櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 三章 散る花 1

 

 

―――― 元治元年 八月

 

屯所の庭では、蝉がミーンミンミンと鳴いていた

風は無く、暑さが滲み出る

 

ここ1ヶ月で京の街は随分暑くなった

元々、盆地なせいで、熱が溜まりやすい地形にある京の夏は暑かった

 

「じゃぁ、伊東さんを新選組に…?」

 

開け放たれた障子戸

藤堂は近藤、土方、山南と向かい合わせに座ってそう尋ねた

 

「腕の立つ剣客であり、優れた論客でもある事は平助も山南君も認めている様だし…」

 

「ええ…しかし」

 

近藤の言葉に頷きつつも、山南は少し言葉を濁した

 

「伊東さんは水戸の流れを組む尊王派…我ら新選組とは相容れるかどうか…」

 

新選組は佐幕攘夷派だ

対する伊東――伊東甲子太郎は尊王攘夷派だ

思想が違う

”攘夷”の所で一緒なだけだ

 

だが、それを心配する山南に近藤はにこやかに笑みを作り

 

「義を持って話をすれば、必ずや力になってくれるに違いない!」

 

近藤が、藤堂の方を見る

 

「平助」

 

藤堂が顔を上げた

 

「同門であるお前に、伊東先生との橋渡しをお願いしたい。いずれ俺も江戸へ参る」

 

「おう!分かった!」

 

藤堂が頷くと、近藤も満足げに頷いた

 

「……………」

 

山南はそんな近藤を心配そうに眺め、小さく息を吐いた

その間、土方はずっと黙ったまま、鋭い眼差しで事の成り行きを見ていた

 

伊東甲子太郎

 

その存在は新選組にとって、吉と出るか凶と出るか―――

今は、まだ 誰も 知らない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が沈みかけた時刻―――

 

斎藤一三番組は京の街を巡察中だった

千鶴もそれに同行している

 

辺りは先月あった禁門の変の大火事で焼け爛れており、むき出しになった柱や壁は焼け焦げていて

見るも無残な姿に成り果てていた

 

まだ、復興の目処は立っておらず

人々は外に座り込み、家に入る事に叶わず、ただただ呆然と沈み行く夕日を眺めていた

 

「……………」

 

千鶴は何も言えず、ただそれを見ているだけしか出来なかった

 

ふと、数日前言われた事を思い出す

 

「さくらの捜索を打ち切る」

 

土方そう言った

 

皆が皆、納得した訳じゃなかった

だが、土方には何かしら考えがあってそう言ったのだという事が分かっていたので、皆何も言わなかった

 

さくらちゃん……

 

千鶴はギュッと着物の袂を掴んだ

どうして、土方さんは打ち切るなんて言い出したんだろう…

禁門の前までは、そんな素振り見せなかったのに……

 

彼が変わったとすれば、あの後―――

 

あの後、何かあったのだろうか?

だが、それを考えても何も分からなかった

 

土方の考えは難し過ぎる―――

到底、千鶴には理解し難かった

 

今、さくらはどうしているのか…

一体、何処に居るのか…

 

土方がああ言ったという事は、少なくとも命の危険性のある所には居ないという事だろうか

 

会いたいな……

 

千鶴が何度目か分からない溜息を付いた時だった

ふと、人垣が出来ているのが見える

 

そうだ、父様探さないと……

 

「…あの! 斎藤さん」

 

呼ばれ、斎藤が目線だけを千鶴に向けた

千鶴は、斎藤に駆け寄り

 

「あそこに居る人達にちょっと話を聞いてきてもいいですか?」

 

斎藤も千鶴の視線の先に目をやる

どうやら、瓦版の看板の様だった

何か、張り紙がしてあるのが見える

 

「もしかしたら、父様の事をご存知かもしれません」

 

「……余り、時間は割いてやれぬが?」

 

「はい!」

 

千鶴はそれでも良いと頷くと、その人垣に翔って行った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

辺りは徐々に暗くなり、三番組は屯所への帰路に付いていた

千鶴は、沈みかけた太陽の様に、沈んだ顔をしていた

 

斎藤が、少し千鶴を見て

 

「大丈夫か?雪村」

 

千鶴がハッと顔を上げる

 

「…あ、はい」

 

「具合が悪くなったら直ぐに言え」

 

「え……?」

 

余りにも予想外の言葉に思わず、キョトンとしてしまう

 

「……無理をして倒れられても困る。それに―――」

 

そこまで言いかけて斎藤は言葉を切った

 

「八雲の事はお前が気にしてもどうにもならない。 お前は副長を信じていればいい」

 

そう言い残すと、斎藤は前を向いてしまった

 

「……………」

 

思わず、足が止まる

驚きと、心配を掛けてしまったという思いが同時に押し寄せてきて、千鶴は目を瞬きさせた

だが、次の瞬間、嬉しそうに微笑む

 

そして、斎藤の後を追いかけるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「千鶴ー」

 

千鶴が洗濯物をしていると、廊下の端から藤堂の声が聞こえて来た

千鶴は、汗を拭い顔を上げる

 

すると、藤堂が旅装束で立っていた

 

「……平助君?どうしたの?その格好」

 

立ち上がって、藤堂を見る

藤堂は笠を片手に持って、笑った

 

「お前の、江戸の家を教えてくれない?」

 

「え?いいけど……どうして?」

 

「隊士募集の為に江戸に行く事になったんだ」

 

「隊士募集…?」

 

「ああ。この所のオレ達の働き振りが認められて、新選組の警護地が広がっちゃってさ!」

 

藤堂が嬉しそうに話をする

 

今まで、新選組は京の街を守護していたものの、認められていた訳ではなかった

だが、池田屋、禁門などの戦いにおいてようやく上のお偉い方も認めざる得なかったのだろう

 

「そうなの?凄い!」

 

なんだか、千鶴まで嬉しくなる

 

「ついでに、鋼道さんの事も調べてくるから期待しててくれよ」

 

「うん!」

 

「あ……そうだ!ちょっと待ってて」

 

ふと、ある事に思いつく

千鶴は直ぐに部屋に戻り、簡単にさらさらっと地図を描いた

 

それを藤堂に渡す

 

「近所まで行ったら、蘭方医の雪村って聞いてもらえれば、きっと皆知ってると思うから」

 

「分かった」

 

「それじゃ宜しくお願いします」

 

軽く頭を下げる

 

「うん」

 

藤堂もそれに頷いた

 

「じゃ、行って来る」

 

そう言って、踵を返す

 

「気を付けてね!」

 

「おぉ!」

 

藤堂が、去り際に軽く手を上げた

それを千鶴は笑顔で見送ったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕餉の時間

大広間に集まった幹部連中は夕餉を取っていた

 

「お茶、置いておきます」

 

「あぁ、すまん」

 

千鶴がことんと土方の膳の横に茶を置く

 

ふと、ある事に気付き辺りをきょろきょろと見回した

 

「あの、山南さんは……?」

 

「ちょっと、調べ物をしてるみたいだよ?」

 

沖田が膳に箸を付けながら言う

 

「そう…ですか」

 

腕を怪我して一時期は皆から遠ざける様になっていた山南も、最近は皆と一緒に食事をする様になっていた

千鶴は、少し俯いて盆に乗っているの最後の1つを眺めた

 

「お茶…入れ過ぎちゃいましたね。後にすれば良かったです…」

 

土方が小さく息を吐いた

 

「置いとけ置いとけ。あれば誰か飲むだろう」

 

「そうですか…」

 

千鶴はそんな土方の気遣いが嬉しくて、思わず微笑んだ

不意に

 

「辛い」

 

斎藤が、御浸しの菜っ葉を箸で掴んでそうぼやいた

 

「うぉ!こりゃぁひでぇ!」

 

「おいおい、これ作ったの総司だろ!?」

 

逆方向から原田と永倉の声まで聞こえてくる

 

思わず、そっちを見てしまう

沖田は少し不服そうに

 

「なに?その言い方。とりあえず、野菜茹でて醤油に浸す所までは僕がやったけど?別に不味くないと思うけどな」

 

そう言って、パクッと自分の口に菜っ葉を運んだ

それを見ていた、斎藤がはぁ…と息を吐き、徐に立ち上がった

 

「お? 斎藤? どうした?」

 

原田が首を傾げる

 

「水洗いしてくる。塩分の取りすぎは健康を損ねる」

 

そう言い残すと、スタスタと大広間を出て行った

思わず、斎藤と自分の器を見比べていた原田も徐に立ち上がった

 

「俺も」

 

「おお!俺も行くぜ」

 

永倉も立ち上がった

そして、そのまま斎藤に続く

 

「……………」

 

千鶴はポカーンとその様子を見ていた

すると、土方まで立ち上がった

 

「ええ!?」

 

そのまま、2人に続く様に大広間を出て行く

 

「……………」

 

大広間に沖田と千鶴の2人になる

沖田が少し溜息を付き、徐に自分の御浸しを持った

 

「じゃぁ、僕もちょっとだけ洗ってこようかな」

 

そして、そのまま障子戸を開けて行ってしまった

 

「……………」

 

千鶴は唖然としたまま、皆を見送っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……………」

 

さくらは、薩摩藩邸の一室で1人夕餉を取っていた

 

遠くでゴオーンと鐘の鳴る音が聞こえてくる

 

あの日……

風間に襲われた日以来、風間とはまともに顔を合わせていなかった

 

風間が必要としてくれる限り、あの人の傍に居る

 

その言葉に嘘偽りはなかった

でも―――

 

「……………」

 

さくらは、小さく息を吐いた

 

そして、コトンと箸を膳に置く

食欲が無かった

 

さくらは傍に控えていた下女に膳を下げらせた

折角、最近食欲が無いさくらの為に料理人が腕を振るってくれたのだが、正直食べる気がしなかった

 

申し訳ないという気持ちと、食べたくないという気持ちが交差する

ふと、以前、食べたくなくて倒れて土方に怒られた事を思い出した

 

今の私の状態を見たら、きっとまた怒られるわね……

 

何故、そんな事を思うのか

あの日以来、何度も何度も彼の言葉や姿が脳裏を過ぎる

 

何故だろう・・・・・・

忘れたいのに、忘れられない

 

触れる様に、抱き寄せられた腕が熱く

彼の形の良い唇から紡がれる言葉が鮮明に頭に残る

 

さくらは立ち上がり、廊下の柱に寄り掛かる様に夕日を眺めた

 

「もう、会わないと言ったのに……」

 

そう言ったのは、自分なのに

これは後悔の念なのか

それとも……

 

何度も夢に見る

あの菫色の瞳が自分を見る夢を

掛けられた言葉は嬉しくて、触れられた腕は優しくて

 

違う

 

否定するも、心のどこかでそれを喜んでいる自分が居る

 

私が、想う人は……

この想いを寄せるのは……

 

「千景……」

 

名を呼ぶも、返事は無い

 

もう何日話していないだろう

まともに顔を合わせて居ないだろう

 

風間に拒絶されている

その事をまざまざと思い知らされる

 

哀しい……

 

哀しい………

 

苦しくて、息が詰まりそう……

 

さくらはギュッと胸元を掴んだ

 

辛い……

 

ゴオーンとまた鐘が鳴った

 

 

この”想い”は一体何処へ向っているのか―――

 

             

 

              それは、誰のも分からない―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

禁門から1ヵ月後の話

平助は江戸へ向ったらしいです

その内、オネェ伊東が出てくる・・・かと

 

夢主はあれ以降ちーとは会ってないご様子

って、1ヶ月だぜ?

ちー!何してるんだ!

 

2010/05/23