櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 三章 散る花 12

 

 

「全く、あいつ等は……見世物じゃねぇぞ」

 

そう言って、溜息を付きながら土方はさくらを見た

 

「平気か?」

 

「え……?あ、はい」

 

「……そうか、ならいい」

 

そこまで言いかけて土方は言葉を切った

一瞬さくらを見て、それから直ぐに視線を逸らした

何か思案する様に、顎に手をやる

 

「……お前、文とやらは書いたのか?」

 

「え……、あ、いえ…それは―――」

 

どう答えていいのか分からず、さくらは口ごもる

それで察した様に、土方は「ああ……」と声を洩らした

 

「ま、書けねぇか」

 

「……………」

 

さくらはどう答えていいのか、分からなかった

少し、申し訳無さそうに視線を下げ

 

「……すみません。折角用意して下さったのに……」

 

紙と硯と筆

 

土方が文を書くなら必要だろうと、用意してくれた物だった

だが、土方は特に気にした様子もなく

 

「……ん?、ああ…別に構わねぇよ」

 

そう言って、障子戸に腕を組みながら寄りかかる

 

「……あいつ等に、聞かれたか?」

 

「……………」

 

何を聞かれたのか―――とは、問われていないが、さくらには何の事か直ぐに分かった

さくらは、言い辛そうに目を伏せ

 

「………聞かれましたけど…答えられませんでした」

 

さくらが何者で、今までどこで何をしていたのか―――

 

あの晩、あんな消え方をすれば誰だって疑問に思うだろう

だが、何一つ答える事が出来なかた

 

「……そうか」

 

土方は短くそう答えると、境内へ視線をやった

さくらも、それに習って境内へ視線をやる

 

境内には大きな銀杏の木がその葉を青々と茂らせていた

シン…と、沈黙が続く

 

静かな時間だと思った

でも、どこか心地よく、ゆったりと穏やかに流れる

 

そんな沈黙を破ったのは、さくらだった

 

「あの………」

 

そこまで言葉を発し、区切る

 

土方がゆっくりと振り返った

さくらは、じっと土方の顔を見てから、ゆっくりと頭を下げた

 

「黙って頂いていた事、感謝致します。有難う御座いました」

 

一瞬、土方は面食らった様な顔をして、次の瞬間ふっと笑った

 

「別に、お前の為じゃねぇよ。今は言うべきじゃないと思ったから、言ってないまでだ」

 

「それでも――土方さんが黙っていてくれた事には、代わりありませんから」

 

だから、私は今ここに居られる―――

もし、知られていればあんな風に話し掛けてはくれないだろう

 

「……そうか」

 

少しの沈黙の後、土方は短くそう答えた

不意に、土方がじっとさくらの顔を見た

 

「……何か?」

 

「いや…お前、少し痩せたんじゃねえか?」

 

「………っ」

 

確信を突かれドキッとする

さくらは、思わず視線を逸らし

 

「そ、そうですか?ひ、土方さんも仰ってたじゃないですか”一年やそこらでは、変わらない”と…。気のせい…ではないですか?」

 

「……………」

 

じっと、土方がさくらを見る

視線に耐えられなくなって、さくらは俯いた

 

不意に、土方の手がスッと伸びてきて、さくらの頬に触れた

 

「………っ」

 

ドキン・・・と、心臓が鳴る

 

土方の端正な顔が近くにあった

ほのかに、顔が火照る

 

「……いや、やっぱり痩せたな」

 

「……………」

 

さくらは答えなかった

というか、答えられなかった

 

土方は、はぁ…と溜息を洩らし

 

「ったく、どうせまた飯を食わなかったりしたんだろ?相変わらずだな、お前は」

 

少し呆れた様に、そう呟いた

それから、ふと土方がさくらの足に目をやる

 

「……痛むか?」

 

言われて、さくらは右足に目をやった

軽く、晒の巻かれた足に手をやる

 

「いえ……前ほどは。幾分ましです」

 

「―――ならいい」

 

そう言って、土方はさくらから手を離した

 

「ま、後数日は大人しくしてろ。いいな?」

 

「はい」

さくらのその答えに満足したのか、土方はふっと少しだけ笑うと、そのまま踵を返して行ってしまった

さくらは、ただじっと立ち去る土方の背を眺めていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――数日後

 

さくらは縁側に腰掛け、境内の銀杏の木を眺めていた

 

足も痛まなくなってきた

もう、殆ど治ってきたのだろう

普通に、歩く分には支障は無さそうだった

 

そろそろ、ここを出なくては―――

 

そう思うも、どう切り出して良いのか……

 

そんな事をぼんやり考えて居た時だった

 

「さくらちゃ―――ん」

 

向こうの廊下から、大きく手を振りながら千鶴がやって来た

 

「千鶴……」

 

千鶴はパタパタとさくらの傍まで翔ってくると、ふぅ…と息を整えた

 

「千鶴、あんまり大声で叫ばれると恥かしいわ」

 

「え?あ、ああ!ごめん…ね?」

 

千鶴が、ちょこんと首を傾げながら申し訳無さそうに謝罪する

その様子が可愛らしくて、さくらはふっと笑った

 

「それで?どうかしたの?」

 

「あ、うん!あのね、今、巡察から帰ってきたばっかりなんだけど…あ、今日は原田さんの十番組と一緒だったんだけどね、原田さんが2人で食べろってこれ買ってくれたの!」

 

そう言って、抱えていた包みを開いた

中から、串団子が出てきた

 

「今、流行の”近江屋”さんのみたらし団子なんだー」

 

千鶴がにこにこと笑いながら、包みをさくらに差し出した

 

「はい、さくらちゃんからどうぞ」

 

「……じゃぁ、1本だけ」

 

そう言って、さくらは団子を1本取った

 

千鶴が自分も手に取り、パクッと食べる

 

「ん~~~美味しいねぇ~」

 

千鶴は嬉しそうに、顔を緩ませた

 

さくらも、そっと団子を口に含んだ

甘い、砂糖醤油の葛餡が口の中で溶ける

 

「どうどう?美味しいよね?」

 

千鶴が身を乗り出して、さくらに尋ねた

さくらはにこっと笑って

 

「そうね、美味しいと思うわ」

 

「だよねぇ~流石、今流行なだけあるかも」

 

そう言って、パクパクと串に付いている団子を平らげていく

 

「何が、他と違うのかな?やっぱり団子?それとも―――」

 

「葛飴じゃないかしら。他店の葛飴よりも若干甘味が増す気がするわ」

 

「あ、そっちかぁ~」

 

納得という感じに千鶴は1本食べ切ってしまった

ふと、徐にさくらは思った事を口にした

 

「そういえば……」

 

「何?」

 

「山南さんは?」

 

「え……っ!?」

 

ただ、山南を見かけてない

そういう軽い気持ちで聞いただけなのに、千鶴は酷く驚いた様に、顔を引き攣らせた

 

「千鶴?」

 

さくらが不思議そうに首を傾げる

千鶴はあわあわとなりながら、視線を泳がせた

 

「そ、その…山南さんは……」

 

千鶴が口ごもる

言おうか、言わまいか悩んでいる様だった

 

「……言い辛い事?」

 

「う………」

 

千鶴は、口を開こうとして言葉を詰らせた

そして、小さくこくんと頷いた

 

「えっと…その……な、亡くなられた…の」

 

「え……?」

 

山南さんが、亡くなった?

 

「……そ、そう言う事になってる」

 

小さく、千鶴が付け加える

 

「なってる?」

 

「あ、ううん!なんでもないの!!」

 

千鶴はハッとした様に顔を上げて、慌てて手を振った

それから、話を変え様とわざとらしく大きな声で

 

「あー!なんか、お茶欲しくない?」

 

「……………」

 

どうやら、この話には触れて欲しく無さそうだ

 

「そうね……なら―――」

 

そう言って、さくらが立ち上がろうとする

すると、千鶴が慌ててそれを止めた

 

「ああ~~いいよ!さくらちゃんは座ってて!私が淹れてくる」

 

「でも……」

 

「足の事もあるし、まかせて!」

 

ドンと千鶴は胸を叩いて見せた

 

それから、「ちょっと待っててねー」と言って、千鶴が厨へ走って行った

 

「……………」

 

足……まだ、気を使わせているのね……

 

殆ど、治りかけの足

何だか、少し罪悪感を感じてしまう

 

そうこうしている内に、千鶴がお盆にお茶を乗せて戻って来た

 

「お待たせ~」

 

はいと千鶴がさくらに湯呑を渡す

 

「ありがとう」

 

さくらは素直にそれを受け取り、こくっと一口飲んだ

隣で、一緒にお茶を飲んでいた千鶴が徐に口を開いた

 

「足…どう?」

 

「え……?」

 

「あ、いや、うん、足!どう…かなぁ~って思って」

 

千鶴があたふたと慌てながら、そう聞いてくる

別に、いけない事を聞いている訳ではないのだから、慌てる必要などないのだが……

 

やっぱり、気を使わせているのね……

 

そう思いつつも、さくらは何でもない事の様ににこっと微笑んだ

 

「大丈夫よ。殆ど痛みは引いたわ。普通に歩くぐらいなら支障は無いと思う」

 

「本当!?良かったぁ~」

 

千鶴が自分の事の様に、パッと嬉しそうに微笑むと、次は安心した様に胸を撫で下ろした

でも次の瞬間、何かに気付いたようにハッとして、しゅんとうな垂れる

 

「えっと……じゃぁ、帰っちゃう…の?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さくらは答えなかった

答える代わりに、寂しそうに笑みを浮かべる

 

千鶴は慌てて顔を上げた

手を大きくブンブンと振る

 


「あ、ううん!さくらちゃんを困らせたい訳じゃないの!か、帰る場所があるのは良い事だし―――!た、ただね……!その……」

 

どんどん、声が小さくなっていく

 

千鶴は苦笑いを浮かべながら

 

「その―――ちょっと、寂しい…かな……」

 

「千鶴……」

 

さくらの声に千鶴はハッとして、慌てて首を振った

 

「あ、ううん!今の忘れて!何でもないの!!」

 

「千鶴……」

 

「わ、私、何言ってるんだろうね~あはは、ごめんね?変な事言って」

 

「それはいいのだけれど……」

 

「こ、これ下げてくるね!」

 

そう言って、慌てて立ち去ろうとする千鶴に、さくらは思わず叫んだ

 

「千鶴!」

 

千鶴が、ハッとして振り返る

 

「……私も変な事言っていいかしら」

 

「な、何?」

 

「千鶴は、どうして新選組に居るの?」

 

「え……?そ、それは父様を探す為に―――」

 

「父様って、鋼道さんよね?居場所が分かれば新選組を離れるの?」

 

ドキッとした様に、千鶴が顔を強張らせる

 

「そ、それは……」

 

「もし、鋼道さんの居場所が分かって、千鶴を迎えに来たいという人が居たら、千鶴は一緒に来てくれる…?」

 

「え……?それは、どういう……」

 

そこまで言いかけてさくらはハッとした

 

駄目だわ…これでは千鶴の意志を無視してしまう

それでは、無理矢理連れ去る様なものではないか

 

言って後悔した

 

千姫の事が頭に過ぎった瞬間、思わず聞いてしまったけれど……

これでは、風間が連れ去るのとなんら変わりない

 

それでは駄目よ

 

「えっと…さくらちゃん……?」

 

千鶴が少しオロオロしながら問う

さくらは、自分を落ち着かせる様に、スゥッと息を吸い吐いた

 

「訂正。今度でいいのだけれど、私の知り合いに、千鶴を紹介して欲しいって人が居るの」

 

「知り合い……って、友達?」

 

友達……

そう呼んで良いのか分からないけれど―――

 

「そう…ね、友達かな。綺麗な女の子よ。千鶴の事を話したら、是非って。千鶴は会ってくれる?」

 

「さくらちゃんの友達なら、うん。……京には女の子の知り合いってさくらちゃんぐらいしか居ないから、嬉しい!」

 

そう言って、千鶴が嬉しそうに笑う

それを聞いてホッとした様に、さくらが微笑んだ

 

「名前は千と言うの」

 

「お千さん……?」

 

その言い方を聞いて、さくらは思わず笑ってしまった

 

「え?え??変だった…?」

 

「ううん、千が聞いたら怒るだろうなぁって」

 

「ええ!?」

 

クスクスと笑うさくらに、千鶴は意味が分からないという感じに首を傾げた

 

「何でもないわ。でも、その時は宜しくね」

 

「う、うん」

 

千鶴は嬉しいのか、ちょっと頬を赤らめてそう頷いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらさらさら――――

 

桜の花びらが舞う

 

大きな、桜の大樹の前にさくらは立っていた

目の前には、真っ白に咲き誇る桜の木―――

 

ああ、これは夢だ…と、さくらは瞬時に理解した

いつもの、夢だと思った

 

今の時期、桜は咲いていない

なのに、目の前の大樹は満開だった

 

サァ…と風が吹き、さくらの髪を靡かせる

パタパタと、さくらの着物の裾が舞った

 

不意に、目の前に一斉に桜の花弁が舞う

くるくると舞って、視界を遮った

 

「………っ」

 

さくらは、思わず手で顔を庇う

 

桜吹雪―――

 

と言うのか

 

桜の花弁は、まるで吹雪の様に舞って、それから静まった

 

ふと、人の気配を感じ、さくらは後ろを振り返った

そこに立っていたのは―――

 

「土方さん……」

 

そこには、やはり土方が立っていた

真っ直ぐな菫色の瞳が、さくらを射抜く様にじっと見ている

 

不意に、土方の形の良い唇が動いた

 

「え………?」

 

何を言っているのか聞き取れない

 

な、に……?

 

聞き返そうと、さくらが口を開きかけた時だった

土方の手が真っ直ぐ前に伸び、ある一方を指差した

 

「え………?」

 

さくらがそちらの方を見ると―――

 

一瞬、ぐにゃっと視界が歪んだ

 

な、なに……!?

 

そして、ザァ・・・と風が吹き、とある建物が姿を現す

 

「城……?」

 

それは、城だった

いや、正確には城の外か……

 

でも―――

 

「どこ……?」

 

それが何処なのか、さくらには分からなかった

見た事無い建築物

見覚えの無い風景

 

ザッ…と風が吹き、さくらと土方は城の外に立っていた

 

もう、そこには桜の大樹は無かった

 

風景は、夜の帳が落ちている城外

門の所には、赤々と篝火が灯されていた

 

誰も居ない―――

 

城なら守っている人間が居てもいい筈なのに、そこはがらんどうの様に人一人居なかった

ゆっくりと、土方が歩き出す

 

「あ、待って下さい」

 

さくらも慌てて土方の後を追いかけた

城外を歩く

何処を見ても、誰一人居ない

 

「あの……ここは何処ですか?」

 

「……………」

 

土方がちらっとさくらを見た

 

「………?」

 

見られた意味が分からず、首を傾げる

土方はスッと再び前を向き

 

「将軍が入る場所だ」

 

将軍が入る……?

 

「二条城」

 

「二条城……?」

 

あれ?二条城って……

確か、今度上洛する家茂公が―――

 

でも、どうしてそんな場所の夢を……?

 

そこまで考えて、瞬間、バッと風景が変わった

 

城の外壁だろうか

そこを1人の少女が走っている

 

あれは―――

 

「千鶴?」

 

それは千鶴だった

え?なに?どういう事?

 

意味が分からず、首を傾げる

思わず土方を見ると、土方は顎をしゃくって何かを示す

言われてそちらの方を見ると―――

 

風に靡く、白い着物

揺れる、猫柳色の髪

 

え―――?

 

それは、さくらのよく見知る人物だった

 

「千…景……!?」

 

風間は一瞬、さくらを見て―――

次の瞬間、バッと千鶴の前に躍り出た

 

そして、その手を千鶴に伸ばし―――

 

 

 

「千鶴!」

 

 

 

そこで視界が暗転した

 

瞬間、さくらはバッと飛び起きた

ドキンドキンと心の臓が脈打つ

 

辺りは、暗くまだ明方前だった

 

さくらはごくっと息を飲み、着物の衿を掴んだ

 

「い、まの…は……」

 

二条城

走る千鶴

千鶴に手を伸ばす風間

 

千景が……二条城に来る……?

 

フラッシュバックの様に風間が千鶴に手を伸ばす風景が蘇る

 

違う

重要なのは、そこではない

 

どういう事?

だって、まだ千景は―――

 

そこまで考えて、ハッとした

 

「もしかして……」

 

千景は千鶴の事を知った……?

 

瞬時に頭が覚醒する

さくらは、バッと布団から出て室を飛び出した

 

千鶴が……

 

 

      千鶴が危ない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山南さんの事は誤魔化した!

でも、直ぐにばれるでしょうなぁ…

 

所で、何やら不思議な夢を見ているもよう

何ですかね?

 

やっと、二条城ネタに行けそうですww

 

2010/07/19