櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 三章 散る花 3 

 

 

――― 元治元年 十月

 

秋の色が濃くなった頃

伊東甲子太郎が、門下生を連れて新選組にやって来た

 

「伊東先生!お待ち申しておりましたぞ!」

 

ガシッと近藤が伊東の手を握る

土方はそんな近藤の様子をじっと見ていた

 

「これは局長自らのお出迎え、痛み入ります」

 

伊東がにこやかに微笑む

その様子を遠巻きに鋭い目つきで沖田、斎藤、原田、永倉が見ていた

 

「あれが、伊東甲子太郎。一刀流の免許皆伝らしい」

 

永倉が、にこやかに話をする近藤と伊東を見ながらぼやいた

 

「伊東さんは尊王攘夷派の人間と聞いたが、よく新選組に名を連ねる気になったものだな」

 

「長州の奴等と同じ考えって事か……そんな人間が俺らと上手くやれるのかねぇ…」

 

斎藤の言葉に、原田が不満を洩らす様にぼやいた

 

「伊東さんは学識も高く、勉学に優れた方ですよ」

 

不意に、後ろを通りかかった山南が声を掛けてきた

思わず、永倉、原田、斎藤の3人がそちらを見る

 

「へぇ……じゃぁ、山南さんは知り合―――あっ」

 

原田が言い掛けた言葉に返事は無く、山南はそのまま踵を返して行ってしまった

 

「……………」

 

その様子を、3人はじっと見ていた

 

「……最近、山南さん。益々愛想ないよな」

 

「……ああ。ここん所、めったに話もしねぇし」

 

永倉と、原田がぼやく様に呟いた

 

「……………」

 

「まぁ、もともと無駄口たたく様な人じゃねぇけどよ」

 

原田達の言葉に、沖田は無言で空を眺めていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千鶴は厨で、燗酒の用意をしていた

頃合をみようとして、湯の中の燗徳利に触れる

 

「熱っ…!」

 

熱さの余り、思わず手を引っ込める

 

「千鶴」

 

ふと、通りかかった土方に呼び止められる

 

「燗が付いたら座敷に運んでくれ」

 

「あ、はい。直ぐに」

 

千鶴は湯の中から盆へ燗徳利を移した

 

「……平助からの言付けだ」

 

「え……?」

 

「お前の家に寄ったそうだが、鋼道さんが戻った形跡は無かったそうだ」

 

土方が少し、目を伏せる

 

「平助は、まだ暫く江戸だ。手がかりがあればまた知らせてくれるだろう」

 

「そうですか……」

 

千鶴は自分が少し気落ちしているのを感じながら、そう答えた

でも、まだ分からない

 

千鶴は今出来る精一杯の微笑を返し

 

「ありがとうございました」

 

「ああ……」

 

そう答えた土方の顔には少し憂いがあったが、千鶴はそれには気付かなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋の中から楽しそうな笑い声が聞こえてくる

 

「いやー愉快。愉快。隊士が増えるのは良い事だ!」

 

近藤が楽しそうにそう言った

 

「それが、有能な人物なら尚更!」

 

「まぁ、そんな」

 

近藤の言葉に気を良くした伊東は、口に手を当てふふっと笑みを浮かべた

 

室の中には、近藤、伊東の他、伊東の忠臣2人の加え、土方、山南の姿もあった

土方は、そんな伊東達には眼もくれず、無表情のまま箸を口に運んでいた

 

「新選組は隊の規律が厳しくていらっしゃるんでしょう?山南さん。色々、教えてく下さいね」

 

伊東がにっこりと微笑み、山南を見た

山南は少し恐縮した様に笑みを浮かべ

 

「……滅相も無い。私が、伊東さんの教えるなど……」

 

「伊東さん。さ、もう一杯」

 

話のこしを折る様に、近藤が伊東に酌を進めた

 

「ありがとうございます」

 

伊東は、それを素直に受け取る

 

そんな、近藤達を見る様子も無く、土方は無表情のまま箸を進めていた

不意に、伊東が土方を見た

 

「土方さんは、隊士からの人望も厚く、実行力があると聞いています」

 

「……………」

 

土方がゆっくりと、伊東に目を向ける

伊東はにっこりと微笑み

 

「今後も、宜しくお願いしますね」

 

「……………」

 

土方は答えなかった

答える代わりに、そのまま目を伏せる

 

その時だった

 

「失礼します」

 

襖の向こうから声が聞こえた

スッと、襖が開き千鶴が盆を抱えて入ってくる

 

「空いた器を下げにまいりました」

 

「おお!すまんな」

 

「いえ」

 

千鶴は静かに、空いた器や徳利を持って来た盆に移していた

 

「……………」

 

その様子を伊東がじっと見ていた事に気付かずに――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千鶴は外で下げた徳利を水に浸していた

1つ1つ丁寧に、水に浸していく

 

その時、だった

 

「もし、あなた」

 

「………?」

 

声のした方を見ると、伊東がじっと千鶴を見ていた

その目は鋭く、何かを見極めようとしているかの様だった

 

「…何か?御用ですか?」

 

千鶴は立ち上がり、伊東を見た

伊東は表情を変えず、一度低い声で

 

 

「どうして、あなたの様な方がここにいらっしゃるんです?」

 

1歩伊東が近づく

鋭い眼が千鶴を見ている

 

「え……?」

 

千鶴が少し驚いた様に、眼を見開いた

 

「隊士…では、ないですわね」

 

また1歩伊東が近づく

 

「………っ」

 

思わず、千鶴は後ず去った

また、1歩伊東が近づく

 

その時――――

 

ビュォ

 

風が吹いた

いや、違う

 

何かが、横へ振り切られた

伊東が、表情を変えずそれを避ける

 

サラッ…と伊東の髪が数本切れた

それと同時に、傍にあった庭木が舞う

 

「………っ!?」

 

千鶴は思わず息を飲んだ

 

視界に入る銀煤竹色の髪―――

 

「―――沖田さん!」

 

そこには、刀を横に凪いだ沖田の姿があった

 

ザァッ…と風が吹く

 

伊東は、沖田を見ていた目をスッと横にずらした

彼の目先には、沖田の刀の切っ先にある赤い山茶花が一輪

 

「男所帯で花がないものでね」

 

沖田はそう言うと、スッと刀の切っ先を伊東に向けた

 

「折角、伊東さん達がいらしてるんだし?せめて、目の保養にと」

 

「……………」

 

伸ばされた刀の切っ先から、伊東はその花を取った

 

「まぁ、綺麗……」

 

そして、すぅっと花の香を吸う

 

「―――でも、刀で斬るなんて…随分、荒っぽいですわね」

 

伊東が沖田を見る

沖田は、微かに笑みを作り

 

「少々荒っぽい所が、天然理心流の流儀なんです」

 

そう言って、スッと刀を納めた

 

「君、まだ後片づけが残ってるんだろう?早く戻りな」

 

言われて、千鶴はハッと我に返った

 

「は、はい!」

 

慌ててその場から、走る去る

その様子を見ながら伊東がくすっと笑った

 

「お花、有難う御座いました。沖田総司さん」

 

そう言うと、伊東はそのまま沖田の横を通り過ぎて行った

 

沖田が振り返り、じっと伊東を見ていた

そして、口元に笑みを浮かべ

 

「………ふぅん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――― 夜半過ぎ・京の街

 

「こっちに行ったぞ―――!!」

 

浅葱色の羽織を着た隊士達がバタバタと京の街を走っていた

 

「いたか?」

 

「いや、いない」

 

「くそ…!今日こそは掴まえてやろうと思ったのに…っ!」

 

隊士の1人が口惜しそうに歯軋りを噛む

 

 

「はぁ…はぁ……」

 

さくらは乱れた呼吸を整える様に、物陰に隠れて身を潜めていた

 

「はぁ…はぁ……ふぅ」

 

クイッと口元を手で拭く

手に、薄っすらと血の跡が付いた

 

帰らなくては………

 

よろっと、立ち上がり乱れた着物を調えた

それから、辺りを見回し隠れる様にその場から離れた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――― 薩摩藩邸

 

カタン……

 

藩邸に辿り着き、さくらは「はぁ…」と息を吐いた

 

「遅いお帰りですね」

 

不意に声を掛けられドキッとする

声のした方を見ると、天霧がさくらを見ていた

 

「天霧…驚かせないで下さい」

 

「すみません、姫」

 

そう言って、恭しく頭を下げる

 

「……何か、ご用ですか?」

 

天霧がここでさくらを待っているのは珍しい

何か訳があるに違いない

 

天霧は少し躊躇った様に一度、口を開き閉じた

 

「天霧?」

 

「いえ、最近お痩せになったのではないですか?」

 

「え……」

 

言われて、ドキッとした

 

「そ、そうですか?」

 

慌てて言い繕うが、天霧にはお見通しらしい

「近頃、前にもましてお食事を召されてないとか」

 

「……あまり、食べたくないのです」

 

食欲がないのは事実だ

隠していても仕方ない

 

「それに、余りお休みにもなられてないらしいですね」

 

「……眠くないのです」

 

本当なだけに言い訳が出来ない

しゅんとうな垂れるさくらを見て、天霧がはぁーと深い溜息を付いた

 

「しかし、余り食べられないのも、お休みになられないのも問題です。いつか身体を壊してしまいます」

 

「……分かっています。でも……」

 

天霧の言う事は正しい

それでも身体が受け付けないのだ

 

「……分かってはいるんです。ごめんなさい」

 

さくらは俯きながら謝罪した

 

「怒っている訳ではありません。このままでは姫が倒れてしまわないか心配なんです」

 

「……はい」

 

分かっている

分かってはいるが……

 

「姫がお悩みなのは風間の事ですね?」

 

「……………」

 

悩んでいる……とは少し違う

というよりは、どう接していいのか分からないのだ

 

あの日以来、益々顔を合わせなくなった

会話所の話ではない

まともに顔を見なくなって幾日経ったか……

 

「なんでしたら、私が風間に……」

 

「それは止めて!」

 

天霧が言い終わらない内に、さくらが叫んだ

懇願する様に、手を握る

 

「お願い…千景には黙ってて……っ」

 

「しかし……」

 

「お願いです、天霧。この事は千景には言わないで下さい」

 

必死にお願いするさくらを見て、天霧が大きな溜息を付いた

 

「……分かりました」

 

「ありがとうございます」

 

にこっとさくらが笑った

だが、その笑顔は以前の花の様な笑顔ではなく、力ないものだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊東さんやって来ました

この辺りはスルーでお願いします

もっと簡略化する予定だったんですけどねぇー_(‘ω’;」∠)

 

夢主サイドは、なにやら天霧に諸注意されました

あの人、絶対オカン属性だよ!

 

2010/05/31