櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 三章 散る花 5

 

―――― 元治二年・二月

 

京の街の一軒の茶屋の中で、さくらは人を待ていた

外は、一層寒くなった天気のせいで人がまばらだ

 

ここの茶屋もそこそこ繁盛しているが、やはり過ごし易い春や秋と比べて人が少ない

街の人皆が、家で暖を取っている訳ではないが

やはり、出難いものがあるのだろう

 

店の中から、気前の良さそうな看板娘がせかせかと茶を運んでいた

 

「……………」

 

さくらは、先ほど頼んだ一杯の熱いお茶を口にする

ほっと息を付き、辺りを見回した

 

待ち人はまだ来て居ないらしい

 

その時だった

 

「よぉ、ねえちゃん。1人かぁ?」

 

「寂しいだろう?何なら俺達が相手してやるよ」

 

にたにたと気持ち悪い笑いを浮かべた、男が2人―――さくらの方に向かって声を掛けてきた

 

「……………」

 

しかし、さくらは聞こえてない振りをする様に男達に見向きもせず、ゆっくりと湯飲みを机に置いた

 

「おいおい?無視かよ?そりゃぁ、つれないってもんだぜ?」

 

「なぁ、暇なんだろ?俺達と一緒に何処かへ行こうや」

 

男の1人が、さくらに手を伸ばしてきた

さくらはその手をパシッと払うと、男達を見た

 

「生憎―――人を待っています。貴方方のお相手をする程、暇ではありません」

 

さくらが少し苛立たしげにそう言うと、男達はにやりと笑った

 

「お、いいねーその気の強さ」

 

「なんなら、そのお友達も一緒でも構わねぇぜ?」

 

「……………」

 

さくらが呆れた様に、はぁ…と息を吐いた

 

「すみませんけど、他を当たって下さい」

 

そう言い放つと、さくらは再び茶に口付けた

すると、むっとする様に1人の男が声を荒げた

 

「ああ!?ちょっと可愛いからっていい気になってんじゃねぇぞ!来い!」

 

「ちょ……っ!何するんですか!?」

 

いきなり、手首をぐいっと引っ張られた

ガシャンとさくらの持っていた湯飲みが床に叩きつけられ割れる

「きゃー」と店の中が、騒然とした

 

「いいから、来いって!悪い様にはしねぇよ」

 

そのまま、男達はさくらの手を掴むと、店の外に連れ出そうとした

 

誰も助け様とはしない

皆、怯える様に傍観している

 

「は、離して下さい……っ!」

 

さくらが抵抗しようとするが、所詮女の力

男には叶わない

 

「いい加減に――――っ」

 

さくらが、男達から逃れ様と抗がおうとした時だった

 

 

 

「ちょっと!その汚い手を彼女から離しなさいよ!!」

 

 

 

店の中に、凛と高い少女の声が響いた

 

「あ?」

 

男の1人が声のした方を見る

そこには、褐色の髪に菜種色の着物を着た、利発そうな少女がキッと男達を指差し睨んでいた

 

「あ………」

 

さくらは、彼女を見てハッとした

 

「千!」

 

「いま、助けてあげるからね!さくらちゃん」

 

千と呼ばれた少女は、にこっとさくらに向かって笑うと、今度はさくらの手を掴んでいる男達を睨んだ

 

「嫌がっている女の子を無理やり連れて行こうだなんて、それでも男なの!?見っとも無いと思わないの!」

 

「んだとぉ!この女っ!」

 

男のがさくらから手を離し、腰の刀に手を掛けようとした

 

「………っ!危ない、千!!」

 

さくらはハッとして、その男に体当たりをかました

 

男が予想外のさくらの行動に驚き、よろける

 

「こいつ……っ!」

 

もう1人の男が、さくらの肩を掴もうとした

 

「さくらちゃん!!」

 

千が叫ぶと同時に、店の中にあった椅子を蹴り飛ばした

 

「おわっ!?」

 

ガタタン…と男が椅子の阻まれ倒れこむ

 

「こっちよ!」

 

その隙をぬって、千がさくらの手を引いた

 

「ま、待ちやがれ!!」

 

男達が叫ぶが、2人は止まらなかった

お代を机に置くと、一目散にその店を後にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ……ここまで来れば、大丈夫ね」

 

千がふぅっと息を整えながら、そう言った

さくらも、はぁ…はぁ…と呼吸しながら、こくりと頷く

 

「助かりました、千」

 

さくらがお礼を言うと、千はにこっと笑った

 

「ううん、いいのよ。さくらちゃん怪我とかしてない?」

 

「ええ……大丈夫です」

 

さくらが頷くと、千は少し申し訳無さそうに

 

「もともとは、私が待ち合わせに遅れたのが原因だもん。ごめんね?」

 

そう言われるとは思わなかったのか、さくらは少し驚いた様に目を瞬いた

そして、ふわっと微笑み

 

「いえ、気にしないで下さい。千のせいではありませんから」

 

「そう言ってもらえると、助かる」

 

千はえへっと舌を出した

 

「それにしても……」

 

千は額の汗を拭きながら

 

「ふぅ…走ったから喉が渇いちゃった。どっかに入らない?」

 

ここまで走ってきたのだから、もう喉はカラカラだった

何処かで休みたい気持ちもある

 

「そうですね……」

 

さくらが何処にするか、少し考えていると

 

「あ!ねぇ、じゃぁあそこにしない?」

 

千が指差した方には大きな看板の出た一軒の茶屋

 

「あそこのお団子凄く美味しいんだから!」

 

千が嬉しそうに、そう言った

その様子がおかしくて、さくらはくすっと笑った

 

「ええ、じゃぁあそこにしましょう」

 

「決まりね!」

 

千が嬉しそうにその店に翔って行く

さくらもその後に続いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー美味しい~~」

 

みたらし団子を頬張りながら、千は嬉しそうに顔を綻ばせた

 

「ほらほら、さくらちゃんも食べて食べて!」

 

茶を口にしていたさくらに千がみたらし団子を進める

 

「じゃぁ……」

 

別に悪い好意ではないので、さくらは皿の中からみたらし団子を取った

そして、それを口に運ぶ

口の中で砂糖醤油の葛餡をかけた団子が蕩ける

 

「どう?美味しいでしょ?」

 

「……ええ、とても」

 

「でしょう!」

 

千が嬉しそうに微笑んだ

 

「後はねー葛切りとか、練り切りも美味しいんだよ!」

 

千が品書きを見ながら、嬉しそうに話し出す

 

「それから、今だったらー玄猪餅とか、残月とか羊羹とか!」

 

「……そんなに、食べれません」

 

くすっと笑いながらさくらが言うと、千はぺロッと舌を出した

 

「あ、そうだよねー。流石に一気には無理だよね!」

 

ごめんごめんと千がさくらの肩を叩く

 

「まぁ、前置きはこれくらいにして」

 

不意に、千が手に持っていた串を置き、姿勢を正した

 

「私に話ってのはなにかしら?桜姫」

 

ピンと空気が一瞬、張り詰める

 

その空気を感じ取った様に、さくらの表情が真面目な表情になった

 

「千―――いえ、千姫。貴女に調べて頂きたい事があるの」

 

千―――いや、千姫は大きく目を見開いた

 

「調べて欲しい事?」

 

「ええ、千にしか頼めません」

 

さくらがそう言うと、千姫はにこっと微笑み

 

「さくらちゃんにそこまで言われちゃぁ、引き受けない訳にはいかないわね」

 

千姫がにこっと微笑む

 

「それで?私に調べて欲しい事ってなに?」

 

「……………」

 

さくらは、一呼吸置き、そして

 

「雪村家と、その生き残りに付いて」

 

「!」

 

千姫の表情が変わった

 

「雪村と言うと…倒幕の誘いを断って滅ぼされた―――?」

 

雪村家

 

それは、東日本の八雲家と力を二分する程の力を持っていた鬼の一族

その生家は十数年前、人族からの倒幕の誘いを断り滅んだとされている

 

元来、鬼は人との干渉を嫌う

だが、時の権力者達は違った

鬼の類稀なその力を目を付け、何度となく接触を図っていた

 

そんな人間に嫌気を感じ、鬼達は人達の前から姿を消した

ひっそりと、静かに隠れ住む様になる

 

しかし、人は諦めなかった

それでも、隠れ住む里を探し、幾度となく自分達に力を貸す様に言った

そして、それを断った生家は焼かれ、滅ぼされた

 

鬼がいくら超越した力と、驚異的な回復力を持っていたとしても、多勢に無勢

数で勝る人族には勝てない

 

そうして、鬼族はその数を減らしていった

 

こくっとさくらが頷く

 

「それは本当の話なのですか?生き残りが居るんじゃないのですか?」

 

「どういこと?」

 

千姫が訝しげに眉を寄せた

 

「………私の知り合いに雪村千鶴という少女が居ます。彼女は傷の治りが早い―――」

 

それは最早、”人”在らざる者の証―――

 

「私は、彼女は雪村の生き残りではないかと思っています」

 

「もし、それが本当なら………」

 

再び、動乱が起きる―――

 

「純血の女鬼は貴重です。しかも、雪村の生き残りとなれば―――他家が黙っていない」

 

元々、女鬼は少ない

しかも、純血の血筋の良い家の女鬼となると―――それこそ、得ようとする者は後を絶たないだろう

 

鬼は血筋を最も尊いものとする

 

それは、一族を繁栄させる為

子を成す”道具”として、必要にされる

 

きっと、それは風間家も例外ではない

私は、千景が千鶴の存在を知る事を恐れている……?

 

純血の女鬼が現れれば、風間はいつかさくらを捨てるかもしれない

もし、千鶴が雪村の生き残りならば―――風間が放っておく筈がない

 

ぎゅっとさくらは着物の衿を掴んだ

 

これは誰の為……?

 

自分の…?

それとも、千鶴の……?

 

「さくらちゃん?」

 

様子がおかしくなったさくらを心配する様に、千姫が彼女の肩をゆすった

 

「大丈夫?具合悪い?」

 

「え……?あ………」

 

さくらはハッとして、顔を上げた

それから、繕う様に笑顔を作る

 

「大丈夫です。心配しないで」

 

「そう……?なら、いいけど……」

 

千姫は少し納得してない感じだったが、素直に引いてくれた

 

「とにかく、雪村家と千鶴ちゃんだっけ?の事ね。任せて!」

 

千姫がどんと胸を叩いた

 

「分かったら、連絡するから」

 

「お願いします」

 

さくらが丁寧にお辞儀をする

千姫は「うん」と頷くと、皿に乗っているもう1本のみたらし団子に手を伸ばした

 

パクッと美味しそうに頬張る

 

「所で、最近風間とはどう?」

 

「え………?」

 

ドキッとしてさくらは顔を引き攣らせた

 

「どう、とは……?」

 

「だって、あの風間だよ?さくらちゃんが無理してないかなーとか色々心配になるよ」

 

千姫は少し口を尖がらせてそう言った

 

「私は、今でもさくらちゃんが風間の元に居る事には反対! 私達と一緒に来たら良いと思ってる!」

 

「千……」

 

今まで何度となく、千姫には誘われた

自分達と来ないか―――と

 

それでも、風間の傍に居続けたのはさくらの意志だ

 

「無理強いはしたくないし、貴女の意思を尊重するつもり。でも、辛いなら―――」

 

「……………」

 

さくらは、一瞬口を閉じると、千姫に悟られぬ様に にこっと微笑んだ

 

「ありがとう、千。私は大丈夫です」

 

「……でも、さくらちゃん前に会った時より痩せたよね?それに顔色もあまり良くないし……」

 

「……………」

 

「本当の本当に無理してない?辛いなら辛いって言っていいんだよ?」

 

「……………」

 

それでも、さくらは答えなかった

答える代わりに、静かに首を横に振る

 

千姫は、少し呆れた様にふぅ…と溜息を洩らした

 

「も~相変わらず頑固だなぁ~」

 

「……千の気持ちは嬉しいです。でも、ある人と約束したんです」

 

そう、私は土方さんと約束した

 

「約束?」

 

「だから、千景が必要とする限り、私は千景の傍にいます」

 

「……………」

 

むぅ~と唇を尖がらせていた千姫が、ある事に気付いたように声を上げた

 

「その”ある人”って風間じゃないよね?誰かな?さくらちゃんの気になる人?」

 

「え………?」

 

脳裏に土方の顔が過ぎる

パッとさくらの頬が少し赤くなった

 

「ち、違います!」

 

慌ててそう否定するが、時既に遅し

千姫は、嬉しそうに顔を綻ばせ

 

「そっかそっかーやっと風間以外の男を見てくれる様になったんだー」

 

「千!」

 

「いやーうんうん。良い事じゃない。お姉さんは嬉しいぞ」

 

「だから……っ違うと…!」

 

さくらが慌てた様に早口になる

千姫はからかった事を謝る様に「ごめんごめん」と言うと、柔らかく笑った

 

「でも、本当に良い事だと思うよ?今までさくらちゃんは他に目が行ってなかったでしょ? 良い機会じゃないかな?たまには他の人も見てみたら?」

 

「そ、それは……」

 

確かに、今までのさくらなら風間以外は見ていなかった

でも、今のさくらは違う

何が、違うかと問われると困るが……

今までと、何かが違うと思える様になていた

 

これは、あの人の影響なのだろうか―――

 

脳裏を過ぎる菫色の瞳

靡く漆黒の髪

 

そこだけ、まるで狂い咲きの桜が咲いた様な―――そんな人

 

土方の事を考えただけで、頬が熱くなる

心臓が、どきどきと早くなる

 

これは、なに?

 

  逢いたいと―――

 

この感情は、なに?

 

  ひと目、その姿を見たいと―――

 

この気持ちは、なに?

 

  一言だけでも、その声が聞きたいと―――

 

さくらは、少し頬を赤らめたまま、俯いてしまった

そんなさくらを千姫は微笑ましそうに見ていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の帳が落ちる中―――

千鶴は眠りに付こうと布団に入ったが、眠れずにいた

 

ゆっくりと目を開け、天井を見る

そのまま起き上がり、夜着のまま室の外に出た

 

「……寒い……」

 

外は肌寒く、冷たい風が吹いている

まだまだ春は遠そうだ

 

「……………」

 

脳裏に過ぎるのは、寂しそうに呟いた山南の声

 

『秀でた参謀の加入で、ついに総長はお役目御免という訳です』

 

山南はどんな気持ちであの言葉を言ったのだろうか……

伊東の事も気になるが、やはり山南の事が心配だった

 

「……傷が治れば、一番なんだよね」

 

彼が心を病んでしまっているのも、そもそもは腕の怪我が原因だ

 

「でも……」

 

動かなくなった腕が治るなんて、そんな夢みたいな話ある訳がない

その時、不意に思い出した

 

『薬でもなんでも、使ってもらうしかないですね』

 

あの時、沖田が言った言葉

 

あれは一体どういう意味だろう……?

薬……と、確かに言った

 

「……………」

 

千鶴は意を決すると、直ぐさま室へ戻り着替えた

腰に小太刀をはく

 

どうやら、新選組には秘密の薬があるらしい

だが、あの口振りから言って考えるに、使い勝手の良いものではなさそうだった

 

そういえば、さくらが言っていた

 

『………まがい物の”鬼”を作っている』

『あれは、人の手に余る物。止めておいた方が良いわ』

 

あの時、さくらが言っていた”物”とはこの薬の事ではないだろうか?

 

もし、そうだとしたら……?

 

さくらも薬の存在を知っている……?

でも、それは危険な物……?

 

その時だった

 

廊下を歩く音が聞こえた

 

「………?」

 

千鶴は首を傾げ、そっと障子戸を開けた

 

隊士がこの時間に廊下を歩くとは考えにくい

しかも、こんなに気配を悟られる様に、静かに―――

 

辺りを見回すと、庭の先の戸口から山南が外へ出て行く姿が見えた

 

山南さん……?

 

山南は静かに戸を開けると、隠れる様にそのまま出て行ってしまった

何処に行くんだろう?こんな時間に……

 

千鶴はそっと、山南の後を追う事にした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空を異様なほど赤い月が照らす

今日の月は何だか不気味で、何か嫌な事が起きそうだった

 

山南が夜の京の街をゆっくりと歩いていく

 

「……………」

 

千鶴は物陰から、こそっと盗み見る様に彼の後を付けた

辺りはシン…と静まり返り、昼間の賑やかさが嘘の様

 

嫌な空気が漂う

山南が角を曲がった

 

あ、見失ってしまう!

 

千鶴は慌ててその後を追いかけた

だが―――

 

 

千鶴が角を曲がった時―――山南の姿はもう無かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ・・・?

山南さん羅刹化まで入らなかった・・・( ;・∀・)

っていうか、予想外に千姫との接触が長引きましたな

 

山南さんが夜の京の街を徘徊していたのはですねー

アレです

何だよ・・・!

 

2010/06/13