櫻姫抄乱
 ~散りゆく華の如く~

 

 二章 斬人 5

 

 

辺りは一瞬、シン…と静まり返っていた

騒然としうた、室内にリン…と鈴の音が響く

 

土方は、一瞬、ほんの一瞬言葉を失った

 

目の前に居る、猫柳色の髪をした男に寄り添う様に、少女が1人――――

少女は、大きな黄金の瞳で、土方を見ていた

そして、彼女の白銀に近い真っ白な髪がサラッ…と揺た

月に照らされたそれが異様な妖艶さを放っている

 

男は、指して興味無さい様な眼差しで、しばらく沖田と土方を観察していた

 

「千景」

 

不意に、少女がぐいっと男の着物の袖を引っ張った

ゆっくりと視線を男に向けると、もう一度土方を見た

微かに少女の黄金の瞳が揺れた

 

男は、顔の向きは変えず視線で少女を一瞬見て、再び視線を戻す

そして、唐突に刀を納めた

 

ピクッと土方がそれに反応した

 

「……どういうつもりだ?」

 

ドスの効いた低い声が響く

男は、フッと笑い

 

「会合が終わると共に、俺の務めも終わっている」

 

土方の怒声にも似た声に、彼はつまらなそうな口調で返答した

そして、ぐいっと少女の肩を抱くとそのまま、身軽な仕草で窓から外に飛び出す

 

一瞬、男の腕の中で少女が振り返った

大きな黄金の瞳が、切なそうに揺れた

その表情に、ほんの一瞬哀愁に似た様な面持ちになる

 

だが、そのまま彼女は男と共に闇に紛れて 消えた

 

土方は止める事も追う事も出来ず、ただその場に呆然と立ち尽くしていた

 

「くそ……っ! 僕は、まだ戦えるのに……」

 

沖田が悔しそうに、歯軋りをしながら壁を叩き叫んだ

そう言う彼の声は、ひどく弱々しい

動かない身体を必死に動かそうとする

 

「次は…ちゃんと殺さないと――――」

 

そこまで言いかけて、沖田は言葉半ばで気を失って、その場に倒れ伏したのだった

 

「総司!」

 

土方がハッとして、沖田に駆け寄った

意識は既になく、沖田はその場に倒れていた

 

「土方さん…一体、どうし……総司?」

 

「おいおい、一体何があったんだ!?」

 

いつまでも戻ってこない土方と沖田の様子を見に来た永倉と原田が2階に上がってきた

倒れている沖田を見て、尋常でない事が起きたのだと直ぐに理解した

 

「おい、総司ー?生きてっかー?」

 

永倉が、ペシペシと沖田の頬を叩いた

 

「新八、左之。総司を運んでおいてくれ」

 

土方はそう言い残すと、足早に階段を駆け下りた

 

「え!? ちょ…何処行くんだよ!土方さん!?」

 

永倉の制止も聞かず、土方は一気に1階まで降りた

1階に行くと、ちょうど運び込まれたらしい、酒と握り飯を頬張っている近藤に会った

 

「お、トシ。総司は―――トシ?」

 

土方は近藤にも目もくれずそのまま池田屋を出た

そして、その足で池田屋の裏手に回る

着いた所は、丁度あの部屋の真下だった

上を見上げると、あの部屋の出窓がはっきり見える

土方は注意深く辺りを見回した

あそこから飛び降りたのなら、必ずここを通る筈

なのに、そこにはあの男と少女が通った形跡所か、気配すら掴めなかった

土方は目を細め空を見上げた

空には真っ白な望月が煌々と光り輝いていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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――――ことん

 

「ご無事でなによりです。桜姫」

 

邸に入ると、大柄の赤褐色の髪の男――天霧九寿が恭しく頭を下げた

少女――八雲 さくら はにっこりと微笑み、その漆黒の髪を揺らせた

 

「ありがとう、天霧」

 

真紅の瞳が、優しげに細められた

 

不意に、彼女の前を歩いていた猫柳色の髪の男――風間千景はどうでも良いという感じに、はっと息を吐き目を伏せた

天霧が風間を見て、一度頭を上げた

 

「不知火が来ております」

 

「…………」

 

風間はさほど興味が無さそうに、顔を顰めると、はぁーと溜息を付いた

 

「今の今まで、俺を警護にあてがっておきながら、次は奴か…長州は少し遠慮を知らぬのか?」

 

「……私に問われても、返答しかねます」

 

風間は、フンッと鼻を鳴らし

 

「……お前は、こっちだ」

 

不意にぐいっとさくらの手首を掴んだ

さくらが一瞬困惑の色を示す

 

「え……?でも、不知火が来てるんでしょ?会わないの?」

 

「フン、そんなもの待たせておけ」

 

天霧を一度見てそう言い残すと、風間はずんずんとさくらの手を引っ張っていった

天霧は頭を下げ、その様子をじっと見ていた

 

 

 

 

 

「ね…ねぇ…一体、何処に……」

 

さくらは困惑しながら風間に尋ねた

思いっきり引っ張られた手首が痛い

 

風間はとある一室に辿り着くと、バンッと障子戸を勢いよく開けた

そして、さくらを無造作にぐいっと室内に押しやる

さくらは風間の手から解放されたが、押された勢いでそのままよろけて、畳に手を付いた

風間は自分も室内に入ると、バシンッと開けた時同様、勢いよく閉めた

 

「……………」

 

風間の行動の意味が分からず、さくらは困惑した表情で風間を見上げた

風間はさくらの前にしゃがむとスッと彼女の頬に手を伸ばしてきた

 

ピクッと思わず、身体が反応する

 

「な…に……?」

 

それでも、さくらはじっと風間のする事を見ていた

風間の手が彼女の頬から、額へ動き前髪をサラッとかき上げた

 

「……顔色が悪い」

 

「………え?」

 

一瞬、何を言われたのか分からなかった

風間は嫌そうに顔を顰め

 

「だから、顔色が悪いと言っているのだ」

 

元から白いが、今日はいつにも増して白かった

いや、青白いと言った方がいいのか

血の気が全く感じられなかった

 

「今まで新選組にいたのだろう? 大方その間一滴も血を呑んでおらぬのであろうが」

 

「え……あ…そ、れは……」

 

本当の事、なだけに言い澱む

 

「血の気が全く感じられない。全く…お前は、いい加減自己管理も出来んのか」

 

「……………」

 

さくらは、悲しそうに瞳を揺らすと、そのまま俯いた

 

「貸せ」

 

「え………?」

 

そう言うと、風間はスッとさくらの胸元に手を伸ばすと、そこに収めていた懐刀を取った

そして、鞘から抜くとそのまま自信の手首に刃を走らせた

 

じわっと鮮明な赤が流れ出てくる

 

風間はその手首をぐっとさくらの前に突き出した

 

「……………っ」

 

ピクッとさくらの肩が揺れた

 

目の前に差し出された風間の手首からポタ…ポタ…と真っ赤に染まる血が滴り落ちる

思わず、視線がその手首へ注がれる

 

瞬間、我慢していた喉の渇きが一気に押し寄せてきた

 

喉が…焼ける様に熱い……

 

「う……はぁ……はぁ……っ」

 

呼吸が荒くなり、表情に苦悩の色が伺えた

 

風間は差し出した手首をぐっと更にさくらの前に押し出した

 

「我慢する必要はなかろうが」

 

ポタ…ポタ…と血が落ちていくのがゆっくりに見えた

視界が揺れ、真紅の瞳が苦悩の色に変わる

 

「ち、かげ……」

 

スッとさくらの手が風間の手に触れた

そして、恐る恐るその傷口に血の気の失せた唇を寄せる

 

舌を這わせ、ゆっくりとその血を飲み込んだ

スッと喉の渇きが熱が、徐々に収まっていくのが分かる

 

啜る様にさくらは、風間の手から流れる血を呑んだ

血を啜る音が静かな室内に響く

 

「ん……んん………」

 

さくらが微かに声を洩らした

そして、ゆっくりと顔を上げる

 

「痛い……?」

 

何を聞いているのか?と言う感じに風間は、くっと笑った

 

「いや…? どうせ、直ぐに癒える」

 

「そう…だけど……」

 

もう、手首の傷は塞がっていた

さくらは、少し困った様な顔をして、首を傾げた

 

不意に、風間の手が顎に掛かり、くいっと上を向かせられる

 

「まだ、顔色が悪いな」

 

「そんな…ことは………」

 

そう言うも、心のどこかでまだ物足りなさを感じていた

スッと見つめられるのが心苦しくてさくらは目を逸らした

 

頭の上で、風間の溜息が聞こえた

次の瞬間、ぐいっと引き寄せられ気が付けば、風間の腕の中に居た

 

「ち、千景?」

 

意味が理解出来ずさくらが困惑の声を上げた

だが、風間は気にせずさくらの顔を自分の首に押し付けた

唇が風間の首筋に当たる

 

「どうやら、手首では物足りないらしい」

 

言わんとする事が分かり、さくらは「そんな事は……」と言おうとして言い澱む

 

触れる所からドクンドクンと風間の鼓動が聞こえてきた

それが、更にさくらの鼓動を早くする

 

血が流れる、道が視界に広がった

 

「……………」

 

さくらは、少し躊躇い…でも、耐えられないという感じに、ゆっくりと風間の首筋に口付けた

唇から、振動が聞こえてくる

そのまま、ゆっくりと剥き出しになっているその首筋に牙をたてた

 

「………っ」

 

一瞬、風間が顔を顰めた

その動きに、ピクッとさくらの動きが止まる

だが、風間はそのままさくらの頭を撫でる様に押さえ

 

「いい。構わん」

 

少し、ほっとして、さくらはその瞳を閉じた

そして、じわっと染み込んで来る赤いそれを啜る様に、口に含んでいく

 

口の中が鉄の味がし、それでもどこか甘い味がした

 

「ん………はっ………」

 

徐々に口の中が赤に染まる

血の味が充満し、鼻を甘い匂いが突いた

 

身体中に血が行き渡るのが分かる

 

手から足へどんどんどの熱は行き渡り、身体を熱くさせた

 

さくらは、耐えられなくなって、ギュッと風間の背を掴んだ

掴んだ手に力が篭る

 

ごくっと喉が鳴っていく

 

喉を通るそれがとても熱かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、少ししてゆっくりとさくらは口を離した

ちらっと横にある風間の顔を見て、少し申し訳無さそうにさくらは謝った

 

「ごめんね」

 

「なんだ? いきなり」

 

理解に苦しむという感じに風間は眉を寄せた

 

「だって……傷が……」

 

風間の身体に自分の為に傷を付けてしまった

それが申し訳なかった

 

風間は特に気にした様子もなくぶっきらぼうに

 

「別に、我々の身体は人間のそれとは違う。大した事ではない。傷も直ぐに癒える」

 

言われた通り、さくらが傷を付けた首筋は元通りになっていた

傷が付いていたとは思えないほど、まっさらだった

 

そう―――彼らの身体は人のそれとはまるっきり違う

人間離れした超人的な力も、治癒力も

それは遙かに勝っていた

 

それでも……やはり傷を付けてしまった事は、心が痛んだ

さくらはこつんと風間の胸に頭を預けた

 

「何で、私だけ……なのかなぁ」

「………それは、………っ」

 

一瞬、風間が顔を手で押さえた

 

「……………」

 

はぁーと息を吐く

その顔は少し苦悩の顔をしていた

 

「千景?」

 

「何でもない」

 

風間はそう言いきったが、彼の様子は明らかに先ほどとは違ってみてた

少し余裕が無い様に思える

 

風間は、ふっと笑い

 

「お前が、遠慮無しに血を貪ってくれたからな。……少し疲れただけだ」

 

あ………

 

自分が彼の血を遠慮無しに呑んでしまったからだと今更になって気付く

 

「少し、休む」

 

そう言って、風間がゆっくりさくらの方へ身体を預けてきた

そのままずりずりと下がり、彼女の膝に頭を預ける形になって横になった

 

「……ごめんなさい」

 

さくらは申し訳なくて、やはり謝ってしまった

風間は、ふっと笑い、スッとさくらの前髪を掬った

 

「……俺が自分の意志で与えただけだ。 お前が気にする事じゃない」

 

さらさらと風間がさくらの前髪で遊ぶ様に、撫でた

 

「……少し、眠る」

 

そう言うと、風間はスゥッ…とゆっくり目を閉じた

それから、幾分も掛からず、穏やかな寝息が聞こえ出した

 

さくらは、風間の頭を撫でる様に、彼の前髪を掬った

 

「……ごめんね。千景」

 

髪が指に絡まり、パラパラと落ちていく

 

さくらは、少しの間、風間の顔を見つめていた

それから、少し顔を上げゆっくりと窓の外を見る

 

ふと、脳裏をあの時の土方の顔が過ぎった

あの池田屋で彼と逢った時、彼はどんな顔をしていたか………

酷く、驚いた顔をしていた

 

その”驚き”は何に対してだったのか

 

自分が現れた事に対して?

それとも、あの姿を見て?

 

分からない

いや、両方かもしれない と、さくらは思った

 

きっと彼にとってそれは全て、予定外の事で予想だにもしてなかった事に違いない

 

悪い事をしてしまったのかもしれない

と、良心の呵責が痛んだ

 

もしかしたら、あの時はあれがさくらだとは思ってなかったかもしれない

それはそれで、寂しい気がした

それとも、一目でさくらだと見抜いた……か

 

どちらにせよ、屯所に戻って、彼女が居ない事に気付いたら、きっと怒るだろう

そんな気がした

 

「捜す……かな…」

 

いや、捜さないかもしれない

元々、新選組に居たのも、彼らの秘密を知っていたからで、善意からじゃない

彼らにとって、自分は単なる危険人物

そう認識、されているぐらいだろう

放っておけば、秘密が露見する

だから、見すごせ無かった

必要があれば、きっと何の迷いもなく斬るだろう

もしかしたら、もう斬る対象になっているかもしれない

 

殺される為に捜されるのも…何だか辛い…

 

ううん もう、きっと会う事はないだろう

私が、ここで出ない限り、あの人の会う事は、ない

もしかしたら、一生会わないかもしれない

 

さくらは、ゆっくりと窓の外を見た

 

この空に下で、どこかあの人に繋がっているのだろうか……

空には、真っ白な望月がポッと夜空に浮かんでいた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやら、夢主がまんまと池田屋から逃亡した様です

 

さて、ちーの名前がやっと正式に出ました

存在だけは、今まで散々出てきたのにねww

 

2010/01/25