櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 四章 虚実の馨り 12

 

 

「うーん…流石に、見つからないかぁ……」

 

千鶴は唸りながら、廊下を歩いていた

 

さくらと別れた後、色々と探してみたが、やはり見つからなかった

何人かの人にも聞いてみたが、それらしい物を見かけたという人は居なかった

 

そもそも、よく考えたら何処でいつ無くしたのか聞いていない

まぁ、それも気付かなかった可能性も捨てきれないが……

 

目星ぐらい付いていると、もう少し探す幅が狭まるのだが

 

とはいえ、あのさくらの様子を見る限り大事な物の様だし……

見つかるのなら、見つけてあげたい

 

あ……ふと見ると、前方を歩いてくる人影

 

「……………」

 

知らない可能性の方が高いが……

 

「一応、聞いてみた方がいいよね?」

 

そう思うと、千鶴はその人影に向かってパタパタと駆け出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あの、馬鹿。どこ行きやがったんだ?」

 

土方は、腕を組んだまま難しい顔をして歩いていた

 

部屋に戻ったのは少し前

戻ると、居る筈のさくらの姿が無かった

 

近藤に呼ばれて、部屋を空けたのはほんの少しの間だ

どうやら、さくらはその合間に起きて部屋を出てしまったらしい

 

ご丁寧に、礼文まで書かれていた

 

そんな無用な気遣いなど、要らないというのに……

 

自室に戻っているのかと思いきや、当人の姿は無い

 

まだ、ふらふら出歩ける体調ではないであろうに

どうやら、彼女は何処ぞへ出歩いてるらしい

 

お陰で、やり掛けの仕事を中断して、現在捜索中だ

 

「ったく、ちょっと目を離した隙にこれだ」

 

相変わらず、彼女は自分の身体にはてんで無頓着らしい

心配する側の身にもなって欲しいものだ

 

鬼副長とはいえ、こう何度も目の前で倒れられては、気が気ではない

 

今日という今日は、縛り付けてでも休ます!

 

そう思って、歩いている時だった

 

「土方さん!」

 

不意に、呼ばれて振り返る

見ると、千鶴がパタパタと走ってきた

 

「なんだ?」

 

傍まで駆け寄ってきた千鶴は、はーと息を整えながら

 

「あの、少しお伺いしてもいいですか?」

 

「あ?」

 

「赤い結い紐ご存じじゃありません?先に鈴の付いた」

 

「結い紐?」

 

なんで、いきなり結い紐?

意味不明だ

 

「あ、さくらちゃんのなんですけど……無くしたらしくって、今、探してるんです」

 

「さくらの……?」

 

ふと、先程彼女の髪を結んでいた紐を解いたのを思い出す

 

あれか?

 

そういえば、先に鈴が付いていた様な気がする

確か、それなら懐に―――

 

そう思い、おもむろに懐を探ると紐らしき物に手が当たった

 

「おい、それなら―――」

 

そう言って、取り出そうとした時だった

 

「さっきから探してるんですけど、見つからないんですよね……。風間さんに貰った大切な紐らしいんですけど……」

 

溜息混じりにそう呟く千鶴の言葉に、思わず出し掛けた手が止まった

 

風間に、貰った……?

脳裏に、先程の彼女の姿が過ぎる

 

土方の腕の中で、さくらが呟いた言葉

 

 

 

『……い………ない、で………ち、かげ……』

 

 

”ちかげ”

 

 

 

彼女がそう呼ぶ男を知っている

 

”風間千景”

 

禁門や二条城で行く手を阻んだ鬼―――

 

「……………」

 

ギリッと奥歯が軋む

 

ぐっと結い紐を持つ手に、力が籠った

 

「土方さん?」

 

千鶴が不思議そうに土方を見ている

 

「あ、ああ……」

 

風間に貰った―――

 

「悪いが……」

 

 

 

  ―――赤い、結い紐

 

 

 

 

 

「……知らねぇな」

 

 

 

 

 

 

 

「そう、ですか…」

 

千鶴が、がっくりとうな垂れる

 

「やっぱり、そう簡単には見つからないか……」

 

はぁ…と、千鶴が溜息を付いた

 

「あ、お手数お掛けしました」

 

千鶴がぺこりと土方に頭を下げ、立ち去ろうとした時だった

廊下の向こうの方から、さくらが歩いてきた

 

「あ!さくらちゃん!」

 

千鶴がそれに気づき、パタパタと駆けて行く

 

「千鶴」

 

それに気付いたさくらが、千鶴を見て微笑んだ

 

「ごめんね、まだ見つかってないんだ」

 

申し訳なさそうに言う千鶴に、さくらは曖昧な笑みを浮かべて

 

「あ……それなのだけれど、もういいの」

 

「え?」

 

「だから、探してくれた千鶴には申し訳ないのだけれど、もう、いいの」

 

さくらの思わぬ言葉に、千鶴が驚いた様に目を瞬かせた

 

「え…?でも、大切なものなんでしょ?」

 

”大切”という言葉に、さくらが寂しそうに微笑む

そして、ゆっくりと首を振った

 

「本当にもういいの」

 

「でも……」

 

「少しの間、これ借りるわね?」

 

そう言って、横に結んでいる結い紐を指さす

 

「それはいいけど……」

 

さくらは”諦める”

そう納得しようとしている様にしか思えなくて、千鶴は戸惑った

 

その時だった

 

 

「さくら!」

 

 

怒声混じりの声が、廊下に響いた

ハッとして声のした方をみると、土方が怒りの形相でこちらに歩いてくるのが見えた

 

「土方さん……」

 

「お前っ!病み上がりのくせに、何、ほっつき歩いてやがる!」

 

そう言って、ぐいっとさくらの手を引っ張る

 

「あの……体調なら、もう大丈夫ですから……」

 

「お前の”大丈夫”は当てになるか!いいから、来い!!」

 

そのまま、ぐいっとさくらの手を引っ張ったまま歩き出した

 

「あ、あの……っ!土方さん……っ!?」

 

そのまま、ずるずる引きずられていく

 

「あ……千鶴!探してくれて、ありがとう」

 

振り向きざまにそれだけ言うと、さくらはそのまま土方に連れられて去って行った

残された千鶴は、今起きた出来事に付いていけず、唖然としていた

 

「……なんで、土方さん怒ってるの……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土方は、部屋の障子戸を乱暴に開けると、そのまま中にさくらを入れた

自分も入ると、ピシャンと戸を閉める

 

「あ、あの……?」

 

どうしていいか分からず、さくらが困惑していると

 

「いいから、そこに座ってじっとしてろ」

 

ピシャリと言われ、さくらはおずおずと部屋の隅に座った

 

それを見た土方が、あからさまに不愉快そうな顔をする

 

「………なんで、そんな隅に座る」

 

「その……深い理由は無いのですが……」

 

本当は、何故土方が怒ってるのか分からず不安だったからなのだが…

 

「だったら、そんな隅に座るな」

 

「……はい」

 

そう言われてしまっては、そう答えるしかない

 

さくらは、少し躊躇いながら ほんの少しだけ前に出た

 

「……………」

 

土方が顔を顰めたまま、じっとこっちを見ている

 

「……………」

 

さくらは、勇気を出して、もう少しだけ前に出た

 

すると、頭上から大きな溜息が聞こえてきた

土方は、くるっと向きを変えると、そのまま文机に座って墨を擦りだした

 

さくらはどうしていいのか分からず、ずっと無言のまま俯いていた

 

どのくらいそうしていただろうか

もしかしたら、数分しか経ってなかったかもしれない

だが、さくらにはとても長く感じた

 

シン…とした室の中に、料紙に筆を滑らす音だけが聞こえる

 

どうしよう……

自分は何故、ここに連れてこられたのか……

 

色々考えてみたが、答えなど浮かばない

 

 

「あの……」

 

沈黙に耐えかねて、口を開いたのはさくらだった

 

「お茶…淹れてきましょうか?」

 

「いらねぇ」

 

「……そう、ですか」

 

頑張って出した勇気は、一刀両断にされてしまった

 

また、シン…と、室の中が静まりかえる

 

「……………」

 

「……………」

 

「あの………」

 

やっぱり、口を開いたのはさくらだった

が、先の言葉が見つからない

 

どうしようかと、考えあぐねていると、ふと土方の手が止まった

カタンと筆を硯に置く

 

「お前……」

 

「はい……?」

 

「……………」

 

「……………」

 

「………?」

 

先の言葉が出てこない

 

「あの……?」

 

戸惑いながらも、さくらが口を開き掛けると、土方が少しだけこちらを見た

 

「………っ」

 

その瞳が、一瞬揺れている様でどきっとする

な…に……?

 

「………結い紐が無くなったって?」

 

「え……?」

 

一瞬、何を問われているのか理解するのに数分を要した

 

「あ…それは……」

 

「……まだ、探してんのか?」

 

「…………」

 

咄嗟に答えられなくて、口を噤む

 

千景がくれた、大事な大事な結い紐

千景と私を繋ぐ、最後の”印”

 

でも―――……

 

ぐっと握る手に力が籠る

 

「………いえ、もう、いいんです」

 

「もう…って?」

 

「……………」

 

きゅっと唇を噛み締めた

 

そうよ、もうあっても意味はない

千景は、私を探さない

 

さくらは、ゆっくりと顔を上げて前を見据えた

哀しみを隠すかの様に、淡く微笑む

 

「もう、私には必要のない物、ですから……」

 

「……………」

 

じっと土方がさくらを見ていた

その表情からは、何も読み取れない

 

少しの間、土方はさくらを見た後「そうか」と呟くと、再び筆を走らせ始めた

 

その様子を、さくらはじっと見ていた

 

「さくら」

 

不意に呼ばれ、さくらが「はい」と答える

 

「明日は、用事あるか?」

 

「………?明日、ですか?いえ、特には……」

 

「だったら、俺に付き合え」

 

そう言った土方の声音は、至って穏やかだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――翌日

 

「”付き合え”って仰るから、何かと思ったけれど………」

 

何の事はない

奉行所に用があったらしい

しかも、その奉行所にさくらは入れないので、適当に店でも見て時間を潰しておけ と言われてしまった

 

最初は奉行所の前で待っていようかとも思ったのだが、門番に不審そうに見られたので、その場を離れた

仕方ないので、現在街を散策中だ

 

もしかして……気晴らしでもしろという意味だったのだろうか?

だとしたら、随分分かり辛い言い方だ

 

気を遣わせてしまったのだろうか……?

 

そう思うと、申し訳なく感じる

何件か店を見て歩いていた時、ふと小物屋が目に入った

 

少し気になって覗いてみると、綺麗な簪や櫛などが並んでいる

しかも、どれも一点物の様だ

同じ、形の代物は一つも無い

造形も美しく、質も悪くない

 

一つ手に取ってみた

つけ櫛に桜の模様が彫られている

 

触ってみれば分かる

 

「これ…手彫りだわ……」

 

ふと、横に垂らして結んでいる自分の髪を見た

 

「あ……」

 

そういえば、新しい結い紐を買わなければならない

 

いつまでも、千鶴に借りている訳にはいかない…わよね

 

そう思って、店内を見回すと色取り取りの結い紐が置かれている場所があった

そちらに足を向ける

 

見ると、赤や桃、青や緑など多種多様にある

どれも、綺麗ね……

 

最初は赤に目がいったが……

 

「……………」

 

赤…は、止めましょう

 

どうしようかと隣を見た時、ふと髪結いの京織物が視界に入った

こういう物でもいいのよね……

 

そう思って、それらを見ていると、ふとある品物に目がいった

 

「あ……これ………」

 

そっと、その織物を手に取ってみる

 

美しい菫色の織物だった

菫色に桜色が微かに混じり、先へ行くほど色が変わっている

そして、桜の刺繍が施されている

 

「綺麗………」

 

思わず、うっとりしてしまいそうだ

土方さんの色だわ……

 

それは、土方の瞳の色そのものだった

 

「そちらは、本日入ったばかりなんですよ?」

 

「え……?」

 

不意に話し掛けられ、そちらを振り向くと、にこにこ顔の店主らしき男が立っていた

 

「お嬢さんは、お目が高いですね。そちらは紫師が丹精込めて染め上げた逸品ですよ」

 

染色工は使用する染料の種類によって四つに分かれる

 

冬季に染色を行う紅花を扱う紅師

矢車や橡などを扱い茶色系の多彩な中間色を染め上げる茶染師

長年の研鑽によってスクモ玉の発酵を調節しさまざまな布製品を染める藍を扱う紺屋

 

そして、最も難しいのが染色の困難な紫草を扱う紫師

 

「紫は……難しいんですよね?」

 

「よく、ご存じで」

 

店主が、嬉しそうに微笑む

 

「こちらの品は、淡く桜色を混ぜる事によって、美しい菫色を表わしているんですよ」

 

確かに、美しい

綺麗な菫色だ

 

「でも、お値段張るのでしょう?」

 

「お安くしておきますよ」

 

そう言って、店主が算盤を弾いた

 

買えない…金額ではない、が

単なる、居候の身としては高すぎる

 

どうしよう……?

 

と、考えあぐねている時だった

 

「なんだ?気に入るもんでもあったのか?」

 

不意に、声を掛けられ、慌てて振り返ると……

 

「土方さん……っ!」

 

そこには、土方が立っていた

 

土方はそのままさくらの元までやってくると、その手にある物を見た

 

「これか?」

 

「え……っ!?あ……っ!」

 

慌てて、バッと棚に織物を戻す

 

「あ、ああの……っ!お仕事の方は―――……」

 

慌てて話題を変えようとする

 

「ん?ああ、終わった」

 

「そ、そうですか。お早いんですね」

 

うううう……

土方さんの瞳の色と一緒の物を選んだなんて、知られたら恥ずかしい……!

 

気のせいか、頬が熱い

 

「……お前、顔赤いぞ?」

 

「えっ…!?い、いえ、これは……べ、別に」

 

そこを追及しないで欲しい

 

すると、それを見ていた店主がにこにこ顔で

 

「お可愛らしい奥様をお持ちですと、旦那様も大変ですねぇ」

 

「え?」

 

「あ?」

 

 

……………

……………

ええ……っ!?

 

かぁっと頬に熱が帯びる

 

「ち、違っ……!いえ、その……違います

 

恥ずかし過ぎて、言葉が上手く出ない

 

そんな様子を見ていた、土方が意味ありげに笑うと、不意にぐいっとさくらの肩を抱き寄せた

 

え……っ!?

 

いきなり、土方が近くなり、頭が真っ白になる

 

「ああ、可愛過ぎなのも困りもんだ。お陰で目が離せねぇ。なぁ?さくら」

 

耳元で囁かれて、思わずぴくんっと身体が反応する

顔が熱い

 

「あ、あの……土方さ……」

 

「土方?違うだろ?いつもみたいに呼べ」

 

「なっ……な、にを……」

 

耳元に土方の声が響く

熱が籠る

 

「……あ………」

 

「ん?」

 

うう……絶対、遊ばれてるわ……!

 

「おやおや、あてられてしまいましたなぁ」

 

店主がほっほっほと笑いだす

 

その声にハッとしたさくらは、慌てて土方の腕から逃れた

 

「も、もう!土方さん!!冗談はよして下さい……っ!!か、帰りますよ!!」

 

そのまま、無理矢理店外へ土方を押しやる

その間、土方はくつくつと笑っていた

 

店主が「またお待ちしております」とにこやかに言うのを聞きながら、さくらは慌ててその場を離れた

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕餉の後、土方に呼ばれた

 

さくらを見て、土方が開口一番に言ったのは

 

「お前、何怒ってやがんだ?

 

「……怒っていません」

 

理由を知っているくせに、何を問うのかと言いたくなる

 

「ああ……」

 

何かに思い当たったのか、土方が笑みを浮かべながら言った

 

「なんだ、そんなに俺と夫婦に見られたのが嫌だったのか?」

 

「そ、その…嫌とか、そういうのではなく…その……」

 

その事には触れないで欲しい

思い出しただけで、顔が赤くなる

 

「ん?」

 

「は……恥ずかしい……です」

 

その答えに、土方が少し驚いた様に目を見開くが、次の瞬間、くつくつと笑い出した

 

「そうか、そいつは悪かったな」

 

そう言うと、立ち上がりさくらの傍までやって来た

そして、さくらの前にしゃがむと懐から何かを取り出した

 

「手を出せ」

 

「え……?手…ですか?」

 

いきなりそう言われ、意味が分からないまま さくらはスッと手を出した

トン…と何かを手の上に置かれる

 

「あの……?」

 

これは、何だろうか?

さくらが首を傾げると、土方は微かに笑い

 

「ああ、詫びだ。お前にやる」

 

「え……?」

 

詫びって……

 

別に、詫びてもらう事など何もない

 

「あの…お詫びというのは―――……」

 

「ああ、今日の事もあるが―――お前には今までもそうだが、これからも含め色々と窮屈な思いをさせるだろうからな」

 

その詫びだと

 

「……………」

 

そう言われてしまっては、返す訳にはいかない

さくらは、少しの間手の中の包みをじっと見て

 

「あの……開けても?」

 

「好きにしろ。そいつは、もうお前の物だ」

 

さくらは、一瞬躊躇うが、その包みをカサリと開いた

中から出てきた物は―――

 

「あ………」

 

これ……

 

それは、美しい菫色の髪結いの織物だった

そして、それに添える様に、手彫りの桜模様のつけ櫛が入っていた

 

これ……今日の店で見たものだわ

 

あの時、棚に返した筈の物が、そこにあった

 

だが、確かあの店の物は、どれも一品物だった

それなりに値が張る代物ばかりだ

 

「あ、あの…!」

 

「なんだ?気に入らねぇか?」

 

「あ、いえ、そうではなく……」

 

凄く、嬉しい

嬉しいのだが

 

「この様な高価な物、頂くわけには―――……」

 

思わず、そう言い募ろうとしたが、それは土方によって遮られた

 

「返品は無しだ。言っただろう?そいつは、もうお前の物だと。要らねーなら、捨てるなり何なりすればいい」

 

「……っ!?そんな……っ!土方さんに頂いた物を捨てるなんて出来ません!!」

 

その言葉を聞いた土方が、ふわりと優しく微笑む

 

「だったら、使ってやってくれ。その方が、そいつも喜ぶ」

 

「あ………」

 

思わず、手の中の物を見る

 

「……本当に、頂いても宜しいんですか?」

 

「だから、そう言っているだろう」

 

「……………」

 

 

じんわりと胸の内が暖かくなる

さくらは、ぎゅっとその織物を握り締めた

ほのかに、頬が桜色に染まる

 

「あ……ありがとう、ござい、ます」

 

土方の美しい瞳の色―――

それが、今、こうして手の内にある

 

そう思うと、自然と顔が綻んだ

 

「あ………」

 

ふと、ある事が思いつき、さくらはその織物と土方を交互に見た

そして

 

「あ、あの………ご迷惑でなければ…なのですが」

 

「?」

 

こんな事を言うのは恥ずかしい

自分でもどうかしていると思う

 

「結んで、頂けませんか……?」

 

「俺が?」

 

「は、はい。その……”初めて”は土方さんに結んで欲しい、です」

 

言ってしまった

恥ずかしさのあまり、顔が熱を帯びるのが分かる

 

「……………」

 

始め、土方は虚を突かれた様に、目を大きく見開いていたが

次の瞬間、仕方ないなという風に溜息を洩らし

 

「ったく、しょうがねぇな」

 

そう言って、立ち上がるとさくらの後ろに回った

スッと、土方の手が首筋に触れる

 

「………っ」

 

その手が、冷たくて、一瞬ぴくっと反応してしまう

 

「髪、解くぞ」

 

「は、はい」

 

シュルッと、横で結んでいた結い紐が解かれ、サラリとさくらの漆黒の髪が揺れた

髪に、土方の手が触れる

慈しむ様に触れるその手は、酷く優しい

 

「それ、貸せ」

 

「は、はい」

 

言われて、さくらは織物と櫛を渡した

 

櫛が髪をすくう感触

 

ただ、すくっているだけだというのに、そこから熱を感じる

 

「痛かったら、言えよ」

 

「だい、じょうぶ、です」

 

心臓が、早鐘の様に鳴り響く

 

土方に聞こえてしまうのではないかと思うほどの、その音を消すかの様に、さくらはぎゅっと胸元を握り締めた

 

土方は手慣れた手つきで、髪を高くまとめると、そのまま織物で結び始めた

シュル…シュル…と、ひとつひとつ結ばれる音が聞こえる

 

最後にキュッと結び上げられ

 

「ほら、出来たぞ」

 

そう言って、鏡を渡された

 

「あ……」

 

さくらの髪に混じる様に、ゆれる菫色

 

土方の色

 

「……………」

 

何だか、恥ずかしい……

ちらっと、さくらは土方を見た

土方がこちらを見ている

 

「なんだ、似合うんじゃねぇか?」

 

「そう、ですか?」

 

土方の色に、似合うと言われた

それは―――……

 

「だとしたら、嬉しいです」

 

 

はにかむ様にそう言った、さくらの顔は、とても嬉しそうだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さくらが、部屋を出て行った後、土方は小さく溜息を付いた

 

おもむろに、文机の引き出しを開ける

そこには、赤い結い紐が無造作に置かれていた

 

「詫び…ね」

 

我ながら、上手く言ったものだ

この紐を返さなかった罪悪感か?

いや、違うな

 

 

俺は……

 

あいつを————……”さくら”を

 

 

 

風間の色ではなく、”俺の色”に染めたかったんだ―――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あら?土方さん、持ってるくせに「知らない」とか、言いましたよ?

そして、自分の買った物を身に付けさせるんですね?(にやり)

 

やっと、そろそろ松本先生が出てきそうな、よ・か・んv

 

2011/02/10