櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 三章 散る花 17 

 

 

「では、配置はこれでいいかな?トシ」

 

「ああ、まぁ、妥当なもんだろ」

 

近藤からの問いに、土方は前面に広げた地図を見ながらそう答えた

 

西本願寺屯所・広間―――

 

彼らは、今ここで今夜の二条城警護に付いて話し合っていた

広間には土方の他に近藤、伊東が居る

 

ここで配置や交代などを決め、後から組を取り纏める幹部に通達する

そして、組長が自分の隊の平隊士に伝達する

 

いつもの”新選組”の形態だ

 

ズッと土方は置いてあった茶を飲んだ

 

それは、先ほど千鶴が置いていったものだ

 

ぬるいな……

 

もう、時間が経っているからか、その茶は冷めていた

 

「こっちの交代時間はどうする?」

 

「ん?ああ、そこは―――」

 

パタパタパタ

 

ん?

 

「どうした?トシ」

 

近藤が不思議そうに土方を見た

 

「―――いや……」

 

俄かに廊下が騒がしい

 

今は重要な話し合いの真っ最中だ

隊士には、ここには近づかない様に通達してある

 

が………

誰だ………?

 

明らかに、誰かがここに近づいている

事情を知った上で来そうな人物を考える

 

新八か?原田か……それとも―――

 

その時だった

 

バンッ

 

「土方さんっ!」

 

 

 

「――――なっ!?」

 

衝撃の余り、手から湯呑が落ちる

 

駆け込んできたのは、予想外の人物だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正直、この時は動転していたのかもしれない

 

早くしなければ

止めなければ

 

―――と、そればかりで他の事に気が回らなかった

いつもなら、気付く事を見落としていた

 

バンッ

 

 

 

「土方さんっ!」

 

 

さくらは勢いよく広間に駆け込んだ

そして、入って―――後悔した

 

「――――なっ!?」

 

土方が驚きの余り、大きく口を開けたまま停止する

その手から湯呑がガシャンと音を立てて落ちた

 

それとは相反する様に、近藤は少し驚いた後にこやかに笑って

 

「おお、八雲君じゃないか!どうかしたかね?」

 

そして――――その2人の前にもう1人―――

見知らぬ男が座っていた

あ――――

 

瞬間、脳が冷静さを取り戻す

 

いけない………っ!

 

そう思うも、時既に遅し

 

近藤は見えていない為、気付いていないが……

土方が広間の奥で怒りの形相をしてこちらを睨んでいた

気のせいか、背後に般若が見える

 

一瞬、どうしたらいいのか、さくらは迷った

 

このまま、非礼を詫びて立ち去るべきかもしれない

しかし、それではここへ来た意味が無い

 

一旦引いて出直すべきか……

でも……それじゃぁ、千鶴が……

 

さくらは小さく被りを振った

 

駄目だ

そんな時間は無い

 

何とかして、話を聞いて貰わなければ……っ!

 

「あ、の―――っ」

 

さくらが意を決して言葉を発しようと思ったその時だった

 

「―――貴女、何者ですの?」

 

不意に、スッと透る様な声が広間に響いた

声のした方を見ると、あの見知らぬ男がスッと指を唇に当てて目を細めた

ゆっくりと、男が視線を下から上へ準える

 

「な、何者…と……いわれ、まして…も……」

 

さくらは、戸惑う様に声を震わせた

 

男のその視線が何処か自分を品定めをしている様で、不快感を感じる

 

思わず、足が後ろへ下がった

 

じっとさくらを見るその瞳には、読み取れない”何か”が隠れている様な気がした

いや、”見極められている”と言うべきか

 

「……彼女、隊士ではありませんわよね?」

 

男がスッと視線を近藤に向けて尋ねた

近藤は、ハッとした様に慌てて口を開いた

 

「い、伊東さん!か、彼女は訳あって新選組で療養しているだけであって……!」

 

「療養…?ですの?」

 

伊東―――伊東甲子太郎は興味有り気にくすっと笑みを浮かべた

 

「あら、彼女何処か悪いんですの?」

 

「あ、ああ、少し足を痛めていたんだ」

 

近藤が慌てて答えると、伊東はわざとらしく驚く様に声を上げた

 

「まぁ……!それは大変ですわね」

 

伊東はスッと立ち上がると、さくらの方へゆっくりとその足を向けた

二歩手前辺りで止まると、再びさくらを品定めする様に上から下まで見た

 

「あ、あの……?」

 

何故だろう

何故か、嫌な不安が押し寄せてくる

 

「あ、あー八雲君。しょ、紹介しよう!新しく新選組の参謀になられた伊東先生だ」

 

近藤が場を和まそうと声を発する

しかし、それすら遠く感じた

 

伊東は淡く目を細め

 

「初めまして。宜しくお願いしますわ」

 

「……ご丁寧に、ありがとう…ござい、ます」

 

余り、伊東を見たくなくて逃げる様にさくらは視線を落とした

そのまま、軽く頭を下げる

 

それを見て、伊東は機嫌良さそうににっこりと微笑んだ

 

「あら、礼儀正しいのね。そういう子、好きよ。―――それで?」

 

「え?」

 

何を問われているのか一瞬解らず、さくらは首を傾げた

伊東はスッと目を細め

 

「名前よ。貴女の、な・ま・え」

 

「……………っ」

 

その目を見て、さくらはビクッと肩を震わせた

その顔は笑っているが、目が笑っていない

読み取れない何か”嫌な”ものを感じる

 

「どうしたの?名前無いの?」

 

「……………」

 

不安が過ぎる

 

名乗って大丈夫なのだろうか……と

 

別に名を知られたからといって、呪に縛られる訳ではない

それに、さくらの名から以前居た場所が特定出来る訳でもない

それが可能ならば、今頃さくらはここには居ない

 

さくらはごくっと息を飲み

 

「八雲……さくら、です」

 

小さな消えそうな声で、そう呟いた

すると、伊東はパッと嬉しそうに顔を綻ばせ

 

「あら!可愛い名前じゃない!んーそうね……八雲…ううん、違うわ。さくらちゃん…そうだわ!さくらちゃんって呼ばせて貰うわね!」

 

「ね?さくらちゃん」と伊東がにっこりと微笑み、首を傾けた

 

「……………」

 

さくらは何とも言えぬ表情で、視線を床に落とした

 

何故、こうも不安が押し寄せてくるのだろうか……

伊東に名を呼ばれる度に、何とも言えない不安が押し寄せてくる

 

だが、そんなさくらとは裏腹に、伊東は面白そうにその目を細めた

 

「んー本当は、女の子は管轄外なんだけど……」

 

 

 

 

  「いいわぁ~貴女」

 

 

 

 

ゾクッ

 

背筋を嫌な気配が走った

ギクッとしてさくらが顔を上げた瞬間、その表情を強張らせた

 

伊東の口が 目が 

面白い”何か”を見つけたかの様に、恍惚に微笑んでいる

 

「……………っ」

 

さくらが一歩、後退った

 

”不安”が大きくなる

 

伊東が指を一本一本、自身の唇に当てていく

そして、ゆっくりと反対の手を伸ばす

 

「その表情も素敵……ねぇ?貴女、凄く私の好みよ……」

 

「…………っ」

 

伊東の右手が近づいてくる

ゆっくり ゆっくりと

 

さくらが、また一歩後退る

伊東が、一歩前に出る

 

「……………っ」

 

ドクン ドクンと心臓が早鐘の様に鳴り響く

 

鼓動が速くなる

視界が揺らぐ

 

 

嫌………っ

 

 

「ねぇ……? さくらちゃん……?」

 

 

 

  ドクン

 

 

 

 

 嫌っ………!!

 

 

 

 

 

さくらは、反射的に目をギュッと瞑った

今、まさに伊東の手がさくらに触れるか触れないかという瞬間―――

 

 

 

 

 バシッ

 

 

 

 

 

伊東の手が、止まった

いや、止められた

 

 

 

 

「―――伊東さん」

 

 

 

 

 

響く、低い声―――

 

「こいつで遊ぶのは、止めてくれねぇか?」

 

さくらは恐る恐る目を開けた

 

あ――――

 

視界に入る、流れるような漆黒の髪

自分に伸ばされた手を押さえる様に掴んでいる、角ばった右腕

紫色の着物

 

「ひ、じか…た、さ……」

 

それは土方だった

 

土方はそのまま、伊東とさくらに間に割って入ると、フイッと掴んでいた手を離した

一度だけ視線だけでさくらを見ると、再び伊東を見る

 

伊東は少し驚いた様に目を見開くが、少しおどけた様に

 

「あら…もしかして、彼女はもう土方君の物なんですの?」

 

「……………」

 

土方は何も答えなかった

表情一つ変えず、その背にさくらを庇う

 

それを肯定とみたのか、伊東は残念そうに はぁ…と溜息を付いた

 

「それは残念ですわ。折角、私好みの素敵なものを見つけたと思いましたのに……でも」

 

伊東がくすっと笑った

 

「流石は新選組副長。その手腕は隊内のみならず、女性にも通じていらっしゃったのね」

 

「………っ!」

 

カチンと、頭にくる

 

それは、明らかに土方に対する侮辱発言だった

伊東はそれを面白可笑しく笑ったのだ

 

「ちょっ………!」

 

思わず言い募ろうと口を開いたさくらを止めたのは、他ならぬ土方だった

土方は表情一つ変えず、さくらを手で制した

 

「土方さん……っ!?」

 

「いい。黙ってろ」

 

「…………っ!」

 

土方に言われては、黙るしかない

 

悔しかった

土方を、こんな最近入隊したばかりの人に罵られるのが耐えられなかった

 

私だって、土方さんの全てを知ってる訳じゃない

けれど……

 

彼は、仲間を誰よりも思いやり、慈しみ、哀しむ心を持っている

口では厳しい事を言っているけれど、本当は誰よりも優しい人―――

 

そんな土方を否定する様な発言など、受け入れられる訳がなかった

 

でも、それを土方自身が止める

 

………それなら、私は何も言えないじゃない……

 

さくらは耐える様に、ギュッと拳を握った

 

そんなさくらを一瞬見て、土方はふと優し気に目を細めた

それから、伊東に向き直すと、特にこれといって気にした様子もなさ気に1トーン低い声音で

 

 

 

「―――伊東さん、俺の事を何と言おうが構わねぇけどな…」

 

 

 

「近藤さんだけは裏切るなよ」

 

 

 

一瞬、シン…と広間が静まり返る

それが、一層土方の声を響かせた

 

 

それは、最早―――

 

 

 

 

「あら、”脅し”ですの?」

 

伊東がおどけた様に、そう口にした

すると、土方はくっと喉で笑い

 

「脅しじゃねぇよ。俺は”注意”しただけだ。あんたのその心に二心がなけりゃぁ、どうって事ねぇだろ?」

 

ピクッと微かに伊東の表情が変わる

―――が、直ぐにいつもの表情になり、面白そうに目を細め

 

「……ご忠告、痛み入りますわ」

 

土方がフンと鼻を鳴らすと、不意にさくらの手首を掴んでぐいっと引っ張った

 

「え……っ!?あ、あの……?」

 

理由が解らず、思わず困惑する

だが、土方はさくらには何も言わず、奥の近藤を見ると

 

「悪い、近藤さん。話、進めておいてくれ」

 

え………?

 

ますます、意味が分からない

 

「む……?わ、分かった」

 

奥で呆然としていた近藤が、慌ててハッとし頷いた

それを確認すると、土方は目線だけさくらに送り

 

「……さくら、お前はちょっと来い」

 

再び手を引っ張られる

 

「あ、あの……?」

 

「……いいから、来い」

 

さくらは、土方と近藤を交互に見合わせた後、慌てて中に居る近藤に頭を下げる

そして、そのまま引きずられる様に広間を後にした

 

「………あら」

 

それを見ていた伊東は、何やら目をきらきらさせると、両の手で自分の頬を押さえた

 

「あらあらあら」

 

「い、伊東さん……?」

 

余りにも挙動不審だった伊東に、近藤が首を傾げる

すると、伊東はダダダと近藤に駆け寄り

 

「ちょっと、近藤さん!土方君と彼女ってやっぱりそうなんですの!?そうなんですの~~~!?

 

「………は…?」

 

近藤が意味が分からないという感じに首を傾げる

 

「だったら、そう言ってくださいよ!もう!」

 

そう言いながら、バシッと近藤の背を叩いた

 

「?????」

 

近藤がますます分からないという感じに、頭を捻る

 

だが、当の伊東は何やら嬉しそうに

 

「うっふっふ~私、人の物だと燃えるのよね~」

 

「い、伊東さん……?」

 

「勿論、大本命の土方君とー、それからさくらちゃんをーうふふふふふ」

 

うっとりと何かに思いを馳せている伊東

気のせいか 辺りの空気の色が違う気がする

 

「あ、あのー、えー、伊東さん…?そ、そろそろ、話を……」

 

という近藤の虚しい声が響くのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い1日だなぁ…( ;・∀・)

未だに、日付変わってませんよ?

 

というか、何故こうなった!?伊東…

伊東のキャラが崩壊していますが…まぁ、あの人だからアリで

これはもう、オリジナル伊東と思ってくださいwww

私的伊東イメージが完全にコレで定着してるんですよね~私…(^◇^;)

 

2010/09/27