櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 三章 散る花 2

 

 

――― 元治元年・九月、江戸

 

夕暮れの差し掛かる、時刻

近藤は、北辰一刀流の伊東甲子太郎を顔を合わせていた

 

「今、我が国に必要なのは異敵に対する強大な組織力―――ですが」

 

そこで伊東は言葉を切った

一度、目を伏せる

 

「本来、先陣を切って幕府を守る旗本は、二百数十年の及ぶ太平の世に慣れきって腰抜け同然」

 

「まことに憂う事べきです」

 

「しかし、幸いにも志ある武士はまだ居ます。我々伊東道場にも。そして―――」

 

今一度、近藤を見る

 

「近藤局長の新選組にも」

 

「うむ」

 

近藤が深く頷いた

 

「異敵の脅威差し迫る中、互いに手を組み、協力し合って国を守るべきだと思いますわ」

 

そう言って、伊東はにっこりと微笑んだ

 

「同感です!」

 

近藤がぐっと身を乗り出して同意の意を示した

伊東は少し、目を下へ向け

 

「真の攘夷の為―――」

 

そう言って、伊東は静かに茶を一口飲んだ

 

「命尽きるまで、共に戦いましょう」

 

「伊東先生!」

 

近藤の呼びかけに、伊東はにっこりと微笑んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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――― 京・薩摩藩邸

 

カタン…

 

「あ………」

 

机の上に置いていた湯飲みに手が当たり、床に転がった

中から茶が零れだし、畳に染みを作っていく

 

「…………」

 

さくらは小さく溜息を付き、その湯飲みを拾った

 

何をするでもない

ただ、通り過ぎて行く様な毎日

 

さくらは零れた茶を拭く事も無く、だたじっと眺めた

 

本当なら、誰かを呼ばなくてはならないのだが…

呼ぶ気になれない

 

拾った湯飲みを机に置き、さくらは再び窓の外に目をやった

空には真っ白な月がぼんやり浮かんでいた

 

風間とまともに会わなくなて、どのくらいの月日が過ぎたか…

余りにも、億劫になって途中から数えるのも止めてしまった

 

正直、会っても何を言ったらいいのか……

 

話したい気持ちはあるのに、何を話して良いのか分からない

上手く話す方法を忘れてしまった

 

違う

 

これは、逃げているだけだ

会って、話をしなくてはいけない

分かっている

分かっているが、どうしていいのか分からない

 

何をしていても

何もやる気が起こらない

 

何もかも、億劫で

止めてしまいたくなる

 

でも―――

 

これではいけないと思う自分も居る

このままでは私は存在意義を無くしてしまう

 

あの時、土方に「千景が必要としてくれている限り、あの人の傍に居る」と言ったのに

 

自分は、今、必要とされているのだろうか―――?

傍に居る価値があるのだろうか?

それとも、もう要らなくなったの……?

 

「千景……」

 

ギュッと腕を掴む

 

「私は…要らないの……?」

 

ぽつりと出た言葉は、虚無の中に消えて行った

 

カタン……

 

「!?」

 

不意に、戸口の方で音がした

誰かが帰ってきたらしい

 

もしかして……

 

思わず、さくらは立ち上がった

そして、急く様に室の障子戸を開け戸口へ向う

 

「………っ」

 

猫柳色の髪が視界に入った

 

千景 だ

 

さくらは逸る気持ちを抑えながら、じっと風間を見た

二ヶ月ぶりにまともに見る 千景だ

 

風間はさくらに気付いた様子もなく、そのまま廊下を歩いてきた

 

「ち、千景……!」

 

思い余って、さくらは声を上げた

呼ばれて気付いたかの様に、風間が顔を上げる

 

「……お前か、こんな時分に何をしている?」

 

風間は訝しげにさくらを見た

さくらはごくっと息を飲み

 

「あ、あのね、話がしたい…んだけど…」

 

「話?」

 

風間はそう問うと、興味無さげに目を逸らした

 

「俺に話などない」

 

きっぱりと言い放たれ、ズキンと胸が痛む

 

「わ、私にはあるわ」

 

それでもさくらは引き下がらなかった

キッと風間を睨む

真紅の瞳には薄っすら涙が浮かんでいた

 

すりと、風間はにやりと笑って

スイッとさくらに近づいた

そして、耳元で囁くように

 

「なら、あの晩の続きをするか?それなら話を聞いてやらんでもないぞ…?」

 

「………!」

 

さくらは瞳を大きく見開いた

 

あの晩……

あの時の、続き……?

 

何を指しているのか直ぐに分かり、さくらは言葉を失った

顔を真っ赤にさせ、口をぱくぱくする

 

風間の赤い瞳がさくらを見た

そして、風間はふんっと鼻を鳴らし

 

「……出来ぬのだろう?なら、話はこれまでだな」

 

そう言い終わると、スッとさくらから離れた

そして、そのまま横をすり抜けていく

 

行ってしまう……

千景が、行ってしまう…っ!

 

「……………」

 

さくらはギュッと着物を掴んだ

風間の背がどんどん遠くなる

このままでは―――

 

 

 

 

「―――待って!」

 

 

 

 

ピタッと風間の足が止まった

ゆっくりと振り返る

 

ごくっとさくらは息を飲んだ

 

後悔はしない

だって、私は―――

 

「分かった…わ」

 

手が震える

今から何を自分はしようとしているのか

 

考えるだけで 怖い

 

風間は一瞬驚いた様に目を見開いたが、次の瞬間にやりと笑い

 

「いいだろう、来い」

 

「…………」

 

さくらは小さく頷き、風間の後に続いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風間の室の障子戸が開けられる

風間はそのまま入って行った

 

「…………」

 

さくらは、開け放たれた障子戸の前に立ちすくんでいた

足が動かない

 

今から何をされるのか…

考えるだけで 怖い

 

「どうした?入らぬのか?」

 

促されて、さくらは震える手をギュッと掴んだ

そして、ゆくりと室内へ入る

だが、入った所で足が止まった

 

風間が訝しげに顔を顰めた

 

「何故、そこに突っ立っている」

 

「……………」

 

さくらはゆっくりと風間の顔を見た

今から、自分はこの人に―――

 

「閉めろ」

 

「……………」

 

さくらは言われるまま、後ろを振り向き、障子戸を閉めようとした

その時、スッと背後から手が伸びてきた

 

ビクッと身体が強張る

伸びてきた手は、障子戸をパンッと閉めた

 

「あ………」

 

閉めた…だけ……?

 

思わず、安堵する

だが、その手はそのままさくらの細い首筋に触れた

 

「………っ」

 

思わず声が出そうになり、さくらはそれを飲んだ

 

背後に感じる風間の気配

スルッと手が伸びてきて、さくらの着物の衿を掴むとそのまま下に降ろした

 

肩が露になる

 

「あ、あの……っ!」

 

「黙れ」

 

頭が混乱する

 

何が起きているのか理解出来ない

 

「あ……っ」

 

不意に、後ろから肩に風間の唇が触れた

そのまま、這うように肩から背へ動く

 

「あ……っんん……」

 

ギュッと抱き寄せられている風間の手を握る

 

すると、もう一方の手がスルッとさくらのはだける着物から胸元へ侵入してきた

そのまま、彼女のふくよかな胸に触れる

 

「あん……っ待っ……あ、はぁ…!」

 

ビクッビクッとさくらの身体が痙攣した

頭の中が真っ白になる

 

分かっていたけれど…でも、でも、こんなのは―――っ!

 

「まっ…て……」

 

さくらは搾り出す様に、声を上げた

 

「あ、あの……!やっぱり……っ!」

 

無理と言おうとして、振り返ろうとした瞬間、視界が揺れた

ぐらっと横に揺れる

 

気が付くと、床に押し倒されていた

視界に入る赤い瞳がじっとさくらを見ている

 

「……………」

 

さくらは一瞬、躊躇した

赤い瞳が悲しそうに揺れている気がしたからだ

 

「ち、かげ……?」

 

だが、それは一瞬で直ぐに風間の瞳は不敵に笑った

 

「”止めた”は無しだ」

 

そう言って、グイッと腰を持ち上げられると、風間はさくらの胸元に顔を埋めた

スルッと舌が這う

 

「あ……っまっ…待って……っ」

 

さくらは抵抗しようと、抗うが感覚が麻痺した手は上手く動かない

 

「待ったは…んっ……無し、だ…」

 

風間の唇がさくらの胸元を攻めた

もう一方の手が、スルッと倒れた拍子にはだけた足元に行く

 

ススス…と撫でる様に風間の手がさくらの太ももに触れた

 

「ああ……っ!」

 

さくらの身体が反射的に弓なりになる

 

「……これも邪魔だな」

 

風間がそう言うと、スッとさくらの帯に手を掛けた

グイッと引っ張られ、帯が解ける

解けた合間から、スルッと手が侵入してきた

 

怖い

 

さくらはギュッと目を瞑った

 

怖い怖い

 

着物の隙間から素腰へ手が回される

 

怖い怖い怖い

 

「や…だ……やめ…て……」

 

泣きたくなる

 

 

 

「やめてぇぇぇ!!!」

 

 

 

真紅の瞳に涙を一杯に浮かべてさくらは声を張り上げた

 

だが、風間は止めなかった

更に、激しく愛撫していく

 

「あ……う、んん……」

 

何もかもぐちゃぐちゃだ

どうしてこんな事に……っ!

 

手で抵抗しようとする

しかし、風間の手に押さえつけられそれすらままならない

 

必死に身体を捩った

誰か―――

 

 

「や……やめっ……あっ…はぁっ」

 

誰か 誰か

ボロボロと涙が零れた

 

こんなの間違っている……!

 

足に触れていた風間の手が更に上がってくる

 

だ、れか……

 

脳裏に過ぎる菫色の瞳―――

 

 

「ひ、じかた、さ………」

 

 

靡く漆黒の髪―――

 

 

 

「土方さん……っ」

 

 

 

ピタッと風間の動きが止まった

 

「………?」

 

さくらは目に涙を一杯浮かべながら、いきなり動きの止まった風間を見た

ドキッとした

 

風間は怒った様に顔を顰め、さくらを睨んでいた

 

「……土方、だと?」

 

「え……?」

 

な、なに……?

 

風間は今までにないくらい怒っている様に見えた

彼の放つ覇気がかつてないくらい怒気を放っている

 

「……何故、そこであの男の名が出る」

 

「え……?あ……」

 

さくらはハッとした

 

私……

 

思わず口元を抑える

 

「何故、あの男の名を呼ぶ!?」

 

グイッと手首を引っ張られた

 

「痛っ……!」

 

「答えろ!!」

 

「痛、い……ち、かげ……っ」

 

風間はギリッと歯軋りをして、ブンッとさくらを投げた

 

「きゃっ……」

 

いきなり投げられ思わず、床に手を付く

 

「貴様……っ!あの男に篭絡されたか!?」

 

「な、何言って……」

 

だが、風間の怒りは収まらなかった

その赤い瞳でさくらを睨むと

 

「人間風情が!俺の物を奪うとはな!!お前もお前だ!たかが人間に誑かされるとは鬼の誇りも忘れたか!?」

 

「………!」

 

「虫けら同然の人間如きが…!人の物を奪うなど、溝鼠同然!いや、それ以下か!!」

 

「ちょ…千景…っ!」

 

「溝鼠は、溝鼠らしく、地べたへ這いつくばっておればいいものを……っ!」

 

「お前も、たかが人間風情に情を持つなど…っ!堕ちたものだな!!人間如きが!俺が根絶やしにしてくれ―――」

 

 

 

「千景!!」

 

 

 

 

パン

 

 

 

 

気が付いたら、さくらは風間の頬を叩いていた

叩いた手がジンジンと痛い

 

「…………」

 

ギロッと風間の赤い瞳がさくらを睨んだ

それでも、さくらは怯まなかった

 

「人間をそれ以上卑下するのは止めて」

 

キッと風間を見て、そう言い放つ

 

「…………」

 

風間は一瞬驚いた様に目を見開いたが、次の瞬間フッと目を細め

 

「……ふん、所詮は貴様も人の血が混じった混血か」

 

そう言い放つと、スッと立ち上がった

 

”人の血の混じった混血”

 

その言葉は、ズシンとさくらの心に重く圧し掛かった

 

そんなつもりで言ったんじゃない

千景が余りにも人を軽んじる発言をするから…私は―――

 

それでも、風間の口から出た言葉は、それ以上にさくらの心に重く圧し掛かった

 

「部屋から出て行け」

 

「……………」

 

さくらは動かなかった

いや、動けなかった

 

風間は一瞬さくらを見て、はっと息を吐くと

 

「お前が出て行かぬなら、俺が出て行く」

 

そう言い放つと、障子戸をパンッと開け、ドスドスとそのまま去ってしまった

 

「………千景…」

 

さくらは乱れた着物を手繰り寄せ、ただじっとその場に蹲っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれでは、桜姫がお可哀想です」

 

不意に声を掛けられ、風間は苦虫を潰した様な表情でその声のする方を見た

 

「天霧……」

 

そこには、いつからいたのか

天霧がひれ伏す様に膝を折り佇んでいた

 

「……貴様、いつからそこに居た」

 

「……返答しかねます」

 

「ふん、白々しい」

 

風間はそう言い放つと、スタスタと天霧の横をすり抜けた

 

「風間」

 

「……なんだ?」

 

「貴方は風間家の意向に反するおつもりですか?」

 

風間が訝しげに顔を顰めた

 

「……どういう意味だ?」

 

「風間家は桜姫との婚姻を望まれています。しかし、最近の貴方の姫に対する態度は―――」

 

「天霧、貴様は腕の中で他の男の名を呼ぶ女を抱けるのか?」

 

「……は?」

 

天霧が何を問われたのか分からないという感じに、首を傾げた

風間は、その様子を見て、フイッと視線を剃らした

 

「俺の名だけ呼んでいればいいものを……」

 

呟く様にそう言い放つと、風間はそのまま何処かへ行ってしまった

天霧はそんな風間をじっと眺めていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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――― 新選組屯所・壬生

 

カタン……

 

山南は暗闇の中、蝋燭の灯り1つで、薬――変若水の改良を続けていた

赤い液体が、闇の中異様さを放つ

 

試験管の中から、ゆっくりと、その赤い液体を丸底のびいどろの中にゆくりと垂らした

それをゆくりと振り、色の度合いを見た

 

随分、以前に比べて見れる様になってきた

これならば………

 

その時、だった

 

「山南さん、まだ起きてるんですか?」

 

不意に、襖の向こうから沖田の声が聞こえた

 

山南は、一度、びいどろから目を逸らし

 

「沖田君ですか…入って構いませんよ」

 

すると、襖がスッと開けられた

 

「熱心ですねぇ…研究の為に身体壊しちゃぁ元もこうも無いのに」

 

そう言って、部屋に入ると、襖を閉めた

すると、山南は自虐にも似た笑みを浮かべ

 

「ご心配なく。身体ならもうとっくに壊れていますから。それより見てください」

 

そう言って、赤い液体の入ったびいどろを沖田に見せた

 

「改良した変若水です。理論的にはこれで副作用が抑えられる筈なんです」

 

「……試す気なのですか?」

 

沖田は小さく息を吐いて、その場に座った

 

「自信があるなら、止めないですけど」

 

「……どうしたものかと、悩んでいる所です」

 

すると、ふっと沖田が笑みを浮かべた

 

「ま、失敗したら僕が斬ってあげますよ」

 

それを聞いて、山南が笑みを浮かべる

 

「それは心強いですね」

 

「そんな事より、どうです?一杯」

 

そう言って、沖田は持って来た酒瓶を見せた

山南がふっと笑う

 

「酒ですか…その方が身体には良さそうですね」

 

そう言った、山南の机には禍々しく赤いそれが静かに置かれていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちー、襲われ第2弾の回です

多分、これ以降は無いと思われます(予定)

どーしても、言わせたい台詞の為に、こうなりました

 

山南さんの実験道具なんですけど・・・

びいどろ以外書きようがなかったんです!

正直あの時代、硝子は貴重で、出回ってるかは不明ですけど・・・

 

2010/05/31