櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 三章 散る花 10 

 

 

「……………」

 

強制的に連れてこられてしまった…

 

新選組屯所・西本願寺

 

最初、壬生じゃない事に驚いたが、千鶴がこの前移転したのだと教えてくれた

結局、痛めた足を誤魔化しきれず沖田に強制連行され、今、こうして縁側に座らされている

 

千鶴は、山崎を呼び行ってくると走って何処かへ行ってしまった

どうやら、医療関係は山崎の管轄らしい

 

「はぁ………」

 

思わず、重い溜息が出てしまう

 

新選組の屯所へ再び自分が訪れるなど、誰が想像しただろうか

ここには、二度と来ないつもりだった

新選組に関わる事はもう、二度とないと思っていた

 

あの日―――

 

1年前土方と別れてから、ずっとそう思ってきたし、これからもそうだと思っていた

 

なのに……

 

どうして、私はこんな所に居るのかしら……

 

こうして屯所内の縁側に座らせられている事に、いまいち実感が湧かない

 

こんな事、千景に知れたら何を言われるか……

ううん、それ以前にもし土方さんに出会ってしまったら―――

 

同じ、屯所内に居るのだ

偶然出会ってしまう事も、充分にあり得る

 

都合よく、土方が出かけてくれていればいいが……

そうそう、そんな都合の良い話が転がっているとは思い難い

普通に、考えたら居る可能性の方が高いのでは無いだろうか

 

「はぁ………」

 

やっぱり、溜息が出た

気が重い

 

「もう、二度と会わない」と言ったのに―――

 

不意に、千姫の言葉を思い出す

 

『さくらちゃんは、会いたくないの?』

『会いたいなら、会っちゃえばいいじゃない?”もう、会わない”って言ったとしても、そんなの関係ないよ』

 

「……………」

 

そうは言われても、そう簡単な話じゃない

簡単に会えるなら苦労しない

 

さくらは、痛めた右足を見た

その部分には、水で濡らした手ぬぐいが当てられている

ジンジンと足首が痛む

 

馬鹿をやってしまったと後悔の念が押し寄せる

 

こんな怪我をしなければ、ここに来る事も無かった

 

さくらはゆっくりと足首を摩った

熱をもっているのか少し熱い

 

「痛い……」

 

もう、手ぬぐいも生暖かくなってしまった

そっと、さくらがその手ぬぐいに触れた時だった

 

 

 

 

「さくら?」

 

 

 

 

呼ばれた、ハッとした

顔を上げると、そこには―――

 

「ひ、土方さん……っ!?」

 

そこには、土方が書物を抱えて立っていた

 

「………っ」

 

ドッと体温が上がる

心臓がうるさい位、ドキドキと鳴り響いた

 

ど、どうして……!

 

よりにもよって、このタイミングで会ってしまうのか

 

「もう、二度と会わない」と言った本人が、まさか、こんな所に居るとは土方本人も思いもしないだろう

土方は少し驚いた様に、眉を寄せた

 

なにか言わないと……

 

そう思うも、緊張してしまって言葉が浮かばない

 

「お前、こ・・・…」

 

「ひ、土方さんは、どうしてここに?」

 

出て来たのは、なんとも間抜けな言葉だった

土方があからさまに顔を顰める

 

「そりゃぁ、俺の台詞だ。お前こそ、こんな所で何してやがる」

 

「そ、それは……す、座ってるだけ、です」

 

ああ…何を言ってるんだろう…私…

 

言って後悔の念が押し寄せる

でも、もう何を言って良いのか分からなかった

 

土方が呆れた様に、その形の良い眉を寄せた

が、不意に何かに気付いた様に

 

「お前、その足どうした?」

 

「え?あ、そ、それは……」

 

右足に当ててある手ぬぐいをサッと隠す

 

「な、何でもありません」

 

フイッと目を背け、そう呟いた

すると、背中から盛大な溜息が聞こえて来た

 

「見せてみろ」

 

そう言って、土方が書物を廊下に置きさくらの前に回った

そのまま、くいっと右足に手を伸ばしてくる

 

さくらは、慌てて右足を引っ込めた

 

「た、大した事ありませんから…!」

 

「いいから、黙って見せろ」

 

「いえ、あの…平気、ですから!」

 

「黙ってろ」

 

ピシャリと言われ、思わず言葉が出なくなる

土方の手が、さくらの右足に触れた

 

「………っ」

 

ピクッとさくらが反応する

 

土方はそのまま、彼女の右足をゆっくりと持ち上げた

着物の裾が肌蹴て、白い足元が露になる

 

彼の行動に他意は無いのは分かってはいるが……

 

こうして土方に触れられるのが、何だか恥かしい

触れられた所から熱が伝わってきて、ジンジンする

 

土方は、骨が折れていないかを確かめる様に、ゆっくりとさくらの足首に触れた

 

「………いっ」

 

ビリッと痛みが走る

 

「痛いか?」

 

「は、はい……」

 

さくらは、少し頬を朱に染め、小さくそう答えた

スルッと土方の手が動く

 

その度に、恥かしさが込み上げてきて、さくらの頬が朱に染まった

心臓が早鐘の様に鳴り響く

 

「ここは?」

 

グッと、押される

 

「……少し、痛いです」

 

「……軽い捻挫だな。応急処置さえしっかりして安静にしてりゃぁ、一週間で痛みが引くか」

 

「少し待ってろ」と言うと、土方はどこかへ行ってしまった

 

土方の手が離れた事で、ほっとする反面、少し残念な気がした

 

……って、何を考えているのよ…私……

 

土方の手があった所を軽くなぞる

 

「……………」

 

まだ、そこには土方の手の感触が残っていた

 

少しして、土方が氷と手ぬぐいを抱えて戻ってきた

氷を手ぬぐいで丸めると、再び足首を持たれた

そして、腫れているそこへその氷を当てる

 

「冷た……っ」

 

一瞬、さくらが冷たさのあまり足を引っ込めようとするが、それは土方にあっさり阻まれた

 

「我慢しろ。捻挫は冷やすのが肝心なんだ」

 

そう言って、氷を足首に押し当てられた

 

「あ、あの…自分で……」

 

出来ます、と言おうとしたが、言葉が出なかった

 

当てられた所から、どんどん熱が引いていく

気持ちいい……

 

サァ…と風が吹いた

土方の長い髪が揺れる

綺麗な人だと思った

 

艶やかな漆黒の髪

切れ長の美しい菫色の瞳

長い睫

スッと通った鼻筋

形の良い唇

 

これほど”綺麗”な人は世の中にどれだけ居るだろうか

きっと、彼以上に綺麗な人は他に居ないのではないだろうか

 

外面だけではない、内面も綺麗な人だ

どこまでも純真で、真っ直ぐな、己の信念を曲げない人

 

この人の”1番”になる人は、どんな人だろうか……

きっと、彼に相応しいぐらい綺麗な人に違いない

 

土方さん……

 

会えないと思っていた

もう、会う事は無いと思っていた

 

その土方が目の前に居る

自分に触れている

 

そう思うだけで、胸の奥がキュッと締め付けられる様な感覚だった

 

「……なんだ?人の顔じっと見て」

 

不意に、土方が顔を上げた

目と目が合う

 

「あ、いえ……」

 

見とれていた事に恥かしくなり、さくらは頬をサッと赤く染めた

そのまま俯いてしまう

 

「なんだ?おかしな奴だな」

 

くつくつと土方が笑った

益々恥かしくなり、さくらは更に俯いていてしまった

か、顔が上げられない……

 

今、自分はどんな顔をしているのだろうか?

きっと、耳まで真っ赤に違いない

 

変な顔をしてるわ…

 

頬が熱を帯びるのが分かる

心臓が早鐘の様に鳴り響いた

 

お互い、そのまま口を開かなかった

長い、長い沈黙だった

 

サァ…と風が吹く

 

リリリ…と、さくらの結び紐の鈴が鳴った

サラ…とさくらの髪が風に靡く

 

さくらは、遠くを見る様にゆっくりと顔を上げた

遠くで鳥の鳴く声が聞こえる

サラサラと庭の木々が鳴いた

 

「ここは、静かな所ですね」

 

「ん?まぁ、広いしな」

 

決して西本願寺が京の外れに在る訳ではない

でも、ここまで街の喧騒は聞こえてこなかった

 

不意に視線を感じた

見ると、土方がじっとさくらを見ていた

 

え?

 

一瞬、何が起きているのか理解出来ず、さくらは目を瞬きさせた

 

風が吹く

 

髪が揺れ、ほのかに花の香が漂う

 

どのくらいそうしていたのだろうか

もしかしたら、実際はそんなに長くなかったのかもしれない

でも、さくらにはとても長く感じた

 

「あ、あの……」

 

耐えかねて、さくらが口を開いた

ほのかに、頬が熱い

 

ザァ……

風が吹く

 

「……お前、……だな」

 

「え?」

 

何と言ったのだろうか?

風で上手く聞き取れない

 

すると、土方はふっと笑みを作り

 

「いや、何でもねぇよ」

 

そう言うと、スッと足首から氷を除けた

 

「痛みはどうだ?」

 

「あ、はい…少し、楽かと」

 

先程よりも大分痛みが引いていた

丁度その時、千鶴が山崎を連れて戻ってきた

 

「ごめん、お待たせ。さくらちゃ……って……あれ?土方さん?どうしてここに?」

 

何故土方が居るのだろうと、千鶴は首を傾げた

だが、土方は気にした様子も無く山崎に手を伸ばし

 

「山崎、固定する物と晒 寄越せ」

 

「あ、はい」

 

既に、千鶴からさくらの症状を聞いていたのか、山崎は持っていた固定する物と晒を土方に渡した

土方はそれを受け取ると、手早くさくらの足首にそれを巻いて固定した

 

「これでいいだろう。後は大人しくしている事だ」

 

そう言って、スッと立ち上がった

そのまま立ち去ってしまうのだろうと思われたが、千鶴がいきなり口を開いた

 

「あ、あの!土方さん!さくらちゃんを数日屯所で休ませてもいいですか?」

 

「え…?ちょっ……千鶴!?」

 

突然、何を言い出すのだろうか

予想外の提案に、さくらは思わず声を上げた

 

「あ?」

 

土方が訝しげに眉を寄せる

 

「だって、安静にしてないといけないんですよね?その…さくらちゃん歩くのも辛そうだったし…このまま帰るのは無理だと思うんです。だから―――」

 

「あー分かった分かった。好きにしろ」

 

土方が溜息と同時に、手を挙げる

 

「本当ですか!?ありがとうございます!良かったね、さくらちゃん!」

 

千鶴が嬉しそうにさくらの手を握る

 

「え……!?ちょっ……ま、待っ…!」

 

そんな話、聞いていない

てっきり、少ししたら帰らせてもらえると思っていたさくらにとっては、青天の霹靂だった

 

「直ぐ、部屋を用意するね!」

 

そう言って、いそいそと千鶴が廊下を走り出す

 

「まっ……!」

 

慌てて千鶴を追いかけ様と、立ち上がりかけた瞬間

ズキッと右足が痛んだ

 

「………っ!」

 

そのままよろけ、倒れそうになる

倒れる―――と、思った寸前の所で土方に抱き留められた

 

「―――お前は、自分の症状分かってんのか!?」

 

「あ……」

 

気が付けば、さくらは土方の腕の中に居た

 

「す、すみません……っ」

 

慌てて離れようとした瞬間、間違って右足に重心を掛けてしまい、再びよろけた

 

「っと」

 

倒れる寸前の所で、再び土方に抱き留められる

 

「……全く、お前は危なっかしいな」

 

「……すみません」

 

頭上から聞こえてくる土方の呆れ声に、さくらはうな垂れた

 

「別に、怒っちゃいねぇよ。そんなに、しょげるな」

 

そう言って、ぽんぽんと頭を叩かれた

 

「仕方ねぇな」

 

そう言うが早いか、土方はひょいっとさくらを横抱きに抱き上げた

 

「え!?あ、あの……!」

 

突然の土方の行動に狼狽してしまう

さくらは、恥かしさのあまり頬を赤らめ口をパクパクさせた

 

「副長、何でしたら自分が彼女を連れて行きますが?」

 

「いや、いい」

 

山崎の申し出に、土方は即答した

 

「それよりも、山崎はここの片付けを頼む」

 

「了解しました」

 

山崎が頭を下げる

 

「あ、あの……土方さ……」

 

「いいから、黙ってろ」

 

以前もこんな事があったが、あの時とは、状況も感情も何もかも違う

 

グッと、さくらを抱かかえる土方の手に力が篭った

 

あ………

 

ふわっと漂う花の香り

 

桜の香りがする……

 

今度はさくらは暴れなかった

 

ただ、触れた所から感じる土方の温もりに身体をうずめたのだった—―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前回とうって変わって、こちら土方だらけでお送りしておりますw

ゲスト:千鶴・山崎って所でしょうか

 

あー、あの時、土方さんが言ったお言葉はですなー

その内、公開したいです

それは、本編か、拍手ネタか・・・未定ですけど・・・

 

しかしなーやっと絡めた

ここまで無駄に時間食っちゃったぜ・・・( ;・∀・)

 

2010/05/12