櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 三章 散る花 14 

 

 

「雪村?目が赤いが…昨夜は眠れなかったのか?」

 

巡察の途中、突然斎藤にそう言われ、千鶴はドキッとした

 

今朝は、結局あのまま泣きつかれて眠ってしまったらしい

気が付いた時は、自室の布団の中だった

布団の横を触ると、まだ温かみがあった

きっと、さくらが直前までそこに居たのだろう

女手で人1人運ぶのは、どれだけ大変だったか

しかも、さくらは明方まで傍に居てくれたらしい

 

うう…さくらちゃんには悪い事しちゃったなぁ……

 

まさか、自分があそこまで大泣きするとは思わず、千鶴はふぅ…と重い溜息を付いた

 

「雪村?」

 

横を歩いていた斎藤が訝しげに、千鶴を覗き込む

 

「………っ」

 

余りにも斎藤の顔が近くて、千鶴は思わず赤面した

 

「あ、あ~えっと…ちょっと夢見が悪くて……」

 

苦笑いを浮かべながら、そう言い分けする

斎藤は理解に苦しむという感じに、首を傾げた

 

「夢見?」

 

「あ~あはは…何でもないです」

 

そう言って、はぁぁ~と溜息を付く

 

「何だ?悩み事か?」

 

「え!?あ、あ~そ、そう!そうなんです!」

 

千鶴は何かを思い付いた様に、声を上げた

 

「さくらちゃんにお土産買って帰ろうと思うんですけど、何が良いと思います?」

 

「土産?」

 

巡察の途中に?という感じに、斎藤が顔を顰めた

 

「……雪村、巡察は遊びでは……」

 

「わ、分かってます!で、でも、今朝さくらちゃんに迷惑掛けちゃったから、そのお詫びというか…その……」

 

うう…何て言おう……

まさか、泣いて迷惑掛けたとは言えず、千鶴は口ごもった

 

「詫びか……まぁ、詫びは重要だな」

 

斎藤のその言葉に、千鶴はパッと顔を上げた

 

「で、ですよね!」

 

「そうか…詫びか……」

 

斎藤が顎に手をやり、う~むと唸った

 

「ど、何処か良いお店あります……?」

 

「……今、京で流行なのは”近江屋”の―――」

 

「……みたらし団子なら、この間原田さんに買って頂いたので……」

 

「何!?」

 

斎藤が、目を見開いた

そして、難しそうな顔をしてぶつぶつと

 

「……左之の奴、いつの間にそんな点数稼ぎを……」

 

「え?点数?」

 

「い、いや!何でもない!」

 

斎藤が慌てた様に、パッと顔を背けた

その顔は、ほのかに赤い

 

「斎藤さん?」

 

千鶴が首を傾げると、斎藤はごほんと咳払いをして

 

「ならば、左之以上の物を買わねばならぬな」

 

「……はい?」

 

「”吉野屋”の水羊羹…いや、”芹屋”の走井餅…それとも……」

 

「……そういえば、前々から思ってたんですけど……」

 

徐に、千鶴が口を開いた

 

「原田さんって、さくらちゃんが好きなんですかね?」

 

 

 

 

「……………………………は?」

 

 

 

 

斎藤は、間抜けにもポカンと口を開けてしまった

そんな事とは露知らず、千鶴は ん~と顎に手をやる

 

「だって、この間お団子買ってくれた時も、”さくらが寂しいだろうから、話し相手になってやってくれ”とか言うし、結構さくらちゃんの所に顔出してるみたいだし、 何かとさくらちゃんを気に掛けてるっぽいんですよねー」

 

「……………」

 

「だから、好きなのかなぁ~って……って、あれ? 斎藤さん?」

 

顔を固まらせていた斎藤に、千鶴は振り返った

 

「どうかしたんですか?」

 

不思議そうに、千鶴が斎藤の顔を覗き込む

斎藤は、訝しげに顔を顰め

 

「……雪村」

 

「はい?」

 

「左之は、女子供にはいつもそんな感じだと思うが……?」

 

「あ……」

 

ああ!という感じに、千鶴がぽむっと手を叩く

 

「言われてみれば、確かにそうですねぇ~。でも……」

 

う~んと、千鶴が腕を組む

 

「勘ですよ?勘ですけど…さくらちゃんには、こう…何て言うか…他の子とは違う様な……?」

 

「……そう、な、のか?」

 

「そうですよ!何か、原田さんって、女の子の心を分かってるって言うか……壷を心得てるって言うか…鷲掴み?」

 

「……鷲掴みは、”乱暴に掴む”という意味だが?」

 

「ああ~じゃなくて、優しく捕らえる感じです!」

 

「……そうか」


ふむ…と、いう感じに斎藤が顎に手をやった

そんな斎藤を見ていたら、ふと疑問が頭に浮かんだ

 

斎藤さんは好きな人居ないのかな……?

斎藤さんが好きになる人って、どんな人だろう……

 

と、そこまで考えてハッと我に返る

って、私、何を考えてるのよ!

 

恥かしくなり、慌てて頬を押さえる

ほのかに、頬が熱い

 

「雪村?顔が赤いが、熱でも―――」

 

「うわっ!」

 

いきなり、斎藤に覗き込まれて、千鶴は慌てて後ず去った

かぁぁぁと顔が赤くなる

斎藤が訝しげに、眉を寄せた

 

「何だ?」

 

「い、いえいえ!何でもないです!!」

 

千鶴が慌ててブンブンと手を振る

 

「やはり熱が……」

 

「だいっじょうぶです!!」

 

「しかし……」

 

「あ、あ―――!あのお店、美味しそう!あれにしよう!」

 

千鶴が突然、前方の店を指差した

は?という感じに、斎藤が眉を寄せる

 

「雪村?」

 

「じゃ、じゃあ、ちょっと買ってきます!!」

 

「あ、ああ……」

 

ぴゅーと千鶴は慌ててその店に走って行った

残された斎藤は、意味が分からず首を傾げた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、危なかった……!

 

千鶴はバクバクする心臓を押さえて、ホッと一息付いた

先ほどの斎藤の顔が脳裏に浮かぶ

 

うう……心臓に悪い……

 

顔が熱かった

 

いきなり、あんな至近距離は反則だ

しかも……

 

斎藤さんは自覚なしだから、たち悪いよね……

 

はぁ……と、千鶴は溜息を洩らした

 

咄嗟にこの店にしちゃったけど……

何の店だろう?

 

ひょこっと店先を覗くと煉切の店だった

 

「わー美味しそう」

 

色々な形の煉切が所狭しと並んでいる

 

「んーどれにしよう……」

 

少し悩んで、千鶴は2種類の煉切を買った

 

「あっと…戻らないと、怒られちゃう……!」

 

そう思って、踵を返した時だった

 

ドンッと前から来た人にぶつかってしまった

 

「あ……!」

 

その拍子に、手から今買った菓子が落ちる

 

ああ!落ちちゃう!

 

そう思ったが―――その包みは、横から伸びてきた手に受け止められる

 

「あ……」

 

顔を上げると、そこには猫柳色の髪に白い着物を着た男が立っていた

男は、飄々とした面持ちで千鶴を見て、それから受け止めた包みをぽいっと千鶴に向かって投げた

千鶴が慌ててその包みを受け止める

 

包みを開いて、中を確認する

ほっ…良かった。崩れてない

 

そう安堵した時だった

不意に、視線を感じ顔を上げると、男がじっと千鶴を見ていた

 

「あ、あの……?」

 

いまいち男の行動が理解出来ず、千鶴は首を傾げた

ついっと男の視線が、千鶴の小太刀に注がれる

 

「……下手な男装だな」

 

「え……?」

 

千鶴が、声を発しようとしたが―――

 

「ふん、気を付けろ」

 

男はそう言い放つと、そのまま喧騒の中に消えて行った

 

「えっと……」

 

残された千鶴は目を瞬きさせたが、次の瞬間ある事を思いだし

 

「あ……お礼言いそこねちゃった……」

 

その時だった

 

「雪村」

 

「はい!」

 

急に背後から名を呼ばれ、千鶴は慌てて返事をした

振り返ると、斎藤が怪訝そうな顔で立っていた

 

「あ、斎藤さん……」

 

「勝手に行動するなと、いつも言っているだろう」

 

「あ……」

 

そういえば、恥かしさの余り逃げたんでした……

 

「……すいません」

 

しょぼんと千鶴はうな垂れて、謝罪した

斎藤が、はぁ…と溜息を付く

 

「もういい。さっさと帰るぞ」

 

そう言って、スタスタと歩き出した

 

「あ!ま、待って下さい!!」

 

千鶴も慌てて、それを追いかけた

でも、少しだけ先ほどの男が気になり、振り返った

だが、そこにあるのは街の喧騒だけだった

 

「雪村!」

 

「あ、はい!」

 

斎藤に促されて、千鶴は今度こそ斎藤らを追いかけた

 

 

 

 

 

そんな、千鶴を物陰から見ている男が居た

猫柳色の髪に白い着物―――風間千景は、腕を組み角に寄り掛かりながらその様子を伺っていた

 

「天霧」

 

「はっ」

 

何処からともなく、赤褐色の髪の大柄の男―――天霧九寿が現れる

風間が顎をしゃくり、千鶴が去った方を示す

 

「あれが、雪村の生き残りの女か?」

 

「はい」

 

風間はふんと鼻を鳴らすと、じっと千鶴が去った方を見た

 

「あの腰の小太刀……間違い無さそうだな」

 

「……あれは雪村家に伝わる太刀”大通連”の対になる小太刀”小通連”です」

 

「……男装している…というのが気にいらんが、まぁいいだろう」

 

「どうやら、彼女は新選組と行動を共にしている様です」

 

「新選組か……」

 

風間はそう言うと、スッと視線だけを天霧に向けた

 

「女鬼は貴重だ。意味、分かるな?」

 

「……では、今夜にでも動きますか?」

 

「不知火にも連絡しておけ」

 

「はっ」

 

天霧が軽く頭を下げる

不意に、天霧が何かを思い出した様に口を開いた

 

「そういえば桜姫の事はご存知ですか?」

 

「さくら? いや?」

 

訝しげに、風間が顔を顰めた

 

「ここの所、お姿をお見かけしていません。藩邸にもお帰りになっていないご様子」

 

風間が、少し呆れにも似た溜息を付いた

 

「あいつは、相変わらずだな」

 

「いかが致しましょう?捜されますか?」

 

風間がもう一度、千鶴の去った方に目をやる

 

「いい。今は捨て置け。今、重要なのはあの女鬼だ」

 

「……………」

 

天霧は答えなかった

答える代わりに、目を伏せる

 

「くくく……新選組か、面白い」

 

風間はそう言うと、にやりと笑った

そんな風間に、天霧は何も言わず頭を下げた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さくらは、ある一室の前に来ていた

スゥ…と、深呼吸する

ここに来るときは、いつも緊張する

しかも、今から自分が話そうとしている内容が内容なだけに、余計緊張する

 

「土方さん、さくらです。……少し宜しいでしょうか?」

 

そう声を掛けると、中から凛とした声が聞こえて来た

 

「さくら?……何の用だ」

 

「……お茶をお持ちしました」

 

部屋の中に入れなければ話にならない

とりあえず、予め用意していた言葉を言う

 

「……入れ」

 

中から短く返事が返ってきた

 

「失礼します」

 

そう言って、さくらはスッと障子戸を開けた

室の中を見ると、土方が文机に向かって何か書状を認めていた

 

「茶なんて頼んだ覚えはないぞ?」

 

土方は視線はそのまま、言葉だけ発した

さくらは、そんな土方の態度を気にした様子もなく、そのまま室に入ると障子戸を閉めた

 

「少し休まれては如何ですか?」

 

「そんな、暇はねぇよ」

 

やはり、土方の視線はそのまま書状に向けられていた

 

さくらは、気付かれない様に小さく溜息を付いた

一歩下がり、その場に正座する

 

土方は、さくらの態度を気にした様子もなく、ただ筆を走らせていた

 

「……………」

 

さくらは、そんな土方をじっと見ていた

どのくらいそうしていたのだろうか

いつまで経っても去らないさくらに、業を煮やした様に土方が苛立だしげに口を開いた

 

「もう用は済んだだろ。とっとと去れ」

 

「……………」

 

さくらは答えなかった

答える代わりに、じっと土方を見つめた

 

「……聞こえなかったのか?」

 

「……………」

 

やっぱり、さくらは答えなかった

 

はぁ…と土方があからさまに大きな溜息を付く

ギロッとさくらを睨み

 

「俺は仕事中なんだよ!邪魔するんじゃ……」

 

「やっと、こっち向いて下さいましたね」

 

「はぁ?」

 

「ですから、やっと土方さんがこちらを向いて下さいました」

 

「……………」

 

土方が苦虫を潰した様な顔をする

それから、また大きな溜息を付き

 

「だから、なんだ?……お前は、一体何しに……」

 

「余り根を詰め過ぎると良くありません。少し、お休み下さい」

 

「あぁ?」

 

土方が訝しげに眉を寄せる

だが、さくらは怯まなかった

じっと、土方を見てその視線を外させない

 

「……あのなぁ、そんな暇……」

 

「土方さん!」

 

少し、強めに名を呼ばれ、土方がぐっと詰る

じっと、意志の強い真紅の瞳が土方を見ていた

 

それから、土方は不愉快そうにさくらを見ていたが、ついに観念したのか、はぁ~と大きな溜息を付いた

 

「ったく、分かったよ。休めばいいんだろ。休めば」

 

はいはいという感じに、土方が筆を置いた

 

「茶、寄越せ」

 

手を伸ばされ、さくらは盆に乗っていた湯飲みを土方に差し出した

土方はそれを受け取ると、一気に飲み干した

 

ふと、さくらの視線に気付き、その手を止める

 

「なんだ?俺が、茶を飲む姿がそんなに珍しいか?」

 

「……というよりも、土方さんが休んでいる姿が珍しいと思います」

 

「そうかよ」

 

そう言うと、土方は空になった湯呑を畳に置いた

 

「で?」

 

「………?」

 

一瞬、問われている事が理解出来ず、さくらは首を傾げた

土方は面倒臭そうに溜息を洩らし

 

「話があるんだろ?だから、ここに来たんじゃねぇのか?」

 

「……………」

 

さくらは答えなかった

答える代わりに、視線を落とし、着物の袖を持つとスッと空になった湯呑に手を伸ばした

それを取ると、優雅な仕草で盆の上に戻す

 

「……お尋ねしようか、しまいか迷ったのですが……やっぱり、お聞きしたと思いまして」

 

「………?何の話だ?」

 

それから、さくらはスッと前を見据え

 

 

 

 

 

「……単刀直入に申し上げます。何故、山南さんが変若水を飲むのを黙認されたのですか?」

 

 

 

 

 

「………!?」

 

土方の顔色が変わった

それでも、さくらは真っ直ぐ土方を見据えていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちー暗躍中(笑)

勝手に、遭遇イベント起してますww

いやーこれぐらい事前確認は必要でしょ!

 

左之はどうですかねーって、私、既にバラしてますけど(笑)

今後の伏線という事でww

きっと、一がやらかしてくれます

 

場所変わって、西本願寺

夢主、土方さんにお話があるらしーですよ?

 

2010/07/26