだろうか?

 

「平助?……もしかして、まだ体調が良くなってないの?」

 

「え!?あ…って、さくらっ!?」

 

今、さくらの存在に気付いたのか、藤堂が慌ててこちらを見る

 

それから、少し困った様に苦笑いを浮かべて

 

「あ、あー実はさ……」

 

そこまで言い掛けて、少しだけ考え込む様に黙ってしまった

それから、何かを思いふける様に視線を地面に落とす

 

「……ただ、将軍の警護に行きたくなかったんだ……」

 

「……え?」

 

藤堂はそう呟くと、空を見上げた

さくらも思わず、そちらを見る

 

「……元々、新選組は京の治安維持が目的だった。なのに、いつの間にか幕府の家来みたいになっちゃってさー。……何だかやる気でなくって…」

 

「……………」

 

「何がしたかったんだろうって…色々考えちまってさ……」

 

そう呟く藤堂の横顔には、何を信じて、何を思って進めばいいのか―――その答えが出ない

 

そう、叫んでいる様に見えた

 

「そう………」

 

どう、答えを返していいのか…さくらには分からなかった

 

きっと、藤堂は迷っているのだ

自分の生き方に、進む道に

 

今の新選組のあり方が、藤堂が描いていたものとずれてきているから―――

 

「ここだけの話さ、伊勢の津藩…あー藤堂藩の方が分かりやすいかな?そこの藩主?藤堂高猷つーらしいんだけど……オレって、その人の落とし子らしいんだよね」

 

「え……?落とし子って……」

 

「そ、ご落胤ってやつ」

 

それは、父親に認知されない私生子の事だ

正式な血統の一族とはみなされないので、本来系図に書かれることもなく通常は表に登場することはない

 

「まぁ、実際どうなのかは知らねーけど。オレ自身はずっと江戸にいた訳だし?そんな事言われてもな」

 

藤堂はそう言いながらははっと笑った

 

「ま、そんな訳で親父がいなかった分、お袋は苦労して早くに亡くなっちまってさ。そん時、思ったんだ……何で、親父は何もしてくれないんだろうって」

 

「平助……」

 

「別に、認知して欲しいとかそういうんじゃないんだぜ?正直、そんな事どうでもいいし…」

 

そう言いながら、藤堂は空を眺めた

青く、澄んだ空だった

 

「津藩ってさ、すげー幕府に厚遇されてんだぜ?と外様大名のくせに、それこそ譜代並みに」

 

譜代大名とは、関ヶ原の戦以前から徳川に仕えて大名に列した者

そして、外様大名はそれ以後に徳川に臣従した大名を指す

 

譜代はほとんどが十万石以下であり、五万石以下の大名も多かったが

幕閣に就けるのは一部例外を除いては譜代に限られていたために老中などの要職について幕府内において大きな権力を振るっていた

だが、津藩は江戸城の普請などにも功を挙げて徳川から絶大な信任を受け、外様でありながら早くから別格譜代の厚遇を受けたのだ

 

「そんな力があるのにさ、何でお袋の最期すら看取ってくれねーんだよって……なんか、やりきれなくてさ。あん時は荒れたね」

 

はははと無理して笑う藤堂の姿が、何だか痛々しくて……

さくらは、何だかやりきれない気持ちになった

 

「だからかなぁ……あんまり、幕府のお偉いさんとか好きじゃなくってさ……。オレはああはなるかー!って、心に誓った訳」

 

「……じゃぁ、どうして新選組に?」

 

新選組は直接的な幕臣で無いにしろ、京都守護職を担当する会津藩お抱えの組だ

そして、その会津藩は親藩であり、御家門にあたる

御家門というのは、親藩の中で特に徳川将軍家の一族及び徳川家康の兄弟の家系の大名家、旗本家を指していう

 

だから、新選組は佐幕派

そう思っていた

それが、違うのだろうか?

 

「んーそうだなぁ…皆が皆、佐幕派って訳じゃないんだよ。オレはどっちかっていうと尊攘派だし……」

 

「え…っ!?そうなの?」

 

「そ。ちなみに、山南さんも尊攘派。……オレ等の北辰一刀流てさ、御三家の水戸家とも関係が深くて道場の門下生は水戸学(勤皇思想)の影響を受けてんだよ。 で、親父の事とかもあって、オレは佐幕よりも尊王の方がいいって思っちまったんだ」

 

「えっと…なら、どうして近藤さんと……?」

 

近藤は、幕府贔屓で有名な佐幕攘夷派だ

”攘夷”の部分では一緒かもしれないが、幕府を掲げる者と、朝廷を掲げる者とで違う

 

「そうだなぁ…こういうのはオレ苦手なんだけど……、まぁ、佐幕って言っても勤王・攘夷の志が全く無い人達って訳じゃないんだ。朝廷から征夷大将軍の宣下を受けて大政を預かっている幕府あってこその尊王攘夷だろ?」

 

「それは…そうかもしれないけれど……」

 

「あーだからって、長州の連中とかみたいな、過激派とは違うからな!」

 

藤堂が、そこは一緒にするなと釘を指す

 

「まぁ、話戻るけど、オレは伊東道場に通いつつ色々渡り歩いてやんちゃしてたんだよ。んで、その時、試衛館…あー近藤さんの実家な。その試衛館に行ったらコテンパにやられちまってよー」

 

「コテンパ?」

 

藤堂の言い方に、さくらが思わずくすりと笑う

 

「笑うなって!仕方ないだろー。近藤さんはめっちゃつえーし、土方さんは反則技しまくるし、総司は手加減なしだしさー。オレ、絶対勝ってやるって思って―――!」

 

「それで、居ついてしまったの?」

 

「そそ。気が付いたら、新八っつぁんや、左之さんとかも!一君も顔だしてたなー」

 

そう懐かしむ藤堂の横顔を見ていたら、ふと、何だか不思議な感覚に囚われた

藤堂が――いつか、ここを出て行くんじゃないかという”予感”

 

「……平助は、戻りたいの?今は嫌?」

 

何故、そう聞いたのか分からない

ただ、聞かずにはいられなかった

 

「えっ……!?」

 

藤堂が驚いた様に声を上げる

それから、慌てた様に手をぶんぶんと振る

 

「い、いや、別に今が嫌って事はねぇよ。それなりに楽しいし!給金も貰えるし!飯もたらふく食えるし! ……まぁ、ただ――…そうだな、あの頃も楽しかったけど……少し考えるよ。もし、今戻ったらオレはどうするのかな…って」

 

「……………」

 

「近藤さんと一緒に京に上がるのか、そうじゃないのか……」

 

「平助、それは―――……」

 

ふと、藤堂がニッと笑った

 

「分かってるって!過去には戻らない。考えたって仕方ねぇってさ!結局、オレはここにいる訳だし。それに――」

 

ピッと藤堂が人差し指を立てた

 

「第一、京に来なかったら千鶴とも会えなかったしな!」

 

「……………」

 

藤堂のその答えに、一瞬驚いた様に目を見開くが、次の瞬間、さくらは笑ってしまった

 

「ふふ……千鶴?」

 

藤堂が、自分の失言に気付いたのか、顔を真っ赤にしてわたわたと慌てだす

 

「あっ!!あーいや、だから……っ!いっ…今のは、言葉の綾っていうか―――…つい、出ちまっただけで……っ!ああ!オレ、何言ってんだ!?」

 

藤堂の慌てる様子がおかしくて、さくらはやっぱり笑ってしまった

 

「うー」

 

藤堂が、頬を膨らませてふてくされる

 

「い、今の話、内緒だからな!特に、千鶴にはぜーたい内緒にしろよ!?」

 

顔を真っ赤にさせながら、藤堂が念を押す様にそう言った

そう言われると、思わず聞きたくなる

 

「……どうしてかしら?」

 

「どうしてって……」

 

藤堂が、真っ赤な顔をさらに赤くして、その場にうずくまる

 

「……なんか、こんな風にぐだぐだ考えてるのって、かっこわりーじゃん……」

 

ぶつぶつと、小声でそうぼやく

さくらはくすっと笑って、しーと口元に人差し指を当てた

 

「分かったわ。内緒ね?」

 

「お、おう!約束だからな!」

 

さくらのその言葉に安心したのか、藤堂がほっと息を吐く

それから、んーと背伸びをすると立ち上がった

 

「―――っしゃ!そろそろ、オレも大掃除手伝わねぇと、新八っつぁんにどやされかねねぇな」

 

そう言って、バンバンと砂を払う

 

「平助」

 

不意に、さくらが呼んだ

 

「んー?」

 

藤堂が、いつもの表情で振り返る が、さくらのそれを見て真剣な表情になる

さくらは、真っ直ぐに藤堂を見据えたまま

 

「―――迷ってもいいのよ」

 

「え?」

 

一瞬、藤堂は何を言われたのか分からないという風に、目を見開いた

 

「迷って、迷って、出した答えが真実なら、その道を進めばいいと思うわ。たとえ、それが他から見たら間違った道だとしても、貴方が出した”答え”が”本物”よ」

 

―――自分を、信じて

 

「……………」

 

少しの間、藤堂は呆気に取られた様に呆然としてた

だが、次の瞬間、嬉しそうに笑い

 

「へへ…そっか。うん、ありがとな!」

 

その笑顔には、最初に見た憂いはない

藤堂は、さくらに向かって手を振ると

「じゃぁな!オレ、大掃除行ってくるわ」

 

そう言って、駆け出した

藤堂が角を曲った時だった、ひょこり千鶴が現れた

 

「あ!さくらちゃん、居た!もー探して…って、平助君?」

 

「おお!千鶴も大掃除頑張れよ!!」

 

ポンッと肩を叩かれる

 

「え?あ、うん……」

 

それだけ、言うと藤堂が広間の方へ走って行ってしまった

 

「え、えっと……さくらちゃん……?」

 

意味の分からない千鶴は、首を傾げていた

さくらは、くすっと笑って

 

「何でもないわ。おさぼりさんを見つけただけよ」

 

そう言って、千鶴の方に歩いてくると、彼女の手にあった桶を受け取った

 

「さ、早く並べてしまいましょう」

 

「あ!待ってよ!!」

 

そう言って、歩いていくさくらの後を、千鶴は慌てて追いかけるのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――夕方

 

日も傾きかけた頃、千鶴は昼間天日干しした器を片づけていた

 

ふと、ジャリッという砂を踏む音が聞こえた

誰かと思い顔を上げると、そこには―――

 

「あ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「千鶴君、ようやく会えたね」

 

千鶴の前に座っていた松本が、微笑みながらそう言った

 

「近藤さんには、感謝せねばなりませんな」

 

松本が、隣に座っていた近藤を見ながら言うと、近藤は小さく首を横に振り

 

「鋼道さんと松本先生が懇意にしていた事は、俺も知っていたからな。何か鋼道さん探しの手掛かりになればと思って」

 

新選組には、千鶴とは別に鋼道を探す理由がある

決して、千鶴の為だけじゃないとしても、近藤の気遣いはとてもありがたいものだった

 

「お二人とも、本当にありがとうございます」

 

感謝の意を示す千鶴に、二人は微笑んだ

 

「文はちゃんと届いていたんだが、肝心の君の消息が分からなくてね。連絡の取り様が無かったんだ」

 

「そうだったんですか」

 

話を聞くと、京に来た千鶴と入れ違う様に、松本は江戸に戻っていたらしい

千鶴の文もちゃんと読んでいたが、その後、肝心の千鶴の消息が掴めず、会うにも会えない状況だったとの事

 

近藤からの情報は、松本にとっても寝耳に水だった様だ

 

「すれ違いだったとはいえ、辛い思いをさせてしまった様だ。君がここにいる事情は分かっておるよ。何か不自由はないかね?」

 

「いいえ、大丈夫です。……それで、松本先生…。父様の事なんですけど……」

 

千鶴が尋ねると、松本の表情がにわかに曇った

 

「……残念ながら、私も鋼道さんの居場所は知らないんだ」

 

「……………」

 

どこかで期待していたのかもしれない

……松本なら心当たりがあるかもしれない―――と

 

「……そう、なんですか………」

 

自分でも驚くほど、力のない声が出た

 

それだけに、千鶴の落胆は大きかった

 

「……松本先生…」

 

千鶴は、意を決した様に

まるで、懇願するかの様に松本に呼びかけた

 

「教えてください!父様は…父様は、本当にあの薬の研究をしていたのですか?」

 

松本の目が驚きで大きく見開かれる

そして、少し悩んだ末、近藤にちらりと視線を向けた

 

近藤が頷くと、松本は神妙な面持ちで千鶴に向き直った

 

「君は、ここいいる事であの薬に関わってしまった様だね……」

 

ごくりと、自分でも驚くほど息を飲む音が大きく聞こえた

 

「あの薬、つまりは鋼道さんが新選組で行っていたのは、幕府の命令による『羅刹』を生み出す実験だった。羅刹とは、すなわち鬼神の如き力と驚異的な治癒能力を持つ人間の事だ」

 

「ら、せつ……」

 

初めて聞く言葉だった

 

松本は軽く頷き、話を続ける

 

「そして、その羅刹を生み出したのは『変若水』という薬だ。これは西洋では『えりくさあ』、中国では『仙丹』と呼ばれる物に値する。……つまる所、不老不死の霊薬みたいな物だ」

 

「おちみず……」

 

驚異的な力をもたらす、不老不死の霊薬―――

 

それだけ聞くと、まるで夢の様な話にも思えてくる

 

だが、語っている筈の松本の声は酷く重たいままだった

 

「変若水は劇薬で、とてもそのままでは使える代物ではなかった。そこで”ある物”を混ぜる事により、中和された。鋼道さんは、その中和された変若水に改良を重ねていたんだ」

 

「ある物…ですかな?それは、一体―――……」

 

近藤が、疑問を松本に投げかけた時だった

 

「失礼します。お茶をお持ちしました」

 

障子戸の向こうから、凛とした声が聞こえてきた

 

「ああ、入りたまえ」

 

近藤が入室を許可すると、スッと障子戸が開きさくらが盆に茶を乗せて入ってきた

それを見た松本は驚いた様に、目を見開いた

 

「さくら君……っ!?」

 

さくらは、松本にお辞儀をすると、丁寧な手つきでスッと三人の前に湯呑を置いた

だが、松本はそれ所では無かった様に身を乗り出し

 

「何故、君がここに!?」

 

さくらは居住まいを正すと、丁寧にお辞儀をした

 

「御無沙汰しております、先生」

 

「近藤さん!これはどういう事かね!?」

 

いきなり、問い詰められる形になり、近藤が苦笑いを浮かべる

 

「えっと……松本先生は八雲君をご存じで?」

 

「ああ、彼女は一時期私の助手を務めてもらっていたんだよ」

 

「なんと!そうでしたか!」

 

納得がいった!という様に、近藤がぽんっと手を叩いた

 

「そうでしたか、じゃないよ!近藤さん。説明してもらおうか?」

 

「先生、落ち着いて下さい」

 

近藤を追い詰める松本を制したのは、他ならぬさくらだった

 

「私は、今、こちらでお世話になっているんです。近藤さんのご厚意に甘えさせていただいてるんです」

 

「いや、しかしだね……君は―――……」

 

松本はそこまで言い掛けて、ハッとした様に近藤とさくらを見た

さくらは小さく頷く

 

「君は、薩摩の人間だろう?それなのに、何故―――?」

 

「それは………」

 

さくらが、困った様に言い淀む

それで、何かを察したのか、松本はゆっくりと首を振った

 

「いや、無理して言わなくていいよ。君の事だ。きっと、止むに止まれぬ事情があったのだろう」

 

「先生……」

 

松本は、優しく微笑むと近藤の方に向き直った

 

「すまないが、さくら君と千鶴君の事、宜しく頼むよ。近藤さん」

 

近藤が、ドンと胸を叩いて頷く

 

「お任せください!この新選組局長・近藤勇、全身全霊を掛けてお預かりいたす!」

 

「近藤さん…大げさです……」

 

さくらが、恥ずかしそうに俯くと、松本が声を上げて笑った

 

「いや、すまないね。なんだか、娘を嫁に出す親の気分だよ」

 

「先生……っ!」

 

さくらが、頬を赤く染めて抗議すると、つられる様に近藤も笑い出した

 

「いや、すまない。話を戻そうか」

 

「あ……では、私は失礼し―――」

 

さくらが、室を出て行こうとした時だった

 

「いや、君もここに居たまえ」

 

「え……ですが………」

 

「君にも関係のある話だ」

 

松本に促されて、さくらは小さく息を吐くと、こくりと頷いた

 

「で、どこまで話したかな?ああ、そうそう、変若水の―――……」

 

そこまで言い掛けて、何かに気付いた様に松本がさくらを見た

 

「さくら君。一つ確認しておきたいのだが」

 

「はい」

 

一度、近藤をちらりと見て

 

「近藤さん達は、君の事情についてどこまでご存じなのかね?」

 

「………っ」

 

ピクッと、さくらが肩を震わせた

 

何の事を問われているのか、直ぐに分かった

 

さくらは、ギュッと下唇を噛み締め

 

「……大体の事情をご存じなのは、土方さんだけです」

 

「そうか……」

 

それを聞いた、松本が深く溜息を付いた

 

「あの……?事情というのは……?」

 

疑問に思った近藤が、松本に尋ねるが、松本は難しい顔をしたまま腕を組んでいた

 

「……………」

 

「さくら君」

 

松本がじっとさくらを見る

何を問われているのか悟ったのか、さくらは小さく頷いた

 

「近藤さん、千鶴君も。今から話す事は、ここだけの話にして欲しい」

 

それで、何かを感じたのか近藤と千鶴が頷く

 

「三年前、薩摩が英国とやりあったのは知っているかね?」

 

「薩英戦争の事ですかな?」

 

松本が深く頷く

 

「その時、英国から持ち込まれたのが変若水だ。薩摩は、それを幕府に持ち込み、攘夷を決行すべきだと説いた。 変若水を服用した者は驚異的な回復能力と身体能力が備わる。それらを使って、諸外国を打ち払う兵士を作ろうとしたのだろう」

 

松本は、小さく息を吐いた

 

「馬鹿な話だが、魅力的な話でもあった。だが、先程も話した様に変若水には致命的な欠点があった」

 

「……その薬を飲むと腕力がとても強くなって、傷の治りもすごく早くなる……。でも、同時に狂ってしまうほどの。酷い苦しみが伴う……」

 

松本は重い動作で頷いた

松本は千鶴の言葉に、痛みをこらえる様な表情で、眉間を押さえた

 

「そこまで知っていたのか……」

 

「はい……」

 

彼らは……人であって人ではない

何か別の”もの”になってしまった様に見える

 

彼らを見る限り、その薬がとてもそんな良い物だとは思えなかった

 

「話は、それだけじゃないんだ」

 

「と、言いますと?」

 

「うむ……原液のままの変若水は強過ぎて人の身体では耐えられなかったんだ。飲んだ者達は、直ぐに死んだよ」

 

「………っ!」

 

「何と!」

 

千鶴と、近藤が驚いた様に声を上げた

ただ、さくらだけが、じっとその話を聞いていた

 

「そこで、薩摩はあるものに目を付けた」

 

「あるもの……?」

 

ごくりと、近藤が喉を鳴らす

 

松本が、ちらりとさくらを見た

そして―――

 

 

 

 

 

「”鬼”だよ」

 

 

 

 

 

ざわっと、空気が変わった気がした

 

「古来から存在するとされる、鬼の一族。彼らは羅刹と同じ様な、驚異的な治癒能力と身体能力を生まれながらに持っていた。薩摩はそこに目を付けたのだよ」

 

鬼の存在―――

 

以前の千鶴なら、冗談か何かだと思ったかもしれない

でも、今は―――

 

”彼ら”を知っている

 

「そして、その鬼の中でも、特別な強い鬼の力を持った者がその頃薩摩の手の中にいた。そして、遣わされたのが―――さくら君だ」

 

「え……!?じゃ、じゃぁ、さくらちゃんは………」

 

「……………」

 

さくらは何も答えなかった

答える代わりに、静かに目を伏せた

 

「そして、私は幕府に命じられて変若水の研究をする事になった。その時、使ったのが彼女の”血”だ。変若水に彼女の特殊な血を混ぜる事により、中和する事が出来たんだ」

 

松本は、そこまで話すと辛そうに顔を歪めた

 

「正直、かなり辛かったよ。肉体的にもだが、何より精神的にね」

 

松本が、悲しそうな目でさくらを見た

 

「何が悲しくて、こんな人道的な実験をしなければならないのかと。こんな年端もいかない少女を傷つけて、何が攘夷だとね」

 

「それに、研究していく過程で変若水に未来はないと分かった。だから、私は幕府に研究を中止する様に進言した。 幕府は渋々だったが、一度はそれを受け入れてくれた。だが……どうやら、そうでは無かったようだ」

 

ゆっくりと、千鶴を見る

 

「そして、私は解任され、後任に付いたのが……鋼道さんだ」

 

「そんな……」

 

千鶴は、うめく様に呟いた

 

鋼道だって、人の人生を狂わせる事なんか、決して望んでいなかった筈だ

だが、その薬のせいで、多くの隊士達が苦しんでいる……

その果てに、死んでしまった人達もいる

 

「どうして父様は、そんな研究を……」

 

鋼道だけではない

 

きっと、誰もそんな悲しい結果は望んでいなかっただろう

 

「鋼道さんの考えに関わらず、幕府の命は受けざる得なかったんだろう。しかし、結局、鋼道さんはここを去った。確かな良心があったからこその決断だったんだと思う」

 

松本は、ふっと優しく目を細めると

 

「自信を持ちなさい。君の父上は尊敬に値する人物だよ」

 

「……はい」

 

その言葉に、千鶴は小さく頷くのであった

 

「…所で、松本先生」

 

「ん?」

 

近藤が神妙な面持ちで、松本を見る

 

「お伝えした事が―――………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

注:平助の解釈ですが・・・

あれは、あくまでも私の想像解釈捏造であり、史実とは違う可能性大!です

津藩の藩主の落とし子(他説もあり)とか、尊攘派とかは史実にある事柄ですが・・・

それ以外は、色々考えた末の結論です

だってーデータが無いんだもの~~~

ちょっと、伏線張るだけのつもりが・・・気が付いたら、.あんな事にwww

 

※変若水の解釈も、当サイトオリジナルですのであしからず

 

そして、残念な事に、やっぱり土方さんの出番は無いんですね?分かります

 

2011/02/23