櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 三章 散る花 15

 

 

「……単刀直入に申し上げます。何故、山南さんが変若水を飲むのを黙認されたのですか?」

 

「………!?」

 

土方の顔色が変わった

それでも、さくらは真っ直ぐ土方を見据えた

 

次第に、土方の表情が鋭くなる

 

殺すか、殺さまいか―――

そういう目だった

 

土方の菫色の瞳が、ほのかに光る

その瞳の奥には、怒りにも似た感情が湧き上がってきているのをさくらは感じた

 

「……何処でその話を聞いた」

 

1トーン低い声が室に響いた

 

「……………」

 

それでも、さくらは怯まなかった

真っ直ぐ、土方を見据える

 

「今朝です」

 

「誰に聞いた」

 

もう1トーン、声音が下がった

 

「……………」

 

さくらは答えなかった

答える代わりに、土方の瞳を真っ直ぐ見る

 

土方が苛立ちにも似た色を瞳に宿す

 

「幹部の誰かか?」

 

「……………」

 

「……まさか」

 

誰かに思い付いたのか、土方がスッと目を細める

 

「千鶴ではありません」

 

土方がその名を口にする前に、さくらは口を開いた

きっかけは彼女だが、彼女が言った訳ではない

 

「彼女は、貴方に言われた通り話しませんでした」

 

「……つまりは、あいつが知っている事も知っている訳だ」

 

「………っ」

 

そこで初めてさくらの表情が変わった

動揺しては駄目よ……

 

心を落ち着かせる様に、軽く息を吐く

出来るだけ平静を装い、さくらは土方を見た

 

「……千鶴からは”亡くなった”と聞いていました。でも、会ったんです」

 

「会った?」

 

「……ええ、山南さん本人に」

 

土方が驚いた様に目を見開き、次の瞬間、顔を顰めてチッと舌打した

 

「山南さんが言っていました。自分は変若水を飲んだ―――と」

 

「……何処まで聞いた」

 

「……山南さんは左腕を治す為に飲んだ事。生きている事は幹部と千鶴以外は知らない事。千鶴はたまたま居合わせて知ってしまった事。それだけです」

 

それを聞いて、土方ははっと大きく息を吐いた

顔を顰め、頭をかく

 

「……殆ど、全部じゃねぇか」

 

「何故ですか?何故、止めなかったんですか!?あれは―――あの薬は失敗作だと以前にお教えした筈です!」

 

「……………」

 

「左腕を直したい気持ちは分かります…けど!だからって、あれに手を出すなんて―――!」

 

 

 

 

 

「俺だって止めたかったさ!」

 

 

 

 

 

ダンッと土方が悲痛にも似た声で叫んで、文机を叩いた

 

 

「俺だって…なぁ!……止めてやりたかったさ……」

 

 

その手は、声は震えていた

それは自身への”怒り”なのか、”哀しみ”なのか―――

 

「……俺達が見つけた時には、もう既に山南さんはあれを飲んだ後だったんだ……!」

 

ダンッともう一度、文机を叩く

 

「俺が……俺がもう少し気をつけていれば……!」

 

「……………」

 

「分かってたんだ……!あの人があの薬を使うかもしれないと!―――そう、思ってたのに……っ」

 

「土方さん……」

 

その声は、泣いている様に聞こえた

 

「失敗作だと分かっていても、もしかしたら…山南さんの腕を治してやれるかもしれねぇと思ったら…捨てられなかったっ」

 

土方の悲痛なまでの叫びが、心に 痛い

 

「……もう、いいです」

 

「俺だって…なぁ!あの人の腕を治してやりたかったよ!どんな事もしても…治してやりたかったっ!」

 

「……土方さん…もう……」

 

「でも、治らねぇんだよ……っ。俺達がどんなに足掻いても、あの人を救ってやれなかったんだよ……っ」

 

「……土方さん…っ」

 

「俺が……っ!俺が変わってやれれば、どんなに―――っ」

 

 

 

「もう、いいですから!」

 

 

 

気付いたときには、さくらはその手を伸ばしていた

その手で、横から力一杯土方の頭を抱きしめる

 

「もう……いいです、から……」

 

土方は抵抗しなかった

抵抗する事すら、出来ないのか

されるがままに、その顔をさくらの胸に埋めた

 

「……酷い事言って、すいません」

 

優しく、土方の頭を撫でる

 

「土方さんだって辛かったんですよね。それを今までずっと我慢していたんですよね」

 

この人は無器用だから―――

何でもそつなく熟すのに、感情面を表す事にはてんで無器用で頑なな人

いつも、新選組副長として虚勢を張り、自分を表す事をしない人

 

でも―――冷血非道に見えるこの人も ”人” なのだ

 

心もあれば、感情もある

痛みも哀しみも辛さも感じる


”人”なのだ

 

そんな彼が”愛おしい”―――

 

限りある感情の中で、どう表せば良いのか分からないけれど

この言葉が、一番しっくりくる

 

途切れ途切れだった、”型”がかっちり嵌る様に

その言葉が、心の中を支配していく

 

癒してあげたい と

救ってあげたい と

 

泣いている幼子を抱きしめる様に、優しく包み込む

 

「……泣いてもいいんですよ?」

 

ピクッと土方の肩が震えた

 

「……今なら、誰も見ていません。だから、泣いてください」

 

泣くべきだ

 

ずっとずっと我慢してきたのを、吐き出してしまえばいい

辛かった事も、哀しかった事も、全部吐き出せばいい

 

「……鬼副長が、泣けるか」

 

ぽつりと、呟く

その悪態が土方らしくて、さくらは笑ってしまった

 

「大丈夫ですよ。鬼副長の仮面が剥がれたら、ちゃんと後から私が嵌めてあげます」

 

だから、泣いて―――

 

すると、土方がゆっくりと顔を上げた

やんわりと、さくらの腕から離れる

 

さくらを見る綺麗な菫色の瞳が揺れていた

その瞳は、どこか哀しみに満ちていた

 

「……俺を甘やかすな」

 

さくらは一瞬、キョトンと目を見開いたが、次の瞬間優しげに微笑んだ

そして、愛しむ様な声音で、囁く様に

 

「甘えてください」

 

土方が大きく目を見開いた

 

「土方さんが、安らげる場所になれるのなら―――」

 

「……馬鹿言うな」

 

そっと土方の頬に触れる

 

「それが私なら、嬉しいです」

 

「……馬鹿、言うんじゃ…ねぇよ……」

 

さくらは優しく微笑んだ

 

「馬鹿でいいですよ。それが私の望みですから」

 

「……馬鹿、な女だ……」

 

瞬間、グイッと引き寄せられた

思いっきり抱き寄せられ、土方がその顔をさくらの胸に埋める

背に回された腕に、力が込められた

 

「くっ……う……っ……」

 

泣いているのか、土方の肩が震えていた

 

「山南さん……っ」

 

吐く様に、土方が声を洩らす

 

「山南さん……っ!」

 

その声音は、酷く哀しく辛そうだった

 

そっと土方の背を優しく撫でる

愛しむ様に、優しく優しく撫でた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼餉の時間―――

それは起きた

 

「左之は八雲が好きなのか?」

 

斎藤の唐突な質問に、事態は一変した

 

永倉は膳を引っ繰り返し、藤堂は食べかけていた焼き魚をボロッと落とした

当の原田は、ぶっと吹きだし咽ている

 

「へぇ~左之さん、さくらちゃんが好きだったの?」

 

沖田が面白そうに、にやにやと笑いながら言った

 

「左之!そうだったのかぁー!?」

 

「って…うわっ!新八っつぁん!口ん中あるのに喋んないでよ!散る!!」

 

永倉の食べかけ攻撃をモロにくらった藤堂が、叫びながら抗議する

 

「落ち着けって、新八」

 

原田が、箸を持ったまま今にも襲い掛からんとしている永倉を、何とか腕で防いでいる

 

「こ、これが落ち着いていられるかぁー!?」

 

その時、永倉はハッとした様に、ぷるぷると肩を震わせた

 

「ま、まさか……!もう、既に2人はそういう関係……っ!?」

 

ガーンとショックを受けた様に、永倉が箸をガランと落とした

そして、ガクッとうな垂れ

 

「まさか……まさか、この俺様が…左之に先を越されるなんて……っ!!」

 

くぅぅ!と永倉が悔し涙を拭う

見かねた藤堂が、ポムッと永倉の肩を叩いた

 

「新八っつぁん、元気出せって。…っていうか、元々左之さんに負けてるじゃん。新八っつぁんが勝ってる要素ねぇし」

 

「……平助、それは慰めているのか?それとも、貶しているのか?」

 

斎藤が平然と焼き魚を口に運びながらぼやく

 

「え?えぇ!? 一君何言ってるのさー!な、慰めてるに決まってるじゃん!」

 

藤堂が慌てた様に、抗議する

 

「じゃぁ、新八さんが左之さんに勝ってる所って何があるっけ?」

 

沖田がケラケラと笑いながら口を挟んだ

 

「え、えっとぉ……」

 

「ほらほら、早くしないと新八さんが噴火するよ?」

 

くすくすと笑いながら、沖田が永倉を指差した

差された永倉から、もももも…と何かが出てきそうである

 

「顔――は負けてるし、女――も、負けてるし……そ、そうだ!早食いとか!食う量とか!あ、後―――」

 

藤堂が思いつく限り、上げていく

しかし、どれも残念なものばかりだ

 

「へ~い~す~け~」

 

永倉が、ぐももももと何かどす黒いものを発しながら、藤堂の首をギュギューと絞めた

 

「苦しっ!苦しいって新八っつぁん!絞まってる!!」

 

藤堂がギブギブという感じに、バンバンと永倉を叩いた

 

後ろで、どんちゃん騒ぎをしている永倉と藤堂を余所に、原田は涼しい顔で胡麻豆腐を食べていた

 

「おい、新八。殺さない程度にしとけよー?」

 

とか、言っている

 

「ちょー!左之さん!助け―――っ!!」

 

「か~く~ご~し~ろ~」

 

ギュギュー

 

「し、絞ま……っ!!」

 

「所で、何でいきなりそんな事言い出したの? 一君」

 

沖田がけろっとした顔で、斎藤に尋ねた

原田も、それに便乗する様に尋ねる

 

「そうだぞ、斎藤。 根も葉もない事言うなよ。 今、さくらが居なかったからいいものを……。っていうか、その話は何処から出てきたんだ?」

 

ドキッとそれまで黙っていた千鶴が顔を引き攣らせた

 

斎藤さん、言わないで―――!と念じたが……

 

「雪村だ」

 

ぺロッとバラした

 

「あ―ー―!! 斎藤さん! 何で言っちゃうんですか!!」

 

千鶴が思わず叫んだ

 

「あ………」

 

言って、我に返

 

これでは、肯定したも同然だ

 

「何だ? 言ってはまずかったのか?」

 

当の斎藤はけろっとした感じで、そう尋ねた

 

「いや、だって…その……」

 

「千鶴ちゃんが言ったの?へぇ~」

 

「千鶴? どういう事だ?」

 

沖田が面白そうに、原田が怪訝そうに千鶴に尋ねる

千鶴はうう…と口ごもりながら

 

「え、えっと…それは、その……」

 

千鶴が言い訳できずオロオロしていると―――

ふと、沖田が爆弾発言をしてきた

 

「とかいっちゃってさ~ それって、実は一君の話じゃないよね?」

 

にやにやしながらそういう沖田とは裏腹に、周りが皆「え?」という風な顔になる

当の本人も驚いたように、箸でつまんでいた魚の身を落とした

 

その中でも一番驚いたのは千鶴だった

 

え……? 斎藤さんがさくらちゃんを……??

 

まさかの衝撃に、千鶴が思わず斎藤を見る

すると、斎藤はわざとらしく咳ばらいをして、

 

「詭弁だな。 それこそなんの脈略もない話だ」

 

そう言って平静を装って言うが……

 

「……斎藤…お前、箸 逆に持ってるぞ?」

 

左利きの筈が、何故か右手で持っていた

しかも、耳まで真っ赤だ

それを見た沖田が

 

「ふぅ~~ん、さくらちゃんもてもてなんだねぇ……ま、わからなくもないけど」

 

そう言って、お猪口のお酒を飲み干す

 

「吉原の技芸よりも美人な上に、健気なとこあるしね~。 ま、惚れても仕方ないんじゃない? ここ、男所帯だし」

 

と言って、面白そうに笑った

が、斎藤と原田が反応に困ったように、視線を逸らす

 

千鶴は千鶴で、しょっくを受けた様に真っ青になっていた

 

その時だった…

不意に、ガラッと戸が開いた

 

「何だ?この騒がしさは?」

 

土方が怪訝そうに顔を顰めて入ってくる

そして、中の様子を見て呆れた様に大きな溜息を付いた

 

「……お前ら、静かに飯も食えねぇのか?」

 

「あ! 土方さん、聞いて下さいよ――。左之さんと一君が、さくらちゃんの事を――」

 

「私が、どうかしたんですか?」

 

沖田が面白そうにそう叫んだ瞬間、ひょっこり土方の後ろからさくらが顔を出した

 

「ばっか総司!お前口閉じてろ!」

 

原田が沖田に駆け寄り口を塞ごうとする

が、ひらりとそれを避ける沖田

 

「あっれ~?左之さん、顔赤いよー?」

 

「お前は、黙ってろ!」

 

くすくすと沖田が原田の攻撃を避けながら言う

 

「え、ええっと……」

 

さくらが意味が分からないと言った感じに首を捻った

 

「お前ら!少しは静かにしろ!!」

 

苛々が募ったのか、土方の怒声が響き渡る

ピタッと皆が、止まった

 

「それで、一体何が原因だ?」

 

土方が怪訝そうに斎藤にそう尋ねると、斎藤はわざとらしく咳払いをして

 

「実は…左之と八雲が好き合っているのではないかという疑惑が浮上しまして、その真相を確かめていた所存です」

 

「「………は(い)?」」

 

さくらと土方の声が重なった

 

「さ、斎藤さん!!」

 

千鶴が慌てて、斎藤の言葉を止めようと口を挟む

 

「斎藤!!」

 

原田が慌てて斎藤の口を塞ぐ


いつの間にか、好きかも?が好き合っているに変わっている

 

え……?ええ……!?

 

一瞬、何の事か分からなかったが

次の瞬間、その内容を理解して、さくらがぱっと顔を赤らめた

 

「ち、違うからな!さくら。これは、誤解だ!」

 

原田が慌てて訂正する

 

「いや、しかし……」

 

「お前は黙ってろ! 斎藤!」

まだ何かを言おうとする斎藤の口を、原田が防いだ

 

「さくらは、気にするな!な?」

 

「は、はい……」

 

原田の言葉に、さくらはこくこくと頷いた

すると、それを見ていた沖田が

 

「あっれ~? 一君もでしょ? さくらちゃんが好きなの。 自分の事もちゃんと話さなきゃ~」

 

と、けらけらと笑いだした

 

「………………それは、ない。 大きな誤解だ」

 

と、冷静を装って斎藤が言うが……

 

「一君、だから箸の持ち手 逆だよ? 後、耳まで赤いよ……」

 

と、藤堂が突っ込んだ

その時、土方の盛大な溜息が聞こえた

 

「……くっだらねぇ」

 

そうぼやくと、ドカッと自分の席に座った

そして、平然とした態度で膳に箸を伸ばす

すると、沖田が面白そうに突然

 

「あっれ~?そういえば、何で2人は一緒なの?あ、もしかして…あの話は実は左之さんや一君じゃなくて、土方さん相手だったりして~?」

 

ガタンと土方の肘がずり落ちた

それを見た沖田が、益々楽しそうに

 

「あれあれ~?図星?ふ~ん、へぇ~、そうなんだ」

 

にやにやと沖田がさくらと土方を見てにやついた

さっきまでの事とか、今までの事とかを思い出して、今度こそさくらは真っ赤になった

 

「総司! 馬鹿な事聞いてんじゃ……っ」

 

「声、裏返ってますけど?」

 

指摘されて、サッと土方が微かに顔を赤らめた

それを見て、沖田はにやりと笑って

 

「で?で?何処までいってるの?さくらちゃん?」

 

「えっ!い、いえ…その……」

 

「総司!!」

 

土方の怒声が響いた

沖田が、不服だという感じに、ぶーぶーと文句を言う

 

「ええー!?いいじゃないですかぁ~ちょっとぐらい」

 

「うるさい!黙って食え!!」

 

ピシャリと言い放つと、今度はさくらに向かって

 

「さくら!」

 

「は、はい!」

 

「座れ!」

 

「は、はい!」

 

言われて、慌てて座る

 

「飯を食え!」

 

「わ、分かりました」

 

それだけ言うと土方は、黙ったまま自分の昼餉をパクパクと食べだす

余りにも凄い勢いで食べていくので、さくらは呆然とそれを見ていた

すると、沖田がちょいちょいとさくらを手招きした

そして、小声で

 

「あれって、照れ隠しだよ。絶対」

 

「え………?」

 

照れ……?

 

「聞こえてんだよ!総司!」

 

土方の怒声が響いた

沖田は肩を竦めて、ぺロッと舌を出した

 

何はともあれ、昼餉の時間はそんな感じで過ぎていったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――― 午後・境内

 

「もぅ…!あれは千鶴が言い出したの?」

 

「ごめん~!まさか、あんな大事になるとは思わなくて……っ!」

 

さくらの前でパンッと両手を合わせて千鶴が謝っていた

いまいち、昼餉の状況が理解出来ず千鶴に尋ねた所、子細が分かった

どうやら、大元の原因は千鶴の発言らしい

 

さくらは、はぁ…と溜息を洩らし

 

「原田さんや斎藤さんが私を…とか、無いわよ」

 

確かに、優しい所はあると思うが…

す、好きとか……

普通に考えて、あり得ない

でも、千鶴はそうは思わない様で

 

「そうかなぁ~? 結構当たってると思うんだけど……」

 

「千鶴、それは気のせいよ」

 

無い無い

あり得ない

 

そう自分に言い聞かす

そうでも、しないと今にも顔が赤くなりそうだ

 

「……それって、原田さんと斎藤さんには脈無しって事?」

 

「み、脈って……」

 

かぁっとさくらが頬を染めた

 

「あ、ちょっとは脈ありっ? どっちどっち!!?」

 

「千鶴!」

 

「は~い、ごめんなさい」

 

そう言いながら、千鶴は嬉しそうだ

そんな千鶴を見て、観念した様にさくらは息を吐いた

 

「楽しんでない?」

 

「楽しいよ!だって、こんな話するの久し振りなんだもん」

 

あ……

 

その時、さくらは気付いた

 

千鶴はもう1年以上も1人でここに居るから―――

こんな会話をする相手も居なかったんだ―――と

 

「あ、でも、さくらちゃんには今朝も迷惑掛けちゃったし……という訳で買ってきました!」

 

そう言って、ごそごそと何か包みの様な物を取り出した

 

「それは?」

 

「さくらちゃんへのお詫びとお礼」

 

そう言って、サッと包みを広げる

中から、形の良い煉切が出てきた

 

「煉切ね…これは、藤と落し文かしら?」

 

「さくらちゃん、詳しいね?」

 

「え?まぁ…お茶を少しやってたから……」

 

「そうなんだ?じゃぁ、今度飲みたいな!さくらちゃんのお茶」

 

「分かったわ。機会があったら点てるわね」

 

「本当!?楽しみ!」

 

千鶴が余りにも嬉しそうにするので、さくらはクスッと笑ってしまった

 

「ささ、食べよ?」

 

そう言って千鶴は煉切を手掴みすると、パクッと一口

 

「ん~美味しい~」

 

ほくほく顔でそう言う

 

「て、手掴みなの……?というか、さっき昼餉を食べたばっかりじゃぁ……」

 

「黒文字なんておしとやかな物は用意してません!それに、甘い物は別腹です!」

 

そう言って、千鶴はぺロッと一つ食べきってしまった

 

「ほら、さくらちゃんも食べて?」

 

「え、ええ……」

 

煉切を手掴みとか、初めてだわ……

 

本当なら行儀が悪いと言われそうだが

幸い、今は千鶴と2人っきりだ

 

少しなら、いいかしら……

 

そう思って、そっと手を伸ばした

流石に、直に手掴みは抵抗があったので、一応懐紙を取り出し、それに取る

そして、そっと口に運んだ

金団が口の中で蕩ける

 

「美味しい?」

 

「ええ…美味しいと思うわ」

 

「良かった!」

 

それから、色々と千鶴と話した

そうしている間に、時間も過ぎて行き―――

日が少し陰って来た時だった

 

「あ、雪村君!丁度良い所に」

 

廊下の向こうから島田が歩いてきた

 

「あ、島田さん。こんにちはー」

 

千鶴が島田に向かって手を振る

さくらは、ぺこっと頭を下げた

 

「お話中の所すみません。全員広間に集まってくれとの事なので、雪村君も……」

 

「え?私もですか?」

 

千鶴は、キョトンと目を瞬いた

思わず、さくらと顔を見合わせる

 

「すみませんが、八雲君は―――」

 

「分かってます」

 

そう言って、さくらはスッと立ち上がった

 

「私は部屋に戻ってるわね?」

 

「うん。ごめんね?」

 

千鶴が申し訳無さそうに謝る

さくらはクスッと笑って

 

「どうして、千鶴が謝るの?別に気にする事は無いわ」

 

あくまでも、自分は余所者だ

新選組の内情には関われない

 

千鶴はさくらに何度も謝りながら、島田の後に付いて行った

そんな千鶴を、さくらは見送っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あらあら、土方さんと……うふふー

ちらっと見せてくれた、弱い一面

めったに見れないレアものです

 

そして、昼餉では一がぶっ飛び発言を…ww

もうちょっと、左之が動揺しても良いと思うんだけど…

あの人、この手の話には慣れてそうだしなー

 

しかし、やっと次回から二条城に入れそうです

長かった…

 

一部加筆修正あり (2020.08.14)

 

2010/07/26