櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 三章 散る花 8 

 

 

―――― 慶応元年・閏五月

 

「天霧」

 

夜も深けた時刻―――

スッと障子戸が開き、風間が姿を現した

 

「……………」

 

天霧は、自室に風間がわざわざ足を運んだ事に驚きを隠せなかった

言葉を失った様に、目を大きく見開き戸に寄り掛かる様に立っている風間を見る

 

風間は不快そうに顔を顰めた

 

「なんだ?俺がお前の室を訪ねるのに、いちいち許可を取らねばならぬのか?」

 

「いえ……」

 

天霧は、少し畏まった様にコホンと咳払いをして風間を見た

 

「余りのも予想外だったもので…少々、戸惑っております」

 

「ほぅ?そうか」

 

風間は悪戯が成功したかの様に、にやりと笑みを浮かべる

 

「わざわざお越し頂かなくとも、呼べば私が出向きましたものを……」

 

「ついでだ」

 

風間は障子戸に寄り掛かり、腕を組んで天霧を見た

 

「ついで、ですか?」

 

「ああ、少々気になる事があってな。丁度、お前の室の前を通りかかったから、寄ったまでだ」

 

「気になる事…ですか?」

 

天霧が言葉を返すと、風間はふと外を見て

 

「さくらが、何やらこそこそと動いている様だが…お前は知っているか?」

 

「姫ですか?……それは…」

 

天霧は、そこまで言いかけて言い淀む

風間がちらりとその赤い瞳を天霧に向けた

 

「知ってる様だな」

 

「………お答えしかねます」

 

「ほぅ…?」

 

それを肯定とみなしたのか、風間はその口元をにやりと上げた

そして、これ見よがしに過去を語りだす

 

「俺は、お前がさくらの様子を見て来いと言うから、わざわざ見に行ってやったのだぞ? つまり、お前は俺に恩があるのだ。その俺の申し出を断る…と」

 

「……………」

 

天霧が苦虫を潰した様に、顔を顰める

 

「では、”さくらが心配なのだ”と言えば、お前は納得するか? ああ、そうだ。俺はさくらを心配しているのだ。心配で夜も眠れぬ」

 

「……………」

 

風間が夜も眠れぬ程、さくらを心配しているなど……

口から出任せを言っているのは明白だった

だが、それを言葉にされたら否定は出来ない

 

「天霧、お前も心配してるのではないのか? さくらが、何処で何をしているのか―――お前は、知ってるのだろう?」

 

「……………」

 

「俺は間違った事を言ったか?天霧」

 

くっと喉の奥で笑いながら、風間は目を細めた

 

「それは………」

 

それでも言い淀む天霧に、風間が追い討ちを掛ける

 

 

 

 

「天霧、話せ」

 

 

 

 

主の命令は絶対―――

 

有無を言わさぬ威圧感で、風間は天霧を促した

天霧は一瞬躊躇するが、観念した様に、はぁ…と重い溜息を付いた

 

「分かりました、お話しましょう」

 

一呼吸置いて、天霧は風間を見た

 

「姫は、雪村の生き残りに付いてお調べの様です」

 

ピクッと風間がその形の良い眉を上げた

 

「雪村の生き残り…だと?」

 

「はい、雪村家は滅んだと言われておりましたが…どうやら、その生き残りと思われる娘が居るらしく―――」

 

「ほぅ……」

 

風間が興味有り気に、にやりと微笑む

 

「面白い、それが本当の話なら……。詳しく話せ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――― がやがや

 

さくらは一軒の茶店の縁側に座って煎茶を飲んでいた

ふぅ…と息を吐き、湯飲みを置く

 

もう昼間の陽射しは暖かく、ぽかぽかと陽気が漂っている

でも、少し前よりは暑くなって来た

じめっとした空気を何処と無く感じ、さくらは前に掛かっていた髪を後ろへ避けた

 

季節は、春が終わり、梅雨に入ろうとしていた

 

街行く人は、多く

皆が皆、いそいそと歩いている

 

待ち人は―――まだ、来なかった

 

まぁ、待ち合わせよりも少し早めの出てきたのだから、仕方ない

 

以前の様に変な人に声を掛けられぬ様、一応注意はしておくが……

店内ではなく、店外なので、その可能性は低いだろう

 

さくらが、再び湯飲みに口を付けた時だった

 

「お待たせ! さくらちゃん!!」

 

息を切らして、向こうの人垣から菜種色の着物を着た少女がパタパタと走ってきた

 

「ごめんね~待った?」

 

少女――千姫が、申し訳無さそうに手を合わせると、さくらはにこっと微笑み

 

「大丈夫ですよ、千」

 

「本当!?良かった」

 

千姫はにこっと微笑み、さくらの横に腰を降ろした

 

「あ~走ってきたから、喉が渇いちゃった。あ!注文いいですかー?」

 

千姫は店の女の子を見つけて、元気よく声を上げた

店の奥から、前掛けをした女の子が出てくる

 

千姫は、品書きを見ながら

 

「ええっと……緑茶と…、さくらちゃん、何か食べない?」

 

「え?いえ…私は……」

 

さくらが遠慮しようとすると、千姫は「いいからいいから」とさくらの肩を叩き

 

「じゃぁ、富貴草2つ!」

 

店の女の子が「はい」と答え、奥へ戻っていく

 

「本当は、もう少し時期が早かったら桜餅食べられたんだけどねー」

 

「残念」という感じ、に千姫はペロッと舌を出した

 

「さくらちゃんは今年の桜餅食べた?」

 

ぷるっとさくらが首を振る

 

「今年のはかなり美味しかったらしいよ?あ~あ、私も食べたかったなー」

 

心底残念そうにそうぼやく千姫がおかしくて、さくらはくすくすと笑ってしまった

 

「また、来年がありますよ」

 

「うん!来年は一緒に食べようね!」

 

千姫がグッと拳を握り締める

やっぱり、その様子がおかしくてさくらは笑ってしまった

 

「お待たせしました」

 

店の奥から女の子がお盆に緑茶と富貴草を乗せてやって来る

 

「あ、待ってました!」

 

千姫が嬉しそうにパンッと手を叩く

緑茶を一口飲むと、富貴草をパクッと食べた

 

「んー美味しい!ほら、さくらちゃんも食べて食べて」

 

進められてさくらも皿を持つ

富貴草は桜色の牡丹の蕾の形をした練り切りの生菓子だ

美しい形を崩してしまうのは勿体無い気がした

 

そっと、黒文字で小さく切り、それを口に運ぶ

中の漉し餡がじんわりと口の中に広がる

 

「美味しいですね」

 

「うん!だよね」

 

千姫が嬉しそうに笑った

 

「それにしても……」

 

千姫がパタパタを片手で扇ぐ

 

「暑くなって来たね……」

 

「……そうですね」

 

まだ夏は遠い筈なのに、もう直ぐそこまで来ている様だ

 

「今年は閏年だから五月が二回もあるし…絶対、微妙に季節ずれてるよね」

 

本当なら、六月に入っていてもおかしくない

六月といえば、梅雨だ

じめじめとした空気が、イラッとさせる

 

「まぁ、仕方ないですよ。暦の上では閏五月ですから」

 

閏月は、暦が実際の季節とずれるのを防ぐために挿入される月のことである

月の満ち欠けや、季節の巡りなどのは毎年微妙にずれる

それを合わせる為に、四年に一度、閏年がやって来るのだ

今年はその年になり、五月が二回あるのである

 

「それで、今日呼び出したのは……何か分かったのですか?」

 

今日はさくらが千姫を呼んだのではない

千姫がさくらを呼んだのだ

 

千姫は「あ…」と思い出した様に、声を上げ

 

「そうだった、ごめんごめん」

 

申し訳ないと言う感じに片手を上げて、片目を閉じる

 

「あのね、今日来てもらったのは他でもないの。少し雪村家に付いて分かったから報告しようと思って」

 

こくっと緑茶を飲むと、千姫は真っ直ぐさくらを見て

 

「結論から言っちゃうね。千鶴ちゃんだっけ?彼女はさくらちゃんのにらんだ通り、雪村の生き残りだと思う」

 

「……やっぱり、そうなのですね」

 

予想していた答えなだけに、あまり驚きはなかった

 

「という事は、純血の……?」

 

「うん―――そういう事かな」

 

「そう………」

 

千鶴が純血となると……

風間の顔が過ぎった

 

千景は……

 

「後ね、どうも彼女だけじゃないみたいよ?生き残り。詳細は不明だけどお兄さんが居たみたい」

 

「兄?」

 

「確か…土佐の南雲家に引き取られたんじゃないかな?」

 

「そして、千鶴は鋼道さんに引き取られた―――という事?」

 

「うん」

 

千姫がこくんと頷いた

 

「どういう経緯で、彼女が今の状況に置かれているのかは分からないけど……新選組だっけ?そこって安全なのかな?」

 

「それは……」

 

もし、風間達が本気で千鶴を手に入れようと襲ったら……

きっと、新選組では防ぎきれない

 

「千」

 

「ん?」

 

さくらは持っていた湯飲みを置き、千姫に向き直った

 

「千鶴を保護できないかしら?」

 

「んーそうねぇ…その方が安全かもしれないわね」

 

それから、「うん」と千姫は頷き、しっかりとさくらの手を握った

 

「強制は出来ないけど…私も動いてみるね?この件に付いてはもう少し調べてみるつもり。でも、時期を見て千鶴ちゃんを迎えに行ってみる」

 

「お願いします」

 

「でも、いきなり、”貴女を迎えに来ました”とか言っても、不審がられるから、とりあえず紹介してもらえないかな?」

 

「……それは」

 

さくらは口ごもった

 

紹介出来るなら、それが一番いい

でも、もうさくらは新選組とは離れてしまった

さくら自身、千鶴と会えるかは分からない

新選組の屯所に行けば、会わせてもらえるとは思うが……

 

屯所に行くという事は、必然的に土方とも顔を合わすかもしれない

 

約一年前―――

あの晩、別れてから一度として会ってない

 

「もう、会う事はない」とか言っておきながら、今更……どんな顔して会えばいいのか

 

あの言葉は、自分への戒めのつもりだった

そうでも言わなければ、忘れられないと思った

でも―――

 

「さくらちゃん?」

 

ギュッと手を握り締めて俯くさくらを、様子がおかしいと察したのか、千姫が覗き込んできた

さくらは、ハッとして慌てて顔を繕う

 

「な、なんでもありません」

 

千姫が少し首を傾げる

 

「もしかして、嫌な事でも思い出した?」

 

「え……?いえ、嫌な事では……」

 

「じゃぁ、良い事?あ!もしかして、前に言ってた気になる人って…新選組の人?」

 

「え……!?」

 

サッとさくらが頬を赤く染めた

 

「ち、違います……っ!あの人は……!えっと…その……」

 

狼狽した様に、慌てて言い繕うが…すでに時、遅し

千姫はうんうんと頷きながら

 

「そっかそっかー新選組の人かー。それじゃぁ、中々会えないよね」

 

「う………」

 

さくらが真っ赤になりながら、俯く

 

「あ、でも、巡察とかで街中歩いてるじゃない?偶然とかで会えないの?」

 

「え……?あ……巡察には出ないと思うので……」

 

土方は副長だ

巡察には出ないだろう

 

「巡察には出ない?それって……」

 

ピンと来た様に千姫がその名を口にしようとするのを、さくらは慌てて止めた

 

「せ、千! と、とにかく、鶴を紹介するのは少し待って下さい。その……直ぐには……」

 

そこまで言って口ごもる

だが、千姫は首を傾げた

 

「だったら、千鶴ちゃんを理由に屯所に行けば良いじゃない?そうすれば、その人にも偶然会えるかも―――」

 

 

 

 

「あ、会えないのです!!」

 

 

 

 

予想よりも大きな声が出た

千姫がびっくりしている

 

「あ………」

 

さくらは恥かしくなり、慌てて口を押さえた

 

「その……今更会えないのです……だから、屯所へ行くのはちょっと……」

 

さくらが俯きながら言うと、千姫はふぅ…と息を吐き

 

「なんで会えないの?」

 

「それは…その……”もう、会わない”と言ってしまったので……」

 

今更、どんな顔をして会えばいいのか……

千姫は少し躊躇いがちに笑みを作り、さくらの肩に触れた

 

「さくらちゃんは、会いたくないの?」

 

「……それは……」

 

会いたい―――と言いかけて、口ごもる

 

「会いたいなら、会っちゃえばいいじゃない?”もう、会わない”って言ったとしても、そんなの関係ないよ」

 

ね?と千姫が片目を瞑った

 

「……………」

 

そんなものなのだろうか……

でも、さくらにはそう簡単に割り切れなかった

 

風間だけだったさくらの心の中に、徐々に土方の存在が大きくなる

会えなければ、会えないほど―――その気持ちは大きくなってきた

 

いつの間にか、土方の存在はそこに居て―――

土方さん……

 

土方の事を考えると、胸がキュッと締め付けられる

 

これは、なに?

この気持ちは、なに?

 

風間への感情とは違う

もっと、別の”何か”―――

 

「まぁ、さくらちゃんの事情もあるだろうし、無理強いは出来ないけど」

 

千姫はぽんぽんとさくらの肩を叩き

 

「我慢は禁物だよ?早く、本当の”気持ち”に気付いて?」

 

そう言って、千姫は立ち上がった

 

「じゃぁ、そろそろ行くね?また、お茶しようねー」

 

バイバイと手を振り、千姫が人ごみの中へ消えていった

 

「……本当の気持ち……?」

 

さくらが呟いた言葉は、そのまま風に乗って消えていった

いけない、遅くなってしまった

 

さくらは足早に街中を歩いていた

もう西日が傾き始め、辺りは朱く染まっている

 

早く、藩邸に戻らなければ―――

そう思って、角を曲がった時だった

 

「おい小娘!断るとはどういう了見だ!?」

 

「やめて下さい、離してっ!!」

 

「民草の為に日々攘夷を論ずる我ら志士に、酌のひとつやふたつ、むしろ自分からするのが当然であろうが!」

 

見ると、撫子色の着物を来た少女が1人―――浪士達に絡まれていた

 

浪士の1人が少女の手首を掴み、無理矢理引っ張ろうとしている

 

「……………」

 

見ていて、不快極まりない

 

攘夷を論ずる所から言って、長州の浪士か、何かか……

周りの人もひそひそと話だけで助けとようともしない

 

こういう所は、相変わらずだと、さくらは思った

彼らは遠巻きに見るだけだ

困っている人がいても、手を差し伸べようとはしない

 

さくらは、小さく溜息を付き、一歩前に踏み出した

 

「その手を離してあげて下さい。みっともないですよ?仮にも攘夷を論ずる浪士として、そんな嫌がる女の子を無理強いしようだなんて…恥かしくないのですか?」

 

「あぁん?」

 

さくらの言葉に浪士の1人が、こめかみを歪めた

 

「なんだよ、お前も俺達に酌したいって口か?いいぜ、来いよ」

 

「威勢いい嬢ちゃんだと思ったら、こっちも中々の別嬪さんじゃねぇか!」

 

ズッと浪士の1人の手が、さくらに向かって伸びてきた

だが、さくらはその手をバシッと弾いた

 

「触らないで下さい!」

 

だが、浪士達はにやにやと笑い

 

「”触らないで下さい”だとよ!」

 

「へへへ、こりゃぁいい。俺は気が強い女は好きだぜ?」

 

浪士達が、ケラケラと笑う

さくらはムッとして、浪士達を睨んだ

 

「とにかく、彼女は離して!」

 

浪士達が顔を見合す

そして、にやりと笑い

 

「いいぜーその代わり……」

 

「きゃっ……!」

 

ドンと押された

そのまま、手首を掴まれる

 

「お前が、酌してじゅれるなら…な」

 

「………っ!」

 

さくらはキッと睨んで、その掴んだ手首を逆に掴み捻った

 

「痛っ……!」

 

掴んでいた浪士が、痛みで顔を歪める

 

「このアマァ!なにしやがる!」

 

威勢良く吼えると、浪士はさくらを突き飛ばした

 

「………っ!」

 

そのまま、倒れる―――と思った瞬間だった

ドサッと誰かに支えられる

 

「やれやれ。攘夷って言葉も、君達に使われるんじゃ可哀想だよね」

 

「………?」

 

誰……?

 

「大丈夫? さくらちゃん。よく頑張ったねー偉い偉い」

 

「え……?」

 

そこに居たのは―――視界に入る浅葱色の羽織

 

「浅葱色の羽織……新選組か!?」

 

そこには、沖田がにっこりと微笑み立っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちー暗躍中(笑)

天霧から、何やら聞きだした模様です

 

その事は露知らず・・・夢主

千姫と会ってます

 

そしてぇ!ついに、新選組と接触・・・!

だが、土方さんはまだ出てこず!

いや、だって、ここは総司が助けるシーン(ゲームで)だからさー

仕方ないのよぉ~~

次回は出ます

というか、出します

・・・出なかったらスイマセンm(_ _)m

 

あ、薫遭遇イベですよーここ

 

2010/06/27