櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 三章 散る花 11

 

 

「……………」

 

さくらは、文机に向かって小さく息を吐いた

文を書こうと思って筆を取ったものの、その手は止まったままだった

 

土方に、「そんなに向こうを空けるのが気になるなら、文を書けば良い」と言われたのだが…

 

正直、何と書いていいのか分からなかった

足を怪我したから、少しの間新選組にお世話になります

 

そんな馬鹿正直に本当の事を書けば、何を言われるか分かったものではない

風間辺りが、バリッと文を破り捨てるのが目に見えている

もしくは、そのまま捨て去るかもしれない

 

というより、放って置かれた方が悲しいかも……

 

それが、予想出来るだけに、書くに書けない

 

さくらは、筆を持ってはみたが、置く

という行動を繰り返していた

 

「はぁ………」

 

出てくるのは、重い溜息ばかりだ

時間が経てば経つ程、出し辛くなる

 

分かってはいる

分かってはいるが―――

 

「はぁ………」

 

さくらは何度目か分からない、溜息を付いた

 

やめよう……

 

さくらは観念した様に、筆を硯に置いた

 

その時だった

バタバタバタと廊下を走る音が聞こえて来た

 

「………?」

 

さくらが首を傾げて、開け放たれた障子戸の方を見ると―――

 

「あー――!ちょっ……!新八っつぁん!!」

 

「おお!本当に、さくらちゃんじゃねぇか!」

 

ひょこっと永倉と藤堂が顔を出した

 

「平助?永倉さん……?」

 

「元気だったかー!」

 

わははははと笑いながら、永倉がバシバシッとさくらの肩を叩いた

 

「あ、はい……」

 

ちょっと痛いと思いつつも、さくらは笑みを浮かべながら答えた

 

「もー!新八っつぁん!女の子の部屋に勝手に入るってどうなのさー!さくらは絶対安静なの!」

 

藤堂がぷりぷり怒りながら、永倉の後ろで仁王立ちをしていた

 

「そんなに悪いのか!?」

 

絶対安静と聞き、永倉が驚いた様に声を上げた

さくらは、慌てて手を振り

 

「あ、いえ……ちょっと、足を捻挫しただけですから、そんなには……」

 

「捻挫?平気なのか?」

 

後ろから、ひょこりと原田も顔を出した

 

「あ、原田さん」

 

「よぉ、久し振りだな、さくら。足、大丈夫か?」

 

心配そうに、そう尋ねる原田に心配掛けまいと、さくらはにこっと微笑んだ

 

「あ…はい、平気ですよ。大した事ありませんから」

 

そう言って、摩ったさくらの右足は痛々しいぐらいの晒が巻かれていた

 

「本当か?結構辛そうだが……?」

 

「……そんなに動かさなければ、何とか」

 

「そうか?なら良いが―――」

 

そこまで言い掛けて、原田はある事に気付いた

 

「悪い、もしかして文でも書いてる最中だったか?」

 

「え?あ………」

 

書き掛けの文を見て、さくらは隠すようにその文をササッと隅に避けた

 

「いいんです。やっぱり止めようと思ってた所だったので」

 

そう言って、微笑む

だが、その微笑には寂しさの様なものが混じっていた

 

「……さくら、お前……」

 

原田が何かを言いかけた時だった

 

「おお!やっぱり八雲君ではないか!」

 

丁度、廊下の向こうから近藤がブンブンとて手を振ってやって来た

近藤はにこにこと笑いながら、さくらの室の前までやってくると

 

「元気そうで何よりだ!……と、そういえば足を怪我したそうだな?大丈夫かな?」

 

「あ、はい。お陰様で」

 

さくらは軽く手を振り、そう言って笑みを浮かべた

その質問に、ぷっと藤堂が吹き出した

 

「それ、もう3回目だってば!近藤さん」

 

「む?」

 

「会う奴皆に、同じ事聞かれてるもんな。答えるのも大変だろうって」

 

原田もくつくつと笑いながらそう言う

 

「そ、そうなのか!?…それは、すまん」

 

しゅんと近藤がうな垂れたので、その様子がおかしくて、さくらはくすくすと笑ってしまった

 

「大丈夫ですよ、大した苦じゃありませんから」

 

その答えを聞くと、近藤はぱぁぁと顔を上げ

 

「そうか!それなら、よかった!」

 

「でもよー今までどうしてたんだ?さくらちゃん」

 

「え……?」

 

唐突に、永倉にそう問われ、さくらはドキッとした

それと同時に、ある考えに思いつく

 

あ……土方さん、皆には言ってないんだ……

 

近藤の様子を見る限り、近藤すら知らされていない様に感じた

そうか、黙っててくれてたんだ……

 

そう思うと、なんだか胸の奥がギュッと締め付けられる様な感じがした

 

「え、えっと…それは―――……」

 

どうしよう……

 

まさか、実は薩摩藩邸に居ました

などとは口が裂けても言えない

言ってしまえば、土方が黙っていてくれた意味すら無くなってしまう

 

「し、知り合いの……」

 

そこまで言いかけた時、それを遮る様に原田が声を上げた

 

「まぁ、いいじゃねぇか。さくらにはさくらの事情があるんだよ。京に知り合いが居たっておかしくねぇだろ?な?」

 

ニッと原田が片目を瞑る

 

「原田さん……」

 

「ほら、新八も興味本位で根掘り葉掘り聞くんじゃねぇよ」

 

シッシッと原田が永倉を外に追いやった

 

「なにおーぅ!?俺様はだな……!」

 

「まーまー新八っつぁん。抑えて抑えて」

 

藤堂が永倉の手綱を握る様に、どうどうと落ち着かせる

 

「あ、あの……」

 

何かを言わなければと思って、口を開きかけたが、言葉が出ない

それを見越した様に、原田がぽんっとさくらの頭に手をやった

 

「いいって、無理して言わなくて。さくらが元気にやってたんなら、それでいいんだからよ」

 

「………っ」

 

胸がズキズキと痛む

なんとも言えない、罪悪感が身体を支配する

 

さくらは居た堪れなくて、その瞳を伏せた

そして、畳に手を付き、頭を下げる

 

「その節は、ご迷惑をお掛けしまして申し訳ありませんでした。恩を仇で返す様な真似をしてしまって、申し訳なく―――」

 

そこまで言って、言葉が止まった

 

言葉が出ない

どう、謝罪すれば良いのか……

どう、弁明すればい良いのか……

 

ただ、さくらは深く深く頭を下げた

 

「すみません……でした」

 

この言葉に、何の意味があるのか

私は彼らを騙している

 

本当の事も言えず、ただ謝罪の言葉を述べるしか出来ない

それが、苦しくもあり、辛くもあった

本当の事が言えたら、どんなに良いか―――

ただ、真実を知られるのが―――怖い

敵だと、裏切り者だと罵られるのが 怖い

 

私は臆病者だ

保身の為に、偽りの謝罪を述べている

 

それでも、これだけは真実―――

この言葉、だけは真実―――

 

「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません。足が治りましたら直ぐに出て行きますので、ご容赦下さい」

 

シン…と、一瞬、室が静まり返った

 

それは一瞬か、数分か

それでも、さくらには長く感じた

 

ふと、聞こえて来たのは藤堂の声だった

 

「えー!治っちまたらまたて行くのか?折角、千鶴も喜んでいるのによー」

 

え………?

 

「そうだぞ、気にせず居てもいいんだぞ?」

 

永倉がにかっと笑いながら、そう言う

 

「あ、いえ……でも……そういう、訳には……」

 

すると、ふわっと頭に暖かな手が置かれた

 

「そう気張るなって。別に、お前が何者で、今までどこで何をしてたかなんて俺らは気にしねぇからよ」

 

そう言って、優しく頭を撫でられる

 

「……………」

 

私が何者でも

今までどこで何をしていても 気にしない……?

 

さくらは、不安そうに顔を上げて自分の頭を撫でてくれる原田を見た

原田は、さくらを安心させる様に、優しく微笑んだ

 

「………っ」

 

何だか気恥ずかしくなり、さくらは俯いた

ほのかに、頬が熱い

 

そして、小さく呟く様に「有難う御座います」と言った

 

その時

 

「局長、こちらに居ましたか。先ほど―――ん?八雲?」

 

廊下の向こうから斎藤が現れた

斎藤は、まじまじとさくらの周りに集まっている者達を見て

 

「皆して、こんな所で何をしているんだ?」

 

斎藤が訝しげに眉を寄せる

 

「……ああ、そういえば、八雲は足を怪我したそうだな。経過はどうだ?」

 

そして思い出した様に、さくらにそう尋ねた

 

「……………」

 

その質問に、周りがどっと吹き出した

 

「一君、さいこー!」

 

「斎藤!!お前、やっぱお約束だなー!!」

 

ケラケラと藤堂と永倉が腹を抱えて笑う

 

「な、何故笑う…!?俺はおかしな事を言ったか?」

 

意味が分からないと、斎藤は困惑ぎみに眉を寄せた

その様子がおかしくて、さくらもくすくすと笑った

 

「なっ…八雲まで……っ!」

 

斎藤が顔を赤らめ、抗議し様とするのを、まーまーと近藤が抑えた

 

「俺に用があるのだろう?行こうか」

 

「あ、はい。局長」

 

自分の目的を思い出したのか、近藤がそう言うと、斎藤はそれに続いた

 

「じゃあな、八雲君。今度は菓子でも持って来るとしよう」

 

そう言って、手を振りながら近藤が室を後にした

さくらは、それに答える様に、ぺこりと頭を下げた

 

「さーって、俺らもそろそろ退散するぞ」

 

そう言って、ひょいっと原田が藤堂と永倉の首根っこを捕まえる

 

「ちょっ…!左之さん!?オレら猫じゃないって!」

 

「くおらー!左之!俺様の首根っこを掴まえるたぁ、どーいうこった!?」

 

「あーはいはい」

 

原田は気にした様子も無く、そのまま2人を廊下まで連れ出した

 

その時

 

「……お前ら、なにしてやがる」

 

廊下に、1トーン低い声が響いた

 

「げ!?土方さん!」

 

藤堂が、思わず声を上げる

 

「げ、だぁ?」

 

土方の形の良い眉が、ピクッと上がった

 

「あ、あーいや!なんっでもないっす!ほら、平助も謝れ!」

 

そう言って、永倉が藤堂の頭を無理矢理下げさせた

 

「痛っ!痛いって、新八っつぁん!」

 

「そんなに目くじら立てる事ねぇだろ?俺らは、さくらの見舞いに来ただけだって」

 

原田が軽く肩を竦めながらそう答えた

 

「見舞い?」

 

土方が訝しげに眉を寄せる

ちらっと、さくらを見て

 

「見舞いする程の怪我じゃねぇだろ、こいつのは」

 

「まーそう言うなって、俺らも久し振りにさくらの顔を見ておきたかったんだよ。だって、ずるいだろ?あんたと総司と平助だけだなんてさ」

 

「……………」

 

じっと、土方がさくらの顔を見た

 

「……たかが一年やそこらで、人間変わらねぇよ」

 

「そんな事ねぇさ。やっぱ一年も見て無いと変わるって。特に女はな」

 

な?という感じに、原田はニッと笑った

それを見て、土方はフンと鼻を鳴らして、視線を逸らす

 

「あーあー、もういからお前ら散れ!」

 

シッシッと土方が3人を手で払った

 

「あー!俺らが邪魔だからって、追い払う事ねーじゃん!?」

 

「そうだぞー横暴だぞー!」

 

藤堂と、永倉が抗議するが……

 

「あ?」

 

ギロッと土方に睨まれ、うう…と押し黙る

見かねた原田が小さく溜息を付き

 

「ほら、馬鹿やってないで行くぞ」

 

そう言って、またひょいっと2人の首根っこを掴まえた

 

「だーかーらー!左之さん!オレら猫じゃねぇって!」

 

「あ!ばっか、左之!首が絞まっ……!」

 

「あーはいはい」

 

そのまま、3人が立ち去って行った

その様子を、唖然とさくらは見ていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず、皆と顔合わせの回

三馬鹿が目立っておりますww

 

意外に、一が笑いの種に使われております

 

2010/07/19